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試し読み【きみの長靴でいいです】斜線堂有紀

Jブックス六郷です。クリスマスにはやっぱり恋愛小説!!ということで斜線堂有紀さんにふたたび恋愛をテーマにした小説を書いて頂きました。前回しっとり読ませるお話だったので、今回はあっかるい恋愛書いてほしい!!とお願いしました。結果は是非、読んでみて頂ければと……!! こういうやつ、いるんだよな~、と読みながら思いました。特に男!! この男みたいな同級生に好きな子取られたことあるぞ。ラストの爽快感は最高です。さすが……。斜線堂さんは現在ウルトラジャンプにて『魔法少女に向かない職業』を絶賛連載中です!! 

目次

作者プロフィール

斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)

第23回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を『キネマ探偵カレイドミステリー』にて受賞、同作でデビュー。『コール・ミー・バイ・ノーネーム』『恋に至る病』など、ミステリ作品を中心に著作多数。ウルトラジャンプで連載中の『魔法少女には向かない職業(作画:片山陽介)』の原作を担当。

きみの長靴でいいです


 二十八歳の誕生日に贈られたプレゼントはガラスの靴だった。

 なかなか洒落た業界にいる自覚はあったものの、こんなプレゼントを貰ったのは初めてだった。光を受けて輝くガラスを見て、思わず口元が緩む。シンプルな流線型をした、光を帯びて輝く魔法の靴。小さい頃は絵本の中のこの靴に憧れていた。夢に見るほど大好きで、自身の作ったブランド名にも使ったくらいだ。それが今や目の前にあるのだ。
「どうしたの? これ」
 妃楽姫(きらき)は務めて冷静に尋ねる。何しろ、彼女は何も知らないお姫様ではなく、気位の高い女王だ。どんなものでも、まずは自分に見合う物かを精査するところから始まる。こんなに沸き立つプレゼントであっても、まだ気に入るかは分かりませんよ、という態度を見せる。
「妃楽姫に履かせたいと思ったから。この世界で一番妃楽姫に似合う靴だと思ってるから」
 妻川(つまがわ)は少しも照れることなく、ガラスの靴が入った箱を差し出してくる。その躊躇いの無さに、妃楽姫は思わずのけぞってしまいそうなほどだった。駄目だ。気圧されてはいけない。妻川の前での灰羽(はいばね)妃楽姫は、いつだって不敵でなければいけない。こんなものじゃ、まだ負けない。
 気に入らなければ、彼の目の前でこれを叩き割ってもいい。そのくらいの気概が無ければ、妻川だって物足りないだろう。
「履かせたい、って。これ本物のガラスなんでしょ? 割れそう」
「でも履けるように作ってあるから。二十四センチのガラスの靴、作るの結構大変だったんだけど」
「これ、本当に信じていいの?」
 妃楽姫が訝しげに言うと、妻川はにっこりと笑って床に膝をついた。周りに客がいないお陰で、こんなことまで出来てしまうのが恐ろしい。わざわざレストランを貸し切ったのは、この演出の為だったのだろう。
 妃楽姫は椅子に座ったまま、向きだけを変えて妻川を見つめる。彼の手が、妃楽姫の履いていた赤いハイヒールを優しく脱がした。
 現れた素足に、妻川は恭しくガラスの靴を履かせる。サイズのぴったりと合ったガラスの靴は、妃楽姫の足に正確に収まった。ガラスの表面が肌に吸い付き、重みがある靴なのに脱げたりはしない。この辺りも完璧に誂えられているのだろう。素晴らしい、と心の中で呟く。これは本物の魔法の靴だ。
 妃楽姫は足を組み替え、もう片方の足を妻川に差し出す。彼はとてもゆっくりと魔法を掛け、妃楽姫の靴をガラスの靴に換えてみせた。光を浴びてキラキラと輝く足先を、子供のようにぱたぱたと揺らした。遠目から見れば、これは輝く素足に見えるのかもしれない。
「立ってみて、妃楽姫」
 言われるがまま立ち上がる。ガラスの靴は砕けることなくしっかりと妃楽姫のことを支えていた。
「そのまま歩いてみて」
 妃楽姫は背筋を伸ばし、黒いドレスを揺らしながらガラスの靴で歩く。重くて少し歩きづらいけれど、靴としての役目は最低限果たしている。シャボン玉に包まれたような足を遊ばせて、妻川の前でくるりとターンをしてみせる。すると、妻川が拍手をしてくれた。シンデレラの絵本は嘘じゃない。これはちゃんと踊れる靴だ。
「どう? ガラスの靴の履き心地は」
「悪くない。少し重いけど」
「やっぱり現実にガラスの靴を作ろうと思ったら重さの問題があるんだよな。職人が頑張って薄くしてくれたんだけど。それに透明度の点もまだ気に食わない」
「でも、踊れなくはないね。あの童話は正しかったわけだ」
「それでも、妃楽姫に履かせるにはまだ足りないと思う」
 妻川が真剣な目をして、そう呟く。変なところで凝り性なのは昔から変わらない。妃楽姫はこれでも十分に嬉しいのに、妻川の中の理想には足りないのだろう。灰羽妃楽姫に履かせるのなら、もっと夢のような靴でないと。それが分かっているからこそ、彼女は微笑みながら返した。
「そうだね。じゃあ、次のガラスの靴はもっと綺麗で軽いものになるのかな? タップダンスも出来るくらいに」
「うん。今回は妃楽姫の誕生日までに仕上げようと思って焦ったけど、一年あるならもう少し改善出来そうだ。来年の誕生日までになら、もっと綺麗なガラスの靴が贈れると思う」
「もう来年の話をしてるの? 鬼が笑いそう」
「でも、そう思わない? 来年の灰羽妃楽姫が受け取る靴は、もっと美しいものになるよ」
 そう言って、妻川は妃楽姫の足下に跪いた。ガラスの靴の爪先に触れて、笑顔で言う。
「妃楽姫。お誕生日おめでとう。君が生まれてきてくれてよかった。君に出会えたことは、僕の人生にとって最高の幸福だった。──これから毎年、僕は君にガラスの靴を贈るよ。君の足に合うガラスの靴を、君が生きている限り。だから、ずっと君は灰羽妃楽姫でいてくれ」
「……妻川に言われなくても、私はずっと灰羽妃楽姫。あなたにジャッジされる謂われは無い」
「知ってる。それでこそ」
「でも、待ってあげる」
 妃楽姫は、少しだけ熱の籠もった声で言う。ガラスの靴の前に跪き、これから先の一生を誓ってくれる男に言う。
「私はずっと、これからも灰羽妃楽姫。だから、あなたも一生妻川英司(えいじ)でいて。私達はベター・ハーフでしょう? ……いつか貰える、本物のガラスの靴を待っていてあげる」
「……ああ。期待していてくれ、妃楽姫。これからも、僕の人生は君のものだ」
 妻川が、愛おしげに妃楽姫を見つめる。その目には揺るぎない愛情と、隠しようのない敬意が滲んでいた。ぞくぞくと背が震える。自分の手の中に、一人の男の命があるような錯覚を覚える。愛おしい、と心底思った。

 そんな男の婚約報告を聞いたのは、この直後のことだった。

 

この作品の続きは『愛じゃないならこれは何』にてお楽しみください。

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