【難】意味が分かると怖い話(迷惑な隣人{後編})

登校日二日目が終わり、家に帰宅する。
学校では部活選びがあったのだが、思いがけない収穫に淳は少しの満足感があった。

淳「真藤 為か...」

淳は聴き慣れた名前を何度も口にしながら、ゆっくりと歩を進める。
彼は学生時代どんなことを考えて薬の密売なんてことに手を出したのか、彼の最目的はどこにあるのかを想像しながら...。

住んでいるアパートに着き淳は家に入ろうと鍵を取り出すと丁度見知った顔の警察に出会い、昨日遭遇したもう一つの事件を思い出す。
それは夜な夜なギターを鳴らしていた隣人が殺された事件である。

保村「淳さん、昨日はお疲れ様です。」
淳「あ、お疲れ様です。今日もまだお仕事ですか?警察も大変ですね。」

淳はこの保村が昨日の夕方から事件の調査をしていることを思い出す。保村の目には目元にくっきりとしたクマができているのが分かる。やはりいくら警察といえども人が殺されている現場を見て安心して休むことができないのだろう。特に自分が担当していた被疑者が殺されたと慣れば物理的にも心理的にも休めないのだろう。もっとも淳は直ぐに寝ているわけだが。

保村「人が殺された後ですしね、ほとんど休めてないですよ」
淳「やっぱりそうなんですですね。僕の将来の夢リストから警察は外しておくことにします」

保村は苦笑いをすると続けて話した。

保村「ところで聞きたいことがあるんですが、今時間ありますか?」
淳「あー、いいですよ。ただ今帰ったばかりなので着替えてからでもいいですか?10分くらいお待ちいただければ大丈夫ですので」
保村「それくらいなら待ちますよ。」
淳「ありがとうございます。では中に入ってお待ちください。警察が家の前にいるなんて周りに見られたら変な噂を立てられかねないので」
保村「分かりました。ではお邪魔します。」

淳は保村をリビングに案内するとお茶を出してから自分の部屋に戻った。部活選びでバタバタした後だったが、今日の本命はこっちだ。今日かもしくは明日には警察が自分の元に話を聞きに来ることは分かっていた。警察が行方を追っていた人物を一週間前から家にいたと証言する人物だ。話を聞かない訳にはいかないだろう。ある程度長引くこと可能性があったので、先に身支度を整えることにした。淳は着替えながらこの一週間のことを振り返る。とはいっても毎日深夜12時頃から大ボリュームで演奏が始まる、曲調はいつも同じでテンポのはやい曲調、大体2時間ほど演奏して午前2時に演奏が止むくらいのことくらいしか話せないが、それでも警察に話す前に自分の中で状況を整理しておきたかった。

淳「すいません、お待たせいたしました。」
保村「いや、お構いなく。くつろがせてもらいました。」
淳「ゆっくりして頂けたのでしたらよかったです。」
保村「しかし、部屋の大きさの割りには殺風景ですね...」
淳「1LDKなんで部屋は広いんですけど、実際に置くものはなくて持て余しているんですよね。でもこの辺だと圧倒的に安いんですよ。まあ事故物件ってやつですかね?変な噂も多くて借り手がいないからか、かなり安く住まわせてもらってます。」

実際保村を案内した部屋には少し背丈のある机と小型のTV、それにぎっしりと本が詰まった本棚くらいしかない。淳の部屋にも備え付けのクローゼットとベットくらいで1Kでも十分入りそうな家具しか置いてなく1Kでも十分に収納は足りそうだが、安いのであれば広くなる分には構わないという考えであった。

保村「まあ、広くて損することもないですからね。ところでそこにある本棚だけやけに密度が高くないですか?」
淳「あー、読書が趣味なんですよ。一人暮らしするときにこれだけは持っていくことにしたんです。リビングの他にも僕の部屋にはもう1セット本棚があります。ざっと500冊くらいですよ。これでも結構厳選したほうなんですが...」
保村「それでもすごい数ですよ。それに小説や漫画だけじゃなく専門書まで置いているじゃないですか。すごいなー。僕なんかは学生時代に本なんて読みませんでしたよ。まあだから頭の方はあまり良くならなかったわけですがw」

少し本をめくると眠そうにあくびをして元の場所にしまう。
保村は自分のことを頭が良くないといっているが、淳から見ると保村は大分若く見えた。恐らく20代の半ばだと思うが、20代での巡査部長であればキャリア組ではないだろうが、出世スピードは順調ではないのか?言葉遣いも年下の淳にも敬語を使ったりとそれなりに教養はあるのではないか?と考えていた。

淳「読書はいい時間潰しになるんですよ。それに勉強にしても読書にしても自分の知らない世界を知るということはとても面白いことです。好奇心は人生の最高のスパイスです。ただそこにテストの結果とか受験とか他人の評価とか、そういう他人から与えられる目的「不純物」が混じるからつまらなくなるだけですよ」
保村「ふーん、だから淳君はあまりジャンルに囚われずにいろんな本を読んでいるんですね」
淳「まあそんなところです。気になることを調べて突き詰めようとすると専門書に行きあたることもあるんですよ。まあそれでも答えが出ないことも多々ありますが」

淳はあまり自分の趣味のことを人に話したがらないが、やはり自分の趣味について話を聞いてくれる人というのは嬉しいもので、柄にも合わずスラスラと言葉がでる。そこで話が脱線していることに気がつき本来の目的に話を戻した。

淳「あ、すいません。それで昨晩の事件のことで話があったんですよね?」
保村「まだ昨晩の事件のこととは言ってないですけのね。まあ流石に分かりますか」
淳「あ...」

趣味の話ができて少し舞い上がってたのか、話をすっ飛ばしてしまった。
現役の警察はこうして容疑者の警戒心を解き口を割らせるのだろうか。

保村「では本題に入りましょうか。昨日も話したかもしれないですが隣人の方が一週間前から行方不明でした。その間もギターの音が聞こえてたとのことでしょうか?」

保村はカレンダーを手に取り行方不明になった日付の4月1日を指す。今日が4月7日だから約一週間前である。

淳「そうですね。僕が入居したのが3月20日でした。普通は4月から入居可能だと思うんですが大家さんのご好意で3月から入居させていただいてたんですよ。その日の夜からギターは鳴り響いていたんですよね。何度か挨拶のついでにギターの音を抑えていただくようにお願いしたんですけど、いっこうになくならなくて困っていたところでした。それで最後にお隣さん、星野さんでしたっけ?を尋ねたのが3月27日だったと思います。」

そうして保村が持っているカレンダーに指差して返答する。

保村「ずいぶんと正確におぼえているんですね。もう二週間近く前のことなのに」
淳「さっき着替えている間に思い出したんですよ。まあ隣人トラブルは極力避けたいと思ってたのでなんとなく日付けは覚えていただけです」
保村「それはお気遣いありがとうございます」

そうして保村は持っている手帳に日付のメモしていた。

淳「今の警察って警察手帳にメモをしないんですね」
保村「ああ、名前だけみたらメモをとれそうに思えますよね。警察手帳はほぼ身分証として使うだけで実際にメモをとる場所なんてないんですよ。そもそもこの程度の量じゃ全然たりないですw」

保村は笑いながらそう答える。

保村「淳さんがお隣の星野さんにお会いしたのが27日ですが、その5日後の4月1日から行方が分からなくなっています。最後に目撃証言がとれているのが都内のライブハウスでバンド仲間の4人と一緒にいることが防犯カメラからも確認できております。その後目撃証言はなく淳さんの証言だけが唯一星野さんを追える手がかりとなっております」

そこまで聞いて淳は抱いていた違和感を口にした。

淳「どうして、今行方不明の時期の話をされているんですか?死体が見つかり死亡推定時刻は既に割り出されていると思うので、いつ行方不明になったかはもう関係ないんじゃないんですか?」

目撃証言というのは被害者を捜索するための手がかりとして聞き込みが行われる。すでに検死が終わっていて死亡推定時刻が分かったいればそれより後に目撃情報が見つかるわけがない。となると、

保村「そうですね、死亡推定時刻は今から一週間前の4月1日から4月2日でした。時期的にも最後の目撃証言の日と一致しております。ただ...」
淳「僕の証言では被害者は昨日まで生きていたことになってしまうってことですね?ただ、あの音は保村さんも聞かれているのと思います」
保村「はい。とは言っても死者がギターを弾いていると説明しても納得されないんですよね。ただその音で死体を発見しているので事件と無関係とはいえないのが苦しいところで...」
淳「なるほど。因みに犯人の目星はついているんですか?話だけ聞くとさっきのバンドメンバーが容疑者の気がしますが」
保村「彼らにも午前中に話を聞いてきました。まあ内容は当然極秘なんですけど」

まあそれはそうかと淳は納得する。それよりも淳には昨日から気になっていたことがある。その疑問をさらっと口にする。

淳「そういえば、昨日死体を発見後に警察の方が現場調査をしに来ていましたよね?そこに神宮寺(じんぐうじ)警視いらっしゃいませんでしたか?」
保村「神宮寺警視のことをご存知なんですか?」
淳「はい。以前にある事件でお世話になったんですよ。その時は警部でしたが。警視直々に現場にこられるなんて珍しいんじゃないですか?」

淳は率直な疑問を述べた。警察の仕組みについて詳しくは知らないが警視であれば管理職で地方警察では課長相当だったはずである。現場に出れないこともないが殺人事件の現場検証、しかも真夜中に出てくるのは考えづらい。となれば管理職レベルが直に出てくる必要があるほど、この事件は何か裏があるのではないかと淳は考えている。その疑問に保村は少し戸惑ったように視線を左上に上げる。そしてその視線は淳に向けられないまま、

保村「警視様の考えていることは私には分からないですね。ただ神宮寺警視はこの事件に思い入れがあるようですね。だから警視自ら指揮をとられているんですよ」
淳「ふーん。あの人も自由ですね」

淳はこの玉虫色の回答に納得はしていないが、これ以上保村さんに聞いても答えはでないと思い一先ず話を戻した。

淳「ところで、僕に聞きたかったことは音が聞こえた日にちだけですか?」
保村「あ、後もう一点、行方不明だった4月1日からこちらのアパートで不審な方を見かけなかったでしょうか?特にこの部屋に出入りしていた人がいたとか、住人でない方がきていたとか、被害者にお客さんが来ていたなど何か情報がありませんでしょうか?」
淳「うーん、特に思い当たる節はありませんね。僕もずっと家にいる訳ではないですし、引っ越してからまだ間もないので違和感があっても気づけないと思います」
保村「そうですよね...」

保村はガックリと肩を落として机に伏せてしまった。

淳「申し訳ありません...」
保村「いえ、仕方ないことですよ。ところでこちらのアパートって淳さんと被害者の他に住んでいる人って二人だけなんですか?」
淳「え、急に話が変わりましたね。そうみたいですよ。もっともお二方とも見かけたことがある程度で面識はないんですが。」
保村「あー、申し訳ありません。淳さんの他にもこちらのアパートに住んでいる方にお話を聞いているんですが、このアパートにくる人は同じ顔ぶれなんで少し気になってたんですよ」
淳「そういえば、保村さんはいつからこのアパートを張ってたんですか?」
保村「ん?彼が行方不明になってからですよ?」
淳「てことは一週間前ってことですか?」
保村「はい、それくらいからです。」
淳「でしたらやっぱり変ですよね?」
保村「どうゆうことですか?」

保村はキョトンとした顔で淳を見返すが淳は気にせず続けた。

淳「いえ、一人暮らしの大人が5日間ほど行方不明になったというだけでわざわざ警察が張り込みまでして探すことについてですよ。警察の仕組みを知っているわけではないですが、これくらいのことでしたらそもそも事件にならないか、もしくはなったとしても周辺の聞き込みからスタートで巡査部長まで出てきて数日間の張り込みなんてしないと思うんですよね」

淳の言葉を保村は理解できていないのか、まだキョトンとしている。

保村「いやいや、市民の安全を守るのが警察ですよ。行方不明の届けがあればちゃんと捜査しますよ」
淳「捜査はするかもしれないですが、張り込みはしないと思うんですよ。だってまず最初にするのは張り込みではなく自宅訪問じゃないですか?」

そこまで聞いて保村は淳の言いたいことを理解できた。そして先ほどの自分の発言に後悔した。疲れていた上に淳は保村が張り込みをしていたことは知っているという油断が保村の口を滑らしたのである。

保村「もちろん、自宅訪問も実施した上で留守だったんで張り込むことになったんですよ」

保村の口はさっきまでと比べて明らかな早口で弁明を続ける。淳はそれを聞いて、すかさず

淳「いや、よーく考えたら僕が言ってることもやっぱりおかしいですよね?行方不明だというのに最初の捜査が自宅なんて。家にいないから行方不明の依頼がきたはずです。だから訪問しなくても留守だというのは分かるはずです。なのに最初が自宅訪問なんですか?まず周りに話を聞くとかじゃなく?」

淳は巻いた餌に飛びついた獲物を逆に追い詰めるようにさらに捲し立てる。

淳「勿論、確認の為に住人に話を聞くついでに一度自宅を尋ねたとかはまだあり得るでしょう。ただその後の張り込みはやりすぎです。明らかに被害者は生きていて家に戻る可能性を考えていた人のやり方です。一体どうして張り込みなんてしていたんですか?」

淳の畳かけるような質問に保村はキリっとした顔で対応した。

保村「それについては捜査上の機密のため一般人には公開できません。」

ずるい...。それを言われてしまえば淳はどうしようもない。だが質問するだけならタダだと開き直り続けてこう尋ねた。

淳「では、行方不明の届けはいつどなたが出されたんですか?4月1日から行方不明でしたらこの一週間以内に出されているはずです」

淳の質問に保村は少し目を丸くして驚いていたが無言を貫いた。淳はその反応から自分の考えが大きくずれていないことが分かった。一方で保村は普段なら機密保持を貫いて対応できるが、淳に対しては何を言っても反応から情報を読み取られてしまう、保村には警戒心というより一種の恐怖が芽生え始めていた。淳相手にどう返答すべきか迷っていたところに、

ーピリリリリ

保村のポケットから携帯が鳴った。保村は淳を見て電話をとっていいことを確認し携帯をとった。正直この電話に保村は助かったと思ったが、電話に出るとその相手にもっと驚くことになった。

保村「どうして、神宮寺警視が...?」

淳はその名前を聞いて机から身を乗り出した。どうして神宮寺警視が...?
そしてさらに驚くことに保村は持っていた携帯を差し出したのだ。

保村「神宮寺警視からです。どうやら淳さんと話したいみたいです。」
淳「は?」
保村「いえ、ですから神宮寺警視から淳さんに電話を代るようにと...」

なぜ神宮寺は淳が保村と一緒にいることを知っているのか?そして彼はただの目撃者の淳に一体何を話すことがあるのだろうか?意味が分からないが淳にとっても神宮寺と話す機会があるのは好都合だった。淳は保村の携帯を受け取り

淳「はい、電話代わりました」
神宮寺「淳くんか、久しぶりだな。俺のことは覚えているかな?」
淳「ええ、ご無沙汰しております」
神宮寺「なんだ、ずいぶん他人行儀だな。せっかく久しぶりの再会なのに寂しいじゃないか」
淳「再会って、別にお会いしてるわけじゃないですけどね」
神宮寺「昨日現場で会っているじゃないか。まさか君が事件現場にいるとは思わなかったよ。今はあの部屋で一人暮らしをしているのかい?」

気付かれていたのか。昨日は保村の指示に従い直ぐに自分の部屋に戻ったのだが警察が来た頃に一度部屋からでて様子を見たのである。その時に神宮寺警視をちらっと見ただけだったため、気付かれていないと思っていた。

淳「だったら昨日直接話せばよかったじゃないです?わざわざこんな回りくどいことしなくても神宮寺さんならいつでも大歓迎ですよ」
神宮寺「昨日は時間も遅かったからな。一学生の君を夜中に尋ねるわけにもいかないだろ。それにわざわざ好き好んで君と対面で話す気はないよ」
淳「...。で、一体部下を使ってまでわざわざ電話で話したいってどういう用件ですか?」
神宮寺「そんなに邪険するな。君に情報提供をしてあげようとわざわざ電話したんだから」

やはり彼のいうことは意味が分からない。このタイミングで情報提供なんて一つしかない。この事件の捜査状況だ。間違いなく機密情報だろう。一体神宮寺は何を考えているんだ?

淳「いいんですか?僕は被害者の隣人で殺害もしやすい立場にいて、しかも隣人トラブルで揉めていたんですよ?犯人かもしれない僕に捜査状況を話していいんですか?」
神宮寺「そこは安心しなよ。君が犯人の可能性は100%ないことは分かっていての提案だから」
淳「じゃあ、僕を利用しようという魂胆ですか?捜査状況を教えれば僕が勝手に動くとでも?それこそ捜査は警察の仕事でしょう。」

淳は少しイラついたように答える。淳はこの事件について自分なりの調査をするつもりではあった。そこに情報提供という形で餌を与えて自分をやり込めようと神宮寺が考えていると思ったからだ。だったら都合がいい話かもしれないが、あくまで一般人の情報提供者以上の枠はでないということは示した方がいいと考えていたのだった。しかし事態は淳の想定の斜め上だった。

神宮寺「まあ、話は最後まで聞いてくれ。この事件の犯人がさっき捕まった。バンドメンバーの3人の内の一人で堺 洋介(さかい ようすけ)という男だったんだが自首してきたんだ。」
淳「は...?この事件はもう解決ってことですか?じゃあなんで保村さんは僕のところにいるんですか?音の件もありますし...。」
神宮寺「音の件はもういいさ。状況的に見て被疑者が発見される直前までギターを弾いていたなんてあり得ない。なぜならとっくに死んでたんだからな。俺も死体を確認したが血液の固まっていて死臭もあった。何より検死の結果が死後5日以上経過しているからな。あの音はは別の理由があると考えて既に捜査から外している。そのアパートはいわくつきらしいしな」
淳「じゃあどうして保村さんはここに...」

淳は言いかけて気がついた。神宮寺の目的は淳とこうして電話で話すことだ。そのために神宮寺は疲れている部下に仕事を押し付けたのだ。そう思うと犠牲になった保村を淳は少し不便に思う。

神宮寺「まあ、そんなことはどうでもいいだろう。この事件が終わったら彼には少し休んでもらうよ。逮捕の根拠は彼の部屋に殺人に使われた凶器があったことだ。被害者の血痕がついた鋭利なカッターがな」
淳「それが犯人の口から証言されたなら決定的じゃないですか」
神宮寺「ああ。堺曰く、バンドの方向性で揉めてたみたいだ。被害者の星野は海外に一人でデビューをするから解散したいと言ってたみたいだな。で、堺は話し合いをしに練習後に星野の部屋に行ったんだがそこで口論になって殺してしまったそうだよ。その時はパニックになって慌てて部屋から逃げ出したみたいだが罪の意識から自首するに至ったそうだ。まあこれだけならよくある話だな」
淳「待ってください。それっておかしくないですか?」

淳のその言葉に神宮寺は待ってましたと言わんばかりに上がったテンションを隠しきれずに聞き返す。

神宮寺「今の話のどこに変なところがあった?よくある内輪揉めだが?」
淳「殺して直ぐに逃げたなら廊下に血痕が残ってたんじゃないですか?ですが僕たちは暮らしていてそんなものは見当たらなかったです。いくら古いアパートでも廊下に血痕が落ちていれば気が付くと思います。一週間近くも見落とすなんてあり得ないです」
神宮寺「ほお、なるほど?」
淳「それに、いくら住人がいないと言っても人通りはあります。仮に血が既に固まっていたとしても誰にも見られないなんてありえないでしょう?」
神宮寺「ああ、淳くんの言う通りだ。ちなみにルミノール検査でも廊下に血痕は見当たらなかったし、その時間に近くで血だらけの男を見たと言う人もいなかった」
淳「じゃあ犯人は返り血を浴びずに殺害したんですか?見た感じ床一面が血で真っ黒になっていたと思いますが」

現場を見たのは一瞬だが淳には映像記憶がある。目に焼き付いた現場の景色は床一面に血が広がっており、窓には死体が寄りかかっていた状況である。窓からの脱出は死体が邪魔で難しいと考えていたので、殺害後に鍵の掛ってない玄関から出たのは理解できる。ただ直ぐに現場から離れたというのはおかしい。理由は淳の言う通りで返り血を浴びた状態で出たのなら床に血痕が残るだろうしまず目立つ。淳の家は人通りが多いわけではないがそれでも通報はいくだろう。何かしらの対策を殺人現場で行なっているはずだ。

神宮寺「ああ、そうだな。ちなみ俺らも廊下にルミノール反応がなかった時点でどうやって犯人が部屋から脱出したかを調査した。そしたら面白いことにこの部屋から水道とガスを利用していたことが分かったんだよ。まあ簡単に言えば犯人はこの部屋でシャワーを浴びている訳だな。衣類は盗まれてなさそうだからどうやって目立たずに逃げたかは謎だが、少なからず犯人は殺人を犯した部屋で平然と風呂に入る余裕があるくらいには頭がイカれている。口論でうっかり仲間を殺してしまったなんてそんなちゃちな殺人じゃあねーよ」
淳「じゃあ今捕まってる堺さんは犯人ではないってことですよね?もちろん凶器を持ってたなら関係者には違いないからそこから犯人を割り出していけばいいんじゃないですか?」
神宮寺「既に堺の書類送検は決まっているんだよ」
淳「は?どうしてそうなるんですか?ルミノール反応の件から堺さんの証言と現場の状況が食い違っていることは明らかじゃないですか?」
神宮寺「理由は分からんな。だが俺らが調べた証拠はもみ消されるんだろう。上にとっては犯人が堺であることの方が都合がいいらしい」
淳「上にもみ消されるってあなた警視ですよね?捜査一課の警視なら上層部じゃないんですか?そんなあなたがどうして冤罪に手を貸すんですか?」

淳は神宮寺を攻め立てた。淳にとって神宮寺は喰えないやつではあったが仕事に対しての情熱はあると思っていた。それが、冤罪を見て見ぬふりをする奴だとは思わなく神宮寺を軽蔑した。だが神宮寺から返ってきた言葉は予想していたものとは全然違った。そしてそれはこの事件を全く別の角度を現したものだった。

神宮寺「俺は第二課だ」
淳「え?」

淳は固まった。殺人事件の捜査をしているなら第一課のはずだ。第二課は詐欺や脱税などお金がらみの犯罪を取り締まる部署である。それがどうして殺人の捜査をしているのか、意味が分からなかった。一方で第二課と考えると府に落ちる点がある。どうして保村は殺人が発覚する前から星野を追っていたのか?ただの行方不明であれば張り込みまでする必要はなかったのではない。しかし元々別の事件で星野を追っていたとすれば辻褄が合う。別の事件の捜査中に星野が行方不明になってしまい、神宮寺達は行方を探していた。その時点で神宮寺は星野は殺されたというよりも警察から逃げる為に行方を眩ましていたと考えていたのだろう。だから星野の家を張り込みしていた。もし金融関係の事件であれば証拠を取りに家に戻ってくる可能性があると考えたからだ。しかし実際には星野は殺されていた。そうなれば、事件は第一課の管轄になってしまう。だからそうなる前に神宮寺が昨日の段階で自分の事件の証拠を探すために自ら現場に乗り込んだのだ。そう考えれば、保村巡査部長の奇妙な行動にも辻褄が納得があう。そしてもしこの仮説があっていれば神宮寺が淳に連絡をしてきた理由も想像がつく。

淳「この事件は既に自分たちの管轄ではなくなったと...?」

淳は自分の仮説を確かめるためにあえて過去系で言った。

神宮寺「そうだ」

このやりとりで淳の仮説は大まかなな流れで合っていることが分かった。

淳「そして僕に何を求めるんですか?」
神宮寺「分かっているだろ」
淳「僕にはそれに応じるメリットがないです」
神宮寺「この事件の始まりは君と初めて会った5年前から始まっているんだ」
淳「...?」
神宮寺「真藤 為」
淳「...!」
神宮寺「これが俺の追っていた事件であり、そして君の母親を死に追いやった人物だ。俺と組めば上層部しか知り得ない情報も手に入れられる。これは君にとっても十分メリットになるんじゃないか?」

淳は少し考えて、

淳「分かりました。警察も大変ですね。じゃあ答え合わせをお願いしてもいいですか?」

淳は神宮寺は事件発生の経緯と現状の捜査状況を合わせて電話を切った。
事件の経緯は淳の予想通りであり、星野を追っていたら殺されていたということらしい。また星野の部屋には既に神宮寺が追っていた事件の証拠はなかったらしい。一通りの合わせを終わらせると保村と別れ淳はベットに横たわり呟く。

淳「ここに来てよかったよ。やっと復讐ができるからね」


【解説】
神宮寺が淳に依頼した内容は真犯人の調査である。一部門の捜査によって事件の犯人が特定されてしまうと本格的に神宮寺は犯人の線から真藤 為を追うことはできなくなってしまう。しかし神宮寺は警察という立場からこの事件にもう関わることはできない。そのため一般人の淳に捜査依頼を行なった。それだけ警察内部では冤罪を生み出す方向に話が進んでいるのである。話を戻すと神宮寺目線では犯人の堺は誰かの指示で動いていると考えられる。それは犯人しか持っていないはずの凶器を堺が持っているからだ。
だとすればこの事件は組織的なものであることは間違い無く背後にはそれを仕切る誰かがいる。そしてその一番のボスが真藤 為 であると神宮寺は考えている。真藤 為 が何者なのか、まだ全貌は明かされていないが神宮寺は彼 を追うために淳に捜査依頼をしたのである。

【作者から】
ここまで読んでいただいた読者様、長い文章にも関わらず最後までお付き合い頂きありがとうございました。
本作ではこの物語の軸となる淳、神宮寺、真藤 為 の関係性(真藤 為は名前だけですが)、神宮寺のキャラクター、ストーリーの起点、前編での回答、恒例の意味が分かると...の部分と書くこと盛り沢山の内容でした。
特に神宮寺の有能だがルール無視の問題児キャラという部分を極力地の文を使わずに表現したかったのですが皆さんの中では神宮寺はどういうキャラになりましたでしょうか?小説はアニメや漫画と違い見た目でキャラを描くことは難しく、キャラから見た目を想像してもらうことになります(勿論見た目を直接書くことはできますし、私もその時々で使い分けていますが)。ただそれが小説を読む上での楽しさでもあり、自分が想像した見た目のキャラが小説を読むにつれて読者の頭の中で勝手に動いていく、そういう見えない部分を想像力で補うことができるのが小説を読む上での魅力だと思います。
ですので、今回神宮寺の見た目には描かずに会話だけで神宮寺のキャラを描いてみたのですが、皆さんの頭の中ではどんな神宮寺さんが出来上がりましたでしょうか?よければ教えていただければと思いますw
また、今回の作品の一番の難所は意味が分かるとポイントでした。本来は警察の冤罪を軸につくる予定だったのですが、描いてみるとこれがまあ難しい。警察が冤罪を作り出そうとしていることを強調しようとすると今度は堺さん目線でのシナリオが必要ですが、そこまでシナリオに組み込むと話として纏まりがなくなってしまいますし、何よりそこは淳に暴いて欲しいという作者からキャラへのエゴがでてしまい、ガッツリ本文に記載する形になっております。ですので、今回は当初予定から意味が分かるとポイントを少しずらして違法捜査を行おうとしている警察官にスポットを当てたのですが、皆さんは問いに気づかれましたでしょうか?

今回の作品は初めての前後編で話を進め、結果としてかなりボリュームのある話になったかと思いますが、その分メインキャラの登場やストーリへの切り込みなど作者がやりたかったことが多くできたと思っております。
真藤 為 は何者なのか、淳や神宮寺とどう関わっていくのか、淳の過去に何があったのか、これからも意味が分かるとシリーズを楽しみにしていただければと思います。
では長文になりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。





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