【試し読み】今日の授業は悪い授業

『ハルチカ』シリーズなど、ミステリを中心に執筆している小説家・初野晴さんに、恋愛をテーマに短編を書いてもらいました! 初野さんの小説は、主人公たちが立ち向かうには巨大すぎる理不尽がいつもあります。今回も、その理不尽が姿を見せ……そこまで読み進めた時、知らず背筋が震えました。ものすごい量の取材から生み出されていると思います。絶対最後まで読んでほしい一作です!!

作者プロフィール

初野晴(はつのせい)

『水の時計』で横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。以後、ミステリジャンルを中心に活動している。高校吹奏楽部の主人公たちが活躍する『ハルチカ』シリーズは好評を博し、アニメ化、実写映画化された。 


今日の授業は悪い授業

 1

 油画研究室の准教授の言葉を思い出す。
 芸術家にスマホやネットは要らない。
 芸術家はなにもしないで、ぼんやりと放心していられる力を培う必要がある。
 孤独な空間から創造的なアイデアが生まれる。
 心をさまよわせていると脳が解放される。
 脳というものは、反射的な活動を要求されないときにこそ、最も生産的になるのだ。
 …………
 ……
「綾乃、あ、綾乃」
 心そこにあらずといった態で宙を見つめていたわたしは、祥の声に気がつかなかった。頭の中にできた空白に何度も自分の名前が響いて、ようやく反応する。
「え。もうできたの?」
「うん」
 机の上に広げたスケッチブックには小鳥の絵が鉛筆で描かれていた。わたしは首をまわして、部屋の窓の外のモデルと見比べる。まだ電線にポツンと留まっているので仲間からはぐれてしまったのかもしれない。いずれにしても電線の真ん中に位置取り、周囲から丸見えなので、天敵に狙われてしまわないかと心配になる光景だった。
「この絵、売ってほしいな」
「綾乃になら、あげる」
「そういうわけにはいかないの」
「なんで?」
「この間、『フランダースの犬』の話を聞かせてあげたでしょ。画家は絵を売るものなの。ネルロはアロアを描いた絵の代金を受け取らなかったから、最後にあんな形で死んじゃったの」
 いいたいことが伝わったかどうかわからないが、祥は生真面目な表情で黙り込んでいる。
「じゃ、じゃあ、交換」
 祥は絵を描くのに使った単眼鏡を指さした。わたしの持ち物で、単眼鏡があるとないとでは美術館巡りが劇的に変わる。授業中の世間話から彼に見せてしまったのが運の尽きで、こうして大幅に脱線してしまった。
「欲しいの?」
「うん。欲しい。ど、どうしても欲しい」
 単眼鏡の値段と、このアルバイトの時間給を秤に掛ける。結論はすぐに出た。
「いいよ。でも家のひとには隠してちょうだい。こんなのを持ち込んで絵を描かせたのがバレたらクビになっちゃう」
 スケッチブックから絵を切り離し、物々交換が成立する。このミニサイズのスケッチブックも以前はわたしの持ち物だった。
「……クビって?」
「前にもいったでしょ。もう会えなくなるって意味」
 祥はわたしの家庭教師の生徒だ。月八回で一回二時間の契約。今日で十一回目。そして来月、彼は十七歳の誕生日を迎える。わたしと歳は四つ離れているが、身長は二十センチほど彼のほうが上まわっていた。
「あ、綾乃と会えなくなるの、やだ。だって、いろいろもらえなくなるもん」
「わたしもバイトのお金が入らないと困る。エアコン買い換えたいし」
 美大の先輩からもらった中古品がときどき動かなくなり、卓上扇風機や冷却枕でしのぐには限界があった。
「エ、エアコン?」
「この部屋にもあるでしょ。涼しい風が出てくる機械」
「う、うん」
「夏は暑い」
「綾乃は、暑いの、やなの?」祥の肌は色黒で、彼を見ていると夏の太陽のイメージが湧いてしまう。
「嫌よ」
「お、お風呂は?」
「え」質問がラグビーボールみたいにあさっての方向に飛ぶので戸惑った。なぜに風呂?
「お風呂だよ。いま、お風呂のことを聞いてるんだよ。お、お風呂もやなの?」
「……好きだけど」
 祥は爪を噛み、目を伏せてうつむく。うう、という唸り声が聞こえ、しばらくすると唸り声をあげたまま両手でくしゃくしゃと激しく頭を掻いて、どんっと机を拳で叩いた。
「なんで暑いのはダメで、お風呂はいいんだよ!」
 理解が頭の中に浸透するまで時間がかかった。いわれてみれば理屈で、たとえば三十九度の気温は耐えがたいのに、同じ温度のお風呂だとゆったりくつろげる。うーん……。おそらく科学的な根拠はあるだろうけれど、わたしにはわからない。
 なんで? どうして? 問題を嗅ぎつける感覚に恵まれた祥にとって、世界は何百、何千、何万という謎で満ちあふれているのだ。どうして空は青いのか? なぜ声はひとりひとり違うのか? 男性になんの役に立ちそうもない乳首があるわけは? 世の中は、生活するうえで出てきた問題のこたえを聞いたり調べたりして生きていくひとと、与えられるものになんの疑問も持たないまま生きていくひとのふたつに分かれているのかもしれない。困ったことに祥は前者で、問題をめざとく見つける問題児だった。
 大きなため息に身を揺らしたわたしは椅子の背にもたれる。「……なんでだろうね」煙草を吸えれば、すぱあと吸いたい気分だ。
「綾乃はおかしい。ぜ、ぜったい間違ってる」
 カチンときて、「わたし、間違ったこと喋ってない」
「なんで?」
 今度はムキになって、「ああ、もうっ。ちゃんとこたえられるよう調べてくりゃあいいでしょ」
「ほんと?」
「次までの宿題にする」
 こうして先生であるはずのわたしに宿題が増え、こたえなければならない問題が山積みになっていく。
 授業中の祥は気が移るのが早い。退屈でよそ見することもあれば、椅子に座っていること自体が苦痛でしようがないというふうにもぞもぞと身動きもする。彼はいま、自分の物になった単眼鏡を熱心にいじりはじめていた。かなり外出を制限されているようなので、好きなだけ窓の外を眺めたい気持ちはわかる。でもさすがにこれ以上の脱線はまずいと思い、単眼鏡をひょいと取り上げて、プリント用紙を彼の前に置く。
「これが終わってからにしない?」
「や、やだ」
「祥が遊んでばかりだと、本当にクビになっちゃうの」
 祥は再び両手で頭を?いた。ひとしきりガリガリしたあと、まっすぐわたしを見る。抗議の目だった。水を飲みたくない馬を水場に連れて行っても決して飲まないように、関心のないひとをその気にさせるのは難しい。
 ここで懐柔や叱責に走るという、地面に置いたバナナの皮をわざわざ踏みにいくような真似はしない。つまるところ人間関係は舐められたら終わりで、にらみ合いの根比べに負けた祥は、不承不承ながらも学習ノートを手元に引き寄せた。プリント用紙を見ながら一字ずつ、2Bの鉛筆で書き順通りに写していく。「川」や「森」、「目」や「耳」、「虫」や「音」など、使っている教材は国語の学年別漢字表の一年生バージョンで、だれにでもできそうな単純な作業が、彼にとっては全力投球の大作業みたいになってしまう。そして机の上には小学生用の国語辞典、地図、時刻表が置いてあり、壁には「あいうえお表」が貼られていた。
 授業の内容や祥の素性にかかわることは、ツイッターやフェイスブックなどのSNSでいっさい発信しないという念書にわたしはサインをしている。その見返りは大きく、掛け持ちしていたアルバイトをすべて辞めることができた。
 案の定、五分も経たないうちに注意力が散漫になった祥はいくつもミスをした。それは増えつづけ、まるで書き間違えることが目的で机に向かっているようでもある。しかしわたしは口を出さない。祥の身体が緊張し、力が入り過ぎて、鉛筆を持つ指先ではなく、身体全体で指先をコントロールするようになり、実際に首や頭をふって懸命に鉛筆を動かしている様を目の当たりにすると、中断させる気にはなれない。
 今日の祥は辛抱強かった。プリント用紙の二枚目を終え、次は「青空」や「夕日」などといった熟語にチャレンジしている。
「あれ?」祥がしきりに首を捻り、「あ、あれ? ねえ、ちょっと、綾乃っ」
「どうしたのよ?」
「こ、これ」なにを思ったのか、祥は机の引き出しを勢いよく開けて電卓をつかみあげた。
「待って」嫌な予感がした。「いまそれ、漢字の書き取りと関係あるの?」
「あ、あるよ。すごくある」
 わたしは眉根を寄せ、祥が掲げた電卓を観察する。家庭教師のアルバイトをはじめる前に、家のひとから受けた要望を思い出した。算数より国語を優先――簡単な計算は電卓を使って構わないという方針だ。そもそも祥が保護されたとき、彼は電卓を使った簡単な足し算や引き算のやり方を知っていたという。確かに、あの村で日常生活を送るうえで最低限の計算能力は必要だったのかもしれない。
「ほら、大発見だよっ」祥が興奮気味に叫んだ。「か、漢字は上から下の順番に並ぶのに、この数字は下から上に並んでるんだよ」
 いわれて気づいたが、電卓の数字は1、2、3、4、5、6、7、8、9と、三×三の枡目の中に下から順番に配置されている。わたしが家で使うMacのテンキーもそうだ。
「へえ、本当だ」
「なんで? どっちが正しいの?」
 ここは毅然と突き返さなければならない場面だった。
「あのね、先生だからといって、なんでもすぐこたえられるわけじゃないの」
「だ、だよね」
「わかってくれた?」
「うん。綾乃の宿題だ」
「わかってないじゃないの」
「も、もう気になって気になって、漢字の書き取りどころじゃなくなったんだよっ」
 それから五十分ほど、授業とはとても呼べない授業がつづいて、二十分の延長を経てわたしはようやく解放された。残業代は支払われるのだろうか……などと甘いことを考えながら祥の家の玄関でスリッパから靴に履き替える。
 祥が住む家は豪邸だ。玄関は邸宅の顔となる空間なだけあって自分が住む賃貸の間取りより広い。毎度毎度、祥の見送りはなく、いまごろ机の上でぐったりしていることは想像がつく。それほど彼にとって勉強の時間は負担が大きい。
 代わりに家のひとが見送りにきていた。祥の母親には歳の離れた姉がいて、つまり彼の伯母にあたる。真っ白の白髪のおかっぱ頭の小柄な女性で、若作りも老け作りもしていない綺麗さがあった。独り身だと勝手に想像していた。
 祥の伯母とはいつも、すこしだけ会話を交わす。表情に乏しいひとだが、急に目と目の間、鼻の付け根に太い横皺が刻まれる瞬間があるので、そのときは緊張する。わたしの前に、家庭教師を何人もクビにしてきたひとだから。
 あのう、本当にわたしでよろしいのでしょうか……
 アルバイトの初日から言葉を変え、口調を変え、ときには卑屈になって確認してきた。まもなく一カ月半が経ち、成果を問われる時期だが、明確な課題はなく、週ごとや月単位の目標も決められていないので、不安になるのも仕方がない。
「お礼をいわせてもらうわ」
 この日、はじめて祥の伯母に誉められた。
「え」
「あなたのおかげで、他の先生がやりやすくなっている」
 薄々は感じていたが、やはり別の専門の家庭教師がついているのだ。祥の義務教育の空白を埋めるには、わたしひとりで足りるはずがない。
「連絡先を教えてもいいかしら」
 コンタクトを取りたがっているらしく、問題ないと思って承諾した。見も知らぬ他の先生に協力的になれたのは、このアルバイトが長くつづいてほしいと願っているからだ。
 祥が住む家をあとにしたわたしは、すこし伸びをして夕焼けの空を見上げる。
 閑静な住宅街の空は太陽が沈みはじめ、雲はその光に染まり、なんともいえない彩りを帯びていた。雲の間に沈みゆく太陽は、ひときわその光線が鋭く放射されるかのようで、ある一点の光景にわたしは目を細める。
 肩から提げたトートバッグの中から慌ててスケッチブックの紙を取り出した。
 小走りになって、目的の電線のほぼ真下に着き、顔を上げた。
 祥がモデルにした小鳥がまだ留まっている。なにか変で、不自然さ、違和感を覚えた。最初に見たときから微動だにしていない気がするし、生気がまるで感じられない。
 まさか……
 死……
 群れからはぐれ、疲れ果てた小鳥は、眠り込むようにして死んでいたのだ。
 なのに電線から落ちない。
 祥が描いた鉛筆画を確認する。2Bの鉛筆を叩きつけるように、乱暴に、でも繊細な線と濃淡が表現された絵は、鳥の骨格や、脚の腱が透けて見えるようだった。腿の筋肉から膝を通り、足首をまわりこんで指の裏まで伸びている屈筋腱が、体重で膝が曲がることで引っ張られ、その結果、鉤爪がぎゅっと閉じている。
 わたしの学科で、ここまで描ける学生は何人いるだろう。
 鳥というものは眠ったまま、死んでさえいても、留まっている電線や木の枝から落ちないことを天才少年画家の絵は雄弁に物語っていた。

     2

 美大に入学した時点で能力の優劣はすでに決まっている。
 それは三年生になったいまでも、おそらく卒業したあとも変わらない。コツコツと画力を磨けばいい、努力を否定するな、という外野の意見もあるだろうけれど、成長期を過ぎた大人がまだ背が伸びると励まされるようなものだ。
 とはいえわたしは、すがるものとして真面目のほうにメーターをふって勉強してきた。それすら准教授に否定されたときは困った。優等生の一〇〇点は芸術では〇点だという。
 いま思えば、親の反対を押し切って一浪し、第一志望の美大に入学した瞬間こそが自己評価が一番高かった。無邪気なほど自信満々だった自分が、周囲との圧倒的な才能の差、親の経済力の差、情報量の差、すべてにおいて打ちのめされていく様は、文化芸術の世界ではありふれた話かもしれない。
 ただ、そういった劣等感を持てるうちはまだ救いがあるのだ。打ちのめされる、というのは実は傷が浅い。美大に二、三年も通えば本当の敵を知ることになる。
 描かない自分。やる気が起きない自分。言い訳を探している自分。謙虚になりすぎて、傲慢になろうとしてもなれない自分。
 なんのことはない。能力勝負の世界では、才能や環境やライバルなどまったく関係なかったのだ。
 その頃になれば一度くらいは本物の天才に触れる機会がおとずれる。同期であったり、先輩か後輩だったり、本職の画家だったり、ひと握りもいない存在。
 彼らは合理性とは無縁の世界にいるし、小賢しい計算がまったくない。
 そして孤独の中にいる。していることはマラソンと同じだ。悪いときも、いいときも、絶賛されたときも、酷評されたときも、黙々と自分のペースを守りつづけている。愚直に、ときには周囲の関係者の気持ちを顧みないほど冷徹に。自分より前を走っていたひとが勝手に落伍し、本人が望むと望まざるにかかわらず着順が上がっていく。
 ノイズが多い凡人にはそれができない。
 いつしかわたしは油画学科で実践を減らし、研究を増やすようになっていた。鑑賞者の最良のものが研究や評論をするべきなのに、画家のなりそこないがその道を目指してどうするのだろう?
 真面目に生きてきたことが仇になり、たまにお腹の痛みや吐き気に襲われる。そんなときだった。
 祥と出会ったのは。

 学生課の前に設置されている掲示板で、家庭教師の求人を知った。
 生徒は十六歳の男子で、先方が求めているのは美大受験対策ではなく、世間一般の家庭教師であることに驚いた。百歩譲って相手が中学生ならまだしも、高校生レベルとなると募集する大学を間違えているのでは? と思いたくなる。それに加えて採用条件は「男女問わず、要面接」、雇用形態と時給は「応相談」という記述にも面喰らった。まともな求人ではないので眉を顰めていると、学生課の職員のおばさんに声をかけられた。
「杉田さん、ねえ、杉田さん」
 杉田とはわたしの苗字で、この職員のおばさんには何度か割のいいアルバイトを紹介してもらっている。ふた言目には「お金、困っていない?」を挨拶代わりにする彼女だが、プチ勘当といった態で上京し、学費と最低限の仕送り以外は自分で稼がなければならない立場なので有り難い存在だった。学生課を窓口にするメリットは、事故やトラブルが起きたときに相談に乗ってくれることと、非合法やブラックバイトに遭遇しないこと。
「杉田さん、なにかバイト探しているの?」
「いまより良いところがあればと思ってチェックしているんですけど」
「その家庭教師の求人はどう? 勉強のほうは駄目?」
「駄目もなにも」よく考えてみた。「普通、家庭教師は同性をつけるのでは?」
「そうそう。私も確認してみたのよ。先方が問題ないって」
「問題ない?」
「条件が良さそうなんだけどねえ……」
 気になる発言だった。条件が良いことをうかがわせる内容はどこにも書かれていない。そう感じるに足る「なにか」を職員のおばさんは知っている素振りなので、探りを入れてみたが、返事を濁すだけで要領を得ない。
 その日はたまたま掛け持ちしているアルバイトが両方休みになり、本能的に暇を恐れた。職員のおばさんがすぐ取り次いでくれたこともあり、あれよあれよと面接を受ける流れになった。断るなら直接会って断ったほうがいいわよ、という職員のおばさんの謎理論に押し切られる形になったが、最終的にはわたしの意志だ。同期の半数以上と連絡が取れなくなった美大という環境に湯船みたいに浸かっていると、不合理なことを無性にしてみたくなるときは突然おとずれる。
 教えてもらった住所は、大学から電車で六駅離れた高級住宅街にあった。
 どの家も敷地面積が広く、緑や花で囲まれ、避暑地のような雰囲気だった。高層マンションや商業ビルがいっさい建っていないので、厳しい建築協定が結ばれていることが想像できる。建築協定については建築学科の知り合いから話を聞いたことがあった。景観は守られるが、新たに家を建てるひとがすくなくなるので街全体が高齢化する。
 時刻は午後二時を過ぎていた。スマホのナビアプリを使って「ここかな」と目星をつけた場所は、高い石張りの塀と生け垣が目隠しをしていて、道路側からほとんど家が見えない。織部という表札のある出入り口を探して歩いていると、頭上からなにかがふってきた。
 ドサッ。
 足元に落ちたのは重量のありそうなリュックサックだった。さっと血の気が引く感覚に襲われて顔を上げると、塀を乗り越えて出ていこうとする少年と目が合った。空き巣としか思えないシチュエーションに、蛇に睨まれた蛙という諺は喩え話ではないことを知る。しかし悲鳴をあげるのは、すんでのところで思いとどまった。向こうは澄み切った明るい目をしていたこと、驚く気配をまったく見せなかったこと、裸足だったこと、そしてボロボロのスケッチバッグを抱えていたこと。
 顔から足の甲まで、余すところなく日焼けをした彼は、ぴょんと飛び降りてリュックサックを拾い上げる。身長は高く、手足も長い。筋肉質だが、トレーニングによってつけられたものではなく、全身運動でつけられたような細身の筋肉の持ち主で、十代後半の少年が持つ魅力にあふれていた。
 彼はわたしのことなど意に介さずに荷物を持って走り去っていった。
 スケッチバッグ――身体が勝手に反応して、あとを追う。
 彼が向かった先は高級住宅街にある豪農的な屋敷だった。隣にお金持ちの道楽のような広い菜園があり、彼は「立ち入り禁止」という札を無視して柵の隙間から敷地に入っていく。あまりにも自然に侵入したので、わたしもそうした。
 茄子とオクラを混植した畑の前で、彼は時間を一秒たりとも無駄にしない素振りで、野外用の軽量イーゼルを組み立てている。イーゼルは試行錯誤を重ねたうえでの自作っぽく、転倒防止の重石代わりに三脚部分にカラビナで荷物を引っかけていた。
 わたしは足音を忍ばせて近づき、彼が使っている画材を観察する。F3号の水彩キャンバス。パレットにのせたのはジェルメディウムとアクリル絵の具……
 梅雨末期の大雨は先週で終わり、雲間から強い日差しが照りつけている。
 見ているだけでも汗が流れる暑さだが、彼はどうとも感じていない様子で、それどころか持ってきた水筒やタオルの存在を忘れるほど、絵を描くことに夢中になっている。スケッチやアタリはせず、それでいて筆さばきは速く、いっさいの迷いがない。
 ああ……
 学内でわたしを最初に打ちのめした同期を思い出す。
 絵の巧さ? 違う。その程度なら嫉妬で終わる。もっと根源的なものだ。
 彼の肌の色は、幼い頃から息を吸うように野外制作をしてきた歳月の長さをあらわしていた。晴れの日だろうと曇りの日だろうと、紫外線を受けることに変わりはないから、年中日焼けしてしまうのだ。かといって日傘や帽子を使うと、陽が射したときに、光と陰がまだらになるなど重なる部分が出てきて色や調子を合わせにくくなる。本物の絵描きは常に日向の中か、陰の中を選ぶ。
「おい、だれだっ」
 屋敷の主に見つかり、彼は慌てて片づけてイーゼルとキャンバスを持って立ち去る。逃げ足の速いバッタやこおろぎを見ているようだった。いくつか彼の忘れ物があり、律義に回収したわたしだけがこってりとしぼられる。
 荷物が増えた状態で家庭教師先の織部家をたずねると、約束の時間を大幅に過ぎたことで家のひとは不快感をあらわにしていた。やけになって事情を話すと、なぜか態度が急に軟化する。わたしは自分の生徒になる祥と出会っていたのだ。彼に挨拶した際、初対面の反応をされたときはすこし腹が立った。

 参考文献
『つかぬことをうかがいますが…―科学者も思わず苦笑した102の質問』早川書房、ニューサイエンティスト編集部編集、金子浩訳。

この作品の続きは「STORY MARKET 恋愛小説編」にてお楽しみください。


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