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(フィンランド視察3日目)フィンランドの「トラスト社会」

4日間のフィンランド視察の3日目。
マリン首相に会ったり、NATO加盟申請に至った経緯やデジタル関係の取り組みの説明を受けたりしたが、なかでも夕方の日本人のスタートアップ関係者とのディスカッションは、この視察で感じたことの総ざらいのようなとても有益なミーティングになった。

その内容を端的に表しているのが、写真の「トラスト社会」というページである。

1.トラスト社会
冒頭の写真は、ヘルシンキの隣町・エスポー市のスタートアップ支援組織の清水真弓さんの説明資料の1ページである。
その抜粋は以下の通り。

<トラスト社会=フィンランドの社会の特徴>
・国民・企業が北欧の福祉・平等精神の価値観を共有
・国家や組織の透明性が高く信頼度が高い。Happy Tax Payer
・人生でやり直しができる社会基盤。ありのままでいい。生きやすい
・失敗を恐れず、失敗から学ぶ姿勢
・活発な人材のモビリティ。人が繋がりやすい
・ヒエラルキーが低く、誰とでも話しやすいフラットな文化
・未来志向、競争より共創。重複や無駄を嫌う
・ボランティア・助け合いの精神
・労働者の権利・休憩の重要性を共通認識

つまり、上記のようなお互いを尊重し、信頼し合うフィンランド社会・国民の特徴が、スタートアップや新技術などに対する取り組みを推進する力になっているという説明だった。
今回の視察を通じて、このよう素晴らしい国民性を随所に感じることができたが、これには歴史的な経緯などから元々持っていたものと、国の制度や政策によって育まれたものの両方が背景になっているように感じた。
具体的に、前者は厳しい自然環境・隣国との関係や誠実で勤勉な国民性、後者は教育や高福祉・高負担の社会制度、ということになるのではないか。

2.歴史的な経緯や国民性
1)厳しい自然環境や隣国との関係
今回の視察で、緯度が高いために朝10時近くに日の出、16時前には日の入りとなり、フィンランドの人たちは、朝夕の通勤時間は真っ暗、つまり暗いなかで働き始めて、勤務が終わると暗くなっているという生活を送っていることに改めて驚いた。
また、今回の4日間で一度も太陽や青空を見ることがなかった。
一番南に位置するヘルシンキでこうした状況なので、国土の3分の1を占める北極圏では、冬は太陽が昇らない時期が何ヶ月も続く。
もちろん、寒さも厳しく雪も多い。
厳しい自然の中で農作物を育てるためには困難が多く、水深の浅いバルト海では魚も豊富に獲れるわけではないという。
そして東にはロシア、西にはスウェーデンという大国に挟まれ、歴史的に、ほとんどの時期がどちらかの国に支配されていた。
スウェーデンとは比較的関係は良好だが言語・文化が違う。
一方でロシアに支配されている時期は、強大な権力を持つ皇帝の権力の下で、民族としての独立性や自律性を発揮することができない。
そうした厳しい環境の中で、「SISU(シス)」という無口で我慢強い、不屈と言われるフィンランド人の国民性が出来上がったとのこと。
つまり、自分達が置かれた厳しい環境や状況を、まずはそのまま受け入れ、じっと耐えることができる国民性である。

2)誠実で勤勉な国民性
こうした厳しい環境の中でも自分達の文化や領土を守るためには、誠実で勤勉、お互いを信頼して連携するよう努める必要があったのかもしれない。
そのように長年努めてきたことが、上記の「トラスト社会」につながるフィンランド人の気質を形作ってきたのではないだろうか。
ただ、こうした国民性は、度重なる地震や台風などの災害に見舞われながらもじっと耐え、何度も立ち上がってきた日本人の国民性とも近いように思った。
日本との類似性については後述したい。

3.教育
「トラスト社会」を形作るために大きな役割を果たしているのは、やはり教育であろう。
その特徴は、幼児教育と教師の質、無償で手厚い支援、リスキリングなどの再教育、といった特徴にまとめられるのではないだろうか。

1)幼児教育と教師の質
今回の視察で訪問した保育園では、徹底して創造性と自主性を育む教育が行われていた。
保育士・教師が一人当たりで担当する子供の数は、3歳未満で3人まで、3歳以上で7人までと、保育士・教師の配置が非常に手厚い。
日本での保育士一人当たりの担当人数が2030人であることを踏まえると、いかに保育士・教師の目が行き届いているかがわかるだろう。
保育園のカリキュラムは、その保育士・教師に任されている。
見学した中では、
YouTubeの映像に合わせながら長さの違うプラスチックの筒で床を叩いて音楽を奏でたり
・市販の電気の実験キットを使ってカナヅチやハサミなど身の回りの電気を通すものを電線で繋ぎ、子供5人が電極を握って手を繋いで、それらの道具を触ってみることで音が出るおもちゃを作ってみたり(言葉ではなかなか伝わらないかもしれないが、身の回りのものや自分達の体を使った電気の実験である。実際にやってみたが、僕らでも面白かった笑)
・紙で作った王冠や風呂敷のマントを被って、自分達で役を割り振り、シナリオを作って即興の演劇をやってみたり
YouTubeの映像に合わせて歌いながら北欧の国の名前と地図を覚えたり
といった、独創性や創造性、自主性を育む授業(でもあり遊びでもある)が行われていた。
これらの教材やカリキュラムは基本的に教師に任されているが、教師一人ひとりが自分が面白いと思うことを工夫しながらやらせてみることが基本になっているという(電気の実験の教師に聞いたところ「自分が化学オタクなのでどんどん思いつくんだよ」とのこと笑)。
また、「来週のクラスで何をやるかを準備する時間」として毎週5時間を確保し、子供たちの保育から離れて、クラスで試した新しいカリキュラムの内容や結果をお互いで共有したり、新しい教材を探したり、教材を作ったりする時間に充てているという。
つまり、幼児教育(多分小学校以降の教育の全て)の創造性や自主性は、能力の高い教師自らの創造性や自主性、つまり「教師自らが楽しむこと」から生まれているのではないかと感じた。

2)無償で手厚い教育支援
こうした教育は、幼児教育と小学校から高校までの義務教育期間(2021年に義務教育期間が16歳から18歳に引き上げられた)はもちろん、大学などの高等教育まで無償で行われるという。
特に大学の修士課程や博士課程では、教えたり研究したりすることに対する報酬も支払われるので、基本的に教育で経済的な負担を感じることがほとんどないという。
さらに、学校はほとんどが公立。
つまり上記のような(日本では一部の富裕層向けの私立学校でしか受けられないような)創造性・自主性を育む質の高い教育が、公立の学校で、全国的に、誰に対しても行われるような徹底した制度づくりがなされている。
日本でも一部の市町村で「高校までの教育の無償化」が実施されるようになってきたが、これを国の施策として、しかも原則として全ての学校で提供しているという徹底ぶりに頭が下がる。

3)リスキリングなどの再教育
フィンランドでは、多くの仕事が資格に基づいて行われている。
人々は資格をとって就職し、定期的に離職して別の資格を学び直し(リスキリング)、新しい資格を身につけて次の職業についていく。
失業手当が充実していて、学び直しの費用にも手厚い支援があるために、安心して離職・転職ができるのである。
費用面だけでなく、働きながら学び直す人に対して、仕事を早く切り上げるなど学ぶ時間の確保を支援する制度まである。
資格に基づいて採用されるため、資格を取らなければその職業には就けないが、逆に資格を取れば自分のやりたい新しい仕事への就職はほぼ保証されるという。
そうして、前よりも高い給料の職業、自分のやりたかった職業へと、どんどん転職を繰り返していくのがフィンランド流のキャリアの作り方になる。
そのようにして人々が転職を繰り返していくことで、雇用の流動性が自然と確保され、生産性や成長性の低い業界から高い業界へと、どんどん労働者が流入していく。
つまり、資格に基づく採用や、失業手当、リスキリング支援などの制度が、産業の新陳代謝を促す仕組みにもなっている。
これから「リスキリング」を「人への投資」の大きな柱として進めていこうとしている日本にとって、フィンランドのこうした制度は大いに参考にしなければならないと感じた。

4.高福祉・高負担の社会制度と政府への信頼度
フィンランドをはじめとする北欧諸国は、よく知られているように高福祉・高負担の国である。
フィンランドでは、消費税は通常24%、所得税は累進性が高く最高で60%。
日本でこのような税制を実現しようとすると、何度も解散・総選挙を行い、幾つもの政権が倒れるだろうし、それでもなお実現には長い時間がかかるだろう。
それでもフィンランド国民には、不満の声は少ないという。
むしろ、自分達のことを「Happy Tax Payer」、つまり「喜んで税金を払う人たち」と呼んでいるとのこと。
この背景には、高い税金に見合うだけの教育などの公的サービスが受けられている、という満足感があるのであろう。
そしてもう一つ大事なのは「政治への信頼感」だという。
フィンランドでは、政治家の金銭スキャンダルや汚職はほとんどなく、偉ぶらずに国民の声を聞き、大胆に新しい政策を立案し、推進していく政治家は、尊敬の対象になっているという。
高い税金を払っても、それを適正に支出する政府と、それを実現する政治家に対する信頼感。
これは本当に羨ましい、いや是非見習うべきことだと強く感じた。

5.日本との類似性・親近感と相違
1)日本との類似性と親近感
フィンランドに住む日本人は、フィンランド人と日本人との類似性を感じることが多くあるという。
フィンランドは、財布を落としても鉄道の駅や警察にちゃんと届けられる。
これは、日本にも同様の状況があるが、欧州の多くの国ではそうではなく、他の多くの国を含めて極めて少数の国のみでみられる美徳らしい。
また、フィンランドは「公共のトイレがきれいな国」である。
他者のために無償の公共トイレをきれいに使うという我々日本人にとっても当たり前のことは、やはりフィンランドや日本など、一部の国でしかみられないことらしい。
そして、意外なことにフィンランド人は日本人に対する親近感を持っているという。
それは、上記のような日本との類似性もあるが、日露戦争も大きな要因になっているという。
つまり、1900年台の初頭に日本とロシアとの間で行われた日露戦争は、1905年に日本の勝利という形で決着したが、この日本の勝利は、それまで強大な権力でフィンランドを支配していたロシアに対して、フィンランド人が自主性を主張するきっかけとなり、1906年の(ロシアの支配下でありながら)初の国政選挙につながった。
そして、日露戦争の敗戦によってロシア皇帝の権威や権力、統治力が大きく低下し、1917年のロシア革命とソビエト連邦の成立につながり、フィンランドの独立へと至ることになった。
今回の国会議事堂見学でガイドを務めてくださった高齢の女性が、ガイドツアーの最後に、「フィンランドの民主化や初めての国政選挙、そして独立につながるきっかけを作ってくださった日本の国会議員の皆さんを案内できたことは大変光栄でした」とおっしゃってくださった。
こうした歴史的な経緯のフィンランド人にとっての重みは、我々の知らなかったフィンランドと日本との強いつながりを感じさせてくれた。

2)日本との相違点
一方で、相違点も多いように感じた。
まず、上述の「政治への信頼感」はその最たるものだろう。
我々政治家は、改めて襟を正し、あらゆる機会をとらえて、日本の国民の皆さんから信頼していただけるよう、謙虚に、偉ぶらず、丁寧に声を聞いて、国民のための政策の実現に努めなければいけないと強く感じた。
この他の相違点として大きいのは、「現実的(プラグマティック)」ということだろう。
フィンランドの人々は「Pragmatic」(現実的)という言葉をよく使うという。
今回の視察でも、核燃料廃棄物の地下処理場「オンカロ」やヘルシンキの地下シェルターの見学、教育制度やデジタル化政策などの説明で感じたことが、まさにこの「現実的(プラグマティック)」ということだった。
つまり、制度を作って終わりではなく、その制度が十分に機能するように、詳細を検討し、徹底して準備し実施した上で、常に見直し、使える状況にしておくということが徹底されているということだ。
これは、厳しい自然や隣国との関係の中で、そうした現実的な準備を徹底しておかなければ国土や国民の生命・財産は守れないという現実的な強い危機感からきているのではないだろうか。
日本においても、「現実的(プラグマティック)」に徹底して制度・政策を検討し、実行していくことは、大いに見習わなければいけないと感じた。

6.今後に向けた考察
今回の視察を通じて、「日本もそうでしょ?」「日本ではどうやっているの?」「日本は大丈夫なの?」という問いかけを何度も受けた。
例えば、「日本もロシアに接している国でしょ?」「日本では女性の活躍をどうやって進めていこうとしているの?」「日本でも少子化・高齢化が進んでいるでしょ?」という文脈で聞かれることが多かった。
これは、フィンランド人の日本に対する親近感や関心の高さを表しているのだろう。
そしてもう一つ、日本と一緒に取り組みたい、というメッセージも感じられた。
フィンランドは、ロシア情勢などの国際的な政治・外交・経済などの面で、日本も信頼できるパートナーだと思ってくれている。
女性活躍が進んでいない国の一つとして、日本に対して自分達の取り組みから協力し、貢献できることがあるかもしれないと思ってくれている。
そして、(子育てや教育、女性活躍が進む国にしては意外なことに)深刻な少子化・高齢化が進むフィンランドは、同様の状況にある日本と連携し、協力して、こうした課題を解決したいと思ってくれている。
つまり、フィンランド人は、日本のことを「国際的なトラスト社会における信頼できるパートナー」として捉えてくれているのではないだろうか。
もしかしたら、だからこそサンナ・マリン首相は、我々にお会いしてくださったのかもしれない。

「世界一幸せな国から信頼してもらっている日本」

我々は、そのことを自覚しながら、フィンランドとの協力関係を深化・進化させていき、外交を含む様々な問題・課題を「現実的(プラグマティック)」に解決していかなければならない。
そのことが、今回の視察から得られる一番大きなでメッセージなのだろう。

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