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【試し読み】呪肉館殺人事件(『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』収録)

好評発売中の『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』より、「呪肉館殺人事件」の試し読みを公開します。
山奥の館に集った超人たち……そこで惨劇が……?
※前の事件の真相に触れる部分を一部省略しています。

事件Ⅳ 呪肉館殺人事件

 ミートとキン骨マンは、霧深い森の中で、古びたペンションを見上げていた。
〈呪肉館〉は周辺の別荘地帯から離れた位置にぽつんと建てられており、左右にとんがり屋根のついた二階建ての西洋建築だった。
 うっそうとした森のせいで、陽の光は届かず、昼間だというのに周囲は薄暗い。爽やかな避暑地をイメージしていたキン骨マンは、霧に紛れてため息をついた。
「ムヒョヒョ……本当にあのブタ男は、こんなところにいるのかいな?」
「ええ。この辺りは曰く付きの土地らしくて、観光客も滅多に近寄らないそうです。身を隠したい者にとっては、絶好の隠れ家スポットということになりますね」
 ミートは移動中に買った、この土地の歴史書を読みながら答えた。
「曰く付き?」と眉をひそめるキン骨マン。本を片手にミートが解説を始める。
「かつて……この土地は、極悪非道な無法者たちによって支配されていた時代があったそうです。村人たちは好き放題に暴れ回る悪党たちに長年苦しんでいましたが、ある時、筋肉の英雄が現れ、その悪党たちを肉体一つで成敗してくれました」
「ムヒョ、普通にいい話だわさ」
「いえ……この話には続きがありまして、悪党たちの支配から逃れた村人たちは、英雄に感謝のもてなしをしました。ですが、村人たちは裏では、その英雄が新たな支配者になることを恐れていたのです! そこで、英雄に散々酒をふるまって酔わせ、集団で襲いかかり殺してしまったそうなんです。それ以来、その村は英雄の祟りか、不幸が続きました。そして、次第に村人たちはこの土地から逃げるように散り散りになり、今ではこの呪肉館だけが残っているのだそうです」
 ミートは手に持った歴史書をぱたんと閉じた。
「ムヒョ~ッ……気味の悪い伝説だわさ」
 キン骨マンが恐怖でぶるぶると全身を震わせた。
「ともかく入ってみましょう」
 ミートが呪肉館の玄関に向かって歩き出す。しぶしぶキン骨マンがついていく。
 古びた木製のドアを開けると、青いじゅうたんが敷かれた広間が現れた。壁には、霧深い森が描かれた油絵が飾られている。L字型のフロントにはこの宿のあるじだろうか、エプロンをかけた老婆が立っていた。
「あの~っ、すみません……お聞きしたいことがあるのですが」
 ミートは玄関のドアノブを握ったまま、フロントに向かって声をかけた。しかし、老婆は何も答えない。
「あれ……? あのっ、お聞きしたいことが……」
 ミートがおそるおそるフロントに近づくと、人形のようにぴくりとも動かなった老婆が、かたかたと口を開いた。
「キョキョキョ……ご宿泊ですかの?」
 長い白髪をお団子にした老婆が不気味に笑い、ミートは思わず息を吞んだ。
「ムヒョ~~~ッ!! ……お、お化けオババだわさっ!!」
 ミートの後方で様子を窺っていたキン骨マンが、恐怖に顔をゆがませて叫んだ。さすがに失礼すぎると、ミートが振り返ってキン骨マンを睨みつけるが、老婆は気にもしてないように涼しげな表情を浮かべている。
「あの、すみません……実は人を探してまして。この宿にキン肉マンという超人が泊まっていないでしょうか?」
 単刀直入にミートが訊ねると、老婆はゆっくりと頷いた。
「キン肉マン様なら、一週間ほど前から、1号室にご宿泊されておりますじゃ」
「ええっ!? ほ、ほんとうですかーっ!?」
「ビンゴだわさっ!!」
 キン骨マンがミートに駆け寄り、ガッツポーズをする。失踪したキン肉マンにとうとう辿り着くことができた。興奮気味にミートが老婆に訊ねる。
「それでは、ちょっとだけ1号室にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「キョキョキョ……申し訳ございませんが、それはできかねますじゃ」
「え?」
 ミートは眉をひそめた。その疑問に答えるべく老婆が訳を説明する。
「キン肉マン様には、1号室に誰も通すなと頼まれておりますじゃ」
 老婆はフロントの隣にある階段を見上げた。客室は二階にあるらしい。
「そ、そんな……大事な用件なんです! ちょっとだけでもいいので、お会いするわけにはいきませんかっ?」
「ダメなものはダメですじゃ。どうしても、会いたいなら……キン肉マン様が談話室に下りてくるのを待つしかないですじゃ」
 老婆が今度は一階にある扉を指さした。その先が宿泊客が食事を取ったり、自由にくつろげる共有スペースとのことである。
「もっとも、キン肉マン様はこの一週間……談話室に下りてくるどころか、一度も部屋から出てきてないですじゃ。キョ~~~キョッキョッキョッ!」
 魔女のように笑う老婆の前で、ミートはキン骨マンにひそひそと耳打ちした。
「……どうしましょう? 王子が目の前にいるというのに、予想外なことになりました」
「普通に、このオババを張り倒せばいいんじゃないか?」
 モラルに欠けた提案をするキン骨マンの脇腹を、ミートはいた。
「そういう訳にはいきませんっ! 仕方ない、ここは……」
 ミートは老婆に向き直すと、財布を取り出した。
「ムヒョッ、買収!?」
 目を丸くして驚くキン骨マンを、ミートがひと睨みする。
「ちがいますって、この呪肉館に泊まるんですよ。日が暮れたら、この森から帰る手段はありませんし、宿泊客なら堂々と二階の客室に行けますからね」
 ミートの言葉に、老婆はキョキョキョと笑った。
「なかなか賢いですじゃ。たしかに、お客様となった以上……このオババがお前さんたちが二階に行くことを止めることはできないですじゃ。いている部屋は、あと一室。お二人で5号室に泊まっていただきますじゃ」
 ミートは宿泊者名簿に、自分とキン骨マンの名前を記入しながら頷いた。これで客室がある二階に行くことができる。
「キョキョキョ……それにしても、珍しいこともあるものですじゃ。こんな霧深い森の中にある宿が、超人さんで満室になるなんて」
「えっ? ボクたちの他には、どんな超人が泊まっているんですか?」
 ミートが訊ねると、老婆は宿泊者名簿をペラペラとめくりながら答えた。
「一週間前に1号室にキン肉マン様が入られて、それから本日になって立て続けに、2号室にバイクマン様が。3号室にミスター・VTR様が。4号室にドネルマン様。そして、たった今、5号室にミート様、キン骨マン様が入られて、満室となりましたじゃ」
 ミートが首を傾げる。こんな寂れた館に超人が押しかけることに、まず違和感を覚えたが……気になるのは、宿泊客の中に知らない名前があったことだった。
「ドネルマン? 誰ですか、それ?」
「さあ……トルコ出身の超人としか聞いておりませんですじゃ」
 老婆は談話室を指さした。
「ちょうど今、キン肉マン様以外の宿泊客が、あちらに揃っておりますじゃ。オババは少しの間、5号室が使えるように仕度しますので、それまで談話室でくつろいでいるといいですじゃ」
 二階の階段を上っていく老婆を見送ると、ミートとキン骨マンは一階にある談話室に進んだ。
 談話室は部屋の中央にローテーブルが置かれ、それを囲むようにソファーが並んでいる。部屋の隅には暖炉やテレビ、雑誌が並んだ本棚があり、オババの言葉通り、三人の超人がくつろいでいた。
 三人の超人は、コの字に並んだソファーにそれぞれ腰を下ろし、互いに目を合わせることもなく、思い思いの時間を過ごしているようだった。
 向かって右側に座るのは、750㏄のバイクが丸ごと胴体となった機械超人・バイクマンである。室内でもフルフェイスヘルメットを装着し、テーブルに広げたロードマップを眺めている。
 向かって左側に座るのは、頭部はカメラ、胴体はスピーカー、腰はモニターと編集デッキ、左腕はマイクと……肉体のほとんどが映像編集に関わる機材で構成されたかい超人・ミスター・VTRである。何やら体の一部である機材を無言で操作している。
 そして、向かって正面奥に座るのが、謎の超人・ドネルマンということになる。トレーナーにジーンズというぱっとしない服装に、ずた袋をかぶり素顔を隠したヘンテコな格好をしており、世界各地の超人に詳しいミートですら、初めて見る存在だった。
「ムヒョヒョ……なんというか、渋いメンバーだわさ」
 隣でキン骨マンが呟いた。たしかに、珍妙な組み合わせである――とミートも思った。
 キン肉星王位争奪戦で戦った元技巧ゼブラチームのバイクマン、そして、飛翔マリポーサチームのミスター・VTR。なぜ、二人がこんな森の中にいるのか?
「おお、これはこれは……キン肉星大王のじゅうしん・ミートくんじゃないか」
 ミートの存在に気づいたバイクマンが、気さくに声をかけてきた。さらに隣に立つキン骨マンの存在に気づくと、目の色を変えて立ち上がった。
「むっ! 隣にいる者の服装……レザーグローブにレザーシューズ、そして、その風によくなびきそうな赤いマフラー! もしかして、バイク乗りかい?」
 同志を見つけて嬉しそうなバイクマンに、ミートはすばやく否定した。
「いえ、ちがいます。彼はキン骨マンといって……簡単に言えば犯罪者です」
「簡単に言い過ぎだわさ!」
 ミートはこちらの目的を聞かれる前に、先に切り出した。
「ところで、バイクマン。あなたは何の目的があって、ここへ?」
「何って、たまたまさ。この辺は、なんだか曰く付きの土地らしいが、自然は綺麗だし、バイク乗りの間じゃ有名なツーリング・スポットでもあるんだ。オレは今、全国を体一つで回っていて、今日はここが宿ってわけさ」
 バイクマンは胸にあるガソリンタンクを、ばんと叩いた。すると、話は聞こえていたのだろう。向かいに座るミスター・VTRも身を乗り出してきた。
「オレも似たようなものさ。この辺は人も寄り付かないし、写真撮影にもってこいなんだ。来月に控えた超人写真コンクールで優勝するため、今日から一人合宿さ!」
 そう言うと、ミスター・VTRは腰に付いたモニターのスイッチを押した。ウィーンという音とともに、宇宙を背にした地球の画像が映し出される。
「ムヒョッ?」
 キン骨マンが物珍しそうに、ミスター・VTRのモニターを覗き込んだ。
「これはオレが、地球に来た際に撮影したものさ。そして、ここからが、この呪肉峠で撮影したものだ」
 ミスター・VTRがスイッチを押すたびにモニターの画像が切り替わり、呪肉峠周辺の自然風景が次々と映し出される。
「最近はカメラの性能も上がってきて、素人しろうとでもクオリティの高い写真を撮れる時代になってきたが……そのせいで、構図やレタッチに対する知識が赤子同然の、にわかカメラマンが増えてきた! 大切なのはカメラではなく、シャッターを切るのが誰かということであって……」
 突然、熱いカメラトークをし始めたミスター・VTRに、ミートはあいまいに頷きながら、正面に座るドネルマンに視線を移した。
 ずた袋を被った正体不明の超人は、賑やかになったこちらの会話にじることもなく、まるでミートの視線を遮るように新聞紙を広げている。
 ――誰だ? 本当にただの無名の超人なのか?
「……で、お前たちこそ、どうしてここに来たんだ?」
 いぶかしげな表情を浮かべるミートの顔を覗きながら、バイクマンが肩をすくめた。
「えっと、実は……行方不明になった王子が、一週間前からこの呪肉館に潜伏してることを突き止めまして、キン肉星に連れ戻しに来ました」
「なにぃ~っ!? キン肉マンが泊まっているのか、ここに!?」
 すっとんきょうな声を上げるミスター・VTR。
 ミートはバイクマンとVTRに、ここまでのいきさつを説明した。ちょうどその時、談話室の扉が開いて、老婆が現れた。
「ミート様、キン骨マン様……お部屋の準備ができましたので、ご案内しますですじゃ」
 こうして、ミートとキン骨マンは、老婆に先導されて二階に上がることになった。談話室にいた超人たちも、それをきっかけに部屋に戻ることにしたらしい。バイクマン、ミスター・VTR、ドネルマンの三人がぞろぞろとついてくる。
 二階は長い片廊下に沿って五つの部屋が並んでいた。キン肉マンが宿泊しているという1号室を見つめながら、ミートたちは一番離れた5号室に案内された。
「それでは……ごゆっくりですじゃ」
 部屋への案内を終えた老婆が一階に戻っていく。
 ミートは荷物を置くと、すぐに廊下に出て、キン肉マンがいる1号室の前に立った。
 ――この扉の向こうに、王子が!!
 心臓の鼓動が速くなる。ミートはゆっくりと1号室のドアをノックした。


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