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【試し読み 第4回:悪漢奴等】Paradox Live Hidden Track "MEMORY"

9月3日に『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』が発売となります。
こちらに先駆けて、4日連続で各チームの物語冒頭の試し読みを公開させていただきます!

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以下のリンクより購入が可能です。

あらすじ

大人気プロジェクト小説版が登場! Paradox Live終了後、「BAE」「The Cat's Whiskers」「cozmez」「悪漢奴等」は、訪れた平穏の中でそれぞれの過去を思いだしていた。14人のラッパーたちが成し遂げたかった想いの原点が、4つの記憶の物語として描かれる――
・アンがアレン、夏準と出会ってからBAE結成までの秘話を解禁!
・西門、神林、椿の三人で過ごした美しくも儚い日々が初めて語られる――
・那由汰と四季の出会い、そしてサンタを信じる珂波汰にこっそりプレゼントを準備!?
・翠石組に玲央が加入した直後、紗月や北斎と夏祭りの出し物を企画するように依織から言われるがその意図とは...?
ここでしか読めないオリジナルストーリーが満載!

『Paradox Live Hidden Track "MEMORY"』試し読み

第1回:BAE 「Before Anyone Else.」
第2回:The Cat's Whiskers 「Birdhouse Any Remember.
第3回:cozmez 「Be Rewarding One.」


それでは、第4回は「悪漢奴等」の物語をお楽しみください。


Boys And Dad.

 青空に白雲の流れる、晴れた日のことだった。
 Paradox Live(パラドックスライブ)における賞金、百億円。
 それを元手に翠石組(すいせきぐみ)の立て直しを夢見ていた悪漢奴等(あかんやつら)の面々であったが、優勝チームはcozmez(コズメズ)という結果で、一連の騒動は区切りを見た。
 しかし「転んでも何かを摑んで立ち上がれ」が信条の悪漢奴等。Paradox Liveではトップを逃したものの、見事CLUB paradox(クラブパラドックス)を始めとした人工浮島再開発プロジェクトという大きなシノギを摑(つか)みとり、翠石組の再建は大きな一歩を踏み出した。
 Paradox Live開催中はもちろん、大会の結果が出てからも相変わらず大忙しの悪漢奴等であったが、ようやく少し暇ができ……その日は諸々の報告も兼ねて、全員で組長の墓参りへとやってきたのだった。
「……ご無沙汰してすまんかったなぁ、オヤジ。とりあえず、やっとええ報告持って来れるようになったさかい、顔見せに来たで」
「このまま努力を続ければ、私たちの翠石組がもう一度立ち上がれるかもしれません、オヤジさん。……ぐすっ……若も本当に頑張ったんですよっ……翠石組の再建だけじゃない、実はその裏でcozmezという前途ある少年たちの行く末まで気を遣っていたんですっ……若は本当に器が大きいっ……私は本当に素晴らしいカシラに出会ったものです……!」
「いや、ええやろその辺は~。誰に説明しとんねん」
「オヤジさんもそのほうが分かりやすいかと思いまして……」
「なんに向けての配慮や!」
「おぉーい! 水汲(く)んできたぞー! 玲央(れお)! テメーもバケツ一個くらい持てや!」
「えー、やだよ~。そういう仕事はおサル向きでしょ~」
「花も……こんな感じでいいかな」
 依織(いおり)と善(ぜん)がさっそく墓前漫才していると、紗月(さつき)と北斎(ほくさい)が水桶と花を持ってやってきた。一緒に玲央もいるが、当然のように手ぶらであった。
「お~う、三人ともお疲れさん。……て、北斎? ようあの予算でこんだけ花買って来れたな~。こらオヤジも喜ぶわ」
「玲央が花屋さんのお姉さんと握手したら、安くしてくれた。飾り付けもかわいくしてくれたし、良い人だった」
 北斎の言葉で、全員が玲央を見る。紗月は特に複雑そうな顔だった。
「てめぇ、ふつー墓に供える花値切るか!? こんなとこまでチャラつきやがって!」
「え~? 僕ちょっと分かんない。紗月が美人の店員さんと話すの恥ずかしそうだったから、代わりに話したらなんか安くしてくれただけだよ?」
「そういうとこだよ! そういうとこ!」
「あ……ソープフラワーで作ったテディベア入ってる。かわいい」
「墓前の花にテディベアってなんだよ! センスおかしいんじゃねえか玲央!」
「それは僕のせいじゃないでしょ~。サービスだよサービス」
「あーあーもう、お墓でまでこの子たちは……」
 ギャーギャー始めた紗月と玲央に、お母さんめいた態度で仲裁に入っていく善。そしてマイペースに花を飾っていく北斎。まったくいつも通りである。
 そんな様子を見て、依織は笑い交じりの溜息をついた。
「ったく、変わらんやっちゃなぁ~お前ら。ほら、落ち着いたらお参りするで」
 相変わらず、賑(にぎ)やかに騒ぐ悪漢奴等の面々。お約束のドタバタを終えた後は、しっかり墓前に向き合わねばならない。
 しかし、いざ墓を目にすれば、表情の強張(こわば)るものがいた。紗月と、玲央だ。
 無理もない。墓参りとは即ち、死を直視する行為に他ならないからだ。
 特に、カメラを向けられて発作的なフラッシュバックを起こしてしまうほどのトラウマを抱えている玲央は、墓前に立てるかどうか、事前に依織に心配されていた。
「……お前ら。まだキツかったら、無理せんでもええよ。オヤジも苦い顔させんのは、本意やないと思う」
 依織の言葉に、玲央が頷(うなず)いた。
「ごめん、兄貴。ちゃんと顔見せなきゃ、って思ってたんだけど」
「ええて。ここまで来れたら、オヤジもちゃんとお前らのこと見とる。開けたところで、少し風に当たって来るとええ」
「……うん。ごめん、甘えさせてもらうね。僕の分まで、よろしく」
 そう言って、玲央は墓前に手を合わせるのを依織たちに任せ、その場から離れた。
 ぬるい風が吹いて、玲央の頰を撫でる。
 まだ受け止め切れないこと、顔を見せにいけないこと、玲央も申し訳なくは思っている。紗月は玲央についてこない。きっと、頑張って墓前に手を合わせている。
 けれど、辛いことを辛いと認めること、甘えたい時に甘えることが、玲央にとっての、家族への愛だった。翠石組に心から受け入れられた、あの日から。
 まだ、翠石組に起きた惨劇とは、まっすぐに向き合えない。けれど逃げ続けるだけでは、あまりに寂しすぎるから。
 せめて玲央は、そんな悲しい記憶よりもっとずっと前の……翠石組が、自分の〝家族〟となってくれた日々の記憶に、寄り添っていた。

 それは、翠石組に拾われる前の記憶。
 誰に助けを求めたのか分からない。
 けれど、叫んだその瞬間、颯爽(さっそう)と〝彼〟は現れた。
 ガラの悪い男たちに追われ、逃げこんだ路地裏。頼れる者など何もなく、縋(すが)れる家族も最早居ない。そんな玲央が、追い詰められた最後の最後、思わず叫んだ「助けて」の一言。届くはずのないその声を聞いて、割って入った男がいた。
 見た目以上に大きく見えた背中。優しい声。そして、刃のように鋭い眼。
 疾風の如く現れて、嵐の如く大暴れ。そして、玲央を助け出したそのあとは、晴れ間のように微笑んで見せた。
 絶望の闇に射した、眩い光。少年にとっての救世主。
 それが円山(まるやま)玲央が最初に目にした──翠石依織という〝拠り所〟の姿だった。

 話は、玲央が依織に救われてから、しばらく後のこと。
 まだ六月の末、その日は真夏を先取りしたようにやたらと晴れていて、少し早く目覚めた蟬の声が、窓の外から響いていた。その当時、十四歳のころの玲央は、翠石組で雑用めいた仕事をしていた。
「……えっと、書類の整理、終わりました」
「おう、お疲れさん。円山はよく働くなぁ。オヤジも頑張るなぁ~って言ってたぞ」
 初老の組員が褒め言葉を告げるが、玲央の表情に笑顔はない。
 書類棚ひとつ片づけるのに、ずいぶんと時間をかけた。ほんの雑用であるが、猫の手ほどの助けにもなっていないのは、玲央もよく分かっていた。
「あの、他にありませんか……何か……仕事とか……」
「おう、今んとこ特にないな。まー今日はヒマだし、ゆっくりしてな」
「……はい」
 そのころの玲央は、現在からは信じられないほどに、過剰に気を遣う少年だった。
 翠石組に来る前……玲央には多忙だが優しい母と、多少自堕落(じだらく)だったものの明るい父がいた。
 両親の仲には最初からひずみがあったが、それを決定的に壊したのは玲央だった。留守の多い母の愛を確かめたくて、過剰に甘え、わがままを言った。
 結果、母は家に帰ってこなくなった。やがて借金を残し、父も帰ってこなくなった。残された玲央だけが、借金取りに追われる日々を送る様になった。
 そんな玲央を助けに入ったのが、依織だった。
 もうダメだ、と思った時に「ガキ相手にセコい真似してんじゃねえよ」と颯爽と飛びこんできた依織の神々しさを、玲央はずっと覚えている。
 何もかも失い、愛情を信じられなくなった玲央にとって、唯一信じられる存在。
 家族の代わりの拠り所。それが、依織という男だった。
 しかし……まだそのころの玲央にとって、翠石組は心許せる場所ではなかった。腕っぷしもない十四の少年にとって、ヤクザという組織でできる仕事は少なかった。
 大人に甘え過ぎれば、愛想を尽かされる。かといって、裕福な暮らしをしていた玲央は、不良上がりの若い組員には馴染めない。ヤクザという職種であっても、若くして「自分の力で生きて行こう」という生き様には、コンプレックスを刺激された。
 だけど、他に行き場はなかった。そのころの玲央は、まだ〝置いてもらっている〟翠石組という場所を守るのに、必死だったのである。
 だから、玲央は仕事を作ろうとした。必死に、そこにいる意味を探していた。書類整理が終わった後は、拭いたあとのテーブルをもう一度拭いたり、埃も落ちていない床を掃除したり……とにかく、動いていた。
 そういう痛々しい姿が、十四歳のころの玲央の全てだった。
「──おう、お疲れさん」
 玲央がとうとう手持ち無沙汰になったころ、依織が外出から帰ってきた。
「あ……依織さん。お疲れ様です」
「ったく、呼ぶ時は兄貴で良いって言っただろ? 玲央も俺もオヤジの子分なら、俺たちは兄弟分。ヤクザってのはそういう組織だ」
「は、はい。兄貴」
 そのころの依織は、まだ組長を模した関西弁を喋っていなかったが、気さくで面倒見のいい性格はそのままで、いつも恵比寿さまのようにニコニコしていた。そんな依織の前では、玲央も多少は柔らかい表情を浮かべることができた。
 けれど、ふと、玲央は部屋の扉が開いたままであることに気づいた。その視線を感じれば、依織もまた開いたままの扉のほうへ声をかけた。
「そうだ、紹介しねーとな……おう、入りな」
「ウス!」
 なんだか、暑苦しい声が聞こえてきた。
 見覚えのない、ずいぶんと威勢のいい少年が、扉から姿を現した。依織は少年の肩を抱くようにして、玲央をはじめとした、室内の組員たちに声をかけた。
「オヤジにも話は通してある。今日からウチの組で面倒見ることになった、紗月だ」
「伊藤(いとう)紗月っす! 依織の兄貴の漢気(おとこぎ)に惚れて来ました! 世話んなります!」
 ──うわ暑苦しい。と、玲央は真っ先に拒否感を覚えた。
 ただでさえ組の若衆とは折り合いが悪いのに、この上また仲良くできなさそうな人間が増えるのか、と憂鬱(ゆううつ)になった。と同時に、〝依織に惚れた〟というその動機が、玲央に少しもやもやした物を宿らせていた。
 一方、組員たちと言えば
「おーこれまた威勢の良い」「今どき珍しいタイプすね」「依織はガキに好かれるなぁ」「犬猫拾ってくるような感覚で子分増やすわコイツ」「しかし顔に似合わず可愛い名前やの」「俺ぁ気に入った。いっちょ立派な男にしてやろうじゃねえか」──……と、割と好評だ。
 まあ、玲央が来た時も歓迎ムードだった。この組は基本的に、組員が信頼した相手であれば来るもの拒まぬ組織性らしい。
「押忍! 俺、ぜってー立派な漢になって見せるんで! ヨロシクっす!」
 まるで空手部にでも入りにきたかのようなテンションの紗月は、組員一人一人にオーバーアクションで頭を下げていくと、玲央の前で一度止まった。
 しばし目線がぶつかった後、依織が口を挟んだ。
「おう紗月、こいつは玲央だ。お前より少し前に、俺のツテで組に入った。一応、少しばかり先輩ってことになるな」
「え? ……でも兄貴、こいつ俺より年下じゃん? 兄貴の言うように組員が兄弟同士だったら、一応俺のほうが兄貴分ってことになんのか?」
 ……実のところ、紗月のセリフは、自分より幼い少年が組に入っていることへの気遣いと、年上なりの責任感であって、ケンカを売る意図は無かった。
 だが、ただでさえ「苦手なタイプ」と思っていたところに、ズケズケとした物言い。まして自分よりも新入り。古参の組員ならいざ知らず、玲央が面白くないのは当然だった。
 つまり、玲央は〝かちん〟と来てしまった。
「……へー。紗月ちゃんって言うんだ。僕は円山玲央、よろしくね」
「あ? 〝紗月ちゃん〟?」
「ああ、ごめん。かわいい名前だったからつい。女の子かと思って」
「アァ!? んだテメーコラァ! ケンカなら買うぞオラァ!」
「……あと、一応僕のほうが先に組に入ってるから。君にとっては僕のほうが兄貴分ってことで。あと、兄貴に助けてもらったのも、僕のほうが先だし」
「はぁ!? ざっけんなボケぶっ殺すぞ! テメーが兄貴とかぜってぇ認めねえ!」
「わっはっはっはっは、さっそく面白ぇなお前ら」
 二人のやりとりを見て大笑いする依織。組員も組員でその様子を微笑ましそうに見守っている。
 唯一、困った顔をして声をかけたのが善だった。
「君たち! 騒ぐエネルギーがあるなら筋トレしなさい筋トレを! スクワットがおすすめだ! 筋肉量の大きい下半身を追いこめば、たいていのイライラはなくなるぞ!」
「や、それはお前だけだぞ、善」
 ちなみにこのころ、善も依織を〝若〟ではなく〝兄貴〟と呼んでいた。
「ちょっと兄貴……! 良いんですか、あの子たちさっそくケンカしてますよ? 多感な時期の子たちなんですから、もっと間に入ってあげたほうが……」
「良いじゃねえか賑やかで。それに、こんな玲央、ちょっと珍しいだろ?」
「た、確かに、いつもの玲央君に比べると肩の力が抜けているような……」
「だろ? それより善、オヤジが言ってた、夏祭りの手伝いの仕事、誰に任せるのか、もう決まったか?」
「え、今その話ですか? それが、皆この時期は色々忙しいみたいで……もともと祭りではテキ屋の準備もありますし、CANDY(キャンディ)の運営も忙しい時期に入りますしね。町内会長の頼みとはいえ、〝祭りを盛り上げる出し物何かお願い〟というふわっとした仕事は適任者が……」
「んじゃ、ちょうど良いな」
 ぽん、と手を叩き、依織が一歩前に出た。
 そして、野良猫の縄張り争いのようにぎゃーすか言い合っている二人の肩を叩いて、笑顔で言い放った。
「おーし。お前ら、これから二人でコンビ組め」
「「えっ」」
 玲央も紗月もほぼ同時に振り向いた。依織は相変わらず笑顔だ。
「今度やる夏祭り、うちの組も手伝うことになってる。これからお前ら二人が、夏祭りの出し物を考える責任者ってことでよろしく」
「「こんな奴と!?」」
 綺麗にハモる紗月と玲央を見て、組員たちは「あ、仲良さそうだなあ、こいつら」という表情を浮かべていた。大真面目に心配する、善以外は。
 紗月と玲央は明らかに不満そうに、お互いを睨(にら)み合っていたが……依織がそれぞれの肩を叩くと、ハッ、と姿勢を正した。
「今度祭りを手伝うことになってる商店街は、今でこそ寂れちゃいるが、昔っからこの地域を支えてきた老舗(しにせ)ばっかだ。ウチの組もずいぶん世話になってる。そういう義理を人情で返すのが、昔ながらの翠石組のやり方だ。最近下火になってるっつー夏祭りを盛り上げる、心底ワクワクするような面白ぇもんを考えてほしい……これは若いお前らだからこそできることだ。任せたぞ、良いな」
「は、はい!」
 憧れの兄貴の組に入り、さっそくの初仕事。「任せた」と言われれば、男なら奮起(ふんき)せずにはいられない。紗月の気合は十分だった。
 一方、玲央は──
「…………がんばり、ます」
 ──仕事だ。兄貴直々に任された、大仕事。失敗できない。自分は普段から組のお荷物のようなものなのだ、もしここで「できない奴だ」と評価されてしまったら……。紗月とは違う、不安から追い詰められていく緊張が、玲央を襲う。
 そんな玲央の表情を、依織は目を細めながら見つめていた。

 ヤクザのシノギと言っても色々あって、事務仕事が必要になることも多い。
 特に翠石組は、パチンコやキャバクラ等の店舗経営が大きな収益源であった。コミュ力と経営力に長けた依織は若手でありながら、既にそういった事業をいくつか任され、事務所内に専用の机をもらっていた。
 その日の善は、胸を張って、キビキビと迷わず依織の机にやってきた。
「兄貴、本当に良かったんですか?」
「あ? 何が」
「あの二人を組ませて数日経ちますが、案の定ケンカばかりですよ」
「あー、その話か。なんだ、そんなに心配か、善」
「心配ですとも! もともと紗月君にはケンカっ早いところがありますし、玲央君は色々抱えてるでしょう? ここに来たばかりのころはもっと酷かった。少しずつですが、最近ようやく会話してくれるようになってきたところなのに……」
「大丈夫だって。ガタイのわりに心配性だよなぁ、善は……ああいう時期はな、歳が近くてぎゃーぎゃー言い合える奴がいたほうが良いもんだ」
 言いながら、依織は机に並んだ書類の間に、ちょこん、と鎮座する小さな写真立てへ視線を落とす。それに気づくと、善は少し眉を顰めた。
 写真には、まだ高校生ほどの若かりし依織が、幼くヤンチャな笑みを浮かべて写っている。そこにはもう一人、依織と同じくらいの年齢の少年……神林匋平(かんばやしようへい)がひねくれた顔で並んでいて、善はそれを見るとほんの少しだけムキになるのだ。
 そんな善の様子に気づいて居るのか居ないのか、依織は窓の外へ視線を向けた。
「最近は夏日が続いてたが……今日はたぶん、一雨来るな」
「え? 天気予報では晴れと言っていたようですが」
「分かるようになるんだよ、こういう仕事してるとな。……お前はどうだ、善。傷跡、雨が近いと痛まないか」
「ああ」
 言われて気づいたように、善は脇腹を撫でた。
「平気ですとも! ここ最近は特に、外腹斜筋を重点的に構ってやりましたからね! 近頃はサイドベントに加えてロシアンツイストがマイブームで、ビルドアップに伴って代謝も上がったおかげか、傷跡ももう薄くなってきましたよ」
「それで大丈夫になんの、お前だけだろうなぁ」
「仮に傷跡が残ったとしても、この傷は……私にとっては勲章ですよ!」
「まあ、善がそう言うのは知ってるけどよ。……だからこそ、本当に〝家族になる〟ためには決定的なきっかけも必要だって、分かってるんじゃないか?」
「……それは……」
 そう言われてしまうと、善も口ごもった。
 かつて、善は根っから組の仲間というわけではなかった。
 子供のころからまっすぐに育った善は元々ヤクザを毛嫌いしており、警察官という職業に就いていた。翠石組と関わったのも、元はとある事情で翠石組の内情を探るという潜入捜査のためであった。
 しかし、噓が壊滅的に下手な善だ。警察官としての優秀さに対し、潜入捜査官としてはバレバレもいいところであったが、組員たちは善のまっすぐな人柄を愛し、仲間として迎え入れた。善もまた、内部から翠石組の面々の人柄、そして組長の掲げる翠石組なりの正義に触れるうちに絆(ほだ)されて行き……ある抗争の際、善は依織を身を挺(てい)してかばい、銃弾をその身に受けた。
「あの時は驚いたな。警官のお前が、命をかけて俺を守るなんて」
「私はバレバレだったことに驚きましたけどね……」
「バレてなかったと思ったのにも驚きだ。……とにかくよ、中坊くらいのころからヤクザの俺と、元警察官のお前が、今はこうして良い相棒になれてるんだ。玲央と紗月だって、意外と……」
「う、ううううう~~!」
「あーあーまたそうやって泣く……相変わらず涙腺緩いの、ぜんっぜん直らねぇな」
「兄貴が、兄貴が私のことを、相棒と……神林さんもいたのに私のことを……!」
「お前は元カノを意識する乙女か……」
「ぐすっ、でもですね……やっぱり心配ですよ。上手く二人が仲良くなれば良いですけど」
「いやあ、俺は相性良いと思うがな。尖っちまってる紗月には、守るべきもの。ふさぎこんでる玲央には、頼るべきもの。きっと二人は、互いの足りないものを埋め合える」
「でも……玲央君の抱えている心の傷は、特に深い。それに確か、昔、玲央君を襲った連中はまだ……」
「あー……まあ、それは俺も前々から心配してはいた。そこでだ、善……そんなに玲央が気になるなら、お前に一つ仕事を頼みたいんだが……」
「え、私にですか? ……はい。兄貴の言う事であれば、なんなりと!」


読んでいただきありがとうございました。

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