わたしがキャンプデビューに失敗した理由
新しい趣味にキャンプを始めることにした。リュック一つあればどこでも寝泊まりできる、その自由さに憧れたのだ。
それにアウトドアレジャーを体験しに遠征すると、近くの宿泊場所がキャンプ場しかないことが多い。キャンプ道具があると何かと便利なのだ。
さっそく行きつけの登山用品店でテントや寝袋などを購入する。うっかりクレジットカードの限度額をオーバーしてしまったが、これで必要な道具は揃った。
初夏の晴れた日、わたしは奥多摩にあるキャンプ場に向かった。
駅を出ると大きな橋を渡る。そこから坂を下ると、川辺にキャンプ場が広がっていた。
受け付けをするとスタッフの人に「川の近くでなければどこにでもテントを張っていいですよ」と言われた。
わたしは川から離れた砂地に荷物を置くと、テント設営を始めた。
まずはテントを広げる。続いてペグと呼ばれる留め具をテントの四隅に仮置きする。そしてテントの支柱となるポールを組み立てるのだが……
「ポールがない!」
わたしは愕然とした。支柱がなければテントは自立できず、ただの布切れ同然である。そのポールを家に忘れてしまったのだ。
ショックのあまりひざを抱えて座ると、30分ほど川を眺めて過ごした。
今日は家を出る時からウキウキ気分だったのに。キャンプ中に食べるご飯を買ったり、夜、テントの中で読む本を選んだり、あんなに楽しみに準備したのに。
しかしないものは仕方がない。気を取り直すとテントをしまって出かけることにした。
わたしは電車に乗って「奥多摩駅」へ向かう。そして駅から奥多摩湖まで10kmの道のりをトレッキングした。
夜。キャンプ場に戻ると、潰れたテントの中に寝袋を敷いた。そして寝袋にくるまれると、顔だけ外に出した状態で眠る。
あまりにも無防備な恰好だが、不思議と怖さは感じなかった。辺りからは虫の鳴き声や川のせせらぎが響き、むしろ落ち着くほどである。
この日は平日なのでキャンプ客はほとんどいない。たった一人、渓流釣りに来た男性が川の上流でテントを張っているだけである。おかげで恥ずかしい姿を人に見られずに済んだ。
「空を見ながら眠るなんて乙だなあ」とわたしは強がりを言った。
真っ黒な空を見ていると、そのまま天に吸い込まれそうな気分になる。気が付くと眠りについていた。
次の日、朝焼けの光で目を覚ました。あまり眠れなかったというのが正直な感想である。
わたしはバーナーでお湯を沸かし、お汁粉を作って飲むと、撤収作業をして帰宅した。
別の日。わたしは今度こそキャンプデビューを成功させるべく埼玉県長瀞へ向かった。
「長瀞」駅で降りると、しばらく歩いた先に目当てのガイドショップを発見。
この日は「ダッキー」というレジャーを体験し、その後キャンプをする予定だった。
ダッキーは一人乗りのゴムボートを使ったウォータースポーツである。ゴムボートはカヌーよりも壊れにくいため、より激しい川下りに使われる。
受け付けを終えると更衣室で水着に着替える。それが終わるとボートを持って「荒川」に向かった。
川のほとりでパドルの漕ぎ方を習うと、ボートに乗って出航。
ボートはかなり不安定で、乗っているだけでぐらぐらと揺れた。川の流れが激しいので、うまくコントロールしないと落水してしまいそうだ。
水流に乗ったボートは猛スピードで川を下っていく。流れに対してボートが正面を向くよう、何度もパドルで方向転換した。
時には迫りくる岩を避けたり、「瀬」と呼ばれる急流を乗り越えたり、目まぐるしく変わる景色を楽しんだ。
この日はわたしのほかにアメリカ人女性の2人組がツアーに参加していた。彼女たちは荒川の急流に耐え切れず、時折ボートから落水していた。
出発してしばらくすると流れが穏やかなエリアに突入した。
水流が落ち着いたので、ようやくゆっくりと「岩畳」を鑑賞できた。岩が崖のように切り立つ光景は迫力満点だ。
わたしはボートに乗ったまま寝転んだ。夏の日差しは気持ちよくて、このまま眠ってしまいそうだ。
アメリカ人女性の2人組もボートに寝転がった。よほど快適だったのか、
「このままずっとこうしていたいわ!」と、大喜びで語っていた。
ツアーの終盤、ひときわ大きな「瀬」を乗り越えたところでツアーは終了。
お店に戻って着替えを終えると、わたしはガイドさんに
「今日はテントを持ってきたんですけど、無料でテントを張れる場所ってありますか?」と聞いた。
すると彼は秘密のスペースへ案内してくれた。
そこは狭い川沿いの道を進み、けもの道を抜けた先にあった。辺りは背の高い雑草に囲まれた砂地で、ちょうど一丁だけテントを張れるようなスペースがある。地元の人だけが知っている特製のキャンプサイトだ。
わたしはガイドさんにお礼を言うとテント設営を始めた。
ポールを忘れずに持参したので、今度こそテント設営は成功した。完成したテントを見て、わたしは秘密基地が完成したような気持ちになった。
さっそく中に入ってみる。一人で過ごすには十分過ぎる広さで、足を伸ばして横になれた。屋外でこんな快適にくつろげるなんて、不思議な気分だ。
テントを出るとキャンプファイヤーのための焚き木を拾い集める。川辺には乾いた流木があちこちに落ちていた。
日が沈んだ後、わたしは焚き木に火をつけた。火は少しずつ大きくなり、立派な炎へと姿を変える。パチパチと燃え盛る炎はどれだけ見ていても飽きなかった。
誰もいない川辺で野宿なんて、まるで冒険家になった気分だ。わたしは歌を歌ったり、夜空を眺めたりして過ごした。
火の始末をすると就寝。
次の日。目を覚ますと外はしとしとと雨が降っていた。
キャンプを始めたおかげで、わたしの行動範囲はぐっと広くなった。山だろうが川だろうが、リュック一つ持っていけばどこにでも寝泊まりできるようになったのだ。
デビュー戦で強烈な失敗をして以来、テントのポールを忘れるような失態は犯していない。しかし、箸を忘れて木の枝でご飯を食べたり、バーナーを忘れたせいで夕食抜きになったり、些細なミスをすることはある。そういった失敗も含めて丸ごと楽しめるのが、キャンプの奥深い所だと感じる。
エッセイ「大人の遊びのずかん」
https://note.com/jun10001/m/m6df8f578d27e
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?