「いぐどわ」の同時性

 権太郎おごそか。
「おえもぎえでいーがらそろそどわいぐどわ」
 冷たいオレンジジュースに囁く。
「ごえもいぐどわさって、だぺした」

 新首都である津軽都(ツガルミヤコ)から来た記者はインタビューにならず、肩をすくめている。ちょっとカッコつけた彼は、
「憂鬱な午後はセメダインで出来ている」
と確実に感じていた。
 
 山々に抱かれたこの古民家で行われている、暗く、下らなく、血なまぐさい人間ドラマ。観客は拍手喝采だった。
 記者はそれに憧れ、作者である権太郎に話を聞くため、こんな田舎まで足を運んだのだ。

 ラストシーン、秘仏は権太郎と背丈が同じなので、背負えば入水自殺にはちょうど良く、コンデンスミルクの沼は優しく微笑んでお出迎えだ。

 コオロギ達の立派な刺青にはかなわないが、権太郎、心意気は負けてないつもりだ。

 言葉を待つ間、じれて、じれてポケットの中の小銭をもてあそぶ。肥大していた自我はなおも膨らみ続け、自分を、お前を、自分らの親戚一同を、同僚全員を許すことはできないというレベルにまで達している。

 その時→
1.青大将の生首にサクランボの種を咥えさせて土に埋める。
2.サブレの空き缶は廃屋とともに錆びて行く。
3.ほとんどのスベーグ人たちはカペリガムンを携行している。

         これらは果たして儀式なのか?

 〈仏間から響く、ラジオ・コマーシャル〉
 ラッキースター!ラッキーオクトパス!ラッキーバス旅行!
 あなたはすぐに当たりました!大事な信用・得するプレゼントなのです。

 ちょっとカッコつけた若い記者は、
「こーれは日本の会社では無いなぁー」
 とぼんやり感じていた。

 権太郎が亡くなり、後を継いだ権次、やっと語る、酒のせいか饒舌に。
「偉そうにサーベルカチャカチャ鳴らしている割には、お前よちよち歩きじゃねぇか。緑が見えたらいいんだとにかく。引幕なんだ大事なのは。後ろめた横町を抜け、踏切を抜け、交差点に差し掛かり、人ごみを縫って真っ黒油揚げを買いに行く羽目にはなっているが、本当に大切なもの(こと)それは、グリーンが降りてくることなんだよ。緑なんだ。あぁ、緑じゃねぇ、縁だ、縁な。んで、昆虫たちの間で言われてる神話なんか信じるもんじゃねぇんだ。とにかく最終には後ろめた横丁に戻れ」

 その時→オンボロ船の舳先を変えて、ロカビリー目指して行くが、さんさ時雨に怒られてカズ太は出て行く。見送りはフラワーちゃんが2、3人あるきりで、頭きて船べりを拳固で殴るが、ゴツンという音に驚くもの何一つとてなし。
 太陽のうそつきはニコニコ顔で有害ビームのごあいさつ。

 民家を出た記者は疲れ切っていた。権次には「では、後ろめた横丁に行けばホントウの事が聞けるんですね」と何度も何度も念押しした。
 権次は話を逸らしたり、「うーうう・・・」と曖昧に返事をしたりしていたが、確か13回目の確認で、突然キレて「うるせぇな、わかるっていってるだろ!」と答えた。

 早朝からインタビューを始め、現在、紅葉をさらに染めるかのような夕日がじっくりと山の向こうに沈む時刻。フラフラしながら、権次に言われたようにバスに乗り、ワンマンカーに乗り、繁華街に出る。
 
 「後ろめた横丁」は様変わりし、名前さえも変えていた。

 「ホントどうしようもな横丁」だ。

 ホトホトの記者は適当に入った大衆居酒屋にて焼酎をあおってはみるが、一度付いたトラウマと汚れはなかなか落ちるものではない。隣の外人の戸惑い振りを観察しながら、羽虫を親指の爪でぷつんと潰す。

 その時→ヘッドライトに照らされたのは確かに、安らかに眠るキツネ座、キツネ面の男たち10名だった。

 その時→セメント工場の従業員控室のラジカセのラジオの目盛にはマジックペンで印と日付が書いてあり、スピーカーの裏側にはニューミュージックがベットリとへばりついていた。

「だーめだコリャ」

 記者は酔い覚ましに歩き、いつの間にか港に着く。
オンボロ船はもういない。コートの襟を立て、夜の波間に浮かぶ顔に向けて出席を取るが、教員免許など持っていない。

 弟は持っていたが、大した教師ではなかった。

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