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欠けたウィスキーボトル

君が誰と寝て、僕が誰と寝るなどという問題は、人生を送る上ではほんの些細な問題なのかもしれない。僕は隣で柔らかい寝息を立てて眠る君を見て思った。僕は布団から静かに出て窓辺の椅子に腰を掛けた。ついでに冷蔵庫からヴィンテージ物のウィスキーをショットグラスに注いだ。眠れぬ時の睡眠導入剤だ。
僕は最近夢を見る。僕が君を殺し、最後には僕も死ぬ。死に方は毎回変わって、溺死だったり首吊りだったり、バラバラにしてシチューにして食べてしまうなんてのもあった。これは何かの暗示なのか。

駅のホームで身投げをしようとしている君を僕が止めたことがきっかけで僕らは恋に落ち、いや、ただキスをして、ただ一緒に寝ているだけだ。

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外では真夜中だというのに救急車のサイレンが鳴り響いていた。このところ、この街ではやたら物騒な話を耳にするようになった。若いサラリーマンが自殺したり、熟年の夫婦が心中を図ったり、小学生くらいの女の子を狙った誘拐が度々起こっていたり。特に巷を騒がしているのは、大学生の女の子が誘拐に会い殺される、という事件だ。今月に入ってもうかれこれ3件だそうだ。なのに犯人は未だ捕まっていない。現場には共通して、半端に残ったウィスキーボトルが置かれているのだそうだ。それも、とてもいいやつ。
ショットグラスにいれたウィスキーを飲み切らないうちに、再び眠りが誘ってきた。今夜は寝られるかな。

起きると僕は自宅のベッドにいた。ヤバい、飲みすぎたかな。昨晩、君とホテルで寝てからの記憶が曖昧だ。ウィスキーを出したところまでは覚えているのだが……。
1階に下りると、母親がテレビをつけていた。
「淳也、昨日また殺人事件があったんだって。それもこの近く」
淳也は俺の名前だ。テレビに映っていたのは確かにこの街のホテル街だった。
「あんたの職場の近くだろうに、物騒だね」
殺人事件が起ころうが、俺の仕事に変わりはない。手早く用意された朝食を食べ終えると、身支度を済ませ早々に家を出た。

「お前、今朝のニュース観たか?」
出勤するといきなり隣の鴇田が話し掛けてきた。
「この近くであった殺人事件のこと?」
「そうそう。また大学生の女が襲われたって。これで4件だろ?」
俺は特に殺人事件には興味がなかった。きっと世間だってその日騒いでお終いだ。だったら仕事しろ、だ。君に「気をつけろ」とでもメールを送ろうかと思ったが、そんな気も途中で失せて仕事に戻った。
「お前、ほんと仕事の虫だな」
鴇田も捨てセリフを吐いて自分の机に向かった。ああウィスキーが恋しい。今日の仕事が終わったら飲みにでも行くか。

仕事終わり、俺は昨日事件があったという飲み屋街を歩いていた。煌びやかなネオン。若いおねえちゃんの客引き。それらを交わしながら俺はとある雑居ビルの9階にあるバーの扉を開けた。
「淳ちゃん、久しぶり~!」
そこには小学校の卒業式以来の幼馴染、杏里がいた。隣には驚くことに君がいた。お互い一瞬固まっていると、
「えっ、なに? ふたり知り合い?」
と杏里が聞いてきた。
「ま、まあ」
俺は曖昧な返事をする。自殺しようとしていたころを助けてその後ホテルで一緒に寝たなんて、彼女も知られたくないだろうし。
「この子、うちの店でバイトしてるんだ。今年の春からこっちに進学してきたばっかでさ」
その後、俺と杏里と君の3人は楽しく酒を飲み交わした。今度は杏里の店に行くよと約束した。

12時前、そろそろ終電が近い。俺は君に気を利かして
「そろそろお開きにしないか? もう日付も変わるし」
「もうそんな時間? そうね、若い女の子もいることだしね」
お会計を済ませてビルを出ると、杏里は最近出来た男の家に行くと言って、君を俺に預けてタクシーで足早に帰ってしまった。こういうところは相変わらずだな。

君もこの後用事があると言って、杏里とは反対方向に歩いていった。君が誰と寝て、僕が誰と寝るなどという問題は、人生を送る上ではほんの些細な問題なのかもしれない。昨晩のそれを思い出していた。

次の日の朝、また俺は自宅のベッドの上で目を覚ました。やっぱり記憶がない。ウィスキーを飲んだ次の日はいつもこうだ。俺が君を殺す夢で目が覚める。君と出逢った日から今日で5日が過ぎていた。
そして、俺の枕元にはヴィンテージ物のウィスキーが封を開けられて中途半端に残っていた。

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