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【試し読み】蘇った被害者(『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』収録)

好評発売中の『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』より、「蘇った被害者」の試し読みを公開します。
死んだ被害者を蘇らせようとする超人たちのなか、唯一反対する犯人は誰だ?

事件Ⅱ 蘇った被害者



 公園内にある薄暗い公衆トイレで、とあるちょうじんが鼻歌を歌いながら用を足していた。
「コポコポ~ッ、日本では紅茶よりコーヒーの方が人気がありそうだなぁ」
 人間の頭部をそのまま巨大なティーカップにすげ変えたような異形の男の名は――スリランカ代表の正義超人・ティーパックマンである。
「ここは、第21回超人オリンピック・ファイナリストである、このティーパックマンが紅茶を広めるため、日本を茶葉漬けにしてやるっ!」
 日本に紅茶ブームを巻き起こすことを己に誓い、頭上の紅茶があつく煮えたぎった。
 そんなティーパックマンの背後から、〈犯人〉が忍び寄る。
(相変わらず、偉そうに……)
 犯人は心の中で舌打ちをしながら、ティーパックマンを背後から急襲した。
「コポポッ!? 何をするキサマッ!?」
 犯人の気配に全く気づけなかったティーパックマンは、あっという間に体を持ち上げられ、犯人の両肩に背中を乗せられる形となった。
 背骨折りの体勢だった。
 犯人はそのまま一気に、ティーパックマンの体を二つに折った。
「ウギャァァ―――――ッ!!」
 ティーパックマンの割れた腹から、鮮血が噴き出す。
「馬鹿な……第21回超人オリンピック・ファイナリストである、このオレがっ!?」
 それが紅茶の貴人、最期の言葉となった。

 四次元殺法コンビによる悲劇の殺人事件の翌日。
 ミートとキンこつマンは、しぶ区にある公園に来ていた。
 ケヤキ並木が続く、広々とした自然公園の中でミートが深呼吸する。
「それにしても、キン骨マン。こんな超人レスラーには無縁そうな長閑のどかな公園に、王子の行方に繫がる手がかりがあるんでしょうか?」
 ミートの言葉に、キン骨マンは自信満々に答えた。
「ムヒョヒョ……安心するわいな、ミート。今日はこの公園で、全国の超人たちが集まるビッグイベントがあるんだわさ」
「ビッグイベント?」
 キン骨マンは前方を指さした。
 並木道の先――噴水やベンチが設置された広場では、キッチンカーや出店のテントが並び、たくさんの人々で賑わっていた。
「何かのお祭りでしょうか?」
 アーチ状のゲートを見上げると、〈正義超人ふれあいフェスティバル〉と書かれた横断幕がかかっている。ミートが「そうか」と手を打った。
「超人が集まるのは何もリング上だけとは限らないっ」
 キン骨マンがこくりと頷いた。
「昨日は、『超人レスラーとしての血が騒ぎ、試合を観に来るはず』なんて高尚な予想を立てたが……よくよく考えたら奴はこういう、ゆるいイベントで羽を伸ばしてる方が、しっくりくるだわさ」
「あ、あり得ますっ」
 ミートは、キン骨マンの鋭い読みに感心した。
 広場には超人の出身国にちなんだご当地グルメや、ワークショップのテントがずらりと並び、ちびっ子たちが超人たちと触れ合うためのリングまで設置されている。しかし、肝心の超人の姿がどこにも見えない。
「んっ?」
 広場を見回していたミートが、ようやく超人の姿をその目に捉えた。
 身長2メートル60センチはありそうな、赤い巨人がこちらに向かって歩いてくる。なぜか落ち着きのない表情で早歩きなのが、ミートは気になった。
「お久しぶりですっ。今日はこのイベントに参加してるんですか?」
 ミートに声をかけられた超人は、嬉しさと困惑が入り混じったような絶妙な表情で立ち止まった。
「おお、ミートじゃないか。それにキン骨マンまで……どうしたんだ、お前ら?」
 屈強な体に、赤と白のみの美しいカラーリング。額に付けられたメイプルリーフかたどったレリーフ。カナダ代表の正義超人・カナディアンマンが、ミートとキン骨マンを不思議そうに眺めた。
「ボクたちは、〈正義超人ふれあいフェスティバル〉を観に来たんです。ただ、なぜかどこにも超人が見当たらなくて……」
 ミートの言葉に、カナディアンマンは両手を腰に当てて笑った。
「ハッハッハッ。そりゃ、今がちょうど超人たちの休憩時間だからさ。ついさっきまでオレも、リングの上で大勢の子どもを相手に相撲をしていて、大忙しだったんだぜ」
「ムヒョ~、そういうことか。ところで、他にはどんな超人が来てるんだわさ?」
 キン骨マンが訊ねると、カナディアンマンは指を折りながら参加超人の名を挙げる。
「えっと、まずオレだろ。それに、スペシャルマンにティーパックマン、ベンキマンにタイルマンに……あとチエのマンの六人だな」
「ムヒョッ!? そ、それだけ!? なんか、マイナー超人ばかりだわさ……」
 てっきり、テリーマンやロビンマスクといったアイドル超人が参加するとばかり思っていたキン骨マンは、がっくりと肩を落とした。本当は、アイドル超人たちにサインを書いてもらい、その色紙をファンに高く売りつけようと考えていたのだ。
「失礼な奴だな。こう見えてもオレは、第20回超人オリンピックのファイナリストなんだぞ! 親友のスペシャルマンと共に、あの〈宇宙超人タッグ・トーナメント〉にも出場した経験がある強豪超人なんだからな!」
 カナディアンマンが声を荒らげて反論した。
 ミートは(はぐれ悪魔超人コンビの乱入で、出場権を奪われたタッグ・トーナメントは、キャリアに入れていいのか?)と心の中で思ったが、不毛な争いを避けるため話題を変える。
「ところでカナディアンマン、何か急いでるようでしたが、どこへ行くつもりだったんですか?」
 ミートの言葉で、カナディアンマンの顔がみるみるけわしくなる。
「やばい、思い出した……トイレに行くんだよ、トイレ!」
「トイレ? それなら反対方向だわさ」
 キン骨マンが近くにある立て札を指さした。そこには、公園内のトイレの方角が示されている。公園内のトイレは、広場の奥側――つまり、カナディアンマンがやって来た方角にあるというのに、なぜかカナディアンマンはその逆、ミートたちが通って来た公園の出口側に向かおうとしていた。
 ミートが首を傾げると、前かがみになりながらカナディアンマンがその疑問に答えた。
「公園のトイレは和式なんだよっ! オレは日本のクラシカルなトイレが大っ嫌いなんだ……だから、駅前の百貨店で綺麗なトイレを借りるつもりなんだ!」
 カナディアンマンは「分かったなら、行かせてくれ~っ」と叫ぶと、すり足のまま、二人の前から去って行った。
「外国の人は、和式が苦手な人も多いですもんね」
 ミートはカナディアンマンの背中を見届けると、気持ちを切り替えた。
「とりあえず、会場を散策しましょうか。休憩中の超人を見つけたら、王子の行方を知らないか聞いてみましょうっ」
 キン骨マンがこくりと頷く――その時だった。
「ウギャァァ―――――ッ!!」
 青空が広がる公園のどこかで、何者かが断末魔の悲鳴を上げた。
「ムヒョッ!?」
「あ、あそこです……!!」
 ミートは、すかさず声がした方向を指さした。コンクリートの建物が遠くに見える。
 それは、ケヤキ並木の中に建てられた公衆トイレだった。
「いきましょうっ! 今の悲鳴、ただごとじゃなさそうですっ!」
 一目散に駆けていくミートを、キン骨マンが慌てて追いかける。
 公衆トイレに着いたミートは、迷わず男子トイレに入った。断末魔の声は男のものだったし、非常事態とはいえ女子トイレに入るのは勇気がいる。
「はっ!!」
 ミートは息を吞んだ。薄暗いトイレの中に超人が倒れている。
 奇妙なことにその超人は、異様なほどに背中をらせて……全身を二つに折り畳まれたような不自然な体勢で倒れていた。
「ゲ……ゲェ――――――ッッ!?」
 ミートは絶叫した。
 無惨にも背骨を折られて死亡していたのは、このイベントに参加していたはずの正義超人・ティーパックマンだった。

 園内放送を使い、イベントに参加した超人たちが公衆トイレの前に集められた。
 カナディアンマン、スペシャルマン、ベンキマン、タイルマン、チエの輪マンの五人は、キン骨マンからティーパックマンが殺害されたことを聞かされて動揺している。
 この事件の〈犯人〉は、何食わぬ顔でその中に溶け込んでいた。
(ククク……私のトリックは完璧! 名探偵でもいない限り、この事件は迷宮入りだ!)
 犯人は心の中でほくそ笑むと、事情が吞み込めずに困惑しているフリをした。

「そんな、ティーパックマンが殺されるなんて……」
 アメフト選手のようなコスチュームに、V字型のトサカが特徴的な好青年が、青ざめた表情をしてうつむいている。アメリカ代表の正義超人・スペシャルマンである。
「神聖なるトイレで殺人を行うとは……不届き者めぇ~っ!」
 和式便器に手足が生えたような奇抜なボディに、頭にはとぐろを巻いたウンチのようなものを乗せた男――古代インカ帝国の神秘を体現した超人・ベンキマンが静かに憤る。
「誰の仕業か知らないが……無惨に殺された仲間の仇はオレが討つ!」
 全身をタイルで覆われた身長3メートルを超える大巨人、フランス代表のタイルマンが、がっしりと腕を組んで闘志を燃やした。
「いいや、謎解きなら私の出番だ!」
 自信ありげに挙を振り上げたのは、知恵の輪に手足と目が付いた――超人というよりは〈ゆるキャラ〉に近いデザインをしたノルウェーのけんじん・チエのマンだ。
 そして、百貨店から無事に戻ってきたばかりのカナディアンマンが、スッキリとした表情でたたずんでいた。

「全員、集まったようですね」
 公衆トイレの中から、ミートが現れた。犯人が思わず「えっ」と驚きの声を漏らす。
(……おいおい、ミートがいるなんて聞いてないぞっ!)
「みなさんを呼び出したのは他でもありません。キン骨マン、説明は済んでますね?」
「ムヒョッ。言われた通り、ティーパックマンが殺されたことをみんなに話しただわさ」
 ミートは頷くと、集められた超人を品定めするように一人ずつ眺めた。犯人の心臓がキュッと締め付けられる。
「ミ、ミート……なぜ、君がここに?」
 犯人が平静を装いながら訊ねる。
「ボクはたまたま、そこにいるキン骨マンと、このイベントを観に来ていたんです。そして、殺されたティーパックマンの第一発見者となりました」
(なんということだ……よりによって、正義超人界一の頭脳とうたわれるミートが、こんなローカルイベントに来ていたとはっ! お、落ち着け! いくら、ミートが聡明といえど、私のトリックは完璧なのだ……)
 犯人がそう自分に言い聞かせている間に、招かれざる名探偵は高らかに宣言した。
「ティーパックマンは、何者かにバックブリーカーのような技をかけられて、背骨を折られて殺害されました。殺害方法から犯人は超人であることは間違いありませんっ! つまり、これは超人による殺人事件……超人殺人です!」


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