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アンフィニッシュト 52-2

サンデー毎日(毎日新聞出版)にて2017年秋まで連載していたミステリー小説を毎週火・木にnoteにて復刻連載中。
1960年代後半の学生運動が活発だった日本を舞台に伊東潤が描くミステリー小説。

赤城の顔は、死を覚悟した人間とは思えないほど、晴れ晴れとしていた。
 ——誰かに操られることが、それほど嫌だったのだな。
 寺島にも、赤城の気持ちが分かるような気がした。
「最後に一つだけ教えて下さい」
「なんだね」
「三橋さんは、どこに行ったんです」
「いい質問だな」
「はぐらかさないで下さい」
「奴は俺にも行き先を告げなかった。だがこの告発をするためには、どこかに身を隠して周到に準備せねばならない。突然、新聞社や雑誌社に駆け込んでも、相手にしてもらえない。警察に通報されてジ・エンドだ」
 赤城は、己の首に平手を当てて引くまねをした。
「ということは、どこかの有力な政治団体にでも逃げ込んだのですか」
「そうだよ。君は藤堂亜沙子という女性闘志を知っているかい」
「はい。連日、新聞やテレビを賑わわせている方ですね」
「そう。今は辺野古で反対運動をしている」
「三橋さんは、そこに向かったというのですね」
「多分な。沖縄の新聞社が背後で支えるあの組織以外に、この国のどこにも、奴の身の置き所はないはずだ」
 ——辺野古か。
 確かに、辺野古には反政府運動家が集結しており、姿を隠すには最適だ。
「だけど三橋さんは、あの組織にどんな人脈があるというのです」
「ああ、そのことか。確かに飛び込みで行っても、政府のスパイだと思われるのがオチだ」
 赤城は、疲れたように後頭部で手を組んだ。その姿は、とても三十万人の信者を抱える宗教団体のトップとは思えない。
「では、あなたが紹介状でも書いたのですか」
「その必要はない」
「どういうことです」
「行ってみれば分かるさ」
 赤城は三橋が辺野古にいると確信しているようだ。その態度を見れば、おそらく無駄足にはならないだろう。
「分かりました。行ってみます」
「だが行ったところで、会わせてくれるとは限らないぜ」
「それは承知しています。それでも行きたいんです」
 寺島の胸内から、再び情熱が込み上げてきた。
 ——あと少しで、たどり着けます。しばしお待ち下さい。
 寺島は心の奥底にいる、ある人物に語り掛けた。
「それにしてもあんたは、どうしてこの事件にそれだけの情熱を燃やすんだ。仕事を失うだけでなく、下手をすると生涯、警察から目を付けられることになるんだぞ」
 それについて、寺島は答えなかった。
「今日は、ありがとうございました」
「幸運を祈っているよ」
 ソファから立ち上がった寺島は一礼すると、最後に問うた。
「やはり決意は変わらないのですね」
「それが俺の矜持だからな。どうか静かに死なせてくれよ」
 そう言うと、赤城は呵々大笑した。

 数日後、羽田から日航機に乗った寺島は、沖縄を目指した。
 赤城の自殺は、飛行機内で読んだ新聞で知った。過激な活動家だった過去を暴露され、教団による脱税や拉致・監禁事件といった犯罪行為をでっち上げられた赤城は、教団施設内の自室に石油を撒いて火をつけた上、包丁で喉を突いて自殺した。これにより施設は全焼したが、赤城以外の人的被害はなかった。
 ——道化の人生に始末をつけたってわけか。
 寺島は赤城に一片の同情もしていなかった。ただ思い浮かぶのは「自業自得」という言葉だけだ。
 やがて日航機は、那覇空港目指して高度を下げていった。

辺野古は、沖縄本島の中央部南側にある海辺の町である。この小さな町が日本国中を揺るがしているのは、普天間基地の移設問題が浮上したことに始まる。
 政府としては、住宅地の隣接する普天間基地から辺野古への移設を早急に進めたいが、県外移設を主張する反対派は頑として譲らず、辺野古では反対運動が日増しに苛烈になっていた。
 寺島は、那覇空港国内線ターミナルから辺野古行きのバスに乗った。一時間半ほどバスに揺られて辺野古のバス停で降りた寺島は、市街地を抜けてテント村を目指した。

著者:伊東潤(Twitter公式サイト
1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。日本アイビーエム株式会社を経た後、外資系企業のマネジメントを歴任。2003年にコンサルタントに転じて2006年に株式会社クエーサー・マネジメントを設立。2007年、『武田家滅亡』(角川書店)でメジャー・デビュー。2010年に専業作家となって今に至る。

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