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【試し読み】アオのハコ Prologue

『アオのハコ Prologue』発売を記念して、冒頭の試し読みを公開させていただきます!


あらすじ

中学3年の猪股大喜は、中学生活最後のバドミントン部の大会で思ったような結果を出せず、部活を引退した後もモヤモヤした気持ちを抱えていた。夏休みのある日、学校で匡と雛と夏休みの課題を片付けていると、「中学最後の思い出作りに夏休みっぽいことをしようよ!」と雛が提案する。何か今からでも出来ることはないか思案しながらバドミントンの自主練に向かった大喜だったが、思いかけず部活の顧問から明日から高校の練習に参加していいと伝えられ――⁉ ほか夢佳や、針生と花恋の中学時代のエピソードも収録‼ 本編開始前、"青春"が動き出す初小説版‼

 それでは物語をお楽しみください。

♯1 なつわり、ほしねがいを

 体育館の屋根の向こうには、あざやかな青空が広がっていた。
 梅雨つゆの晴れ間は、すでに夏の訪れを感じさせるほどまぶしい。濃くなっていく木々の緑をかせて、朝日がそそぐ。その下を、一人の少年が校門を走り抜けていった。
 春から高校の一年生となったいのまたたいは、いつのもようにあされんのために体育館へ向かっていた。その時、すでに屋内から、バスケットボールがゆかを打つ音が響いてきていることに気がつく。
(――あれ?)
 はなって風を通している扉から、大喜はシューズをえるのももどかしく中に入る。
 白い朝の光が注ぐ体育館には一人、練習している人影があった。
「おはよう」
 ボールをひろげた二年の先輩、鹿なつは、入ってきた大喜にあいさつする。
「! おはようございます!」
 目を丸くして固まっていた大喜は、あわてて返事を返した。それから自分の後ろを指さし、また体育館の中に向き直る。
「えっ、あ、あれ? 俺、千夏先輩より、先に出たつもりだったんですけど」
「うん。大喜くん、先に行ったみたいだったから」
 両手でボールを回していた千夏は、それを顔の前に持ってくる。口元は隠れるが、みを浮かべているのはもとでわかった。
「近道しちゃった」
「え! ど、どのルートです!?」
 家から学校までの交差点をいくつも頭に思い浮かべながら、大喜はたずねた。
「内緒」
 声をらして笑うと、千夏はふいに走り出す。かろやかな動作にもかかわらず、ドリブルの音は鋭く響く。バスケットボールは千夏のあやつるままなめらかに動き、空中でを描いた。ネットをかすめる音を立てて、シュートが決まる。
「…………」
 一連の千夏の動きに目を奪われていた大喜は、はっと我に返って首を振る。
(っ、練習!)
 暑さとは違う理由で噴き出す汗をぬぐって、大喜はラケットバッグを肩から下ろした。
 朝の体育館を、風が吹き抜けていく。湿度は高いが、昼間の蒸し暑さにはほど遠い。少しでも快適な時間帯に、少しでも長く練習しようと家を出たのに――。
 シャトルの入ったカゴを運びながら、大喜はちらりと、練習する千夏の姿をいちべつする。
(……今日は、自分のが先だと思ったのにな)
 高校の練習に参加するようになってから、大喜は毎朝、一番乗りするつもりで体育館に来ていた。だが自分より先に、女子バスケの一つ上の先輩、千夏が先に来てしゅれんしていることがしばしばだった。
 いつも隣のコートにいる、気になる先輩。片想いの相手。
 千夏は、自分にとってそういう距離の存在だった。
 去年までは。
(なんか、いまだに信じられないな……)
 大喜は、今年の春から激変した自分の生活を感慨深く振り返る。
 そんな先輩と、まさか一つ屋根の下で暮らすことになるなんて――と。
 大喜自身は先日までまったく知らなかったが、千夏の母親と大喜の母親はえいめいバスケ部のOG同士であり、千夏の家族の海外転勤中、彼女だけ猪股家にそうろうすることになったのだ。
 千夏がその選択をしたのは、栄明高校でバスケを続けるため。
 そしてインターハイで優勝するためだ。
 大喜はシャトルを一つ手に取り、心の中でとなえる。
(そんな人に、『俺と恋愛してください』なんて、もう言えない)
 いつかに、友人のかさはらきょうへ返した言葉を、大喜は繰り返す。
 千夏は、それだけの覚悟でバスケに打ち込んでいるのだ。一緒に暮らせるようになったからと言って、想いを伝える資格が自分にあるとは思えなかった。
 先輩がインターハイを目指すなら、自分も同じ場所をすくらいでないと、釣り合わない。そう決心し、大喜は自分に目標を与えた。
 インターハイ、出場。
 一年生では無謀であるとか、自分の実力に見合っていないとか、まわりに言われるまでもなく理解している。それでも、だからもっと手が届くような目標にする、というのは違うように思えた。
 大喜はえた位置へ、サーブを放つ。
(目指すのは自由だ)
 センター、サイド、とサーブ練習に集中していた大喜は、いつの間にか隣から聞こえていたボールの音が消えていることに気づく。あれ、と思って目を向けると、飲みかけたスポーツドリンクを持った千夏と視線が合った。
「えっ、あ、何か?」
 千夏に見られていたことに気づき、大喜はうろたえる。
「大喜くん、前よりサーブ上手うまくなってる気がするなって」
「えっ! ほんとですか?」
 められて、大喜は驚きながらも無意識にそうごうくずした。千夏もつられるように笑ってうなずき返す。
「まっすぐ打つかなって思ったらななめだったりして、どうやってるのかじっくり見てた」
 飲み物を持った方と反対の手で、千夏はラケットを振る動作をする。その動きで大喜は思い出す。
「そう言えば千夏先輩、〝サーブはにが〟でしたもんね」
 いつかの放課後、公園で一緒にバドミントンをした時のことが浮かび、大喜は思い出し笑いする。いくよーと言いながら、千夏が思いっきり空振りするのが可笑おかしかった。
 大喜が笑うと、千夏は少しむくれる。
「今はもう打てるようになったよ」
 左手でしょ? と千夏はその時の、大喜のアドバイスを繰り返す。覚えていてくれたことに、大喜はくすぐったい気分になる。
(大会終わったら、また千夏先輩と一緒にどこか……行きたいな)
 その頃はもう、夏の終わりが近づいているだろう。海に行けたら嬉しいけれど、放課後にどこか近場に寄るだけだっていい。自分から誘って、二人でどこかに……。
 練習を再開させた千夏を視界のはしうつし、また大喜はもくもくとラケットを振り始めた。再び体育館には、シャトルとボールのう音だけが響く。
 開け放ったままの扉からは、夏の始まりの景色が四角くのぞいていた。透明度の上がった日差しと、白く光るコンクリート、揺れる緑の葉影。夏の気配は、いつも大会前の高揚と重なり合う。大喜は大きく息を吸い込む。気温が上がっていくのに合わせて、何かが始まりそうな気持ちにさせられた。
 今年は、きっと去年よりも、特別な夏になる。
 そんなふうに考えてから、大喜は情けなさそうにしょうを漏らした。
(そりゃ去年の夏は、まだ全然、声もかけられなかったからなぁ)
 去年の夏、と胸の内につぶやいたたん、ふいに夜の屋上の風景が浮かんだ。濃い青の星空の下、集まった人のシルエットが懐中電灯やスマホのライトでうっすらと浮かび上がっている。湿った夜風のにおいが、よみがえった。
 ざわめきの中に声が上がる。
『あ、流れ星!』
 つられるように頭上をあおげば、夜空に一瞬だけ、小さな光がせきを描くのが見えた。
 一つ、また一つと流れる星の光を、かんせいを上げて生徒たちが指さす。
 その重なり合った人影の間から、大喜は何かに吸い寄せられるように、地上へと視線をはずす。
 ぐんじょういろの星空の下に、千夏の姿だけ、ふちられているかのように光って見えたのを思い出した。

 学校内に植えられた木々から、なくせみの声が響き渡る。
 それに混ざって、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏の音が聞こえ、夏休み中だが栄明中学の校内には活気があった。
 中高一貫のスポーツきょうごう校である栄明学園は、休みの間でも部活に参加するために多くの生徒が登校している。もちろん文化部の部員たちも夏休み中の活動がある。それ以外にも補習や自主学習のために、教室や図書室を利用する生徒は少なくない。
 その日も、自習用に開放されている教室の一つでは、三人の生徒が机を寄せて宿題を進めていた。もくもくと各自の手が動き、窓の外からの音をBGMに集中して作業は進んでいるように見えたが――
「中学最後の夏休みなのに、何もしてない!!」
 何の前ぶれもなく、ちょうひなは顔を上げて叫んだ。耳の後ろで二つにまとめた髪を揺らし、さも重大な議題のように、両手を英語のノートの上に打ちつける。

「っ、びっくりしたぁ……急に何だよ!」
 英単語を書き取っていた大喜は、ぢかから上がった大声に驚いて顔を上げる。手元がくるったせいで、けいせんから大きくKの字がはみ出していた。
 から立ち上がらんばかりに、同級生の雛は訴える。
「だって、夏休みもう終わっちゃうよ!? 私たち、宿題とかやってる場合!?」
「夏休み終わっちゃいそうだからやってるんでしょ」
 たんたんと冷静な返しをしたのは、大喜の向かいに座った匡だった。
 大喜、雛、匡の三人で、今日は残った宿題の追い込みをしようということで、自習室へ来ていた。大喜と雛が机に積み上げた残りの宿題に対し、匡のそれは、読書感想文の用紙一枚だけであったが。
「だってもう終わらないよ!!」
 匡に指摘されて、雛は減っている気配のない宿題に突っ伏す。それからむくりと顔を起こすと、妙に座った目で呟き始める。
「大人になって、中学最後の夏休み、何してたっけな~って思い出した時、宿題に苦しめられていた思い出だけでいいの? 人生にはそんなことよりも、もっと大切なことがあるんじゃないの?」
「それは……確かにいちある」
 同じく見通しの立たない宿題の山を抱える大喜は、思わず似た表情になって頷き返していた。匡があきれたように、二人を眺める。
「そんな壮大な話してないだろ……」
 雛はおおぎょうためいきを吐き出し、片手を持ち上げた。
「だって今年も、大会までは練習ばっかりだし、大会終わったらもう夏休みちょっとしか残ってないし……毎年このパターンじゃん~!」
 雛は新体操部のエース選手だ。先日行われた大会でも全国4位の成績をおさめたが、当然それは、いっちょういっせきの練習で得られるものではない。大会前は使える時間の全てを練習につぎ込むことになる。
 だから毎年、夏休みを満喫するのは後回しにされがちだ。
「うん、まあ、それは言えてるよな」
 大喜はなげく友達を前に、にがわらいを浮かべた。バドミントン部の大喜と匡は、新体操部と同じ体育館で練習することが多い。夏休みの前半、雛がどれだけ新体操に時間をついやしてきたかは知っている。
 そう言う大喜自身も、夏休みの記憶はバドの練習ばかりだ。
(旅行も行ってないし、夏祭りも……)
「確かに、今年も花火大会、行けてないしな」
 大喜が思い浮かべた地元のイベントを、匡も考えていたようだった。中一の時には同級生で集まって見に行った地元の打ち上げ花火も、去年そして今年と部活が忙しく、足を運ばずに終わってしまった。
「でしょー!」
 匡の同意を強調するように、雛は大きく頷く。そして身を乗り出して二人に提案した。
「ねぇ、ねぇ! 今からでも、どこか遊びに行こうよ!」


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