伝説の木(短編)

春香「はあー、雄大くんってかっこいいよね」
舞「確かに人気だよね。優しいしでも困ってる時に頼りになるし、あれはモテるよ」

私と春香は授業の休み時間中、クラスの人気者の田中 雄大くんを見ながらそんなことを話していた。

春香「やっぱりもう彼女とかいるのかな?」
舞「さあ?気になるなら本人に聞いてみれば?彼女いますか?いないなら私と付き合いませんか?って」

それを聞いて春香は机に伏せてしまった。

春香「そんなことできるわけないでしょ!しかも最後告白じゃん」
舞「そうだよー。告白。すればいいじゃん」
春香「無理無理!だって緊張するもん。恋愛自体初めてだし、告白なんて絶対無理!」

春香は普段は明るい性格なのだが、恋愛になるととたんに奥手になる。雄大くんに話しかけられると、真冬の猫みたいに私の背中の後ろで縮こまってしまうくらいにだ。そんな彼女に告白は難しいだろうが、休み時間の度に私の席に来ては自分の好きな人の話をされるのは心がもたない。しかも間の悪いことに雄大くんは私に好意を抱いている。別に告白とかされた訳ではないが、普段から視線を感じたり、逆に私が彼の方を向くと不自然に目を逸らされたり、私が何かしようとすると率先して手伝おうとしてきたり、と普段の行動から彼から私への好意を感じる。こんな絵に書いた三角関係の状態がなお私の心を圧迫するのである。

春香「それに告白なんてどうやればいいか分からないよ」
舞「だったら、放課後に校舎裏にあるあの大きな木の下なんてどう?」
春香「あの木の下?またどうしてあんな人気のないところに?」
舞「あそこって実は知る人ぞ知る告白スポットなんだよ?」

私たちの学校の校舎の裏には樹齢百年を超える大きな木があるのだが、その木の下で告白を成功させると一生上手くいくという伝説がある。実際高校生で一生のことを考えるのは気が早いと思うが、ロマンチックな噂に目のない女子高生たちはその不思議な力にあやかろうと集まってくる。なので、校舎裏の木の下は恋愛する女子に伝説の木として崇められているのだ。

春香「うーん、でも告白の言葉とか...。何言っていいか分からないし」

春香の悩んでいる態度を少し可愛く感じるが、このままでは話が進まないので相談に乗る。

舞「だったら、内容を一緒に考えようか?それに不安なら練習台になるよ?一度同じシチュエーションでやっとけば、本番も緊張しないでしょ?」
春香「本当!ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だね!」

春香の喜んだ顔に少し安堵して、告白の内容を考える。といっても複雑な内容にする必要はない。中途半端に長い文章よりも、シンプルに端的が一番相手に伝わるのだ。

「誰にでも優しいところやいざとなったら頼りになるところがずっと好きでした。もしよければ付き合ってください!」

注意すべきポイントは3点。1点目は相手の好きな部分を伝えること。理由は大事だ。自分の内面を見てもらえていると思ってもらえた方が成功率は上がるだろう。2点目はあえて名前をいれないこと。普通なら相手の名前を入れた方がいいだろう。だが緊張状態マックスの春香にそれは無理だ。間違いなく緊張して名前を噛むだろう。失敗のリスクを下げるためにも名前は言わないに限る。そして3つ目は好きだと言うことと付き合ってほしいという自分の気持ちを素直にいうこと。こういう時に本心を隠してはだめだ。しっかりと一言一句に想いを込めてほしい。
そんなことを春香に話して、放課後伝説の木の下で告白の練習をする。

舞「じゃあ、いい?しっかりと気持ちを込めて話すんだよ?」
春香「うん!分かった!」
舞「じゃあスタート!」
春香「誰にでも優しいところやいざとなったら頼りになるところがずっと好きでした。えーっと、そうだ!よければ付き合ってください!」
舞「だめ!全然言えてないじゃない!」
春香「うーん、やっぱり本番のことを考えると緊張して言葉が飛んじゃったよ」
舞「いまからそんなんだと先が思いやられるわよ?もう一回!」
春香「誰にでも優しいところやいざとなったら頼りになるところがずっと好きでした。もしよければ付き合ってください!」
舞「うーん、セリフはあってるんだけど、何か足りないなー。表情かな?硬い気がするし、やっぱり相手の目をみて伝えた方がいい気がするな...?もう一回やってもらってもいい?」
春香「うん、分かった。舞の目を見ながらだよね?ちょっと練習するね」

そういうと春香は私の目をじっと見つめる。そして、告白のセリフを小さく何度も復唱している。こういうどんなことでも真面目に取り組むところが春香のいいところだと本当に思う。春香の告白が今度こそ上手くいくことを私も強く願う。

春香「よし!イメージトレーニングはできた!じゃあいくね!」
舞「うん、お願い!」

春香は一度深く息を吸った。そして

春香「誰にでも優しいところやいざとなったら頼りになるところがずっと好きでした。もしよければ付き合ってください!」

ちょっと上目遣いでこちらの目に入ってくる視線、緊張で少し震えてしまった声、声も仕草も表情も全てが色っぽく完璧な仕上がりだ。本日一番の告白に私は動揺して、でもこれだけの仕上がりになったのだ。私もしっかりと想いを込めて春香に伝える。

舞「私も好きでした。これからもよろしくお願いします。」

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