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【試し読み】キン肉マン 四次元殺法殺人事件

『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

あらすじ

『キン肉マン』がミステリ小説になって登場!

キン肉マンが失踪した! 重臣・ミートくんはキン肉マンへのリベンジに燃えるキン骨マンを相棒に捜索へ繰り出す。
しかし、二人は行く先々で超人による殺人事件――すなわち"超人殺人"――に遭遇するのであった!
変形、分身できるのは当たり前で、身体が機械の者、顔面がブラックホールに繋がっている者、時間を止めることができる者、体に付いたトイレに全てを流し込める者......!
様々な異能力を持つ容疑者たちに、物理法則を無視したトリック......!
犯人は誰だ!? そして、キン肉マンはどこだ!?

【目次】
プロローグ
事件I 四次元殺法殺人事件
事件II 蘇った被害者
事件III 1000万の鍵
事件IV 呪肉館殺人事件
エピローグ

『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』各話試し読み

事件Ⅱ 蘇った被害者
事件Ⅲ 1000万の鍵
事件Ⅳ 呪肉館殺人事件

それでは物語をお楽しみください。

プロローグ

 おおでんえん調ちょうにある公園内に、赤い屋根のほったて小屋がある。
 側面は豚の顔を模したような奇抜なデザインで、二つある目の部分が窓となっている。壁のあちこちには穴が空いており、木板が乱暴に打ちつけられ、風が通るのを防いでいた。
 そこは〈キンにくハウス〉と呼ばれる、かのちょうじんレスラーの住まいであった。

 アレキサンドリア・ミートは、かつての住まいを見上げると、そこで過ごした輝かしい日々を思い出した。
 明らかに無許可で建てられているのに、区から立退きを命じられることもなく、近隣住民の間で親しまれ、時には名だたる超人レスラーがつどったり、時にはゴキブリ家族に乗っ取られたりもしたが……それも今となっては懐かしい。
 現在のキン肉ハウスはあるじのいない空き家となっていた。
 ミートはキン肉ハウスの窓から中を覗いてみた。室内は薄暗く、人の気配はない。
「王子……やはり、ここにも来ていないのですね」
 長い間、放置されてクモの巣が張り付いた窓ガラスに、ミートの切なげな表情が映る。
 キン肉マンが失踪してから、すでに一週間が経過していた。

 1987年、王位争奪サバイバル・マッチを勝ち抜いたキン肉マンは、第58代キン肉星大王に即位した。
 その後は、超人レスラーとしてではなく、大王としての職務が待っていたのだが、王位を継承して一か月もしない内に、こつぜんと姿を消してしまったのだ。
 当然、キン肉星は大混乱となり、国をあげての捜索が始まった。
 その結果、現在のキン肉マンの住まいでもあるマッスルガム宮殿につかえるメイドが、キン肉マンに旅客宇宙船の切符をこっそり買うように頼まれていたことが判明した(メイドはこのことを秘密にするようキン肉マンに買収されていたが、報酬が牛丼だったので憤慨し、情報を提供した)。
 宇宙船の行き先は、はるか遠い惑星――地球。
 キン肉マンのじゅうしん、アレキサンドリア・ミートは失踪した大王の行方を追うため、すぐさま地球に降り立った!

 ――そして、現在。
 空き家のままのキン肉ハウスの前で、ミートは立ち尽くしていた。
「ウーム……、王子にとって、ゆかりのある場所を回っていけば、いずれ見つかると思っていたけど、考えが甘かったなぁ。近所の牛丼屋にも姿を見せてないようだし」
 ミートは日本に来てからというもの、キン肉マンのことをいつもの癖で「大王」ではなく、「王子」と呼んでいた。
 ミートは無意識に出入り口のドアノブを握った。
 建て付けの悪いドアを開くと、薄暗い室内に光が差し込む。万年コタツにみかん箱を台にした古ぼけたテレビ、床に散らばったマンガ雑誌や鉄アレイ。どれもこれも当時のままだった。
 思えば、ミートが初めて地球に降り立ったのも、現在と同じように行方不明になったキン肉マンを母星に連れ戻すためだった。
 両親に豚と間違えられて宇宙空間に捨てられてしまったキン肉マンは、幼少時代をたった一人でこのキン肉ハウスで過ごした。
 のちにミートがキン肉星に連れ戻すためにやって来たが……気づけば、キン肉マンのお目付役として、このキン肉ハウスで同居することになり、怪獣退治や、超人オリンピック、悪魔超人との抗争に、王位争奪戦……とたくさんの戦いをそばで見てきた。
 キン肉マンと過ごした日々が蘇り、ミートの目頭が熱くなる。
「ん……?」
 ミートは涙を拭くついでに、メガネをしっかりとかけ直した。気のせいだろうか、部屋の片隅に見覚えのない物体が転がっている。
 目を凝らしてよく見ると、そこには白骨死体が大の字に横たわっていた。
「ゲ……ゲェ―――――ッッ!?」
 仰天したミートは飛び跳ね、そのまま尻餅をついた。
「そ、そんな……!? 王子が白骨死体に!? あ……ああ~~~~~っ!! ボクがもっと早く、ここに来ていれば、こんな事にはならなかったかもしれないのにぃ~~~~~っ!!」
 無念のあまり、ミートは泣きながら床をありったけの力で叩く。しかし、しばらくして、目の前の状況が不自然なことに気づいた。キン肉マンが失踪してから、まだ一週間しか経過していない。仮にキン肉マンが地球にやって来てすぐに死亡したとしても、死体はそんなにすぐ白骨化するものなのだろうか?
 ミートはおそるおそる、部屋の片隅の白骨死体を眺める。すると奇妙なことに、白骨死体からプクーッと膨らんだ鼻ちょうちんが出ているではないか。よく見たら、額には〈骨〉の文字まである。
「ゲ、ゲェ――ッ!? あなたは……」
 ミートが叫ぶと同時に、鼻ちょうちんがパチンと割れた。白骨死体と思われたものが、むくりと上体を起こした。
「ム……ムヒョッ! 誰かと思ったらミートだわさっ」
 がいこつ模様の全身タイツに、真っ赤なマフラー。しゃれこうべのような顔をした者が、腰まで伸びた灰色の髪を搔きながら起き上がった。
「キンこつマン!! ど、どうして、あなたがここに……!?」
 意外な再会にミートは動揺したが、キン骨マンは特に気にすることもなく、あくびをしながら体を伸ばした。全身からポキポキと音が鳴る。
「答えろ、キン骨マン! ボクは失踪した王子の行方を探すため日本にやって来たんだ! 王子が失踪したのは、お前たち怪人の仕業なのかッ!?」
 ミートは臨戦態勢をとりながら叫んだ。相手の出方次第では闘う覚悟だった。
 一触即発の緊張感の中で、キン骨マンは静かに手を突き出して、ミートを制止した。
「ムヒョヒョ……あちきも、ミートと目的は同じだわさ。キン肉マンが地球に来ていることは情報屋から聞いているだわさ」
「えっ?」
 目を丸くするミートに、キン骨マンは不敵な笑みを浮かべた。
「そこで、奴のかつての住まいである、このキン肉ハウスを訪れたが、アテが外れたようで……次の行き先を考えながら、休憩していたところだわさ」
 ミートは警戒を解かないまま、キン骨マンに訊ねた。
「キン骨マン、なぜあなたが王子を探す必要が?」
「ムヒョッ。それは当然、キン肉マンにリベンジするためだわさっ!」
「リ、リベンジ~~~ッ!?」
 ミートの顔が一気に青ざめる。
「あちきは、今も打倒キン肉マンという野望を捨ててないだわさっ!」
 キン骨マンはこぶしを強く握りしめて叫んだ。
「だが、気がつけば、キン肉マンはキン肉星の大王となって地球を離れてしまったわいな……そして今、どんな理由かは知らんが、あのブタ男が地球に来ている! これは、あちきが奴に復讐を果たす、最後のチャンスかもしれないだわさっ!」
 キン骨マンの目は、寂しさと執念が混ざり合ったような怪しい輝きを放っていた。
 ミートはごくり息を吞むと訊ねた。
「しかし、キン骨マン……ダメ超人とバカにされていた昔ならともかく、いまや名実ともにキン肉星を代表する超人となった王子に、どうやって勝つつもりなんですか?」
「フン、やりようなど、いくらでもあるだわさ。遠くから狙撃したり、牛丼に毒を盛ったり、爆弾をしかけたり、怪人仲間とリンチしたり……」
「正々堂々と立ち向かう気はないんですか!?」
 ミートは軽蔑の眼差しを相手に向けた。今の発言が本当なら、キン骨マンは大王の暗殺を目論むテロリストである。このまま見過ごすわけにはいかない。
「とはいえ、ミート……しばしの間、休戦だわさ」
「休戦?」
 キン骨マンは不敵な笑みを浮かべると、ミートに向かって手を差し伸べた。
「お互い、キン肉マンの行方を捜すという目的は同じ。まずは奴の居所を突き止めることが先決だわさっ!」
「ウ、ウ~~~ンッ……」
 ミートは返答に迷い言い淀んだ。
 キン骨マンの野望は見過ごせないが、最優先にすべきことは、一刻も早くキン肉マンの居場所を突き止めることである。
 それにキン骨マンと行動を共にすれば、結局のところキン骨マンを監視することもできるのだ。
「分かりました、キン骨マン。ここは王子の行方を探すために協力しましょう」
 ミートは差し出された手を力強く握った。
「ムヒョヒョ~ッ! それは助かるだわさ。しゃていのイワオが里帰りしていて困っていたところだったわいな!」
 こうして、ミート&キン骨マンという異色のタッグが結成された。
 知性と悪知恵のでこぼこコンビは、キン肉マンを探し出すことができるのか?

「さて……まずはどこへ向かいましょうか? すでに王子の行きそうな場所はあらかた探しています。正直、早くも調査は行き詰まっている状況です」
 ミートが訊ねるとキン骨マンは「ムヒョヒョ……」と言いながら顎に手を当てた。
「……借金返済日に消えたおっちゃんを探すなら競馬場を、超人レスラーだった男を探すなら試合会場を探せばいいだわさ」
「えっ? それは、どういうことですか?」
 首を傾げるミートに、キン骨マンは自信満々に答えた。
「キン肉マンがどこにいるか分からないなら、あのブタ男が行きそうなところをあたるしかないだわさ。奴は今でこそキン肉星の大王だが、元は現役バリバリの超人レスラー。きっと、リングが恋しくて試合を観に来るに決まっているだわさ!」
「な、なるほど……」
 ミートはメガネに手を当てながら頷いた。
 キン肉マンが失踪した理由は、牛丼愛好会の集いに参加するため、好きだったアイドルの解散ライブを観に行くためなど、様々な憶測が飛び交ったが……実はミートも、超人レスリングが恋しくなったのでは? と予想していた。
 ミートはキン骨マンの鋭い指摘に納得すると、地球に降り立った時に買っておいたスポーツ新聞を開いて、直近のイベントをチェックする。
「キン骨マン! ちょうど今日、こうらくえん球場でデカい試合がありますっ!」
「それじゃ、さっそく一儲け……じゃなくて、キン肉マンを探しに行くだわさ!」
 二人は、キン肉ハウスを飛び出した。
 一方、超人界では今までとは種類の異なる厄災が降りかかろうとしていた……。

事件Ⅰ 四次元殺法殺人事件

 二人のちょうじんが試合前の控室で言い争っている。
「考えを変える気は、絶対にないんだな?」
 片方の超人が腕を組み、相手を睨みつける。その目は怒りに満ちていた。
「すまない……もう決めたことなんだ」
 もう片方の超人が申し訳なさそうに背を向ける。興奮している相手を落ちつかせるため、二人分いだコーヒーカップに手を伸ばした。
「――そうか、ならば仕方ない」
 次の瞬間、コーヒーカップが床に落ちて粉々になった。背中を向けた超人が、背後から襲われたのだ。
「な、何をする……!?」
 襲いかかった超人は、抱きしめるように相手の腰に両腕を回すと、有無を言わさず、天井スレスレまで跳躍した。そして、空中で相手の頭部が床に向くようにひっくり返す。
 ぐるりと、相手の視界が反転する。頭部が床めがけて猛スピードで落下していく。
 パイルドライバーの体勢だった。
「よ、よせっ……!!」
 ズガンという衝撃音が控室に響いた。

 ミートは、キンにくマンも何度か試合をしたことがある、こうらくえん球場の観客席にいた。
 会場は超満員で、押し寄せた超人プロレスファンたちが、メーンイベントを前に沸いている。ミートは手にしたパンフレットを眺めた。

〈四次元殺法コンビ VS 宇宙一凶悪コンビのタッグ王者決定戦!!〉

「なかなかマニア心をくすぐるカードだなぁ」
 本来の目的を忘れて、ミートがにやにやとする。
 四次元殺法コンビといえば、正義超人・ペンタゴンと悪魔超人・ブラックホールの正悪混合チームである。翼が生えた白い超人・ペンタゴンの空中殺法に、顔面に穴がいた黒い超人・ブラックホールの四次元レスリングは、なんでもありの超人レスリングの中でも、極めて複雑怪奇だ。最強のタッグチームを決める〈宇宙超人タッグ・トーナメント〉でも、キン肉マンと謎の相棒・キン肉マングレートによる〈マッスル・ブラザーズ〉を翻弄した実力を持つ。
 一方、宇宙一凶悪コンビの二人は、どちらも特殊な能力を持たない。いや、持つ必要がないのかもしれない。彼らの最大の武器は、泣く子も黙る残虐な精神そのものなのだ。
 チームリーダーのスカル・ボーズは、かつて、アメリカの超人レスリング界で三大団体の一つとされたWSF世界超人同盟の代表超人だった。パートナーのデビル・マジシャンとの凶器攻撃や反則上等の残虐ファイトは、キン肉マンがアメリカ遠征中に結成したテリーマンとのタッグ〈ザ・マシンガンズ〉を大いに苦しめた。

「実力的には四次元殺法コンビが有利だけど、宇宙一凶悪コンビも何をしでかすか分からない恐さがある。変幻自在の四次元殺法と、反則上等の残虐殺法……果たして、どちらに軍配が上がるか、ウーム……」
 パンフレットを片手にぶつぶつと呟いていたミートが「はっ」と我に返る。
「いけない、いけない……ボクの目的は、消えた王子の手がかりを探すことだった!」
 ミートは自分の両頰をはたいて活を入れた。
「それにしても、キンこつマンはどこに行ったんだろう?」
 ミートは客席から離れると、さきほどまで隣にいたはずのキン骨マンを探すため、会場内を歩き回った。
『キン肉マンは超人レスリングが恋しくて、必ず試合会場にやってくるだわさ!』
 ……そう豪語していたキン骨マンは、なぜだか客席に着くなり姿を消した。しばらく会場内を探し回っていたミートだったが、とうとう売店のあるスペースで、その姿を捉えた。
「ちょっと……何をやってるんですか、キン骨マン?」
 キン骨マンは、軽食や物販がある売店の真横に屋台を並べて、行き交う人々を相手に何やら商売を始めていた。
「ミート、いいところに来たわいなっ。お前も手伝うだわさ」
 キン骨マンが客を相手にしながら、ミートに「スタッフ」と書かれたエプロンを渡す。
「手伝うって、何をですか? ああっ……それにこれは!?」
 キン骨マンの屋台に並ぶ商品は、全て後楽園球場の売店で売られている軽食や、グッズだった。しかも、正規の値段よりも十倍ほど高い。元からある売店に目を移すと、あらゆる商品が売り切れていた。
「あちきが考えた新しいビジネスだわさ。あらゆる商品を買い占めて、それを高額の値段で売りさばく。たとえ法外な値段と分かっていても、客はあちきから買うしかないだわさっ! ムヒョヒョ~~~ッ!」
「ただの迷惑行為じゃないですか!!」
 まだまだ先の時代、令和に横行する悪徳商法の先駆けを、キン骨マンは昭和の時点で実行していた。ミートはエプロンを床に叩きつけると、足早にその場を去った。
(やはり、キン骨マンなんかと行動を共にするべきじゃなかった……!! 王子を探すとか言っておきながら、お金儲けのことしか考えてないじゃないか。だいたい今回のイベントだって、ボクが二人分のチケットを購入したというのに!! こうなったら、ボク一人で王子を探すんだ!!)
 溢れ出す怒りの感情を抑えながら、ミートは控室がある方向に歩を進めた。
 試合開始まで、まだ時間はある。ミートは今回の試合に出場する両陣営に、キン肉マンの行方を知らないか聞き出そうとした。
 二股に分かれた長い廊下にたどり着いたミートは、壁にある張り紙を見上げた。
〈四次元殺法コンビ 控室→・宇宙一凶悪コンビ 控室←〉
 両陣営の控室は離れた場所にあるようだった。
 試合前に部外者が顔を出すのは気が引けるが、正義超人のペンタゴンなら、紳士的に対応してくれるかもしれない。そう考えたミートは、四次元殺法コンビの控室がある方向に進んだ。
 長い廊下を進むと、〈四次元殺法コンビ 控室〉と張り紙がされたドアが見えた。
 予想はしていたが、選手控室の前には警備員が立っており、部外者を近づけないように目を光らせている。
 さて、どうやって中に入れてもらおうかと、ミートが警備員に近寄った時だった。
 ズガンという衝撃音が控室の中から響いた。
 突然のことにミートと警備員は飛び跳ねるほど驚いた。
「なっ……今の音は!?」
 ミートが控室の側まで近寄ると、尻餅をついていた警備員が慌てて立ち上がった。
「ちょっとキミ……勝手に入っちゃダメだよ!」
 若い警備員が、背後からミートの両肩を摑む。
「そんなこと言ってる場合ですか――っ! さっきの音、ただごとじゃないですよ! 中で何かあったのかもしれませんっ!」
「えぇーっ!?」
 ミートの言葉に警備員が動揺する。
「中の二人が心配です! 早くドアを開けてください!」
「いや……そうは言っても私はただの警備員だから、控室の鍵なんて持ってないんだ」
「えぇーっ!?」
 今度はミートが動揺する。試しにドアノブをひねってみるが、鍵がかかっているようで、ドアはぴくりとも動かない。
 次にドアを何度もノックするが応答はない。……が、室内から微かな物音がする。
 何者かが中にいる気配があった。
(……どうして、誰かいるのに応答しないんだ!?)
 物言わぬ鋼鉄のドアの前で、ミートは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「警備員さん……すぐに控室の鍵を持ってきてください! ボクはこのドアを蹴破れるか試してみますっ!」
 ただならぬミートの剣幕に押され、走り出そうとした警備員が「うわっ」と声を上げた。ミートが振り返ると、自分たちを怪訝な表情で見下ろす、漆黒の超人が立っていた。
「お前ら、人の控室の前で何をしているんだ?」
 鍛えあげられた黒いボディに、血のように真っ赤なグローブとシューズ、何より見た者をゾッとさせる顔面を覆う巨大な穴……悪魔超人・ブラックホールが、腰に手を当てて、控室の前で騒ぐ二人を眺めている。
「ン? なんだ、ミートじゃないか。キン肉マンに仕えるお前が、どうして地球にいるんだ?」
 ブラックホールが懐かしそうに笑った。ミートはすぐさま状況を説明する。
「今、あなたたちの控室からものすごい衝撃音がしたんですよっ! 中にいるのは、ペンタゴンなのですか?」
「何? たしかに、ペンタゴンなら中にいるはずだが……」
 只事ではないと察したブラックホールは、ふところから鍵を取り出した。ミートと警備員に見守られながら、ドアに鍵を差し込む。
「ヘイ、相棒。キン肉星から騒音の苦情がきたぜ。何かあったの……」
 控室のドアを開けたまま、ブラックホールが凍りついた。
「ど、どうしたんですか!? ブラックホール……!?」
 おそるおそるミートが室内を覗くと、あまりにも、おぞましい光景が広がっていた。
「ゲ……ゲェ――――ッ!?」
 ミートの目に飛び込んできたのは、頭部を床にめり込ませ、両足を天井に向けたまま死亡している、ペンタゴンだった。
「い、一体誰が……」
 ブラックホールが、タッグパートナーのなきがらを前にして、力なく立ち尽くす。室内はペンタゴンの自慢の白い羽根が、血溜まりのように床に散乱していた。
 その時、ミートは部屋の隅に何者かの気配を感じて、反射的に指さした。
「あ、あそこ!」
 ミートが指さした控室の隅には窓が設置されており、何者かが今まさに、そこから外へ飛び降りようとしていたのだ。惜しいことに、はためくカーテンに隠れて、その姿をはっきりと捉えることはできない。
 カーテンに隠れた何者かが、窓から外へ飛び降りた。
「野郎っ……逃すか!」
 すかさずブラックホールが窓に駆け寄るが、すでに何者かは遠くへ逃げたのか、姿を消していた。
「ちくしょう、逃げ足の速い奴だっ!」
 犯人らしき者を見失い、逆上したブラックホールが壁を殴りつける。警備員はペンタゴンの死体を見たショックで泡を吹いて気絶し、ミートも恐怖で全身が震え上がった。
 それは今まで味わったことのない、異質なものであった。
 ミートは絞り出すような声で叫んだ。
「さ、殺人事件だ。これは、超人による殺人事件……超人殺人だ――っ!!」


読んでいただきありがとうございました。
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