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【試し読み】キン肉マン 悪魔超人熱海旅行殺人事件

 『キン肉マン 悪魔超人熱海旅行殺人事件』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。


あらすじ

話題騒然の『キン肉マン』ミステリ小説、第二弾!
超人たちの熱海旅行や激辛グルメイベントなど、
ミートとキン骨マンの行く先々でまたしても怪事件が続発!
体をバラバラに分解できる者、腕が6本ある者、カレーを頭に乗せた者、体重が100トンある者......
さまざまな容疑者たちが繰り出す予測不可能なトリックを暴くことができるか!?
さらに読者への挑戦状や図版も収録でパワーアップ!
――今、本格超人ミステリのゴングが再び鳴った!
【目次】
プロローグ
事件I 悪魔超人熱海旅行殺人事件
事件II 激辛超人王殺人事件
事件III レオパルドンは三度死ぬ
事件IV 巨人荘殺人事件
エピローグ

 それでは物語をお楽しみください。

プロローグ

 果てしなく続く荒野。吹きすさぶ風の中で、とある超人ちょうじんひざまずいていた。
 上空では暗雲の中で、巨大な人面が漂っている。
 人間を超える〝超人〟、その超人を超える存在――〝神〟である。
 超人は恐る恐る天を見上げた。目の前に顕現したのは、天界に住む百余りの神々の中でも、邪悪の神と呼ばれ、危険視されている存在だった。
 やがて、神は告げた。
「今こそ……超人の知性を試す時がきた。再び、世に〝超人殺人〟を巻き起こすのだ」
御意ぎょい
 超人が深く頷く。
 ――まさに、捨てる神あれば拾う神あり。
 かつて日本で聞いたことわざを思い出して、超人はほくそ笑んだ。
 この計画が成功すれば、超人界は文字通りひっくり返る。その時、自分は新しい世界で神に等しい存在になれるだろう。
 頭上では邪悪の神が、策略の象徴ともいえるメガネを怪しく光らせ笑っている。
 密命は下された。超人は立ち上がると、日本へ向かった。
 超人界一とうたわれる頭脳を持つ、アレキサンドリア・ミートを待つために。

 1987年、○月×日。
 東海道とうかいどう新幹線ひかり号の窓からは、生い茂る緑となだらかな丘に並ぶ家々、そして果てしなく広がる海が見えた。東京とうきょう駅を出発して四十分近く。まもなく列車は熱海あたみ駅に到着する。
 窓際の指定席ではメガネをかけた小さな超人がちょこんと座っていた。四つ折りにされた紙を握りしめながら、なにやら「ウーム……」とうなっている。
 日本有数の観光地・熱海には国外からの観光客も少なくないが、この超人は地球から遠く離れた惑星からやって来た。
「まもなく到着かぁ。せっかく熱海に行くんだし、できれば温泉を巡ったり、熱海城を見学したいところだけど……」
 アレキサンドリア・ミートは、誘惑を断ち切るように顔を横に振ると、熱海市の観光リーフレットをバッグにしまった。そして一通の手紙を取り出して、いぶかしげに見つめる。
「この手紙がイタズラかどうか、王子の代わりにボクが確かめなくちゃ!」
 キン肉星にくせい――その王族の居城であるマッスルガム宮殿に差出人不明の手紙が届いたのは、一週間前のことだった。
 差出人名には〈渇望者かつぼうしゃ〉とだけ記されており、手紙の中身は――

『○月○日 熱海ホテルニューマカオにて、再び超人による〝惨劇さんげき〟が起こる』

 という不穏な内容だった。
 ――超人による〝知の惨劇〟? 再び起こる? まさか……
 手紙を見た瞬間、ミートの脳裏のうりには以前自身が巻き込まれ、そして解決したとある騒動がよぎった。
 日本各地で次々と起きた超人による殺人事件――すなわち、〝超人殺人〟事件。
 しかし、その騒動の首謀者はキンにくマンによって捕えられ、現在は改心している。
 では、この手紙は一体誰が何の目的で送ってきたのか。
 ミートは手紙の内容をあえてキン肉マンには伏せ、単身で地球に向かうことを決意した。
 あるじであるキン肉マンは、キン肉星の大王に即位したばかりで、現在は公務に追われ多忙を極めている。手紙の真偽も分からぬ段階で、負担をかけるわけにはいかないからだ。
「大王……いや、王子。ここはあなたの重臣、ミートにお任せを!」
 その時、車内チャイムが鳴り、まもなく列車が熱海駅に到着することを告げた。
 ミートは今のうちにトイレを済ませようと席を立った。自分の座席が車両の後方で、ちょうどすぐそばのデッキにトイレがあるのだが、出発してから誰かが個室にこもったきりで、ずっと使えなかったのだ。
「さすがにもういてるでしょ」と、トイレに向かったミートは眉をひそめた。
 トイレの個室は鍵がかかっており、今もなお使用中だった。
「えっ、まだ?」
 試しにドアをノックしてみるが、応答がない。
 常に気にしていたわけではないが、トイレから誰かが出た時はスライドドアが開く音が聞こえるはずだ。少なくともミートはそれを耳にしていないので、同一の乗客が東京駅からトイレに籠ったままということも有り得る。
 ――よっぽどの腹痛なのか? いや、それならノックに応答しないのはなぜ?
 ただならぬ状況に悪寒おかんが走った。ミートの手には今も差出人不明の手紙が握られている。
 手紙によると〝知の惨劇〟とやらは、ホテルニューマカオで起こると書かれていたが、まさかすでに……。
「すみませんっ! 中の人、無事ですか? 返事してくださいっ!」
 ドアを激しくノックするが、やはり応答はなかった。
「や、やむを得ない……てりゃーっ!」
 ミートは数歩後退して距離を取ると、トイレのドアに向かってドロップキックを放った。
 バキィッと派手な衝撃音が車内に響き渡る。薄いドアだったため、一撃でこじ開けることに成功した。
 すぐさまドアの隙間すきまから中を覗くと、ミートは目を疑った。
 狭いトイレの個室。その壁にもたれかかるように、白骨死体が遺棄されていたのだ。
「ゲ……ゲェ――――ッ!?」
 ミートの絶叫が車内にこだまする。
 鍵は確かにかかっていた。つまり、トイレは密室だったのだ。
 自分を熱海に呼び寄せる〈知の渇望者〉は、まるで挨拶がわりとでもいうように、密室で超人一人を殺してみせたということなのか……。
 驚愕の事態はまだ続く。ミートが戦慄せんりつしていると、白骨死体からプクーッと鼻ちょうちんがふくらんだのだ。
「うわああああっ!? ……て、あれっ? こ、この展開どこかで?」
 驚いた拍子ではずれかけていたメガネをかけ直すと、ミートは目の前の死体を凝視した。
 よく見ると、白骨死体は白骨死体ではなかった。
 髑髏しゃれこうべのような顔面のひたいに書かれた「骨」の文字。腰まで伸びた灰色の長髪。黒の全身タイツに首元に巻かれた真紅しんくのマフラー。見覚えのある男の名をミートは叫んだ。
「キ……キンこつマン!! ど、どうして、あなたがここにっ!?」
 その瞬間、鼻ちょうちんがパチンと割れて、骸骨がいこつの中の瞳がこちらを覗いた。
「ムヒョ!? なんだ……ミートか。車掌さんかと思ってあせっただわさ」
 地球征服を企む悪の怪人――キン骨マンは、なぜかホッとしたような表情を見せると、ポキポキと全身から音を立てながら大きく伸びをした。
「ボクの質問に答えてください! まさか……この手紙を送りつけたのは、あなただったんですか?」
 ミートは〈知の渇望者〉からの手紙を広げると、キン骨マンに突きつけた。
 かつて、キン肉マンが怪獣退治をしていた時代に争っていたこの怪人は、好敵手ライバルが超人レスラーとして華々しい経歴を歩み、やがてキン肉星の大王になった今でも、〝打倒・キン肉マン〟の野望を捨て切れない復讐の亡者もうじゃである。
 つまり、この手紙はキン骨マンがリベンジマッチをするための果し状だったのではないか。正体不明の差出人と、意味ありげな文章を添えれば、大王として多忙なキン肉マンでも呼び出すことができると踏んだのかもしれない。
 ――キン骨マンなら、普通にやりかねない!
 ミートが疑いの視線を向けると、骸骨の怪人は「ムヒョヒョ」と笑った。
「な、なにがおかしいんですか!?」
「ミート、落ち着くだわさ」
 キン骨マンはファイティングポーズをとったままのミートを制止すると、ふところに手を突っ込んだ。
「ムヒョヒョッ。まさか、あちきに届いた手紙がミートにも送られていたとは。これは一体、どういうことだわさ?」
 キン骨マンが懐から取り出したのは、ミートと同じく〈知の渇望者〉からの手紙だった。
「ええっ!? あなたにも届いていたんですか!?」
「そうだわさ。だから、こうしてドクロ星から遠路はるばる、地球までやって来たんだわさ」
 手紙をひらひらさせるキン骨マン。それでは〈知の渇望者〉は別にいるということになる。ミートは思案しながら、もう一つ気になることをたずねた。
「ところでキン骨マン。どうして、あなたは新幹線のトイレの中でずっと籠っていたんですか?」
「ムヒョ、それはあちきが考案した節約テクニックのためだわさ」
「せ、節約テクニック?」
 ミートが目を細めると、キン骨マンは嬉々として語り出した。
「新幹線に乗り込んだ後、トイレの中にずっと籠っていれば、切符を買わなくてもすむんだわさ。この方法を活用すれば、日本全国タダで旅行し放題だわいな。あちきはこの節約テクニックを宇宙怪人ネットワークで有料公開して、さらにお金を稼ぐつもりだわさ。ム、ムヒョ……ムヒョヒョヒョヒョヒョッ」
「いや、それただの無賃乗車じゃないですかっ!!」
 全く悪びれる様子もなく犯罪行為を自慢する怪人を、ミートが一喝する。
「どんだけマナーないんですか! あなたのおかげでボクは新幹線で移動中、ずっとトイレを我慢してたんですからね」
「マナーが悪いと言うなら、トイレのドアを蹴破るのもどうなんだわさ」
「うっ……そ、それは二人で駅員さんに謝りましょう」
 ミートは駅に着いたら、ドアの修理代とキン骨マンの運賃(どうせお金ないので)を支払うことを心に決めた。
「ともあれ、今回もあちきたちの目的は同じようだわさ。〈知の渇望者〉って奴が、一体何者なのか確かめるためにも、ここはもう一度手を組もうだわさっ」
 キン骨マンがひょろりと長い右手を差し出した。
「グ、グムーッ」
 ミートは以前の騒動で、キン骨マンと数々の超人殺人を解決したことを思い出した。いや、今思えば、ほとんど自力で解決して、キン骨マンは足を引っ張ってばかりな気もしたが、彼の言動がなければ解けなかった謎があったのもまた事実……。
 ミートはとりあえず右手を差し出して、相手の手をがっしりと握った。
 キン骨マンが皮肉な笑みを浮かべる。
「ムヒョッ。よろしく頼むだわさ、相棒っ」
「〈知の渇望者〉の正体が、あなたではないことを祈ります」
 ミートはキリッとした目つきで答えた。
 こうして、知性と悪知恵の凸凹でこぼこコンビは再結成を果たした。ちょうどその時、列車が熱海駅に到着し、プシューと音を立てて乗車ドアが開く。
 プラットホームに降り立つと、暑い日差しと潮風が二人を出迎えた。
 灼熱のリゾート地・熱海で待ち受けるのは如何いかなる凶事か。
 新たな事件の幕が上がった。


読んでいただきありがとうございました!
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