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DXに「AI」は必要か?

どうも、エンジニアのgamiです。

BtoB SaaS業界で働いていると、「AIで業務効率化!売上アップ!」みたいな他社のマーケティングメッセージをたまに目にします。そしてその度に、モヤモヤした気持ちになります。

「AI」という言葉はここ数年で急速にバズワード化し、マーケティング用語として濫用されつつあります。もちろん、人工知能の関連技術が現実の業務や事業に役立つ局面はかなり増えています。しかし「AI」という言葉の流行は、人間がより多くの価値を生み楽しく働くために必要なことのディティールを覆い隠しています。より直接的に言えば、よくわからず「AI」を礼賛する人は、人間を含む現実の複雑さを軽視しすぎています。


AIは存在するか?

そもそもAIという言葉の定義は非常に曖昧です。平成28年版の情報通信白書でも、AIに関する定義を諦めてしまっています。

例えば、人工知能(AI)を「人間のように考えるコンピューター」と捉えるのであれば、そのような人工知能(AI)は未だ実現していない。また、現在の人工知能(AI)研究と呼ばれるほぼ全ての研究は人工知能(AI)そのものの実現を研究対象としていないことから、人工知能(AI)とは各種研究が達成された先にある、最終的な将来像を表現した言葉となる。ここで例示した、「人間のように考える」とは、人間と同様の知能ないし知的な結果を得ることを意味しており、知能を獲得する原理が人間と同等であるか、それともコンピューター特有の原理をとるかは問わないとされる。また、人工知能(AI)とは「考える」という目に見えない活動を対象とする研究分野であって、人工知能(AI)がロボットなどの特定の形態に搭載されている必要はない。
このような事情をふまえ、本書では人工知能(AI)について特定の定義を置かず、人工知能(AI)を「知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」と一般的に説明するにとどめる。

平成28年版 情報通信白書

仮に「知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」という定義を採用するなら、それを見た人が「知的だ」と思った全てのプログラムは「AI」ということになってしまいます。実際、ネット上の記事などを見ると単なるルールベースの自動化プログラムが「AI活用事例」として紹介されていたりします。

現時点でAIのイメージを最も実現している分野は、機械学習でしょう。それでも、業務の現場で起こるさまざまな状況に柔軟に対処できるようなAIは、まだ実現されていません。

注意深く見ると、人工知能が得意なことと不得意なことの間には、ばらつきがある。人間が簡単にできることが、人工知能にはまだできない。一般に、「常識」に基づいて判断するようなことは、人工知能は不得手である。このことは、人工知能がロボットなどに搭載されて家庭や街に出るようになると深刻な問題になってくるだろう。介護など、人手不足の分野で人工知能が活躍するためには、この「常識の欠如問題」を何とかクリアしなくてはならないのである。
(中略)
現時点で開発されているロボットは、管理された人工的環境の中では力を発揮するが、野生ではさまざまな状況に対応できない。「野良ロボット」がいないのはそのためだ。

 茂木健一郎『クオリアと人工意識』第一章 人工知能と人工意識 より

前掲した情報通信白書にあるようにAIを「人間のように考えるコンピューター」と捉えるのであれば、まだそんなものは存在しないということになります。

「AIで働き方改革!」のおかしさ

昨今は、みんな大好きDX(Digital Transformation)の文脈でAI活用が語られることも増えています。

 DX推進のキーテクノロジーとなるのは「AI」です。実際に、世界有数のデジタル企業はAIを活用してビジネスを成長させています。最近では、プログラミングコードを書かずにAIを構築できるツールも生まれ、AIの活用は急速に拡大しています。

DX推進キーマンの「AI人材」が大幅不足--その中で企業が打つべき一手は? - CNET Japan

DXについても話すと長くなるわけですが、大きくは守りと攻めの2種類の話が含まれます。

ビジネスパーソンのためのDX入門講座エッセンス版より

攻めの話でAIが出てくることはまだわかります。ですが、いわゆる「働き方改革」に近い守りのDXに関してAIを第一義的に掲げるような言説には、かなりの違和感があります。

もちろん、業務効率化の中で人工知能関連技術が使われる局面は十分にあるはずです。きゅうりの自動仕分け機をTensorFlowで作った話は、僕も大好きです。

しかし、多くの会社がまず最初に気にするべき業務改革や生産性向上策は、「AIをどう使うか」ではありません。そうではなく、どうしたら変化に強い組織を作れるか。具体的には、情報システムをコントロールできる人をいかに社内に増やすか、抽象的で自由度のある指示でも動ける自己組織化されたチームをどう作るか。こうした課題に取り組んだ方がよっぽど建設的です。

たとえばGoogleは、自社の働き方や生産性向上策について積極的に発信しています。

こうした発信を見ても、「AI活用」といった話が全面に出てくることは全くありません。Googleの研究チームによって明らかになった生産性が高いチームの特徴とは、AI活用が進んでいることなどではなく、チームの心理的安全性が高いことでした。

DXという言葉がイメージしている働き方は、誤解を恐れず言えば「GAFAや筋の良いスタートアップが実現しているような働き方」です。そうだとすると、まず最初にAIの話が出てくることのおかしさを強く感じます。

ビジネスの文脈に蔓延するSF的想像力

AIという言葉に限らず、SF世界の文学的概念が政治的経済的な文脈で濫用されるという事態はこれまでも繰り返されてきました。こうしたSF的想像力を掻き立てるわかりやすい用語は、現実の複雑さを覆い隠してしまいます。

たとえば1990年代には「サイバースペース」という言葉が不用意に持て囃されています

コンピュータのネットワークは現実には異世界を作りだすわけではない。SNSやMMO RPG(大規模他人数参加型オンラインRPG)でいくら自分のアバター(自分が操作するキャラクター)が活躍していたとしても、その操作主体であるぼくたち(プレイヤー)の身体は、あくまでも「いまここ」の平凡な現実のなかに存在している。現実と虚構、プレイヤーとキャラクターのこの区別は、サイバースペースの出現によっても、なんら脅かされることがない
にもかかわらず、一九九〇年代の情報社会論では、サイバースペースの比喩に無批判に引きずられ、情報技術の普及が、ぼくたちが操るキャラクターだけではなく、プレイヤー自信の身体感覚も直接に変容させるかのように議論されていた。
(中略)
ぼくはむしろ、情報技術の普及はたしかにあるしかたで現実と虚構の境界を揺るがしてしまい、それは哲学的にも重要な意味をもっているが、しかしその変容はサイバースペースのような単純な比喩で捕まえられるようなものではない、と主張したのである。

東浩紀『ゲンロン0』 第6章 不気味なもの より

最近でも、ビジネス読者向けの記事で「シンギュラリティ」とか「デジタルツイン」といったSF的な用語が使われるのをよく目にします。また、SF的想像力をビジネスに活かす「SFプロトタイピング」という手法まで出てきています。

もちろん、SF的想像力によって「必ず来る未来」を予想しそこから逆算して新規事業を考えるような手法は、役に立つことも大いにあるはずです。イーロン・マスクも攻殻機動隊が好きであることを公言しています

しかし、SF的世界に耽溺し、目の前の現実にいる顧客や従業員の感情や体験を蔑ろにするようなことは、本末転倒です。

「ゼロからはじめたい」症候群に抗う

現実の課題を直視せずにSF的な世界を夢想し、「AI」など未知のテクノロジーに救いを求めるような心の動き。それは、ソフトウェア開発における「ゼロからはじめたい」症候群にも似ています。今の組織やシステムを見ると、長い歴史の中で想像できない数の課題が地層をつくっている。それを1つずつ丁寧に紐解いて改善するよりは、新しい技術でゼロから作り直した方が良いものができるんじゃないか。そんな悪魔の囁きが、誰の心も惑わせます。

しかし、こうした試みはたいてい失敗します。

ある程度までこじれてしまったソフトウェアを見たとき、多くの経験の浅いエンジニアやベンダーはこれを最新技術でゼロから完全に作り直したら楽になるんじゃないかと考えてしまいがちです。こういう気持ちになったことは筆者は何度もあります。その結果、再構築を提案してしまう。ところがこれには大きな落とし穴があるのです。
今動作しているのと、同一のソフトウェアを完全にゼロから作り出すことを想定した場合、大抵の場合、これまでの累積工数を以前のシステムより圧倒的に短い工期で作り直すというプロジェクトになります。そうしなければ、作り直しを行うビジネス的な経済合理性があまりないからです。
(中略)
結果的にこのアプローチは、相次ぐ遅延やプロダクトオーナーとのすれ違い、担当者の離職、ビジネス環境の変化、これらの組み合わせなどで非常に困難なプロジェクトになります。完成してもその直後から技術的負債になってしまうといった最悪の事態になってしまった事例も数多くあります。

「技術的負債」への処方箋と「2つのDX」

どんなに目を背けても、目の前にあるシステムや組織は長い歴史の中で育ててきた、現実に金や価値を生んでいるものです。どんなに課題が山積みに見えたとしても、「AIを導入して丸っと作り変えたら解決!」といった単純な話ではありません。DXというキラキラワードと反して、やるべきことの実態は、業務を整理して、データの出処と活用場所を見つけたり、一部を自動化したり、そのためのシステムを構築したり、その調整のために関係者を説得したり、それらの動きを自律的にできる人を増やしたり。こうした地味で面倒くさい作業の積み重ねでしかありません。

何度も言うように、こうした地道なDXの動きの中で、人工知能関連技術で解くべき課題が出てくる可能性もあるかもしれません。使い始めたソフトウェアがたまたま裏側で人工知能関連技術を使っていることもあります。

しかし、普通の会社が普通に働き方改革をする場合にいきなりAIをAIとして意識すべき状況はまず無いでしょう。まだ見ぬ「人工知能」に夢を見る前に、目の前の社員の「天然物の知能」を最大限活かす方法を考えた方が、よっぽど地に足がついていると僕は思います。

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