【試し読み】劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ
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【試し読み】劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ

昨日10月16日に『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ』が発売いたしました!!
発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

あらすじ

蝶屋敷での修業を終えた炭治郎たちは、次なる任務の地、《無限列車》に到着する。そこでは、短期間のうちに四十人以上もの人が行方不明になっているという。一行は、鬼殺隊最強の剣士である《柱》のひとり、炎柱の煉獄杏寿郎と合流し、闇を往く《無限列車》の中で、鬼に立ち向かうのだった。
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable


それでは物語をお楽しみください。

序章

 森の奥深く。
 青々と生い茂る木々の合間にたくさんの墓石が並んでいる。

 産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)は妻・あまねに支えられながら墓地を歩いていた。比較的新しい墓石もあれば、古い時代のものもある。それらすべてが、千年に及ぶ鬼と人の苛烈(かれつ)な戦いを物語っていた。
「健一(けんいち)、秀樹(ひでき)、実(みのる)、正雄(まさお)、進(すすむ)勇太(ゆうた)、八一(やいち)」
 一つ一つの墓石に刻まれた名前を、悼(いた)むように、愛おしむように呼ぶ。
 皆、志半ばで散っていった隊士たちだ。
 そのすべての名を耀哉は覚えている。片時も忘れたことはない。
「豊明(とよあき)、功(いさお)、良介(りょうすけ)、幸男(ゆきお)、孝弘(たかひろ)…………うっ……」
 胸を押さえ、耀哉が足を止める。
 あまねが気づかわしげに夫を見上げる。
 二人の他、人けのない墓地はひどく静かだった。木々が風にしなる音とともに、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。
 目を閉じ、その音色を聞いていると痛みが和らいできた。
 ゆっくりと歩き出すと、あまねが控えめに告げた。
「お館様(やかたさま)、そろそろ。お体に障ります」
 耀哉はやさしい眼差しで妻を見ると、しかし歩みは止めずにつぶやいた。
「いつまで……ここに足を運べるものだろうか」

 自分の体が日に日に衰えていくのはわかっていた。
 いつ寝たきりになってもおかしくはない。

 それでも。

「死んでしまったこの子たちの無念は、私の代で晴らしたい。今月、早、鬼による被害の報告を七件受けている」
 耀哉が再び足を止める。
 あまねがこちらをじっと見つめていた。
「鬼殺隊(きさつたい)の子供たちは今この時も、最前線で鬼に立ち向かう」
 耀哉が自身の体に添えられたあまねの手をそっと握りしめる。ひんやりとした妻の体温が心地よい。
「鬼がどれだけの命を奪おうとも、人の想いだけは誰にも断ち切ることができない。どれほど打ちひしがれようと、人はまた立ち上がって戦うんだ」
 耀哉の黒髪が風になびく。

 頰に吹きつける風の冷たさを感じながら、鬼殺隊の父ともいうべき男は視力の衰えた両目で、ただ前だけを見据えた。


第一章 鬼の列車


 発車を報せるベルに続いて、汽笛が鳴り響く。
 無限列車(むげんれっしゃ)の発着駅は乗車を急ぐ人々でごった返している。
 まだ新しい蒸気機関車は黒々とした車体が、力強くも美しかった。石炭と鉄を混ぜたような匂いが、微量の油の匂いとともにここまで漂ってくる。

 竈門炭治郎(かまどたんじろう)、我妻善逸(あがつまぜんいつ)、嘴平伊之助(はしびらいのすけ)の三名は、駅舎の陰に身をひそめていた。
 彼らの属する鬼隊は公の組織ではない。万一警官に見つかれば、日輪刀(にちりんとう)の帯刀をとがめられるおそれがあった。
「とりあえず、刀は背中に隠そう……やばっ、もう出発だ」
 ゆっくりと動き出した列車に慌てつつも、善逸が周囲の視線を気にする。
「警官いるかな?」
「いても行くしかないよ」
 炭治郎が腹を決める横で、伊之助が「ぬっはぁーっ!!」と叫んだ。
「勝負だ! 土地の主っ!!」
「あ、バカ」
 嬉々として駆け出す伊之助に善逸が毒づく。だが、
「俺たちも行こう」
 炭治郎が伊之助の背中に続く。
「えっ……? あ、置いてかないでえぇ」
 焦った善逸が遅れて飛び出す。
「ま、待ってぇ~」
 走り出す列車の後部デッキに飛び乗った二人を追って、最後尾の細い柵になんとかしがみつく。

「炭治郎ぉ、伊之助えぇ」
「善逸!!」
「ぬぉりゃあ!」

 あわや宙づりになった友の体を、炭治郎と伊之助がすかさず引っ張り上げたところで、勇ましく蒸気を上げた無限列車がさらにその速度を上げた。
 周囲の景色が一気に流れていく。

 客車につながる引き戸を開けると、半分ぐらいの座席が埋まっていた。
 車内は真新しい木材の匂いと石炭、そして人の匂いにあふれている。
 仕事で移動中らしき男性や、旅行とおぼしき老夫婦、仲睦まじい男女や、幼い子供を連れた家族の姿もある。皆が皆、行楽に行くわけではないだろうが、心なしか顔つきが弾んでいるように思えた。
「うお!? うお! うほ!!」
 伊之助が明らかに浮き立った声を上げる。
 キョロキョロと周囲を観察し、
「うはははは。はええ~!! うははははは!!」
 興奮気味に近くの窓へ張りつく伊之助に、慌てて戻ってきた善逸が、驚いている周囲の乗客に向けペコペコと頭を下げる。
「すみません! すみません! いいから、こっち来いっ! バカ」
「はええぜ! ぬははは!」
 半ば羽交い締めのような状態で窓から引き離されながらも、生まれて初めて列車に乗った伊之助の上機嫌は変わらない。見るものすべてがうれしくて楽しくてたまらないのだろう。
 初めての列車ということなら炭治郎も同じだが、伊之助のようにはしゃぐこともなく、老夫婦の荷物を棚にのせてあげていた。
「よっ! おばあさん。これでいい?」
「ありがとう」
「すまないねえ」
 老人とその妻が代わる代わる礼の言葉を口にする。
「いいえ。これくらい、お安い御用です」
 礼儀正しく微笑む炭治郎に、老夫婦が顔をほころばせる。

 車内はまさに平穏そのものだ。
 ガタガタと揺れる列車独特の振動は心地よく、車窓には夜の田園がどこまでも広がっていた。


「柱(はしら)だっけ? その煉獄(れんごく)さん。顔とかちゃんとわかるのか?」
 興奮冷めやらぬ伊之助をひきずって歩きながら、善逸が先を行く炭治郎にたずねる。
「うん、派手な髪の人だったし、匂いも覚えているから。近づけばわかると思う」
 そう答えながら、炭治郎が次の車両に続く引き戸に手を伸ばすと、
「うまい!!」
 驚く程大きな声が引き戸の向こうから聞こえた。
「うわっ!?」
「!? な……」
 それに極度の怖がりな善逸だけでなく、炭治郎までもがぎょっとする。思わず離してしまった手を取っ手に戻し、恐る恐る引き戸を開けると、
「うまい!!」
 同じ声が叫んだ。
「うまい! うまい! うまい!!」
 声の主は車両の前方寄りの席に座った男性だった。年の頃、二十前後といったところか。一心不乱に牛鍋弁当を食べている。
 ところどころ赤く染まった金髪と、大きく切れ上がった双眸、そして炎を思わせる羽織が印象的なこの男こそ、炎柱(えんばしら)・煉獄杏寿郎(きょうじゅろう)その人である。
「うまい!」
 煉獄の前には未開封の弁当が山と積まれていた。とても一人で食べ切れる量ではない。
 周囲の乗客たちはその度を越した食欲に驚きつつも、関わり合いになるのを恐れてか、見て見ぬふりをしている。
「うまい! うまい! うまい! うまい!」
 一口、食べるごとに連呼している。
「うまい!」
「あ……」
 さしもの炭治郎も声をかけあぐねていると、
「あの人が炎柱?」
 善逸が小声でたずねてきた。炭治郎が戸惑いながらも、
「うん」
 とうなずく。
「うまい! うまい!」
「ただの食いしん坊じゃなくて?」
「うん」
 再度うなずいた炭治郎が、意を決し「あの……すみません」と声をかける。
 だが、煉獄は箸を止めず、
「うまい!」
 とうなった。
「れ、煉獄さん?」
 ようやくこちらを振り向いた煉獄が、
「うまい!!」
 とどめのように叫ぶ。とても幸せそうだ。
「あ……もうそれは……すごくわかりました」
 思わず半笑いになってしまった炭治郎が、冷や汗まじりに応じる。

 炎柱はその後も大量に積まれた弁当を次々と平らげていった。
 そうしてようやく満腹になったのか、
「君は、お館様の時の」
 炭治郎を見つめて告げた。
 どうやら覚えていてくれたようだ。何より、「うまい」以外の言葉が聞けてほっとした炭治郎が、
「はい。竈門炭治郎です。こっちは同じ鬼殺隊の我妻善逸と、嘴平伊之助です」
 自分と友人二人を紹介する。善逸がペコリと頭を下げる横で、伊之助がふんぞり返った。
「そうか! それで、その箱に入っているのが」
「はい。妹の禰豆子(ねずこ)です」
 軽く首をひねって、炭治郎が背中の箱を見やる。
 煉獄がうむとうなずいてみせた。
「あの時の鬼だな。お館様がお認めになったこと。今は何も言うまい」
 そう言われ、炭治郎の顔がほころぶ。
 鬼である妹の存在を認めてくれたわけではないだろうが、産屋敷邸(うぶやしきてい)での柱たちの反応を思い出せば、面と向かって嫌悪を示されなかったことが純粋にうれしい。
 そんな炭治郎に、煉獄は自身の横の席をポンポンと叩き、
「ここに座るといい」
 そう誘った。
 炭治郎がそれに従い、向かいの席に妹の入った箱をそっと置く。
 善逸は伊之助を引き連れ、通路を挟んだ斜め後ろの席に座った。
 当然の如く窓際に陣取った伊之助は、愉快そうに窓の外をながめていたが、いきなり窓を両手で叩き始めた。大方、土地の主と力比べでもしているつもりなのだろう。
「ぬはっぬはっ、すげぇ! 主の中すっげえ!! ぬはははっ」
「割れるだろ! ガラス!」
「ぬはははは」
「少しは落ち着けよ」
 善逸が伊之助の猪頭(いのししあたま)を引っ張って窓から引き離すと、煉獄が口を開いた。
「君たちはどうしてここにいる。任務か?」
 炭治郎が神妙な顔でうなずく。
「はい。鎹鴉(カスガイガラス)からの伝達で、無限列車の被害が拡大した、現地にいる煉獄さんと合流するようにと、命じられました」
 座席に座ったまま、心持ち背を伸ばし報告する。
「うむ! そういうことか! 承知した」
 煉獄があっさりとうなずいた。
「はい」
 炭治郎もうなずいたあとで、
「それと、もう一つ……煉獄さんに聞きたいことがあって」
 やや緊張気味に続けた。
 背後では、まだ伊之助が暴れ、善逸が懸命に押さえつけている。
「なんだ!? 言ってみろ!」
「俺の父のことですが」
 いきなりこんなことを切り出されても困るのではないかと思ったが、
「君の父がどうした!!」
 煉獄はどこまでも気さくに応じてくれるようだ。それに励まされ、炭治郎が先を続ける。
「病弱だったんですけど」
「病弱か!!」
「それでも、肺が凍るような雪の中で神楽(かぐら)を踊れて」
「それはよかった!!」
「…………」
 一つ一つの言葉に、打てば響くように返してくれるのは有難いが、どうにも調子を合わせづらい。炭治郎はしばし言いよどんだあとで、試しに煉獄と同じように声を張ってみた。
「その!」
「なんだ!!」
「ヒノカミ神楽……円舞(えんぶ)!」
 口にした瞬間、炭治郎の脳裏に、在りし日の父が見せた神への舞がよぎる。
 年の初めの日没から夜明けまで、父は神へ捧げる舞を、わずかな乱れもなく繰り返していた。
 それこそ、凍てつくような雪の中で。
 炭治郎の声が自然と元の大きさに戻る。
「とっさに出たのが、子供の頃に見た神楽でした。もし、煉獄さんが知っている何かがあれば、教えてもらいたいと思って……」
「うむ」
 煉獄は熟考するように押し黙ると、
「だが、知らん!!」
 きっぱりと言い放った。
「ええ!?」
「ヒノカミ神楽という言葉も初耳だ! 君の父がやっていた神楽が、戦いに応用できたのは実にめでたいが、この話はこれでお終いだな!!」
 どこまでも明朗快活、そして単純明快な返答に驚いた炭治郎が、慌てて取りすがる。
「あの、ちょっともう少し……」
「俺の継子(つぐこ)になるといい! 面倒を見てやろう!!」
 唐突な申し出の上、煉獄の両目は炭治郎ではなくあさっての方向を見ている。
「待ってください! そしてどこを見てるんですか!」
 全力のツッコミも煉獄にはまるで通じない。
 斜め後ろの席では、善逸が『変な人だな』というような顔でこちらを――煉獄を見ており、その横では伊之助が相変わらず興奮した様子で、窓の外をながめている。
 すると、
「炎の呼吸は歴史が古い」
 煉獄がまたしても唐突に語り始めた。
「炎と水の剣士は、どの時代でも必ず柱に入っていた。炎・水・風・岩・雷が基本の呼吸だ。他の呼吸はそれらから枝分かれしてできたもの。霞(かすみ)は風から派生している。溝口(みぞぐち)少年! 君の刀は何色だ!」
「えっ!? 俺は竈門ですよ。色は黒です」
「黒刀(こくとう)か! それはきついな。ハハハ!!」
 豪快に笑う煉獄に、
「キツイんですかね」
 不安になった炭治郎がおずおずとたずねる。
「黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない。さらにどの系統を極めればいいのかもわからないと聞く」
 煉獄はそう言うと、大声で請け合った。
「俺の所で鍛えてあげよう!! もう安心だ!」
 煉獄の目はやはり炭治郎ではなく、あさっての方向を見ている。伊之助と同じくらい、どこを見ているのかわかりにくい。
「いや! いや!! そして、どこを見てるんですか!?」
 炭治郎がすかさずツッコミを入れる。
 どうやら、煉獄の中では先程の継子云々の話が続いているようだ。てっきり冗談だとばかり思っていたが、本気で鍛えてくれる気でいるらしい。
(変わってるけど、面倒見のいい人だな……匂いからも正義感の強さを感じる)
 そんなことを思い、炭治郎が顔をほころばせていると、
「わっははは! すっげぇすっげえ!! はっえええ!! わはははは!」
 窓を開く音とともに、伊之助の笑い声が車内に響いた。
 いつの間にか列車は深い山間を走っており、上機嫌の伊之助が車窓から身を乗り出し、両腕を振り回している。
 なんだかんだで人のいい善逸が、必死に引き戻していた。
「危ない、馬鹿この!」
「俺、外に出て走るから!! どっちが速いか競争するっ!!」
 心の底からわくわくした調子で宣言する伊之助に、
「馬鹿にも程があるだろ!!」
 善逸が怒鳴りつける。
 すると、煉獄も「危険だぞ」と言った。しかし、危険の意味が違った。
「いつ鬼が出てくるかわからないんだ」
「え……」
 伊之助を抱えたまま、善逸がぎょっとした顔で煉獄を振り返る。素早く伊之助を離すと、煉獄の元へにじり寄った。
「噓でしょ!? 鬼出るんですか、この汽車!」
「出る!」
「出んのかい!! 嫌ァーッ!! 鬼の所に移動してるんじゃなく、ここに出るのー!? 嫌ァーッ! 俺、降りるぅ~!!」
 恐怖のあまり善逸が身悶えする。
 煉獄は鬼殺隊にあるまじき善逸の言動を気にするふうでもなく、簡潔に状況を説明してくれた。
「短期間のうちにこの汽車で四十人以上の人が行方不明となっている。数名の剣士を送り込んだが、全員消息を絶った。だから、柱である俺が来た!」
「はああああああァ─ッ!! なるほどね!! 降ります!! 降りまーす!!」
 両手で頭を抱えた善逸が泣き叫んでいると、後方の車両に続く戸が静かに開いた。車掌の男がうつむき加減に歩いてくる。
「切符……拝見……致します……」
 ボソボソと口の中でつぶやきながら、他の乗客には目もくれずこちらにやってきた。足音がほとんどしない。
「何ですか?」
「車掌さんが切符を確認して、切り込みを入れてくれるんだ」
 炭治郎の疑問に答えながら、煉獄が自身の切符を車掌にわたす。炭治郎たちも持っている三等の切符だ。
 制帽を目深(まぶか)に被った車掌は、それを改札鋏でパチリと切った。
 続いて「フン!」と差し出してくる伊之助の切符を切り、それから床にうなだれ泣いている善逸の切符を切った。
 席から立ち上がった炭治郎が車掌に歩み寄り、切符を差し出す。車掌が切符を受け取ると、天井の灯りが点滅した。
 ジジジジ……と羽虫のような音を立て、灯りが点いたり消えたりを繰り返す。
 車掌が乾いた音を立てて切符を切った。
「っ……!?」
 炭治郎は思わずその身を強張らせ、周囲を見まわした。車内や乗客に変わった様子はないが……。

(何だろう、嫌な匂いがする……!!)

「拝見……しました……」
 車掌が陰気につぶやく。
「…………」
 腕組みし、瞑目していた煉獄が何かを察したように、ゆっくりと瞼を開いた。



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