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無為自然loverによる進化論

「出世欲が無く、お金持ちになる夢もない若者たちの働き方」がニュースで取り上げられていた。残業漬けの日々を送る部長を見て「自分はああなりたくない」と言う。生活できるだけのお金を稼ぐ日々にニュース(ニュース番組を制作しているスタッフ)の目線はやや冷ややかな捉え方のように、私には見えた。

その若者が言うように、私も、お金と地位に魅力を感じない。
私の座右の銘は「上善水の如し」で、ここではその解説は割愛しておくが、要するに老子の説く「無為自然」に深く感銘を受けた口なのだ。ありのままの姿で在るべきだとし、必死になったり知恵を働かせたりせずに自然のままを受け入れるその思想は、全てではないが、かなり腑に落ちる部分が多い。
そこで、なぜ私は四六時中がんばって仕事をし、必死で子育てし、店の規模を大きくしたのか。矛盾があらわれる。
私の中では矛盾ではなく、そこにこそ無為自然好きが仕事に打ち込み会社を大きくした進化論的哲学が存在している。

顔が見えない誰かのために頑張れない

テレビや新聞のインタビューを受ける時「地域のために」「お客様のために」「雪駄業界のために」なんて耳触りの良い言葉を言ってはいるけれど、その実は「あそこに住んでいるSさんのため」「10年来の常連Kさんのため」「雪駄作ってくれるTさんのため」と頭の中では具体的な誰かのことを指している。
ファンチャーナの人気メニューで「牛スジ煮込みのカルボナーラ」という名物パスタがある。この名物パスタが好きだというお客様の名前を、私は少なくとも20人以上列挙できる。
喜んで食べて下さる顔が目に浮かぶから、いつまでも提供し続けたいと思う。

またラムレーズンのマフィンを作った時、ラムレーズン嫌いの私はラムレーズン好きのスタッフCちゃんのためだけに作った。それが沢山のお客様からご好評を得た。

DESIGN SETTA SANGOなんて「SETTAを世界のスタンダードに」という壮大なキャッチコピーを付けているけれど、私の中ではハワイの空港で雪駄を履いている私に「それ私も欲しいからハワイでも買えるようにしてよ!」と声をかけてくれた職員のおばちゃんのために世界中からオーダーを受けられるシステムが整えばいいなと思っている。

お金のために頑張るなんて私みたいなヘタレには到底できないけれど、目の前にいるその人のためなら頑張ることが出来る。


奥様は応援してくれてるだろうか

とあるマンションの1階の賃貸店舗で旦那と2人で始めた小さなカフェが、14年経って2階建ての新品の自社ビルに変わってしまった。これには確かに大きな葛藤があった。
大きく広げれば、今まで目の前にいた具体的な「誰か」が遠のいてしまうような危機感にも似た寂しさがあった。

それでも事業を転換して大きくして良かったなと思えるのは、正社員2人の存在があるからだ。
パン職人のMさんとカフェシェフのT君。
二人とも既婚者で子どももいる「一家の大黒柱」(めちゃくちゃ古臭い言い方やな)である。彼らと彼らの家族が幸せな人生を送ってくれたのなら、私の事業拡大は成功したと言える。

日本では料理人やパン職人という職業に就いていると「いつ独立して自分の店を持つの?」という質問に合いがちである。実際にお店を経営するとなると「パンを作る」「料理を作る」以外の仕事が山のようにあって、本当に作るのが好きな人ならば、サラリーマンの状態でいる方が好きな仕事を全うできるはずなのだ。

私はMさんとT君が、自分が働きたいと思えるカッコいいお店で、お客さんがいっぱい来てくれて、自分が作りたいと思ったものを思う存分作っていられる場所にしたいのだ。そして彼らのお子さんが大学にいったりする学費をちゃんとお給料として支払いたい。そのためには前の小さなカフェのままでは不可能なのだ。

さらに定休日を、一番売り上げの高い日曜日に設定しているのも、我が家の子どもやMさんT君の家族と過ごす時間を大切にしたいからである。オフィス街でもないし、飲み屋でもないのに日曜日が定休日なんて、経営者の目線から見れば大幅な不利益である。それでも、それよりも日曜日に家族と過ごすことには価値がある。その分、ほかの曜日に利益を叩き出すという難題をクリアすればいい。

これは内緒なんだけど

そしてもう一つ、私の中の密かな目標。アルバイトスタッフの女の子が妊娠しても働けて、出産後に復帰できる職場であること。
今、妊娠中のスタッフSちゃん。うちのお店で働き始めたころはまだ独身だった彼女は現在妊娠5か月。私自身の妊娠体験からも痛いほど分かっているが、妊婦の体調は常に気を付けていなくてはいけない。初期のつわり、後期のお腹のハリ、他にも足のむくみや貧血や眠気だるさなど数えればキリがない。
それでも彼女が彼女の体調に合わせて出勤を見合わせる事ができる環境を整えながらシフトを組む。
正直に言って小さな個人経営のカフェにはなかなか難しい。
それでも私はやり遂げたい。SちゃんとSちゃんの旦那さんの希望がある限りは雇い続けたい。
彼女が望んでくれるなら産後の復帰も待っていたい。

もちろん前述したMさんT君Sちゃんの3人にはそれぞれの人生があり、いつどんな理由で私たちの元から去ってしまうか分からない。止める権利はない。
でも彼らが「ここで働きたい」と思ってくれる内は、その環境でありたいし、それはこのJAMビルという新しい店舗の規模なら可能だと思っている。それはアルバイトスタッフみんなにも言えることだし、まだ出会っていないこれから働いてくれるスタッフになるかもしれない。


私の人生は大きくステップアップしているようで、中身は目の前の小さな小さな夢の進化でしかない。
可愛い娘の笑顔が見たい。そのくらいの夢が、今のJAMビルなのだ。

旦那の方はそうもいかないよね、代表取締役社長だし。
「地域のランドマーク的存在として」「世界に日本の職人技を知ってほしい」と、ご立派な目標を掲げて、向かい風や追い風に吹かれながら奮闘している。自分が立ち上げた会社の礎を築こうと走り続けている。

でも私は知っている。おじいちゃんになったらきっと、また小さなカフェをひっそりと夫婦2人でやりたいはずなのである。お金持ちになって大きな家でふんぞり返る未来より、若い世代にお店を盛り上げてもらって、自分は僅かな日銭を稼ぐだけのこじんまりしたコーヒーショップでマスターとして生涯を終えたいと思っているはずだ。そこからが、私とマスターの無為自然の進化の始まりかもしれない。知らんけど。


あ、ひとつ。小さな声で。仕事頑張れない若者は職場で好きな人を見つけるといいよ。男女問わず。尊敬できる人とか可愛い人見つけられたら、その人に認めて欲しくて頑張っちゃう経験者が語る。
(社内恋愛結婚)

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