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【試し読み 第1回:BAE】Paradox Live Hidden Track "MEMORY"

9月3日に『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』が発売となります。
こちらに先駆けて、4日連続で各チームの物語冒頭の試し読みを公開させていただきます!

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以下のリンクより購入が可能です。

あらすじ

大人気プロジェクト小説版が登場! Paradox Live終了後、「BAE」「The Cat's Whiskers」「cozmez」「悪漢奴等」は、訪れた平穏の中でそれぞれの過去を思いだしていた。14人のラッパーたちが成し遂げたかった想いの原点が、4つの記憶の物語として描かれる――
・アンがアレン、夏準と出会ってからBAE結成までの秘話を解禁!
・西門、神林、椿の三人で過ごした美しくも儚い日々が初めて語られる――
・那由汰と四季の出会い、そしてサンタを信じる珂波汰にこっそりプレゼントを準備!?
・翠石組に玲央が加入した直後、紗月や北斎と夏祭りの出し物を企画するように依織から言われるがその意図とは...?
ここでしか読めないオリジナルストーリーが満載!

『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』試し読み

第2回:The Cat's Whiskers 「Birdhouse Any Remember.
第3回:cozmez 「Be Rewarding One.」
第4回:悪漢奴等 「Boys And Dad.」


それでは、第1回は「BAE」の物語をお楽しみください。

Before Anyone Else.

 ──幻影ライブ。
 それはHIPHOPカルチャーの生み出した、新たなるステージ表現の形。
 特殊金属ファントメタルを用い、自らの感情を幻影として映し出す幻影ラッパーたちは、代償として蘇るトラウマの幻影に苦しめられながらも、新時代のムーブメントを牽引し続けていた。

 そんな中、絶大な人気を誇る四つの幻影ラッパーチームの元へと、謎めいた招待状が届いた。
 始祖にして最強の幻影ラッパー〝武雷管(ぶらいかん)〟のホームたる、かつて消えたはずの伝説のクラブ、〝CLUB paradox(クラブパラドックス)〟の復活。
 そこから始まった一連のライブイベント──Paradox Live(パラドックスライブ)。
 絡み合う野望と陰謀、それぞれの過去と未来、そして、夢のぶつけ合い……。
 数多の想いとバイブスが交錯し、時に競い合い、時に語り合い、多くの繫がりを生んだ。その大いなる渦の中に、朱雀野(すがさの)アレン、燕夏準(よんはじゅん)、アン・フォークナーの三人から成る新進気鋭のチーム〝BAE(ベイ)〟の姿もあった。
 伝説の〝武雷管〟を超える。そして自分たちを認めなかった親を、大人たちを見返してみせる。そんな野望と復讐心から始まったBAEの戦いもまた、対戦した他のラッパーたちとの交流から、確かな変化を重ねていった。
 そして、多くの熱と涙を交わし、Paradox LiveはBAEではなく……チームcozmez(コズメズ)の優勝で決着を見た。
 夢は破れたが、間違いなく、彼らは確かな〝繫がり〟を得たのだった……。

「──とは言え、〝負け〟には変わりないんだ。ここからは今まで以上にクオリティを上げていかないとな。夏準、アン、良いな!」
「ええ、それは同感です。でも、アレン?」
「まず、部屋の片づけからだって言ってるでしょーが!」
 夏準とアンのツッコミが響く中──彼らのシェアハウスはエラいことになっていた。
 Paradox Live終了後。
 大会中は「まあ集中したいだろうし」と、若干大目に見られていたアレンの部屋の散らかりように、とうとうチームメイトの二人からメスが入り、大掃除が行われていた。
 ところが、部屋の片づけとは〝断捨離〟が基本。
 思い切って不要物を捨てるのがベストなのだが、アレンの場合、部屋のほとんどを占めるのが音響機器やレコードの山。アレンの過去への配慮もあり「なるべく捨てずに整頓しよう」という方針を決めたせいで、一度運び出した荷物がリビングを侵食していた。おかげで家中が中古ショップ状態だ。
「まったく、アレンは無秩序に物を溜めこむ天才ですね。人間じゃなくてリスに生まれていたら、あちこちにドングリ埋めて忘れてそうです」
「ふふっ、リスアレンいいじゃん、可愛い。頰袋似合うんじゃない?」
「おまえらな……俺をなんだと思ってるんだ?」
 片づけにかかる労力の文句を、せめてアレン弄りで発散する夏準とアン。そうでもしなければ、とてもじゃないが疲れてしまう。アレンの荷物はそういう量だった。
「しかし、本当によく溜めこみましたね。ここに越してから、それだけ経っていたと思うと感慨深くはありますが」
「色々あったもんねー。Paradox Liveが始まってからは特に……アレンが油断してcozmezのKANATA(カナタ)にファントメタル取られたり、夏準がThe Cat's Whiskers(ザ・キャッツウィスカーズ)のコンプラ大魔王にディスられて引きこもったり、夏準がメタルの侵食受けて僕とアレンで精神世界に飛びこんで助けたり……」
「思い出す内容が偏ってないか、アン」
「ボクに対して含みのあるチョイスですよね。アンの格好悪いところも思い出してあげましょうか。ノート鍋敷き事件とか」
「ちょっと、それライブ関係ないやつじゃん……って、あれ?」
 ふと、クローゼットの片づけを進めていたアンの手が止まった。
「どうしました? アレンに限って妙な動画ディスクとかは隠してないでしょうけど」
「隠してないって! ……で、どうしたんだよアン」
 アンが手に持っていたのは、少し古いモデルのトラックジャケットだった。ビビッドな色合いで、いかにもストリートファッション、という作り。
 それを見て、アンは目を丸くしていた。
「これ、まだ持ってたんだ?」
「まだ、って……そりゃ当たり前だろ。夏準も持ってるよな?」
「……まあ、まだまだ着られますからね。捨てるのも勿体(もったい)ないですし」
「そっか。ふーん……」
 少し褪せた生地の色を見つめながら、アンは目を細めた。
 本当に、色々なことがあった。Paradox Liveで。そして、三人がBAEとして活動する中で……辛いこともあった。泣きたい夜もあった。それでも、三人でラップをしていたから楽しかった。
「……もし、あの時、ラップに……アレンと夏準に出会ってなかったら……」
 片づけの疲れもあったのだろう。懐かしげに目を閉じれば、アンの意識は思い出を巡り出す。
 それは……アンにとって、全ての始まりともいえる、記憶の旅へと繫がっていった。

 世界に嫌われたような、静かな放課後だった。
 たまたま友達の誰とも予定が合わなくて、ぽっかりと時間が空いた、放課後の午後四時。吹奏楽部のフルートの音が、ずいぶん遠くに聞こえていた。
 長い髪とスカートを揺らし、すらりと長い脚を伸ばして、白色の廊下を上履きで踏む。
 薄いソールがタイルを叩いて、安っぽくて、軽い足音が響く。
 頼りない足音は、誰の一歩でもそう変わらない。
 アンはこの上履きが、あまり好きではなかった。制服に凝った学校は多くても、この扁平で子供っぽい履物は大差ない。指定制服が無く、好きな私服で──アンが自分らしくいられるスカートルックで──通えるインターナショナルスクールですら、それは同様。全ての生徒を〝子供〟という同じ型に嵌めたい大人の意思が、制服よりも顕著に思えるものだった。
 或いはその軽い足音が、帰る場所のない自分の足取りを、揶揄しているように聞こえたからかもしれない。
 もちろん、家はある。
 けれど十六歳のアンにとっては、そこは帰らなければならない場所ではあっても、帰りたい場所ではなかった。
 だから放課後のアンに、まっすぐに帰宅するという選択肢はなかった。
 でも一人で街に繰り出して潰せる時間は、意外と限られている。ウインドウショッピングは嫌いではないが、連日やれば飽きてくる。
 なのでアンは、当て所もなく校内のあちこちを歩いた。
 たいていは、そのまま友達のいる部活を冷やかしに覗いたり、図書室とか購買とか、そんなところを行ったり来たりする。そのたびに、ペタペタ鳴る上履きの足音が、「行くとこ無いんだろ」と語り掛けるようで、嫌いだった。どれほど疎んでも、家に、学校に、親に縛られている十六歳の、不自由さの音だった。
 やがて暗くなったら部活終わりの友達を捕まえるか、いよいよ観念して一人で街へ行き、補導されない程度の時間に帰宅する。
 家に帰る前に、メイクは完璧に落とし、エクステを外す。そうして男子らしい服に着替えたら、アンがアンでいられる短い時間はそこで終わる。
 シンデレラの魔法だって、日付が変わるまでは有効だろうに。
 あとは家に帰って、遅い帰りの言い訳をする。たいていは、勉強会に出ていることになっている。「もう少し早く帰ってね」だとか「ママは一人で寂しかった」とか、そんな台詞の中で、消えない頭痛が過ぎるのを待つようにやりすごす。
 それが、アンにとっての毎日だ。
 どれほどうんざりしても、結局は母と息子であることを捨てられない。それが十六歳のアンのリアルだった。
「……つまんないの」
 呟きは、階段を上る足音にはじけて消えた。
 日が沈む時間の憂鬱さはいつも同じだが、その日は特にアンの気持ちが落ちこんでいた。たぶん昨晩見た、忌々しい夢のせいだった。
 だからだろうか。その日のアンの足取りは、用もなければ意味もなく、普段は訪れない上級生のフロアまで延びていた。
 休憩スポットがあるわけでもなく、残っている生徒も少ない。
 そのまま歩いても、廊下は突き当たりになる。そこらで引き返して、購買にでも行って飲み物を買おうかな、なんて考えていたところ、何かが聞こえた気がした。
「……誰か、歌ってる?」
 自分の耳を頼りに、その音の方へ向かって歩く。一つの教室から漏れてきたそれは、確かに誰かの歌だった。
 けれどそれは、合唱コンクールで聴くような物とは、はっきりと違っていた。
 それを表すために、今の時代には的確な言葉があった。
「いや……ラップかな」
 そう言えば、聞いたことがあった。アンの一つ上の学年に、二人だけでHIPHOP活動をしている先輩がいると。
 確かに、HIPHOPは流行っている。幻影ライブの迫力に魅せられて、ラッパーの真似事をしたり、それと共に広まったニューウェイブのB系ファッションに染まっている同級生もいた。だが、アンはあまり興味がなかった。
 だからまぁ、噂の先輩たちもそんなものだろうとは思ったが、アンにとっては都合が良かった。仲良くなれば、放課後の暇つぶしにはなるかもしれない。
 そういう軽い気持ちで、アンは扉についた小窓から、教室の中を覗きこんだ。
 二人の学生が、向かい合って交互に歌っていた。どうやらスマホを繫いで音楽を流し、教室をスタジオ代わりにしているらしい。
 なんだか涙ぐましい努力だな、と少し笑いながら、アンは「こんにちは、僕も交ぜてもらっていい?」なんて軽く声をかけるつもりで、扉を開いた。
 そして、

「──あ」

 熱が、アンを出迎えた。
 それは歌唱と言うより振動。
 刺々しいほどの生の感情。
 くっきりと響くリズムに、エゴイズムを乗せて韻を踏む。
 野性的な衝動を、理性的にパックして、叩きつけるような声の奔流が、胸を震わせて熱くする。
 歌と呼ぶにはより強く、主張を叩きつけるような、弾丸のような声の嵐。
 壁越しに聞こえてきていた二人の音が、隔てる物なくクリアになって、アンの体に流れこんでいく。
 強烈な印象を残すフレーズを〝パンチライン〟と呼ぶことを、アンはまだ知らない。けれど確かに、殴りつけられたような衝撃があった。脳を揺らされ、耳を叩かれ、胸を焦がすフレーズが響いていた。
 技術的には、プロと比べるべくもないのだろう。
 教室にスマホ音源、音響が良いわけもない。
 けれどそこにあった熱は……あまりにも赤裸々に、〝俺たちはここにいる〟と叫んでいるようで。世界に向けて、喉が枯れるほど、堂々と叫んでいるようで。
 そんな熱が満ちた教室で、窓から射した夕日の色は、眩しかった。
 たぶん泣きそうなほどに、眩しかった。
「……えっと、誰?」
 声をかけられて、いつの間にか音楽もラップも、止まっていたことに気がついた。二人いた生徒のうち、ツンツンとした髪の男子──アレン──が困ったように、サラサラ髪の男子──夏準──が目を細めて、アンを見つめていた。
 夢中で音に向き合っていたのだろう。微かに息が上がり、汗が滲んでいる。二人の響かせた空気の名残が、まだ部屋の中に残っていて、そこを通った紅い日差しが、ライトのようにアンを照らしていた。
 歓迎されているとは感じなかった。
 けれど、先ほどまでのラップを紡いでいたのと同じ声で「誰?」と問われれば、自分が誰であるか、何であるか、素直に言ってもいいのだと、そう感じられた。
 だから、答えた。
「──アン。僕は、アン・フォークナー」
 男子とか、女子とか、何歳だとか、何組だとか。その瞬間、その名乗りに、余計なものは必要なかった。
 とにかく、そんな形で三人は、初めて顔を合わせた。
 いずれ〝BAE〟と名乗るのはまだまだ先の、二人と一人。
 夕日の教室での、遭遇だった。

 そのころ、放課後の教室でラップの練習をするのは、アレンと夏準の日課になっていた。
 最初はアレン一人でやっていたことだが、ある時から夏準が加わった。いや、ある意味ではアレンが引きこんだと言えた。
 隠して蒐集(しゅうしゅう)していたHIPHOPのレコードを両親に燃やされ、アレンが夏準の元へ転がりこんで以来、夏準が〝アレンのラップ〟に興味を抱いてから、この関係は続いている。
 最初のころは物珍しさで、同級生が見学に来たりもしたが、やがてそういうことも減っていった。結局、放課後の練習時間は、アレンと夏準の閉じた世界になっていた。
 なので、見たこともない下級生がやってきて、やたら明け透けなノリで絡(から)んできたのには、アレンは正直面くらった。
 とはいえ、その下級生、アン・フォークナーと名乗るその青年は、数日経つころには、すっかり放課後の時間に馴染んでいた。
 物おじしなくて、単純にコミュ力が高い。
 処世術として、柔らかい人当たりを作る夏準とはまた違う。
 なんだか飄々(ひょうひょう)として、堂々として、でも嫌味じゃない態度。春の桜のように柔らかな見た目で、秋の日のようなカラっとした空気を纏う。友達の少ないアレンとしては正直、見習いたい部分が多い。
 けれど、そんなアンを初めて見た時、夕日の中で感じた妙に濃く映る〝影〟が、アレンはどうも気になっていた。
 その日も練習用のトラックが一区切りを刻み、休憩に入ると、アンはチョコ菓子を一本つまんで、タクトのように振りながら口を開いた。
「でもさ、教室で練習するのってどうなの? やっぱスタジオとか使えたほうが良いんじゃない?」
「いや、そうでもないよ」
 アンの問いかけに、アレンが答えた。
「ここには俺たちの日常があるから、そういう意味ではインスピレーション湧きやすいし、黒板が使えるのは意外とありがたい。試しにフレーズを書いて消して、がしやすいし、夏準と二人で見て共有もできるしな」
「へー、それは言えてるかも」
「あと、いちいちカラオケ使うのはあんまり経済的じゃないだろ?」
「どっちかの家に集まって練習、とかはしないんだ?」
「……俺、今は夏準の家に世話になってるからな」
「ふうん?」
 首をかしげるアンと、夏準の目があった。
「家ですると、アレンがリリックを書いた紙くずを散らかしますから」
「はぁ」
 アンの気の抜けた相槌(あいづち)に、夏準は訴えのように続けた。
「それに練習の切れ目がなくなりがちで、たまに夕飯を抜くことになって──ボクが朝から準備していたタッカンマリ……鍋料理ですね。それが結局、翌朝のクッパになってしまったこともありましたね。全部アレンの自腹で材料買いなおして貰いましたけど」
 そりゃ気の毒に、という視線を向けるアンに、アレンは気まずそうに頰を搔いた。
「つまり、そういうことで……区切りって言うか、練習時間にメリハリをつけるために、家の外に練習場所を設けてる、ってわけなんだ」
「アレンはラップ中毒なの?」
「HIPHOPバカなんですよ」
「あー、しっくりくる」
「お、おまえらな……」
 引きつりながらも、アレンは夏準の態度に、少しホッとしていた。
 最初、一見女子に見えるアンに対し、夏準は〝妙にいい笑顔〟で対応していた。それはよくない兆候だと、アレンは思っていた。
 夏準はもともと猫被りだ。アレンの知る素顔の夏準は、陰険でドSで性格が悪い。まして外ヅラでも素顔でも、物腰だけは柔らかいからタチが悪い。
 その割に、学内では営業スマイルを振りまいて〝微笑みの貴公子〟なんて呼ばれているのだ。処世術だと言うが、おかげで女子のおっかけが絶えない。
 かつて、夏準のおっかけの女子同士が、派手にケンカを始めてしまったことがある。ところが夏準は、それぞれの女子に一言ずつ耳打ちするだけで、あっという間に事態を収めてしまった。不思議に思ったアレンは何を言ったのか尋ねてみたが、夏準はただ笑顔で口元に指を立てるだけ。アレンはそれが、逆に恐ろしかったのをよく覚えている。ただ、アレンの記憶が確かなら「ドミノって上手に倒れると気分いいですよね」とか言っていた。
 アレンは夏準のことを信頼しているが、そういう面は本当に怖いと思う。
 夏準がアンに気さくに接していたのは、たまたまアレンがアンを男子だと見抜いたためだったりする。
 別に詮索したわけではない。ただアンの纏う〝影〟が気になってじっと見ていたら、雰囲気とか体つきで気づいただけだ。だからどうとは、アレンは思わなかった。
 ただ、アンはそうと分かった時に、妙に嬉しそうだったし、夏準はそんなアンにちょっと感心していた。自分らしいと思えばそのファッションを選ぶ性格が、夏準にとっても好感触だったらしい。
 そういう理由で、アンはアレンにとっても夏準にとっても悪い印象がない、良い後輩だったわけだ。
「でもさ、二人の練習を見るようになって、何日か経つけど……」
 椅子に逆向きに座り、背もたれに腕を置きながら、アンが言う。
「ラップバトルだっけ。ラップのステージって、そうやって競うものなの?」
「いや、こういうのはあくまで一形式だよ」
 アレンが答えた。
「まあ……フリースタイルのMCバトルはアンサー返し合うから、語彙のレパートリー広げる訓練にもなるんだよ。二人いるからこそできる練習ってことでやってる。でも確かにライブハウスとかクラブで開かれる大会は、バトル形式ってイメージあるよな」
「うん、そういうイメージ」
「けど、これはあくまで一側面で、じっくり腰据えて用意してきたリリックでライブやるのも当たり前だし、それこそ幻影ライブはそうだろ?」
「だろ? って言われてもそこまで詳しくないけどね、僕」
「ああ、そうだよな。まあつまり、キャッチボールみたいな感覚で、俺たちは練習に取り入れている。練習法がこればっか、ってワケじゃないんだけど、実践的だから」
 なんとなく分かったようで、アンは頷く。
 それを機に、アレンの口がいっそう回り出す。
「そもそも音楽を誰かと楽しむ、って文化がなかった時代から、静かなサイファーブームってのはあったし、フリースタイルによるラップバトル自体は今の幻影ライブムーブメントのルーツみたいなもんだよ。オールドスクールなラッパーから見ると邪道、って言われてた時代もあったらしいけどさ」
「……ええっと、そうなんだ?」
 アンが首をかしげる。
「アレン。アンがキョトンとしてきていますよ」
「あ」
 自分の世界に入りかけていたアレンも、夏準の言葉で視界を取り戻した。アンときたら、完全について来れていない顔だった。
「あー、悪いなアン。ちょっと夢中になっちゃって」
「いーよ、助かる。ていうかさ、僕もちょっと見学してる割には知らないこと多いしね。良かったら色々教えてよ、ラップのこと」
 アレンは嬉しそうに頷いて、夏準は不安そうな顔をした。アンにはその理由が数秒後まで分からなかった。
「えっと、じゃあどこから話すかな……アンはどのくらい知ってる? ラップ」
「どのくらい、ってゆーか、HIPHOPとラップの違いって何?」
 後にも先にも、夏準がそこまで露骨に「ヤバいこと口走りましたね」という顔をしたのは、この瞬間を置いて他に無かった、とアンは思う。
「あー……なるほど、そこからかー……」
「……や、別に困る質問だったらいーんだけど」
 片腕で自分の体を抱くようにして、もう片方の手でこめかみをトントン叩くアレンの姿を見たあたりで、アンもようやく「まずいこと聞いたかな」という気持ちになった。だがもう遅い。
「まず、なんていうのかなー……HIPHOPはさ、生き方だと俺は思ってる」
「うん……?」
 アンは不安になった。
「で、ラップっていうのは、HIPHOPで生きるヤツの叫びだ」
「んー? うん。うん?」
 アンはもうヤバいと思った。
「どこから説明したら良いかな……。一番話したいのは幻影ライブだけど、そこに至る下地があるし。あーでも、そうだな、まずHIPHOPの四大要素、これはさすがに必須だろ」「そうなの?」「そう。つまりDJ、MC、ブレイクダンス、グラフィティ。あとからそこに知識が追加されて五大要素になるわけだけど、この中のMCってのが今はいわゆるラッパーなんだ」「はぁ」「つまりラップってのはHIPHOP表現の手段の一つで、それがさらに進化を遂げたのが──そう。幻影ライブ!」「うわびっくりした! 急に大声」「俺は先の五大要素に幻影が追加されて、今は六大要素だって思ってるし、実際そう表現したラッパーもいてさ! HIPHOPってのはそうやって進化の歴史が厚いジャンルだから、それを先に進めた幻影ライブって、マジで歴史を刻むムーブメントなんだよ!」「うわ、ちょ、顔近いって」「さすがに武雷管は知ってるよな? 知らない? MC夜叉とMC修羅、二人の伝説的ラッパーが幻影ライブの存在と共にHIPHOPを世界に広めて、音楽って文化そのものを進化させたんだ。まあこの二人はなぜかその後急に消えちまって、でも今は武雷管が起こした巨大なムーブメントの波が収まることなく世界中に広がり続けてる。武雷管に何があったのかは知らないけど、ともかく幻影ライブってものが音楽を一つ上の段階へ進化させたのは確かだよな。俺、最初生で幻影ライブ見た時もうヤバくてさ。さすがに武雷管のじゃないけど……いやほんと、耳だけじゃなくて目から音楽性(ミュージカリティ)が飛びこんでくる感じ? バイブスの浸透圧が高くてガーンッ! てさ! それが耳だけで感じるよりすごいんだよ。より直接的に世界観を伝えられることで、トラックだけじゃなく幻影から立体的にリリックとの化学反応が起こせるようになって、表現の幅は圧倒的に広がったんだ! 幻影ライブはラップの発展だと思われがちだけど、あれってつまりMCにグラフィティの要素をミックスした上で進化したステージ表現でさ、アンも興味あるなら一回生ライブ見といたほうが良い、マジで! ここ割と近い会場でフェスやるからアクセス楽だし。あ、これ豆知識なんだけど駅裏のカラオケの店長が幻影ライブフリークで、よくフェスとか近場のハコのフライヤー置いてるから要チェックな! もちろん生じゃなくてもスゴさ伝わってくるチームはあってXXXX(クアドラエックス)とかはもう解散しちゃったチームなんだけど、全然映像でもヤバい! できれば解散前にライブ行ってみたかったなぁ。まあでも俺はXXXXのことリスペクトしてるけど音楽性は違うと思うし、ラップやるからには結局いつかはあの人たちも、そして行く行くは始祖である武雷管を超えるってのがー」
「──アレン?」
 夏準の笑顔が眩しかった。
 アレンはその表情が、睨まれるよりよほど怖いことを知っていた。ので、何か言われる前に身構えようと思ったが、
「そうやって言いたいことが散らかるから、始めたばかりのボクにMCバトル負け越すんですよ」
「うおぉ……」
 夏準の言葉が形をもって刺さったかのように、アレンは膝から崩れ落ちた。積み木を下から叩いたような、見事な崩れ方だった。
「……アレンのほうが夏準に教える側なんだよね。負けたの?」
 アレンを心配そうに見ながら、アンはひそひそと夏準に耳打ちする。
「ええ、アレンはこの通り筋金入りのHIPHOPバカなんですけどね。今聞いた通り、口も回るし、技術はボクよりずっと上。フリースタイル自体はむしろ得意なんです。今言ったことが負けの原因では、決してありませんよ」
「じゃあどうして夏準が勝てるの?」
「即興のディスが苦手なんですよ、彼。HIPHOPが好きすぎて、たまに相手に同意しちゃいますから」
「それは……なんか、すごく分かる」
 あと、夏準がディスが得意そうなのも──とまでは、アンは口に出さなかった。


読んでいただきありがとうございました。
明日の更新もお楽しみに!



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第2回:The Cat's Whiskers