呪術廻戦_小説02書影

呪術廻戦 夜明けのいばら道

小説『呪術廻戦 夜明けのいばら道』 が1月4日に発売となります。

呪術廻戦_小説02書影

発売に先駆けて本作に収録された短編の試し読みを公開させていただきます。

あらすじ

八十八橋の事件後、街で買い物をしていた釘崎は、何やら馴れ馴れしい男に声をかけられる。男は芸能プロダクションに勤めているスカウトマンらしく、釘崎をスカウトしたいと言うのだ。しかし、男の正体は「言った言葉を信じさせる」という呪言を扱う呪詛師で!? そして釘崎のピンチに駆けつけたのはこれまで接点の少なかった狗巻だった! 他にもメカ丸や真依の京都での任務や、東京校一年生がアミューズメント施設で遊び倒したり、五条・伊地知・家入の飲み会など5編を収録!


それでは、物語をお楽しみください。

第一話 野薔薇と棘


「──棘(とげ)について?」
 八月のはじめ。
 校庭の木にぶつかる形で、180度ひっくり返った状態の釘崎(くぎさき)に、パンダは首をかしげながら聞き返した。
 交流会に向けて、伏黒(ふしぐろ)も交えての一年しごき。
 主に格闘戦、即ち人対人の対術師戦闘を想定した訓練の最中のことだった。
 訓練とはいえ、今のところ釘崎がパンダに向かっては投げられ、向かっては投げられを繰り返している段階。だがモチベーションは高いようで、それに関しては結果的に焚きつけ役となった東堂(とうどう)、真依(まい)のちょっかいが功を奏した形となった。
「そう。真希(まき)さんが尊敬出来ることは分かったし、パンダ先輩が実力ある呪術師だってことも分かった」
「俺のことも真希みたいに呼んでいいんだけどなぁ」
 身体を起こし、ジャージについた木の葉を払いながら、釘崎は応える。
「尊敬はしてるわよ。でもパンダさんって呼ぶとメルヘン臭いじゃない」
「まあ、ぶっ飛ばされながらでも雑談出来るようになったのは褒めてやるけど」
「あんだけぶっ飛ばされりゃ受け身くらい覚えるわよ」
「ほーん、で」
 パンダはあたりを見回し、薬局に行った棘が帰ってきてないことを確認する。
 それから再度向かってきた釘崎の打撃を捌(さば)き、難なく受け流しながら平然と話を続けた。
「棘がどうしたって?」
「どういう先輩なのかなって話よ」
「え、話してて分かんない?」
「分かんないっつーの。いや悪い人じゃないのは分かるけど、語彙がおにぎりの具じゃ限度あるでしょ」
「俺らもう慣れ過ぎたからなぁ。なあ真希」
「ああ、言われてみりゃ当然の疑問か」
 真希は棒状の呪具をくるくると回し、伏黒の攻撃をひらりと避け、頭にこつん、と軽く一本お見舞いする。
「いって……」
「まだ頭で考え過ぎなんだよ、オマエは」
 呻く伏黒を尻目に、真希も会話に参加する。息が切れた様子は微塵もなく、パンダに輪をかけて平然としていた。
「私らの中じゃたぶん、一番面倒見がいいんじゃないか」
「ああ見えて根は明るいよな。憂太(ゆうた)を除けば同年じゃ一番の善人だろ」
「少し悪ノリするのが玉に瑕(きず)だけどな」
「あいつそんな悪ノリする?」
「一緒になって悪ノってるほうだからわかんねーんだよオマエは」
「心外だなー、俺らのは悪ノリじゃないよ。ノリがいいんだよ」
 釘崎とて、訓練しながら雑談出来る程度には体力がついてきた。それでも、難なく他愛のない会話を交わせる二年生たちは、八月の釘崎には遠いステージの存在に思える。
 ほんの少し、パンダの注意が真希との会話に向いたとみるや、釘崎は左右のフェイントを織り交ぜてアッパーを試みたが、
「ま、とにかく──」
「げっ」
 パンダは難なくスウェーでそれを躱すと、ソバットじみた動きで釘崎の足を払う。
 軸足を崩された釘崎はぐるぐると回転しながら倒れたが、身体はしっかりと受け身を取った。ここ数週間で、考えずとも出来るようになった動きだった。
 とはいえ、受け身が取れたとて勝負に勝てるわけではない。
 憮然とした顔の釘崎を見下ろして、パンダは口を開いた。
「善い奴だよ、棘は。そのうちオマエも分かるだろ」
「……あ、そう」
 それより、受け身は取れても背中が痛い。
 いい加減転ぶ頻度を下げないと、ジャージの買い替えが必要になるなと、夏の釘崎は憂鬱に思っていた。

◇◇◇

 話の続きは秋になる。
 八十八橋(やそはちばし)の事件を過ぎて、束の間の暇があった。
 その日、釘崎は一人で渋谷にいた。
 伏黒は無理をした疲れが残っているため、部屋に籠って読書。
 虎杖(いたどり)は単館上映のマニアックな映画へ出かけた。
 真希は八十八橋とは別件の任務で、しばらく会う都合もついていない。すっかり予定の空いた釘崎は、男子と一緒では行きにくい化粧品や衣類、日用雑貨の買い出しを目的に出かけていた。
「冬物上下に冬靴に、インナーとファンデと……」
 両手に提げた紙袋を持ち上げては、本日の釣果を確認する。
 買いこみ過ぎたとは思わないが、今日は予定より長く歩いた。先日購入したピンヒールのブーツを履いてきたのは、少し失敗だったかもしれない。
 けれどたまに訪れた、一人で買い物の機会。まだまだ欲しいものがある。
 次はバッグでも見に行くか、なんて考えながら、釘崎は雑踏の中を歩いていく。
 東京に来たばかりのころは、物珍しさに煌めいていた景色。それも三か月も過ぎれば随分慣れて、騒がしさが耳につくようになる。
 とはいえ、それは賑わいと活気の裏返し。都会の味わいとも呼べるものだ。
「でさぁ、マジそれが傑作で」「腹立つったらねぇよな」「ねぇねぇ、お姉さん一人? 暇?」「今急いでるんで」「しゃけ」「新装開店です、よろしくおねがいしまーす」「食べないんですか?」「どんだけ食うんだよ」「くそダルいわー、今日フケない?」「ママ、アレ買ってー」
 数多の声。数多の生活がぶつかる交差点。
 人の数だけ日常があり、人の数だけ世界がある。多くの意思や声が飛びかう街を、鬱陶しいと感じる者もいるだろうが、釘崎にとってはそうでもない。
 確固たる自分を持つ彼女にとって、誰もが自分らしく生きることを許されているような都会の喧噪は、優しいものとすら感じられた。
 思えば──故郷の村は、息苦しかった。
 右に倣えの排他主義。個を個として認めないことで、長らえてきた生態系。緩やかに腐っていく閉じた世界こそが、あの村であったと釘崎は思う。
 それに比べて都会の雑踏には、厳しくも自由が存在する。
 都会は他人への関心が薄いと誰かが言う。大いに結構と、釘崎は笑う。彼女が彼女であることを、誰も咎めはしない。自分の足で立って歩いていける。
 雑多な都会の在り方が、釘崎にとっては心地よい。
 けれど、そんな雑多な町の休日には、奇妙な縁もあるもので──、
「んん?」
 渋谷ヒカリエ方面へ向かって歩いていた釘崎は、通りの対岸に、何やら覚えのある顔を見つけた。過剰なほどしっかり閉じられた襟で、口元の下半分は隠されていたが、そんな知り合いは一人しかいない。
 狗巻(いぬまき)棘だ。
 それにもう一人。こちらは見覚えなどあるはずもない、外国人観光客と思しき碧眼の男性。外国人と狗巻という取り合わせに、釘崎はどうも興味をひかれた。
「なに話してんのかしら」
 釘崎は行き先を変えると、タイミングよく信号の変わった道路を横切って、狗巻のほうへと歩いていく。すると近づくにつれ、二人の会話が漏れ聞こえてきた。
「I’d like to go to SHIBUYA109」
「しゃけしゃけ」
「Could you tell me where I can get a taxi?」
「すじこ」
「Ah……Which way should we go?」
「こんぶ」
「Ah……ワタシ、行キタイ。イチマルキュー。Please. OK?」
「しゃけ」
「Shake?」
「……サーモン」
「…………Salmon!? Why!?」
「おかか……」
「ええ~~……」
 何やら、釘崎の想像の十倍は面倒臭そうなことになっていた。
 呪言師である狗巻が、呪いの暴発を防ぐためにおにぎりの具でしか話せないのは知っている。それがなぜ、よりによって外国人観光客に道を聞かれることになるのか。
 いや、狗巻も狗巻で指をさしたり、身振り手振りで道を示している。これは外国人のほうも熱くなっているのだろうなと、釘崎は二人に割って入ることにした。
「何やってんのよ先輩」
「ツナマヨ」
「ツナマヨじゃないわよ。ったく」
「Oh! Geisha girl!」
「誰がゲイシャガールだっつーの」
 会話の内容からだいたい外国人の目的を察していた釘崎は、「レフト」「ライト」「ストレート」「ガッデム」の四つと指さしだけで、どうにか目的地が駅の向こう側であることを伝えることが出来た。
 ようやく道筋を知ることの出来た外国人は、「カタジケノーゴザル」などと手を振りながら歩いていった。正直、彼も少し変な人だったと釘崎は思う。
「しゃけ」
「あのねぇ、筆談とかスマホでマップ見せるとかやりようあったでしょ」
「すじこ」
「…………」
 釘崎は、狗巻と知り合ってもう三か月ほどになるが、未だにそのおにぎり語について理解しかねる所があった。
 伏黒はどうやらある程度理解出来ているようで、虎杖もノリでいけるらしい。
 二年生組は言わずもがな。釘崎としても組み手を手伝ってもらった手前、知らない仲ではない。
 京都校の虎杖殺害計画──証拠は残っていないが──の際にも、会ったばかりの虎杖を心配していたくらいだから〝悪い人ではない〟と分かってはいる。だが、やっぱり語彙がおにぎりの具オンリーでは、人となりを判断するのにも限度がある。
 真希が尊敬出来る先輩であることは間違いないし、組み手の相手になってくれたパンダとて頼りになることは分かっている。そんな二人が口をそろえて〝善い奴〟と評するのが狗巻である。
 それでも──この狗巻という先輩個人のことを、釘崎は未だに摑(つか)みかねている。
 要は相性の問題なのだ。
 会話重視というか、基本的にハキハキズバズバとものを言う釘崎にとって、返事が全ておにぎりの具の狗巻は、正直やりにくさがあった。
 釘崎は別に、親しい相手に強い言葉を使いたいわけではない。
 身内への歯に衣着せぬ物言いは、変に気を遣わなくていいという信頼感の上に成り立っている。だから会話の成立が分かりにくい狗巻は、若干苦手なタイプというのが正しい。
 ただ、決して嫌いなわけではないから、キツく当たりたいわけでもない。
 結果として微妙に言葉を選ぶ意識が働くのだが、そこで気を回す自分が気持ち悪くもある。言葉とは、外に表現する魂の形。それを無意識に歪めてしまいたくはない。
 その微妙な感情と感覚の兼ね合いが、居心地の悪さとなって釘崎を苛(さいな)んでいた。
「まあ、いいけど。今度から面倒そうな人に話しかけられたら、さっさとスルーすることね。それじゃ私、買い物の続きがあるから」
「高菜」
「はいはい、高菜高菜」
 意味はまったく分からないが、去り際に言われたので釘崎はそう返事した。
 ところが、そのまま歩き出そうとした肩を、狗巻に摑んで止められた。
「……ちょっと、何?」
「おかか」
「いや、おかかって言われても」
 何やら身振りつきで、首を振る狗巻。
 その態度からなんとなく、買い物を続けることを止められている気はするのだが、その理由がさっぱり分からない。
 強いて言えば「暗くなる前に帰れ」というところだろうか。釘崎が読み取れるのはそのくらいなもので、おかかオンリーでは詳細が分からない。
 心配されていることだけは分かるので、釘崎はとりあえず、笑ってみせた。
「大丈夫よ。まさか深夜まで遊び歩いたりしないってば」
「高菜」
「はいはい、そっちも遅くならないようにね」
 呼び止める狗巻を尻目に、再び雑踏の中へと歩き出す釘崎。
「おかか……」
 狗巻はもう一度手を伸ばしたが、横から歩いてきた老婆にぶつかってしまう。幸いケガはなかったものの、老婆が横断歩道を渡るのを手伝っているうちに、釘崎をすっかり見失ってしまった。

◇◇◇

 ビルを横切って角を曲がって。
 人の行きかう波の中を、釘崎は悠々と歩いていた。
 時折声をかけてくる、チラシ配りやティッシュ配りを躱すのもお手のもの。一所懸命バイトご苦労様、と心の中で唱えながらスルーしていく。
 ところが、
「ちょちょちょちょ、すーみません、ちょっとお時間いいですか?」
「ハァ?」
 不意に、えらく強引なキャッチが現れた。
 釘崎の行く手に堂々と立ちはだかる形で、進行方向を遮って、長めの金髪に顎髭を蓄えた、スーツ姿の男。細身だが、焼けた肌は引き締まっていて、笑うと白い歯がやたらとまぶしく浮いて見えた。
「何よ。モデルの勧誘なら間に合ってんだけど」
「いやいやそう仰らずに。私、こういう者でして」
 差し出された名刺を、釘崎は紙袋を提げた右手で受け取った。名刺は出されたら受け取るもの、という文化的刷りこみは、日本人の多くに根付いている。
「私、その名刺に書いてあります通りHプロダクション、ファッションモデル事業部に勤めております、鶴瓶(つるべ)加也(かや)と申します」
「Hプロの……モデル?」
 釘崎は名刺を見て、鶴瓶と名乗った男を見て、もう一度名刺を見る。
「え、マジ? スカウト?」
「スカウトと考えていただいて構いません。強引なやり方とは思いますが昨今、モデル界隈は常に人材確保でしのぎを削っておりまして……こうして一際光る資質を持つ、アナタのようなダイヤの原石にお時間を頂いております」
 ──Hプロ。モデル。ダイヤの原石。
 夢を見せるような言葉の羅列に、鶴瓶なる男はさらに言葉を重ねていく。
「現在、我々のプロダクションでは〝キュート&パワー〟を次代のキーワードとして打ち出しておりまして、アナタはそのイメージにピッタリで」
「ふ、ふーん。なかなか見る目あんじゃない」
「よろしければぜひ、少しだけでいいのでお話を聞いていただきたいのです。アナタはまさにダイヤの原石と言っていい。いえ、お忙しいというのは分かっているのですが、一度お話だけでも聞いて頂くのがアナタの将来のためにも、絶対いいと思うんです。アナタなら次代のジェニファー・ローレンスになれると、確信しております」
「へ……へえー…………そこまで言うなら、話くらい聞いてもいいけど」
「流石 アナタなら賢明な判断をしてくれると思っておりました」
 ──わざとらしいくらいのベタ褒め。
 とはいえ、有名プロダクションの肩書を持つ者からストレートに褒めそやされる快感、都会を歩けば一度は妄想するようなシチュエーションの実現は、大げさであれば逆に「もしかしてマジなのか?」と思わせる力がある。
「荷物もありますし、道端で話すのもよくありませんね。どうぞこちらへ。腰を落ちつけてお話ししましょう」
 鶴瓶が手で促すと、釘崎は妙にのったりとした足取りで歩き始めた。
 Hプロのモデル。いい響きではある。
 呪術師とモデルの兼任なんて現実的ではないが、訪れたチャンスをさっさと払いのけるのももったいない。話のタネくらいにはなるかもしれない。
 釘崎は不思議と、男の言葉を〝信じてみてもいいか〟と思い始めていた。
 妙にぼんやりした頭を揺らしながら、釘崎は促されるままに路地を歩いていく。
 その足が自分の意思で動いていると、その時点では疑うことはなかった。


読んでいただきありがとうございました。

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