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彼女が教えてくれた生きるということ

この世には多くのチャンスが転がっているの。
それに気がつけるかどうかは貴方次第なの。

ココ・シャネル

お世話になっております。
いつも通読してくださっている方も初めて見たという方も読んでくださりありがとうございます。

今回は、僕が昨年の3月、カンボジアへ渡航し、現地で生活していた際に最も感動したことを思考の整理がてら綴っていきたいと思います。
自分が感じた感動や想いを少しでも共感していただけたら幸いです。

それではどうぞ。




・導入

最初からいきなり私事ではある話で申し訳ないのですが、
最近まで、自分を見失ってしまうことが多くありました。
「俺ってなんのためにこんなに必死なってたんだろ」と燃え尽きていました。

3月末から、今日に至るまでの約2ヶ月半ほど些細なことを含めて約50回くらい連続で空振りしてしまったと思います。
何もかもやっていることが上手く行かず、段々とフラストレーションばかりが溜まっている自分がいました。
これは流石に良くないと思い、急いで改善しようとするもまた空振り。
一体この期間内で何人に迷惑をかけて何人に謝ったか覚えてないです(笑)

そうすると本当に自分に自信を無くし、また失敗するのではないか、また他人から何か言われるんじゃないかと怯えている弱い自分がいました。
元来、自分は自分の決めた目標や夢に対して他人から批判されても1ミリも気にしないような人間です。
(実際、自分に集中していることが多く、他人の言葉も自分にとって嫌な想いをするとわかった途端聞き流すほど人に対して無関心なほどです。)

そんな途方に暮れていた時に日記を読み返していたら当時、カンボジアに渡航した時に教えてもらった7つのことを見つけたので今回はそのことについてお話しさせていただければなと思います。

今回も自分に強く言い聞かせるのと同時に誰かの励みになれるように頑張ります!引き続き最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


・彼女との出会い

あれはとても暑い日でした。2023年3月下旬。
東京は少し暖かくなってきたと感じる一方で春風がまだ冷たく感じ、桜もまだ咲いていない時期でした。

一方、カンボジア。
海の街シアヌークビルでは日中38度と真夏の気温で歩く度に汗が出ました。

僕は当時、JICAの国際医療支援プロジェクトメンバーの一員として帯同し、
現地の病院で医師や看護師らに救急救命処置の指導に当たっていました。
(当時20歳)

彼女とはその病院で出会いました。奇跡的なご縁。本当に感謝。
彼女の経緯として、1970年代当時、ポルポト政権の暴虐から逃れるためにタイを経由し、その難民キャンプで誕生したのち日本で長年育ったそうです。

このお話を本人からお聞きしてすごいなと思いました(圧倒的ボキャ貧)
自分の慣れ親しんだ故郷から離れ、異国の場所で挑戦してきた過去に初対面ながら強く感動しました。現在はシアヌークビルで複数事業を営んでおり、今でも強く勇気づけられています。

何とかしなきゃの連続だからやるしかなかったの。なければ作るしかなかった。

本人の言葉

カンボジア国内でのたくさんの貧困の光景を見てなのか、この言葉が当時、自分に深く刺さったのを今でも覚えています。
ほんの少しの時間(ディナーを共にさせて頂き感謝、、)しかお聴きしていませんでしたが、僕はもっと深くお話を聴きたい!と思いきってダメ元で彼女にお願いしました。

「ディナーありがとうございました!このあとお時間ございますか、、??」

この時間、すでに22時超え。常識で考えれば非常識ではありますが、当時の自分は学びたい!という意欲が勝ってしまいました。
日本を発つ前に多くの知識やヒントが隠されているだろうから一つでも多くのことを吸収するんだという目標での行動が幾分かはあったかもしれません。

断られるのを百も承知で頼み、意外にも「いいよ」と快諾。
本当に奇跡だと感じた。

AM3:00

そうして海辺のカフェへ移動し、楽しい時間をお供させていただいた。

ディナー後ということもあり僕はそこまでご飯が食べられなかったので、僕はチーズケーキと紅茶を。彼女はホットのアメリカーノを注文した。

この時既に午前0時を回っており、日本時間では2:00を指していた。
たくさんの若者たちが外でくつろいでおり、この風景はどこの国でも変わらないんだなと感じたのを今でも覚えている。
僕たちはカフェの2階のテラス席に座り、ビーチに押し寄せる波の風景を見ながら綺麗だなと感動。ずっとこうして過ごしていたいとさえ思っていました。
(僕の地元も海の街ではありますが北海道というのもありとても寒いです。)

お話しした時間の構成として 雑談やこれまでの経緯のお話が6割、彼女から教わった7つのことが2割、これからやりたいことや夢の話が1割という感じだったと思う。

僕はこの僅か2割程度の短いお時間にカンボジア渡航の全ての意味があると考えています。
むしろ、このお話を聴けてカンボジアへ渡って良かったと感じることができました。

彼女から教わったこと

1;常に先読みして行動すること

当時の自分には先読みすることなんて全くできっこないと思っていました。
現に、今の時代ブーカ時代と呼ばれるほど世の中、先のことなんて全くわからないと言われているほどです。
確かに正解の数も人の数だけ多様化し、平成の時に比べて周囲の雑音も大きくなってきたような気がします。
「何が本当の正解なのだろうか。」人を見てしまうとこの考えに陥ってしまいますが、こんな時だからこそいま世の中で何が起こっているのか?と全体の流れを把握することが大切です。

2:相手を思いやり、大きな利益を求めないこと

以前まで利益が最も大切な指標であると僕は考えていました。利益こそがその人の実力であり、利益があれば成長するし挫折しない。いわゆる結果主義的な要素がありましたが彼女は根本から違っていました。
「心からその人を思いやり、一緒に作っていく」嘘偽りないその言葉に何と自分は愚かな考えをしていたのだろうと感じさせられました。本当の利益は人と人とが作り出すものであり、だからこそ真心込めて行うものだと小さい頃から祖父に教わったじゃないかと恥ずかしくなりました。
(祖父は今も50年以上寿司職人として店舗を経営しています。帰省したら学ばせてもらおう)

この女はできる限りのことをしたのだ。すなわち、私の体に油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。よく聴きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう。

マルコによる福音書14:8、9

どうやら、利益よりもその人を思いやることが一番のメリットだということは何千年も前から変わっていないようです。

3:師匠を3人見つけること

人生には大きく変えてくれるキーパーソンなる人が必ずいるそうです。
良い考え、良くない考え、それぞれに着いていくだけで大きく人生が変わってしまうという事は誰しもが知っている事ですのでこの場では省略します。問題なのは、
「誰が自分にとってのメンターなのか?どのように見分けると良いか?」
という点です。

その人の言葉ではなく、行いや振る舞いを見て学びなさい!
口先だけなら誰でも言えますからね。

本人から教わったお言葉

その人の行いが如何に人格的なのか、どれほど生き方や自信のあり方について熱中している人生を送ることが出来ているか。どれほど清廉潔白な振る舞いをしているのか。例え、その方にどれ程の悪評がついたとしても万人の評価ではなく、その人の行いに惚れて学ぼうと決めた自分の想いと師にだけは背中を向けたくないものですね。

4:足るを知るということ、自分の欲をコントロールすること

非常に恥ずかしいお話になりますが、自分はつい最近まで、自分の願ったことは全て思い通りになるし全てコントロールできるものであると考えてしまっていました。
その根拠の裏付けとして長年のサッカー人生で培ってきた経験というのが挙げられます。どんな人から笑われ、指を刺されても、ひたむきにやって全て目標を叶えてきたからです。
しかし、冒頭部分でも触れましたが、、
最近ほんとに納得いく結果が出ない!笑

上手く行かない事ばっかなんですよ。正直。
自分で努力して切り開く部分と
自分ではコントロール出来ない部分は割かないとね!

お世話になっている経営者からのお言葉

確かに、最近の自分はあれやこれやと考え込んでしまっていたなと感じます。。
気がついたら自分に見えない敵を作っていました。考えることが壮大になってくるとこういった考えも浮かんでくるんだなぁと感じています。
だからこそ、まずは初心に戻って、あるもの全てに感謝するところから始めようと思います!

5:魂から愛し合える人と繋がること

愛という性質とは、天とか神様が作ったもの。天はもともと愛が好きなんですね。

吉田松陰

男女の友情なんて成立しない!って高らかに言ってる人や気軽にお手軽に
愛してるよって言ってる光景を幾度となく見てきました。
海外各国にいる友人と話をするとき、それぞれの価値観について議論をすることがありますが、最も拮抗するトークは愛についてでした。

それほど全世界で、いや、歴史上、愛というものが不明確になっているのだなと感じます。(勿論、僕もわかりませんが、、、)

学生生活の中でお金で愛を買おうとする瞬間も幾度となく見てきました。大金が女性に払われて女性が買われたのか、はたまた男性がお金で女性に飼われたのかわからない人もいました。

愛についてあげればキリがありません。
みんな分からないからこう考えてしまうのだと気付かされました。

しかし、正しい唯一無二なものがあるとするのなら、何千年という歴史において変わらない考えや哲学こそが本質的・普遍的なものではないかと僕は考えています。(お気づきの方、そうです。その通りです。)

魂から、心の底からその人の幸せを祈る。そしたら自分自身も愛せるようになると
あの時教わらなかったら、今も自分は誰かが決めた不明確な考えの中で生きていたと思います、、、

6:超ポジティブマインドで毎日を生きること

毎日をリスペクトすること。そうすれば、今日という日が大切なものだと感じることが出来るから。

本人のお言葉

Carpe diem
〜今この瞬間を楽しめ〜

ホラティウス
「カルミナ第1巻第11歌」より

人生は楽しむもの!今日も最高の1日に!

これに尽きると思います。
ある日、ドライバーを雇って1日中移動していた時に彼がふと、こんなこと
教えてくれました。
「俺の人生めちゃくちゃ幸せだよ!
どれだけ貧しくてもこの気持ちだけは変わらないのさ」
この時、幸せは決して目に見えるものだけではないのだなと感じたと同時に自分の中で幸せの数式(?)みたいなのが出来ました。

毎日をリスペクト・感謝する×今日も最高の1日にしようというマインド
×ハードワーク
={ 成果課題点メンタルヘルスの向上(いわゆるブチ上げ状態)}×日数
自己肯定感と他者への感謝や愛おしいと思える心が育まれる
→さらに多くの恵みを受ける→もっと頑張ろうと思える

自分の中での幸せの定義

悲観していたって何も始まらないと思うし、何がともあれ、今日も最高の1日にするんだという気持ちを持っていけばきっと今日から良くなっていくのだなという気持ちにさせてくれます。

正直、周りの意見なんてものはどうだっていいんです。無理だの出来ないだのマウント取ろうと必死になっている人たちの言葉は無視しましょう。
そういう人たちは大体、自己肯定感が低く、自信がないため群れ、あたかも強くなったかのように錯覚して現実を思い出しては卑屈になるような連中です。

学生という立場でありながら、日頃から様々な年代、職種の方々と会話をするので実体験として感じています。

現実逃避して、強がり、群れて不安の中で生きるのか、理想を追い、全力を出し切る人生を選ぶのか。全ての事には相応しいタイミングがあるとは思いますが、この軸だけはブレることなく生きたいですね。

7:変化を恐れないこと

これが最後になります。
変化したいです!!!!
と言っても正直、変わることには勇気が必要になってきます。

物事を判断するには大抵、今までの人生で培ってきた経験を主軸に物事を判断すると言います。過去の自分の経験に従って行えばミスをする事はないだろうと。
しかし、仮にミスをしなかったとしても、それ以上のリターンは期待されない。
これらの俗にいうコンフォートゾーンを抜けだし、広げることが大切であると教えてくれました。
広げた分だけ、景色が変わる、考えが壮大になる、関わる人付き合いが変わる。
いつ何時でも現状に満足する事なく進んでいければなと思います。

愛している。あなたがやらねば。言葉より実践だ。

お世話になっている先生からのお言葉

・まとめ

医療支援事業と合わせてカンボジアでの生活は、当時20の自分にとって非常に大きな経験になりました。
最も感じたことは

「生まれた事自体が人生最大のチャンス」なんだということ。
これほど、痛感したことは今までの人生で無かったです。

一度きりの人生。どうせいつかは亡くなってしまうのだからより人格的に。
カンボジアに行って学んで本当に良かったです。皆さんにおすすめです。

自分の可能性を信じて、どこまでも突き抜けて行こうと改めて思いました。
今日も心の底から最高の1日にしよう。

Run to the rescue with love and peace will follow.
〜愛を持って救済に迎え。そうすれば平和がその後を追うだろう。〜

ホアキン・フェニックス
アカデミー賞主演男優賞2020受賞者

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