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男尊左翼の耐えられない軽さ

 私は3年前にFLJというトランス問題を考えるサイトに「“TERF”と女性を呼んで批判している男性の皆様へ」という記事を寄稿させていただいた。当時もトランス問題についてTwitter上での議論が盛んで、その中でも特に私が強く懸念し問題だと感じていたのが、左翼・リベラル男性による、GCフェミニスト女性に対する過剰な批判・攻撃だった。彼らは、相手が性暴力サバイバー女性であっても容赦なく差別主義者呼ばわりし、差別をやめろと声高に叫んでいた。しかも、では何がトランス差別なのか、誰がトランス女性なのか、というこちらからの核心の質問には何一つ答えない。こんな事があってたまるか、と私は憤った。特に、2019年頃のTRAの勢いは凄まじく、それはこの方のツイを読んでも分かると思う。かく言うこの私も、知ってる人は知っているので書くが、最初期はTRA側にいた。一人のトランス女性が強い希死念慮を訴えていて、とても見過ごせなかった。が、トランス問題を学び知るうちに、異性装だけでも女性、という(クロスドレッサー)主張を知り、これはたまらない、おかしい、と疑義を述べると、当時のTRAから総攻撃を受けて、一か月ぐらい鍵をかけざるを得ない有様だった。そして、必要だと思ったので、TRA側、GC女性側の意見をとことん読んだ。トランスジェンダーについて一生懸命勉強した。そして、出した結論は、女性たちは一切差別などしていない、ただただ自分たちの安全と安心のために論陣を張り続けて戦っているということだった。私はためらわず女性の側につくことを決めた。こういう過去がある私だからこそ、TRA側につく男尊左翼の思考回路は少しは分かるつもりである。しかし、現在の男尊左翼の発言を見ていると、とにかく軽いのである。彼らの覚える文章は二つしかない。

・トランス女性は女性です
・トランス差別はいけません

 まさか、噓でしょ?と思うだろう。でも、本当にこんな感じなのだ。実にお手軽にカジュアルにトランス問題に参入してくる。ベースの発想は反差別。それはいいのだが、このトランス問題はかなりの勉強を必要とする難解な差別問題であり、(その気になったらバトラーの難解な理論すら参照せねばならない)気安く言及するのは望ましくない問題なのだ。いわゆる男尊左翼の皆さんも、少しTwitterで議論すればそれに気づくのだが、いかんせんミソジニー丸出しで「生意気で愚かな女どもが差別をしているなどけしからん。俺様が叱ってやる」ぐらいに思ってますから、論破されても引かないし、相手が非力な女性であっても平気で罵倒するし、性暴力サバイバー女性に対しても配慮など一切しない。知識は軽く薄っぺらく、ミソジニーの呪いはドス黒く重いという感じで、しかもなお辛いのは、彼らは左翼・リベラル思想の持ち主で、差別はいけない、人権は大事だと頭では一応分かっている人たちなこと。それゆえに右翼や保守より一層辛い存在だ。私たちが繰り返し「女性差別をやめろセクシスト」と批判しても全く堪えない様子なのは「女性の人権などあってないようなもの」と認識してしまっているので、女性の権利を制限したり、我慢を強いたりすることは、これまでそうであったように、これからもそうであってよい、と考えているからだろう。

       そ ん な わ け あ る か よ 。

 このトランス問題は、男性にとって一種のリトマス紙的な存在である。この問題の大枠を知ったうえで、どんな行動を取るかで、その人のミソジニーの深刻さ、女性差別、ひいては差別そのものをどう認識しているかが分かってしまう。いかなる人も差別されてはならない。ところが、人間社会では往々にしてそれぞれの権利が衝突することがある。それゆえ、公共の福祉という概念が産み出され、調整が求められる。ところが、差別について理解が浅い場合、一方に肩入れする考え方しか持てない。まして、いわゆるトランス女性は三、四種類ほどの属性が入っている難しい存在だ。そういう人たちと女性の権利が衝突した場合、よく吟味検討していずれかに何かを我慢してもらうしかないのだが、そういう複雑な事は一切考えない男尊左翼がメチャクチャ多い印象である。例えば、今後代理出産がクローズアップされた場合、男尊左翼の皆さんはこぞってゲイたちの側につき、女性は子どもを産んでやれ、拒否するのは差別だ、と言ってくるだろう。敵を知り己を知らば百戦危うからず。これに対しては女性を手段、道具として使うな、とぶつけ返せば理論ではまず負けない。男尊左翼に対しては常にお前たちは女性差別主義者のセクシストであると突きつけ、女性差別をやめろ、女性は一人の生きた人間だ、と繰り返し繰り返し言っていくしかないと思っている。

 


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