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『威風堂々』発刊記念ロングインタビュー【人間発電所日誌】第一〇五号

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こんばんは。伊東潤です。
今夜もメールマガジンをお届けします。



〓〓今週の人間発電所日誌目次〓〓〓〓〓〓〓
1.はじめに
2. 『威風堂々』発刊記念ロングインタビュー
①大隈重信の凄さと、本作を書いたきっかけ
②本作の読みどころは「出会いと別れ」
③「とにかく冒頭だけでも読んでほしい」
3. おわりに
4. お知らせ
Voicy・ラジオ出演情報
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1.はじめに

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 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 これが2022年最初のメルマガになります。本来は恒例の「2022年展望号」とするつもりでしたが、『威風堂々(上) 幕末佐賀風雲録』『威風堂々(下) 明治佐賀風雲録』の発刊が1月7日となった関係で、今回は「『威風堂々』発刊記念ロングインタビュー」をお送りします。2022年の展望は、次回1月19日発行のメルマガで行いますので、お楽しみに。

 さて、いよいよこの超大作が日の目を見ることになりました。今回は発刊にあたって中央公論の担当編集と行ったロングインタビューを掲載します。このインタビューは整理した後、『威風堂々』特設サイトに掲載する予定ですが、メルマガ読者限定で、レアな状態のものを、いち早くお届けしたいと思います。

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2. 『威風堂々』発刊記念ロングインタビュー

①大隈重信の凄さと、本作を書いたきっかけ

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――これだけの長さにもかかわらず、一気読みでした。大隈重信の一生は、まさに波乱万丈だったんですね。

 一気読みできたのは、私の腕というより大隈の人生が面白いからだと思います。これまで小説として誰も取り上げなかったのが不思議なくらいです。大隈は弁舌縦横で行動力があり、しかも計画的に物事を進められる現代的な人物です。彼が幕末から明治維新という動乱期に世に出られたことは、日本という国家にとって天祐でした。

――大隈の役割とは何だったんですか。

 幕末から維新を生きた若者たちによって日本の近代化は一気に進み、西洋列強に伍していけるだけの進歩を遂げていくわけですが、その原動力となったのが大隈です。
 大隈は近代化を早急に推し進めることを強く主張し続けましたが、その急進性には同志の伊藤博文や井上馨さえついていけなくなるほどでした。しかし彼が政府要人たちの尻を叩いて近代化に邁進したおかげで、日本は急速な発展を遂げ、西洋諸国に負けない近代国家へと変貌していったのです。


――本作を書いたきっかけは何だったんですか。
 
 佐賀の偉人を小説にしてほしいという佐賀新聞さんの依頼を受け、誰にしようか考えました。最初は佐野常民、続いて江藤新平にしようかと思いましたが、佐野常民は史料が少なく、江藤新平は司馬遼太郎さんの『歳月』という先行作品があるので、これまで誰も小説として描いたことのない大隈重信を取り上げることにしました。私は早稲田大学の出身なので、大隈には親しみもありました。

 本作は2019年の8月から2020年の12月まで、501回にわたって佐賀新聞さんに連載したものを改稿した作品ですが、実は佐賀戦争直前の江藤新平との別れのシーンで終わらせる予定だったんです。ところが「続きを書いてほしい」という佐賀新聞購読者の熱烈な要望を受け、大隈の死まで完走しました。


――本作は評伝小説というジャンルになりますか。

 評伝というのは史実に基づいたノンフィクションですが、評伝小説は取り上げた人物がいかなる生涯を送ったのかを探求していく小説です。つまり、その人は何を目指し、何を考え、いかに生きたかを小説として描くことです。となると、史実に基づきながらも、その行間を埋めるための人間ドラマが必要です。それには深い人間洞察力を要します。

 私もデビューから14年目を迎え、人間洞察力も鍛えられてきたので、今、取り組む題材としては最適でした。
 本作は、私にとって初の評伝小説になります。大隈の視点から幕末、そして明治から大正までをウォークスルーしていくことで、全く新しい近代日本の姿が見えてくるはずです。


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②本作の読みどころは「出会いと別れ」

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――本作の魅力はどこにありますか。

 長いことです(笑)。それは冗談ですが、読者は大隈という一人の偉人の生涯を併走していくことで、歴史の流れを時系列に俯瞰できることが、まず魅力ではないでしょうか。
 さらに大隈がいかに決断し、行動に移していったかを知ることで、読者個々の人生や仕事にも少なからず影響があると思います。幕末から明治という激動期が舞台ということもありますが、まさに次から次に持ち上がる難問を、あの手この手で解決していく大隈の活躍は、誰にとっても役立つに違いありません。その意味では、本作は『江戸を造った男』や『男たちの船出』に通じるお仕事小説・問題解決小説の系譜に連なるものです。

 しかし何と言っても本作の魅力は、力強い人間ドラマにあります。大隈と同時代を生きた人々との出会いと別れ、そしてそこで起こる人間ドラマにこそ、本作の最大の読みどころです。


――佐賀藩の面々のキャラクターも立っていましたね。

 そうですね。とくに義祭同盟(佐賀藩尊王派)の連中は、大隈と共に明治政府でも出世していくので、若い頃からの人物像をきめ細かく設定しました。もちろん明治の人たちですから、記録や書簡などもしっかり残っています。つまり史料や事績を踏まえたキャラクターになっています。不器用で不愛想な副島、頭脳明晰で堅物の江藤、大食漢で(史実です)のんびり屋の大木、昔気質で無骨な島、優秀な技術屋の佐野、賢い弟分の久米、そしてビッグボスの鍋島閑叟といった面々が縦横無尽に活躍するので、佐賀藩士が好きな方には、たまらないと思います。もちろん佐賀藩士以外の偉人たちも総登場しますので、それぞれがどう描かれるかを楽しんでほしいですね。


――司馬遼太郎さんは『歳月』で、同じ佐賀藩の江藤新平を描きましたが、伊東さんはなぜ大隈を選んだのですか。

 私にとって『歳月』は、繰り返し読んだバイブルのような作品です。絶対に妥協せず正義を貫いた江藤新平の壮絶な生き様は、まさに私の人生の指針となりました。しかし小説として書くとなると、どうしても『歳月』の影響からは逃れられません。その点、大隈は誰も書いていない白いキャンバスのようなものなので、描きやすいと思いました。


――冒頭でおっしゃっていた大隈という人物が現代的だという点も、選んだ理由ですね。

 そうです。鉄製大砲や蒸気船などを内製していた佐賀藩は司馬さんの好みなので、司馬さんが佐賀藩を長編で描こうとなった時、当初は鍋島閑叟や佐野常民を描こうとしたのではないかと思います。ところが調べていくうちに江藤新平に突き当たった。江藤の生涯はドラマチックなので、小説家なら描きたくなるんです。それで江藤を主人公に選び『歳月』を描いた、という流れではないかと想像します。司馬さんは先進的な男が好きな半面、不器用で真っ正直な生き方しかできない男も好きなので、弁舌縦横で清濁併せ呑む大隈が、あまり好みではなかったと思います。

 しかし司馬さんの時代と今は違います。高倉健さんが演じたような「男は寡黙であるべき」という人物像は、昭和だからこそ評価されたわけで、よい意味でグローバリズムが浸透した現代では、しっかりと自己主張できる人物が評価されます。そんな時代性を考慮すると、今だからこそ大隈を描く意義があると思ったんです。


――本作では「司馬さんテイストを意識して書いた」と仰せでしたが。

 そうですね。とくに『竜馬がゆく』を意識しました。本作は『竜馬がゆく』へのオマージュであり、パスティーシュ(作風の模倣)でもあるんです。

 司馬作品の味わいや語り口を再現するのは、プロでも難しいんです。でも私のようなベテランになると、司馬さんテイストを換骨奪胎して自分のものとして表現することができます。本作を読んでいただければ、とくにユーモア部分で、その微妙な換骨奪胎ぶりがうかがえると思います。

 また本作に至るまで、2020年7月に刊行した『琉球警察』、同年11月に刊行した『夜叉の都』と作品が続いてきたわけですが、同じ作家とは思えないほど作風を変化させています。そうした文体や筆致の変幻自在さも楽しんでいただきたいですね。

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