【試し読み 第3回:cozmez】Paradox Live Hidden Track "MEMORY"
9月3日に『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』が発売となります。
こちらに先駆けて、4日連続で各チームの物語冒頭の試し読みを公開させていただきます!
以下のリンクより購入が可能です。
あらすじ
大人気プロジェクト小説版が登場! Paradox Live終了後、「BAE」「The Cat's Whiskers」「cozmez」「悪漢奴等」は、訪れた平穏の中でそれぞれの過去を思いだしていた。14人のラッパーたちが成し遂げたかった想いの原点が、4つの記憶の物語として描かれる――
・アンがアレン、夏準と出会ってからBAE結成までの秘話を解禁!
・西門、神林、椿の三人で過ごした美しくも儚い日々が初めて語られる――
・那由汰と四季の出会い、そしてサンタを信じる珂波汰にこっそりプレゼントを準備!?
・翠石組に玲央が加入した直後、紗月や北斎と夏祭りの出し物を企画するように依織から言われるがその意図とは...?
ここでしか読めないオリジナルストーリーが満載!
『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』試し読み
第1回:BAE 「Before Anyone Else.」
第2回:The Cat's Whiskers 「Birdhouse Any Remember.」
第4回:悪漢奴等 「Boys And Dad.」
それでは、第3回は「cozmez」の物語をお楽しみください。
Be Rewarding One.
澄んだ風が吹いていた。
廃ビルの屋上。埃(ほこり)まみれのスラム街とは思えないほどクリアな空気の中で、三人の少年が、青空を急ぐ雲を見つめていた。
「本当、良い風が吹くんだな、ここ」
ぽつりと漏らす珂波汰(かなた)に、四季(しき)が頷(うなず)いた。
「うん。僕もここの空気が好きだった。もっと早く思い出して、もっとここに来ていればよかった」
四季の視線が隣に移る。それにつられて、珂波汰も視線を向けた。
そこには、那由汰(なゆた)の姿があった。珂波汰が生み出したファントメタルの幻影ではない、正真正銘、本物の那由汰の姿が。
「やっぱ良いよなぁー、ここ。色々あったのが全部吹っ飛んでくみたいだ。つっても俺は、ほとんどベッドの上で寝てただけだけど……お前らは本当に、色々あったんだろ?」
「……うん、色々あった」
那由汰の問いかけに、四季は嚙みしめるように頷いた。
メタルの侵食の末期症状を起こした那由汰を助けられず、ふさぎこんでいたこと。西門(さいもん)に拾われ、The Cat's Whiskers(ザ・キャッツウィスカーズ)としてParadox Live(パラドックスライブ)に参加したこと。珂波汰の作り出した那由汰の幻影との邂逅(かいこう)、動揺し、自分を責めながらも、西門に、神林(かんばやし)に、リュウに支えられて過去と向き合ったこと。
「僕は弱かった。ずっとずっと逃げていた。でも、そんな僕を支えて、繫がってくれる人たちが居たから、ラップを続けて来れた。そして……やっと、那由汰くんと再会できた」
「俺も、色々あった」
空を見つめながら、珂波汰も記憶をたどった。
「自分で思い出しても、腐ってたよ。最初、BAE(ベイ)のSUZAKU(スザク)には、ダセー絡(から)み方したな。自分で作った幻影の那由汰にまで𠮟(しか)られて……俺は那由汰が居ない時でも、那由汰に助けられてた。いや……強がってたけど、正直、色んなモンに頼って生きてきたんだろうな」
バカみたいに熱く真っすぐに、音楽と情熱でぶつかってきたBAEの連中、遠回しに珂波汰の記憶を取り戻す手助けをしていた依織(いおり)や、馴れ馴れしいくらいの明るさで支えようとした善(ぜん)たち、悪漢奴等(あかんやつら)の面々、そして──……。
「そんで、四季。那由汰と友達になってくれたお前にも、たぶん俺は助けられてたんだろ」
「僕は……何もしてないよ」
四季の声に、以前のように自分を卑下(ひげ)する響きはない。
それをわかって、珂波汰も小さく微笑む。
「あーあ、二人とも、俺が寝てる間に、なんか大きくなったよな」
なんて言いながら、那由汰は口を尖らせる。
苦笑する二人に、わざとらしくジト目を向けて見せる那由汰。
「でも、本当に良かった。那由汰くんが帰ってきてくれて」
「ああ。マジで……優勝したことよりも、たんまり頂いた賞金よりも、かけがえのないもんを手に入れた。ありがとな、那由汰。俺の前に、帰ってきてくれて」
「よせよ。それこそ寝てる間の俺は、何もしてないし、何もできてなかったんだし……まあ、でも……」
那由汰は目を細めて、屋上の手摺(てすり)から下を覗きこんだ。
かつてのことを思い出して、四季が息を吞む。「大丈夫だよ」と、那由汰は申し訳なさそうに笑いながら呟(つぶや)いた。
「俺が……、本物の俺が参加できなかったのは、もしかしたら罰だったのかもな。珂波汰に心配かけて、四季を泣かせた。あの時の俺はきっと、一人で勝手に、一番選んじゃいけない道を選んじまってたから」
「……那由汰……」
那由汰の背中を見つめて、珂波汰が呟く。そんな声に、那由汰は眉を下げた笑顔で振り向いて、語る。
「なあ二人とも、聞いてくれるか。俺が二人を苦しめちまった……あのころの話」
那由汰が向き合う。視線の先には、自分の半身。そして、友の下げる、懺悔(ざんげ)のロザリオ。ぽつぽつと、那由汰が過去のことを語りだす。珂波汰が知らなかったこと、そして四季が知らなかったこと。那由汰だけが知っていた、あのころの全て。
「あのころ、俺は──」
風の中で、懺悔が始まった。
そう─ことの始まりは、埃まみれの裏路地。
あの夜、息を切らした那由汰の手を、珂波汰が必死に引っ張って駆けていた。
「──待てやぁ! ガキ共、逃がさねえぞぉ!」
品のない声が、背後から響いてきた。
振り返った那由汰の瞳に、何人かの男たちが映った。手には錆(さ)びた鉄パイプのようなものを握っていて、見るからに物騒だ。
行き止まりに当たったら不味いな、なんて思った瞬間、珂波汰が声を上げた。まるで那由汰の頭の中が分かっているようだった。
「大丈夫、あいつら図体でかいからよ。この道はついてこれねえよ」
「分かってる、心配してないって。珂波汰と一緒だから」
「ハッ……そうだな! 那由汰と一緒だから」
「「二人でいれば、最強だ」」
息を合わせて、建物の隙間へ飛びこんだ。
細い二人だからこそ使えた抜け道。暗い夜のスラムでは、大人の目からは消えたように見える。
隙間の奥まで入りこみ、身を寄せ合って息をひそめた。
緊張に震えた那由汰の手を、珂波汰がぎゅっと握りしめる。力いっぱい握り返すと、二人で支え合うように震えが止まった。
やがて、男たちの足音が、遠くへと通り過ぎていく。怒声が聞こえなくなってから、ようやく二人、溜息をついた。
「……──ん」
いつの間にか、気が付くと、見慣れた天井を見上げていた。
安アパートの中は、まだ暗闇に包まれていた。たぶん日付が変わって、一時間か二時間といったところ。闇の中で見上げても分かるくらいにボロ屋だが、それでも那由汰は「俺たちの家だ」という安堵に溜息をついた。
「っつ……」
布団の中で身じろぎすると、ピリッとした痛みが頰に走った。
それをきっかけに、那由汰はその晩のことを思い出した。幻影ライブのラップイベント。優勝し、賞金を頂いて帰る途中、参加者とその取り巻きに襲われた。
「那由汰、痛むのか?」
すぐ隣から声がした。
寝返りを打つように顔を向けると、間近に珂波汰の顔があった。暗闇の中でも目を凝らせば、心配そうに下がる眉が見えた。
「少しな。殴ってきたやつ、バカみてぇに指輪つけてたから」
「あの野郎……」
狼が低く唸るような、珂波汰の声が響く。
けれどすぐに、間近で伝わる空気は優しくなって、伸ばされた珂波汰の手が、那由汰の頰を包んだ。掌の温度が心地よくて、那由汰はその手に自分の手を重ねた。
一組の狭い布団の中、お互いの存在を確かめ合うように触れた。
額を合わせ、吐息の混じる距離で、ヒソヒソ内緒話をするように声を出す。なんのことはなくて、直ぐ近くのお互いにだけ伝わればいいと思っているからだ。ガキでも住みつけるスラムのアパートなんて、ちゃちな造りだ。それでも、どこか暖かかった。
「あいつら、ほんっとクソダセぇよな。バトルで負けて、ガキに因縁つけて殴ってくるとか。どうしたってガキのラップに負けたのは変わらねえっつーの」
悪態をつく那由汰に、珂波汰も頷く。
「俺がディスったの図星だったんだろ。〝ストリート育ちです〟みたいなツラして、街のボンボンじゃねえか。親の金で買ったアクセじゃらじゃらつけて、ぬくぬくした家の中で、浅い音楽やってんだ。逆立ちしてたって負けねえよ」
くすくすと、笑い声が布団の中に響く。
光も射さない静かな部屋で、たった二人。声を重ねて、指を手繰って、二人で一つ。
双子だけが感じあえる、同じ血と、声と、熱を分かち合う安心感。まるで世界に、二人以外は何もいないような感じ。そういう時間、二人は自分たちが無敵に思える。
ひとしきり笑ったあと、那由汰は穏やかに目を閉じて呟いた。
「あー……寒いし、腹減るし、周りの連中クソばっかだけど……それでも、施設にいたころよりは、ずっと自由だ」
「ああ、そうだな。あそこは……いや、あの施設だけじゃない。今までの俺たち、クソなんてもんじゃなかった」
乾いた声で、珂波汰も応えた。
スラムの娼婦が、誰の種かもわからず産んだ双子。
親子の愛情なんてなかった。嫌なことがあると腹いせのようにぶたれて、嫌なことがなくたって意味もなくぶたれた。「ガキ付きじゃ男も寄り付かない。飯代もかかる。堕ろせたらどんなに良かったか─」それがあの女の口癖だった。
「それに比べたら、今はたまにラーメン食えるもんな。最初食った時ヤバかったな……あんな美味いもん、この世にあんのかって」
「珂波汰、ほんとラーメン好きな」
「那由汰もギョーザ好きじゃん。あとハンバーガー」
「ハンバーガーだけは、あの女もたまに買ってきたよな。冷たかったけど」
「施設じゃアレすら食えなかったもんな」
母親とも呼べない女と暮らし続けていたある日、頼んでもないのに助けが来た。
スーツ姿の大人たちが、国のナントカって政策に従って、女の元から双子を連れ出し、孤児を養う施設へ入れた。だが、あの女との日々が最悪だったら、施設での日々はその次に悪かった。
乾いたパンと味のないスープ、野菜くずの載った皿。瘦せこけて鬱々とした施設の子供たち。ロクに仕事もせず、子供が騒ぐと蹴り飛ばす大人たち。
どこも、自分たちの居場所じゃなかった。大人なんてクソばっかだった。自分たちがこの世に産まれたことを、誰一人歓迎していなかった。
それに比べたら、二人だけでいられる小さなアパートの一室は、遥かに幸せだ。
「……珂波汰」
那由汰が珂波汰の手を握りしめる。笑いながら、珂波汰も握り返す。
温かい。柔らかい。血が通う。ここに在る。
「俺たち、ずっと一緒だよな」
「当たり前だろ。ずっと一緒だ」
閉じた幸せ。穏やかな世界。
そのころの二人はまだ、時間が止まったような、優しい停滞の中にいた。
目を覚ますと珂波汰がいなかった。
カーテンは閉まったままで、那由汰は隙間から射しこむ太陽の光に顔をしかめながら起き上がった。もうずいぶん明るかった。
すっかり昼になってしまったようで、枕元に「少し出かけてくる」と書置きがあった。
──近頃、どうも珂波汰は一人で出かけることが多いな。
そういう疑問が那由汰にはあった。珂波汰に聞いても、妙にはぐらかされるばかりで不満だったが、ラップをやるために家の中に増えた機材や、新しい物になった裁縫道具は、うっすらと疑問の答えになっていた。
秘密でバイトでもしているとして、それにしたって水臭い話じゃねーか。そう口を尖らせてみる那由汰だったが、実際、生活水準が上がっているのはありがたい話なので、文句も言いづらかった。
「……ま、隠し事に関しちゃ、今は俺も人のことは言えねーか」
乾いたパンの耳をかじって、那由汰も家を出た。砂糖でもあれば、ラスクと言い張れたかもしれない。
さて、その日は那由汰のほうはバイトの用事がなかった。
暇だし、珂波汰に新しいステージ衣装でも見繕ってあげたい──その半分以上は自分がおしゃれな珂波汰を見たいだけなのだが──と考えた那由汰は、節約のためにスラムと街の境目あたりを目指して出かけた。どうやら近隣にちゃらんぽらんな散財オヤジが住んでいるらしく、まだ使えそうな古着がごっそり捨ててあることがあった。
拾ってきただけでは丈が合わないので、多少詰めてリメイクするのが那由汰の楽しみだった。これは非常に経済的だ。「じゃあそれだけで服が賄(まかな)えるんじゃねえの?」と珂波汰に問われたことがあったが、やっぱり新品もないと華がない。
施設を出て、ある程度自由に〝服を着飾る〟ことを覚えた時、那由汰は「珂波汰ってなんてオシャレが似合うんだ!」と、それはもう感動したものだ。こればっかりは人生かけて楽しんでいきたいと思っていた。
「──あ?」
ところが、うきうきした気持ちで路地を曲がると、何か物騒な光景に出くわした。
「ケンカ、っていうには……一方的だな」
どちらかと言えば、カツアゲに見えた。体の大きい、いかにもガラの悪そうなチンピラが、やけにナヨっとした少年の胸倉を摑みあげていた。
絡まれているほうの少年は、見るからにお上品な服装で、スラムには似つかわしくない風貌(ふうぼう)だった。くせ毛がかった栗色の髪で、体は細いが、珂波汰や那由汰とは違って、単純にナヨナヨしているように見えた。
「場違い坊ちゃんが迷いこんでカモられたってとこか? 自業自得だろ。あんなのに因縁つけるほうもダセーけど……」
溜息をついて通り過ぎようとした那由汰だったが──絡んでいるチンピラの顔に見覚えがあった。
「……あいつ」
かすかに頰が痛んだ。
それは那由汰たちに因縁をつけてきたラッパーたちのリーダーで、那由汰を殴りつけた張本人だった。
そう気づくと、ふつふつと怒りが湧いてきた。せっかく珂波汰と二人、勝利に浸っていい気分で帰るところを台無しにされたのだ。本当なら帰り道、雷麵亭(らいめんてい)のラーメンにギョーザをつけて、二人でお祝いするつもりだったのに。
──今、スキだらけだな、こいつ。
そう気づいてからは早かった。那由汰はなるべく足音を立てずに物陰から近づくと、チンピラの股間めがけて、後ろから思いっきり蹴り上げた。
「──ぎゃうんッ!」
かなり汚い悲鳴が聞こえて、心地よかった。チンピラが生まれたての子鹿のように震えながら倒れると、かなりスカっとした。
「ダセー真似ばっかすっからだよ、クソが」
おまけに唾も吐いてやった。なるほど、珂波汰に頼らず一人でケンカしたのは珍しいが、これは気持ちいい。相手が嫌な大人だと最高だ。
爽やかな気持ちでその場を後にした。サッカーでシュートを決める時くらいに蹴ってやったから、しばらく動けやしないだろう。路地を一つか二つ抜けて、お目当ての場所にたどり着いた。すると、やっぱり古着がたんまり捨ててあって──。
「あの!」
背後から声をかけられて、那由汰はビクっと肩を震わせた。
「……なんだ、お前かよ」
そこには、先ほど絡まれていた少年が立っていた。
汗をかいて、息を切らしていた。走って追ってきたらしい。
「なんだよお前。このへんウロついてると、お前みてーなの、またカモられんぞ」
「いやっ、あの……」
「……落ち着いて話せよ。どんだけ焦ってきたんだよ」
「お、れっ……おれっ……」
「俺?」
「違います、僕…………お礼が言いたくて…………」
「……はぁ?」
お礼。感謝。そんなもの、那由汰にとっては珂波汰との間にしか存在しない概念で、だから正直、ポカンとした。
「いや、別にお前助けたわけじゃねーし。たまたま俺がムカつくやつだったから」
「でも、僕は助かったから。ちゃんと、お礼が言いたくて」
「はぁ~……?」
なんだこいつ。ていうか正直怖い。知らない生き物だ、と那由汰は一瞬で理解した。お人好しとかそういう概念とは、その時初めて触れ合った。
「だから、別にいいって。俺これからこの古着運んで帰りてーから、とっとと消えてくれ」
「古着? それ全部?」
「悪ぃかよ」
「じゃ、じゃあ、それ僕に手伝わせてくれないかな! 運ぶの!」
「はぁ? なんでてめーが?」
「だから、お礼をさせてほしいんだよ」
「そんな話を信用できっか、バカ」
那由汰はすぐに警戒した。一瞬で「家を突き止めて盗みに入るつもりか?」とか「あとで因縁つけて金をせびるつもりか?」とか、いくつもの疑問が頭に浮かんだ。
しかしその少年は、悪だくみなど生まれつき不可能だとでも言わんばかりの、くしゃくしゃの顔で、お礼がしたい、と同じことを繰り返す。
「だって……本当に……本当に助かったから。助けてもらって嬉しかったから、今度は僕が助けてあげたくて……!」
「あのな。本心から、そんな子供向けの絵本みてーなセリフ吐く奴は、この世にいねーんだよ。何企んでんのか知らねーけど帰んな」
「そ、そんな……」
「どうしても手伝いたいなら、お前が一人で運べよ。この量を全部だ」
土台無理な話を、那由汰は提案した。ポリ袋に詰められた古着はけっこうな量だ。選んで持っていくならまだしも、少年の体格で全部丸ごと運ぶのは無茶だ。つまりは見え見えの意地悪だった。
の、だが──。
「うん、わかった。任せて! ……よい、しょ……」
「あ? ちょ、おま。バカ! 無理だって!」
言うが早いか、少年は透明ポリ袋に詰めて放棄された古着の山を持ち上げていた。
ところが、レザー製品も含めてもっさり詰まった袋はやっぱりけっこうな重さで、貧弱そうな少年はやっぱりイメージ通りによろけていた。
「うわわわわ……あ~……あっ、あああ……」
「うわーっ! このバカ何やってんだ!」
思わず、那由汰はよろける少年の後ろに回って、袋を支える形になってしまった。普段は自分がふらついて珂波汰に助けられることばかりなので、これはまったく新鮮な体験だったが、全然嬉しいものじゃない。
少年と二人で支えて、ようやく安定した。文句の一つでも言ってやろうと顔を傾けると、少年はポリ袋越しに顔を向けた。
まさかの笑顔だった。
「やっぱりすごく重たいよね。ごめん、一人じゃ辛そうだけど、二人なら運べそうだよ」
「……」
「どうしたの? ……えーっと、これどこに運んだら……」
「今、貧乏なサンタみてーな恰好だぞ、お前」
「えっ! ひ、酷くない……?」
気づくと那由汰は笑ってしまっていた。
なんせ、助けるつもりもないのに助けてしまった奴が、頼んでもいないのにお返しにきて、結局また那由汰が助けている。そのくせ、なんか偉そうに「僕が来たからもう安心」という顔で笑顔を向けるのだ。可笑(おか)しくって仕方ない。
「やるからにはしっかり運べよ、貧乏サンタ」
「び、貧乏サンタって……僕、闇堂(あんどう)四季っていうんだけど」
「気が向いたら覚えててやるよ。スラムの中まで行く。でもお前がカツアゲされたら、その時は俺だけ逃げるからな」
「あの、君のことは何て呼べば」
「那由汰。たぶん、もう会わねーから覚えなくていい」
そういうことで、二人は大きなポリ袋を一緒に担いでいくことになった。それは貧乏サンタクロースというよりは、間抜けな泥棒の逃亡のようだった。
読んでいただきありがとうございました。
明日の更新もお楽しみに!
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