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憧れの空とパラグライダー #19

どこまでも続く青空を見ていたら、ふと「空を飛んでみたい」という気持ちが湧いてきた。

空を飛べるレジャーってあるだろうか。たとえあったとしても、何か資格や免許が必要なのではないか。

試しに「空を飛ぶ遊び」で探してみると、パラグライダーなら誰でも空を飛べるという。料金もそれほど高くなかった。

本当に素人でも飛べるのだろうかと、わたしは半信半疑で予約を入れた。

向かったのは茨城県つくばにあるパラグライダースクール。「つくば」駅で降りると、そこから送迎車に乗って移動した。

到着したのは掘っ立て小屋のようなスクールだった。そこで受付と運動着の着替えを済ませる。

この日の予定は、午前中は平地でパラグライダーの操縦を練習。午後からフライトをする予定になっていた。

しかし女性インストラクターによると、今日は午前中しか風が吹かなさそうなので、最初にフライトを行うという。

いきなり飛ぶなんて心の準備ができていなかったが、風の問題では仕方がない。わたしとインストラクターは車でフライト地点に向かった。

フライト地点は標高300mにある丘だった。見晴らしがよく、吹き付ける風が気持ちいい。

わたしはインストラクターからパラグライダーの説明を受けた。

パラグライダーは簡単に言うと「凧あげ」と同じなのだそうだ。グライダーという翼に風を集めて、空を滑空するのである。

フライト中はグライダーの操縦が必要だが、それはすべてインストラクターが行ってくれるという。

わたしたちはフライトの準備を行った。

まず、わたしが前、インストラクターは後ろという形で並んで立った。そして二人用のハーネスを着用した。

そのハーネスにパラグライダーの翼を装着させる。わたしたちは体に凧を装着したわけだ。

こうしてフライトのための準備が完了。しかしまだ空は飛べなかった。

フライトには向かい風が必要なのである。地上とフライト地点、両方で向かい風が吹いた時にゴーサインが出るという。

わたしたちは重い装備を着用したまま、何分も待った。

どれほど経っただろうか、ついに待ち望んでいた風が吹き始めた。いよいよ飛ぶ瞬間が来たのだと、胸が高鳴るのを感じた。

インストラクターは無線のやり取りを行い、地上でも同じ風が吹いていることを確認、ゴーサインを出した。

「これからわたしが『いい』というまで、ひたすら走ってください。どんなことがあっても、何が起きても、絶対に走ってください」

と彼女は言った。

わたしは全力で走りだした。すると翼が開いてわたしの体を後ろへと引っ張る。あまりの力強さに全身を羽交い絞めされたような気分だ。

それでも歯を食いしばると、地面に食らいつく気持ちで足を前に出す。それに合わせて風の抵抗もどんどん強くなっていく。

「走って、もっと走って!」

丘の先は急な下り坂が待っている。このまま走ったら斜面から落ちるのではと心配になったが、まだ「いい」と言われていないので足を止めるわけにはいかない。

ひたすら足を動かしていると、いつの間にか足が空を切っていた。下を見ると地上がどんどん離れていく。まるで飛行機が離陸した時の景色のようだった。

「飛んだ!」

わたしは思わず叫んだ。

テイクオフは成功した。あとは風が自動で運んでくれるという。

とても爽快な気分だった。体が軽くて羽のようで、どこまでも飛んでいけそうだ。

わたしを空へ導いてくれた風は、びゅうびゅうと威勢の良い音を立てて吹き付ける。向かい風を受け、パラグライダーはますますスピードを上げた。

ようやく興奮が収まると、わたしは空からの眺めを堪能した。周囲は森や田んぼが多く、緑にあふれた景色だった。

ふと、遠くに水平線が見えた。水平線は太陽の日差しを浴びてキラキラと光っている。

あれは海ですかとインストラクターに聞いたら、霞ヶ浦という湖だそうだ。

数分のフライトの後、やがて着陸ポイントが見えてきた。

着陸ポイントは広大な芝生の上にあり、大きな二重丸のマークが描かれている。パラグライダーは円を描きながら少しずつポイントに近づいて行った。

「着陸の際もひたすら走ってください」

とインストラクターが言った。

そして着陸の瞬間がやってきた。わたしは空中で足を猛スピードで動かすと着地に備えた。

地面に足が着いた瞬間、自分の体重を感じた。また、重力が支配する世界に戻ってきたのだ。

パラグライダーはかなりのスピードで着地したため、着陸した後も勢いが残っていた。わたしは思い切り走ったが、バランスを崩して転んでしまった。

わたしは地面から起き上がると、インストラクターにパラグライダーとハーネスを外してもらった。

「初フライトお疲れ様です!」

インストラクターがハイタッチしてくれた。

フライトが終わった瞬間、わたしはポケットにデジカメを入れていたことを思い出した。空の景色を撮影する予定だったが、興奮のあまりカメラの存在を忘れてしまったのだ。

フライトのあとはお昼休憩。

空を見上げると、他のスクール生たちがパラグライダーで空を飛んでいる。中には熟練のメンバーがいて、自分の3倍近くの高度を飛んでいる人がいた。あまりの高さに豆粒サイズにしか見えないほどだ。

「どうやったらあそこまで飛べるんですか?」とインストラクターに聞くと、上昇気流をつかめば飛べるという。

その人はいつまでも空を飛んでおり、まったく地上に降りてくる気配がなかった。

休憩の後は平地でフライトの練習。


一人用のハーネスとパラグライダーを着用すると、高さ一メートルほどの斜面を飛んだ。

フライトのたびに翼が広がり、全身を押さえつけられたような抵抗を感じる。そこを全力で走るのだが、何度もやるとかなり疲れた。

こうしてわたしは空を飛んだ。免許も資格もなしに、その日の内に飛んだ。

重いパラグライダーを背負って走り、足が地上を離れた瞬間。あの時の感動は生涯忘れられない瞬間となった。


エッセイ「大人のあそびのずかん」

https://note.com/jun10001/m/m6df8f578d27e

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