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雨宿りのかもめ

もう何度目だろうか。またこの港に戻ってきてしまった。

遥か彼方に霞んで見える島への連絡船が、いつ出航するかも分からないのに。ただ、相変わらず、夕陽に照らされた君は美しく、愛おしかった。
「ねえ、僕はどうすればいいんですか?」
堤防に腰掛けて釣りをしているおじさんに話し掛けてみる。
「さあね。自分のやりたいようにやればいいさ」
視線を変えずにおじさんはそう返してきた。まあ、誰であってもそう言うさ。自分のやりたいようにやる、か。
「釣れてます?」
「いいや、さっぱりだ」
空っぽのバケツを覗いて、僕は堤防を後にした。

もうすぐ日が暮れる。僕は夕陽を左手に見ながら、堤防沿いを歩き始めた。この道も一体何度通っただろうか。でも、不思議と前に通った記憶はなく、真新しい景色ばかりが続く。
今日の君は穏やかだった。穏やかに白波がオレンジ色に染まっていた。
(いつも、そうであってくれればいいのに)
そう、僕は心の中で君に毒づく。

この道は、どこへ続いているのだろうか。この海沿いの道の先に、僕の幸せは続いているのだろうか。その答えが出ないまま、でもあの夕陽が見たくて、何度もこうしてあの港に通っている。

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気が付くと辺りは薄暗くなっていた。そして、ぽつりぽつり、黒い雲が海からやってくる。雨が来る。

「嵐が来るぞ、縄で縛れ!」

この港の漁師だろうか。どこからかそう叫んでいる声が聞こえた。だが、僕はこの海沿いの道を歩き続けるしかない。雨粒は次第に大きくなり、僕の髪をしっとりと濡らしていた。

君が泣いている。僕は海沿いの東屋で雨宿りしながら、雨が通り過ぎるのをただただ待った。身体は冷え切り、疲れ切っていた。
「ねえ、僕はどうすればいい?」
僕は同じく東屋で雨宿りをしていたかもめに話し掛けた。すると、驚いたことに、彼はこちらを向いて答えを返してきたのだ。
「お前、自分が空飛べること、忘れてない?」

その瞬間、僕は鳥になった。自由に空を舞う鳥に。
「ようやく気が付いたか。おせぇよ」
そのかもめはそう言うと、ついて来いと羽を広げ飛び立った。疲れ切っていた体が嘘のように軽くなった。

気が付くと、僕は増毛駅のホームにいた。電光掲示板には札幌行の列車のアナウンスが流れている。さあ戻ろう。家に帰って熱いシャワーを浴びよう。


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