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「機能が多いほど価値が高い」という呪い

どうも、エンジニアのgamiです。

我が家はずっと炊飯器が無かったのですが、昨年末に台湾の国民的家電「大同電鍋」を買いました。

当時の僕は、炊飯器という「ご飯を炊くためだけの家電」を買うことをずっと渋っていました。大同電鍋は、炊飯以外の用途で使う人もかなり多いということで、衝動買いしました。今でも便利に使っていて、鶏肉を蒸したりカレーを作ったりしています。

大同電鍋の最も素晴らしいところは、機能が「加熱」と「保温」の2つしかないことです。水を入れてレバーを下げれば加熱され、そのまま保温したければ保温ボタンをONにする。使い方はそれだけです。

大同電鍋を使っていると、プロダクトにおける最適な機能数について考えさせられます。世の中には「機能が多いほど価値が高い」と思い込んでいる人もたくさんいるように見えます。今回は、機能の数とプロダクトの価値の関係について考えてみましょう。


東芝「石窯ドーム」のメニューは34個

僕はここ数年で、自分が機能の少ない家電の方が好きであることに気付きました。大同電鍋もその1つです。我が家にあるマキタのコードレス掃除機にはボタンが1つしか付いていません。最高ですね。

自分の好みを理解する前に買って後悔している家電もあります。その1つが、東芝のオーブンレンジ「石窯ドーム」です。

石窯ドームは、「電子レンジ」と「オーブンレンジ」と「蒸し器」の3つを合わせた製品です。僕が持っている石窯ドームには、ボタンが16個あります。また、プリセットの加熱設定を実に34個のメニューから呼び出すことができます。お察しの通り、僕は石窯ドームを全然使いこなしていません。押したことの無いボタンもあるし、メニューは5番の「トースト」しか使ったことがありません。

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 (価格コムから引用。見よ、このボタンとメニューの数を)

選択肢を減らす価値

僕が機能を絞った家電が好きなのは、考慮すべき選択肢を減らしてくれるからです。

現代人の生活は選択に満ちています。たとえばスマートフォンの中だけを見ても、スキマ時間を埋める無数のアプリはホーム画面に並び、いくつかのプッシュ通知が絶えず開かれるのを待っています。われわれは常に様々な選択肢に曝され、その中から何かを選ぶ必要性に駆られています。

多くの場合は、機能が多いほど考慮すべき選択肢が増えます。石窯ドームで冷凍のカレーを温めたいとき、19番の「カレー・シチュー」メニューを使えばいいのか、単に電子レンジ機能で様子を見ながら温めればいいのか、わかりません。実はスチーム機能を使うとじゃがいもがホクホクになる可能性もあります。だんだんと面倒くさくなって、結局は一部の機能しか使わなくなります。ときには、「高いお金を払って買ったのにほとんどの機能を使っていないのは無駄では?」みたいに気が沈んだりします。

最近、知り合いの間で流行っているWebアプリケーションに、Whimsicalというサービスがあります。Power PointのようにGUIで簡単に図が書けるWebサービスです。WhimsicalはMiroなどの競合サービスと違って、自由度を下げることでユーザーの支持を獲得しています。たとえば、文字のサイズを決めるときも、フォントサイズを直接指定する代わりに、「S / M / L / XL / XXL」の5つからしか選べないようになっています。

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(Whimsicalの編集画面)

仕事で図を書くとき、大抵の場合は、文字や色の微調整に気を使うよりも、それっぽい図が素早く描けた方が嬉しいでしょう。

もちろん、使う人に無限の時間とやる気があれば、選択肢の多いプロダクトの方が潜在的な価値は大きくなります。しかし、プロダクト開発者が想像する以上に、使う人には時間もやる気もありません。あえて考えるべき選択肢を減らすことが、競争優位性につながることがあります。

直感的なデザインと機能の数

一方で勘違いしたくないのは、「機能が多いから悪い」という単純な話ではないということです。洗練されたプロダクトの代表例としてよく挙げられるiPhoneにも、たくさんの機能やメニューがあります。機能を極限まで削った結果、誰の役にも立たないプロダクトが生まれてしまったとしたら、それは本末転倒です。

問題の本質は、「機能が多い」ことではなく「機能が多いことでユーザーを無駄に迷わせる」ことにあります。その一部は、デザインの問題として解くことができます。多くの機能が必要なプロダクトであれば、そのわかりにくさをデザインの力によって補うことができるはずです。そうすることで、機能数の多さがユーザーの体験価値を毀損しにくくなります。実際、iPhoneの膨大な設定メニューは、それが必要なときにだけ意識すればいいようにデザインされています。

もちろん、一般には機能の数が多いほど使い方の理解は難しくなり、直感的にデザインする難易度は上がります。あくまでも必要な機能を慎重に見極めて取捨選択した上で、デザインの力に頼るべきです。

ちなみにたくさんの機能を直感的なデザインに入れ込む場合、ハードウェアよりもソフトウェアのUIの方が有利になります。その証拠に、iPhoneにはボタンやジャックがほとんどありませんし、テスラ製の自動車もソフトウェア制御される機能割合が従来の自動車より多くなっています。

多くの課題を汎用的に解く機能

個別の機能は、主に誰かの要望から生まれます。歴史が長くユーザーから要望がたくさん寄せられてきたプロダクトほど、機能が無駄に多くなりがちです。

プロダクトに対する要望に対処するとき、主に2つのアプローチがあります。1つ目は、その要望を直接解くための個別機能を追加すること。2つ目は、たくさんの要望を集約して1つの汎用的な機能で解決できるようにすることです。

前者は、たとえば石窯ドームのメニューに登録されていない料理を作りたいという要望が出てきたときに、その料理に対応するメニューを追加するようなアプローチです。(ちなみに、最新版の石窯ドームをみたらメニューが34個から54個に増えていました。)課題を直接解決する機能を提供するので、要望を出した人とっては嬉しい改善です。一方、それをやり続けていると機能がどんどん増えてしまいます。

後者のアプローチでは、少ない機能でより多くの課題を解くことを目指します。たとえば大同電鍋は、入れる水の量で加熱時間を自由に調整できるようになっています。Excelは特定業界向けの機能を追加しなくても様々な会社で使われています。

ちなみに業務システム開発の分野でも、似たようなアプローチの違いがあります。SIer企業が開発するパッケージシステムは、顧客企業の要望に応じたカスタマイズが盛んに行われる傾向にあります。他方、たくさんの企業が同じシステムに相乗りするSaaSでは、なるべく少ない機能で汎用的に課題を解くことを志向しがちです。

使われない機能を増やすことのコスト

ソフトウェアでもハードウェアでも、使われない機能を増やすことは様々なコストやリスクにつながります

機能を新しく開発するには、開発者の人件費など、様々なコストがかかります。一度作った機能でも、提供し続ける限りは保守や運用のコストがかかり続けます。また、これは僕自身も経験があることですが、頼まれて開発した機能が全然使われないとエンジニアはものすごく萎えます。そのような状況が続くと、辞めてしまうかもしれません。

もちろん、試しに色々な機能を作って学びを得るような活動は、一定は推奨されるべきです。しかし、少しでもその機能にユーザーが付いてしまうと、機能を落とす意思決定はやりにくくなります。この「あまり使われていない機能を落とす」というプロセスは、プロダクトの価値を長期にわたって上げ続けるうえでとても重要になります。先日も、TwitterがFleet機能を1年経たずに終了したことが話題になっていました。

機能を減らすことは短期的には痛みを伴います。しかし、それをしないとどんどんプロダクトの機能が肥大化してしまいます。まるまる太ったプロダクトを抱えて身動きが取れなくなっている間に、洗練されたデザインの新興プロダクトにシェアを奪われてしまうこともあるでしょう。

そのプロダクトは誰のどんな課題を解きたいか?

難しいことに、適切な機能の数はそのプロダクトのターゲットが誰かによって異なります。たとえば、その道のプロが使うプロダクトであれば、少し理解が難しくても使える機能がたくさんあった方が喜ばれたりします。僕はYouTube動画の編集でAdobe Premiere Proを使っていますが、おびただしい数のボタンやウィンドウがあり、慣れるまでは頭がクラクラします。

DXが叫ばれる時代の中で、多くの会社が何らかのデジタル・プロダクトの提供に関わるようになってきています。プロダクト・デザインやプロダクト・マネジメントに関するリテラシーが求められる仕事も増えていくでしょう。プロダクトが狙っているターゲットが誰なのか、その人たちが抱えている課題は何なのか、それを過不足ない機能で解くにはどうすればいいのか。こうした問いに向き合い続ける中で、必要十分なプロダクトを維持し続けることが求められます。

社内外の要望に場当たり的に答えていくと、闇雲にプロダクトの機能を増やすことにつながりがちです。一方で、機能を積み上げることで生じるコストや顧客体験の毀損については、あまり目が向けられません。iPhoneが勇気(courage)を持ってイヤホンジャックを無くしたように、思い切った機能の絞り込みによって、提供者も利用者もプロダクトの本質的な価値にフォーカスできるようになります。そのことを、プロダクトに関わる誰もが意識できるようになると良さそうです。

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