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「DX人材って何www」と思う方へ

どうも、エンジニアのgamiです。

3/15頃のTwitterのTLが、「DX人材」という言葉で盛り上がっていました。おそらくきっかけになったのは、昨年5月に公開された下記記事の「DX人材に求められるスキル」に関するマンダラチャートがリツイートされたことでした。

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(上の記事から引用)

特にエンジニア界隈の一部で、「DX人材って何www 流行り言葉に乗っかるなよwww」みたいな反応をいくつか見ました。その感覚自体はわかりますが、一方でそういうシニカルな反応によって「DX」というムーブメント自体が勢いを失ってしまうとすればそれはもったいないなあとも思います。

DXが目指す方向性の1つとして組織や職種の「分断」を解消することがあると思いますが、「DX人材」という言葉に対するTwitterでの賛否両論を見ていると、まさに乗り越えるべき「分断」がそこにはあると感じました。そこで今回は、こうした「分断」の解消を目指す立場に立って、「DX人材」という言葉について考えます。


「DX」は空虚なバズワードか?

「DX人材」という言葉に懐疑的な反応が多いのは、そもそも「DX」という言葉が抽象的でわかりにくいという原因があると感じます。「DXとかよくわからないバズワードを広めて、また不当にお金儲けしようとしてるんじゃないの?」みたいな感覚すら持っている人も多そうです。自分もそうだったので、気持ちはとてもわかる。

一方で、「DX」とか「Digital Transformation」は、少なくとも1企業が営利目的で流行らせた言葉ではありません

「Digital Transformation」という言葉が初めて使われたのは、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授のエリック・ストルターマンが発表した  "Information Technology and the Good Life" という論文だとされています。

In the paper we explore and propose a research position by taking a critical stance against unreflective acceptance of information technology and instead acknowledge people's lifeworld as a core focus of inquiry. The position is also framed around an empirical and theoretical understanding of the evolving technology that we label the digital transformation in which an appreciation of aesthetic experience is regarded to be a focal methodological concept.

( "Information Technology and the Good Life")

日本におけるDXブームは、経済産業省の動きをきっかけにして巻き起こっているように見えます。経産省では2018年5月からデジタルトランスフォーメーションに向けた研究会が行われています。また活動の成果として、2018年9月に『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』を、2020年12月に『DXレポート2(中間取りまとめ)』を公開しています。経産省の2つのDXレポートは、DXに関する多くの議論で参照されています。

また日本CTO協会も、企業のデジタル化とソフトウェア活用のための「DX Criteria」というガイドラインを監修・編纂しています。(ちなみにDX CriteriaでいうDXは、Digital TransformationとDeveloper eXperienceの「2つのDX」の意味を含んでいます。)

「DX」という言葉が目指すもの

「DX」という言葉は、他の多くのバズワードと同じように、様々な文脈や思惑の中で便利に使われています。ときには本来の意味を無視した浅い解釈で説明されたり誤用されたりしているようです。この状況が、「DX」への理解を妨げています。いま一度、DXとは何かをちゃんと理解することが重要です。

たとえば経産省が2018年12月に公開した『DX 推進ガイドライン』におけるDXの定義は次の通りです。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

ここで重要なのは、DXがビジネスモデルや組織や企業文化の変革をも含むということです。単純に「ITシステムを導入する」とか「ソフトウェアを内製する」という変化は、DXの一部でこそあれ、DXそのものではありません。

また、「DX Criteria」にはその目的について次のように書かれています。

DX Criteriaの目的は 「超高速な事業仮説の検証能力を得ること」です。
企業のデジタル化において、事業戦略の重要性は言うまでもありません。
しかし、本基準においては事業戦略そのものよりもむしろ、戦略を遂行するための高速な意思決定・高速なアプリケーションの開発・改善・測定・仮説構築などを実施する能力そのものを最重要視します。
なぜなら、現在のマーケットの不確実性の中で勝ち残る能力において最も重要なのは、「変化に適応」できるということだからです。

ここではDXが目指す「変革」がより具体化されています。現代の市場環境は不確実性がとんでもなく高いので、生き残るためには事業仮説の検証を高速に回すためのシステムや組織が不可欠である、というわけです。

なぜ焦って「DX」を押し進めなければいけないか?

一方で、まだDXという言葉を信じきれない人からすると、次のような疑問があるでしょう。

「今までも企業にまつわる変革は重要だったはずだけれど、なんで今になってDXとかいう言葉を焦って流行らせようとしてるの?」

経産省のDXレポートを読んでいると、「デジタル競争の敗者」とか「技術的負債がIT予算の9割に」とか「サイバーセキュリティのリスクが」といった悲観的な主張がたくさん出てきます。「今のままじゃ日本マジヤバい」という焦りがひしひしと感じられます

この「今のままじゃ日本マジヤバい」感にどのくらい共感できるかによって、DXという言葉の納得感が変わってくるといえます。僕の場合は、『アフターデジタル』という本を読んでからだいぶ納得感が得られました。このあたりの話は、以前のnoteでも書いています。

ではその新しいゲームルールとは何か。それは、人間の「行動データ」を広くたくさん集めてうまくビジネスに活用した者が圧倒的に勝つ、そんなゲームです。

ではどうやって「行動データ」を集めるか。それがこのゲームの裏ルールで、「とにかく顧客体験を改善しまくって、顧客に自社やサービスを好きになってもらい、顧客との接点をたくさん持ち続ける」ということになります。(中略)つまり、企業は良い顧客体験を提供して顧客に自社を好きになってもらい、その結果さらに顧客のデータが集まり、そのデータを使ってより良い顧客体験を提供し、...といった顧客体験の(あるいはデータ蓄積の)正のループを回し続けることがとても重要になります。

「デジタル」は本来、単純にデータの性質を表す言葉でした。しかしここ数年の「デジタル」という言葉の使われ方を見ていると、一部の人間のある強い思いを明らかに感じます。それは、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げたい。そうしないとやばい」という思いです。全てがアナログで連続的なこのリアルワールドにある何かをコンピュータでも扱えるようにするには、ある視点でそれを切り取ってデジタルデータ化する必要があります。その意味で、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドに広げる」というニュアンスを「デジタル」という言葉に込めるのは、自然な感じがします。

「DX人材」はスーパーマンか?

長い長い前置きでDXについてわかったところで、このnoteの本題である「DX人材」について考えましょう。

Twitterでのエンジニアの反応を見ていると、「DX人材というのは技術者の新たな呼称である」という前提に立っている人が多いと感じました。一方で、「DX人材のスキルチャートを作ってみた」の記事では、実際に読むとわかるように、コーポレート系、営業系、マーケティング系などを含むあらゆる職種がDX人材を目指すべき、という前提で書かれています。

経産省の『DXレポート2』では、DX人材の定義について次のように書かれています。

自社のビジネスを深く理解した上で、データとデジタル技術を活用してそれをどう改革していくかについての構想力を持ち、実現に向けた明確なビジョンを描くことができる人材

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この定義でも、DX人材をかなり広く捉えています。(逆に言えば、抽象的すぎてよくわからんとも言える。)

もちろん『DXレポート2』に「企業が市場に対して提案する価値を現実のITシステムへと落とし込む技術者の役割が極めて重要」と書かれているように、ITエンジニアを含む技術者はDXに不可欠です。

一方で、「データとデジタル技術を活用してビジネスを改革する」活動は、なにもエンジニアだけでできることばかりではありません。DX Criteriaの目的を借りれば、「超高速な事業仮説の検証能力を得る」という目標に近付くために実際のvalueを出せる人は、広くDX人材といえます。また、DX Criteriaの中でも重要なポイントとして、複数の専門職が同じ目的のもとチームとして融和している状態が挙げられています。

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そして、「DX」が目指す変革がビジネスモデルや組織や企業文化の変革をも含む以上は、そこでやるべきことは多くの人の想像以上に多岐に渡ります。価値あるソフトウェアの開発、社内システムや端末の見直し、SaaSの選定・導入・運用、組織構造の改革、社内ルールの改定、これまで採用してこなかった人材の採用などなど。これらを「全てを1人がこなす」という状態は、DXが目指す「変化に強い」状態とはかけはなれています。前掲したDX人材マンダラチャートも、一人で全てを満たすものではなく、各自が他の領域に手を伸ばしつつチーム全体として満たすべきケイパビリティの全体像を示している、と理解するのが良さそうです。

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(再掲)

「DX」は誰のため?

そもそもエンジニアからすれば、「DX」などという不確かで曖昧な言葉を掲げて議論するよりも、より具体的なシステム設計論やマネジメント論について議論したいと思うのは当然の感情です。

一方で、DXというムーブメントのメインターゲットは、社内にIT技術者がほとんどいないような、何年もデジタル化の波に乗り遅れてきた日本企業たちです。こうした企業に対して、最初から頭ごなしに「理想のソフトウェア開発手法」や「先進的な開発組織の作り方」を振りかざしても、拒絶されるだけです。

「DX」は、こうしたレガシー企業を煽り、叱咤激励し、目指すべき事業や組織のあり方を示し、実際の変革へと進んでもらうための、いわばマーケティングのための言葉だと思います。日本経済の未来を考えたときに、レガシー企業の変革が避けては通れないとするならば、「DX」のような言葉を流行らせて、その勢いのまま説得するしかないように思います。「潰れてから気付く」では遅いので、言葉の力を借りるのです。

レガシー企業の中には、残念ながらデジタル技術を前提とした現代の事業やシステムや組織のあり方に対する感度が低い人がたくさんいます。そんな人たちの中から、「DX人材」という言葉に絡めて自分のキャリアの方向性をポジティブに捉え直す人が少しでも出てくれば、万々歳じゃないでしょうか。

もちろん、単なる金儲けのために「DX」や「DX人材」という言葉に乗っかってくる人や会社も出てくるでしょう。しかしながら、多くの信頼できる人や団体は、本気で日本の社会や経済を良くしたいと思って、「DX」を掲げているように見えます。僕もしばらくは、このDXという言葉の力を信じてみようと思っています。

実際の分断

以上です。

最後に、「DX人材」という言葉をめぐる分断について、実際にそれが可視化されたTweetをいくつか貼ります。燃えそうなので、マガジン購読者と記事購入者の方だけどうぞ。

まずこれが、DX人材議論を巻き起こしたTweetです。

前傾したマンダラチャートを抜き出して、バズっています。ただ、元のnoteの主張を無視してDX人材を「1人のスーパーマン」として誤解させるような内容になっていて、そこはちょっとなあと思います。話題になればいいという説もあるが。元記事へのリンクはご本人がリプで貼ってますが、他の人のリプライを見ても元記事を読まない人がいかに多いかがわかる。

エンジニア界隈の反応として目についたTweetはこちら。

個人的には、DXという文脈の中で目指すキャリアの方向性を見つけられない人やどんな人材を採用すべきかわからない企業が、「DX人材」という言葉で表される人物像をガイドラインとして使うのは別にいいと思う。

ところてんさんのこのスライドとかはめっちゃ好きですが、流石に「基本情報取れ」は乱暴では?と思った。まあでも「曖昧なスキル像を追うより資格の勉強とかした方が取るべき行動が明確で前に進める」という主張はわかる。ただし、それに基本情報技術者資格が適切かはわからない。非エンジニアが勉強するとかなら、ちょうどいいのかもしれない。

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