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旧約聖書とあれやこれ

『ノアの方舟』と『ギルガメシュ叙事詩』

 旧約聖書の「創世期」における説話の一つとして有名な『ノアの方舟』
 記述部分としては創世記6章が相当します。
 地上に人が増えると同時に、「神の子」=天使が人間の女性に生ませた巨人であり、大昔の英雄であったネフィリムなどが住んでいた。そこで地上に悪が増していく様子を見て後悔した神が人間を一掃すべく大洪水を起こすが、唯一神に対して無垢に従うノアに方舟を造るように命ずる。全ての動物のつがいを乗せた方舟は遂に洪水を乗り切ったという物語です。
 神話における「洪水伝説」の一つですが、他にもギリシア神話におけるデウカリオーンの洪水神話古代インドのマヌイランの聖王イマによる大洪水などが挙げられますが、最も古いものとしてはシュメール神話の洪水伝説がありますね。
 どの洪水神話も特定の神から洪水が起きる事を告げられた人間が船を造り、それで見事に洪水を生き残るというものが共通していますね。
 洪水を伝える神は聖書ではヤハウェ。シュメル神話及びギルガメシュ叙事詩、アトラ・ハシースではエンキ(エア)。またバビロニアの神官ベロッソスの「バビロニア史」ではクロノスであるとされています。
 バビロニアなのにクロノス、少し違和感があると思われますが、この神話はヘレニズム期(紀元前334年頃~)、即ちギリシア人によるオリエント世界が支配されていた時代にも知られていた事に起因しています。このヘレニズム時代になると古代オリエント世界の神々がギリシアの神々と習合したりしていきますね。バビロニアの洪水神話をギリシア語で書いたものであるとされています。
 一般的に一神教として認識されているユダヤ・キリスト教の神話にもそれ以前のメソポタミアの神話の要素が継承されているという訳です。一神教といえど異教の要素を含んでいるというのが興味深いですよね。

『バベルの塔』とジックラト

 創世記における説話の一つとして有名なのが「バベルの塔」。人間が天に至る程の塔を建てようと計画していたところを、言語を通じないようにして阻止し、結果的に世界に人間が散る事になったという有名な説話。
 そんなバベルの塔ですが、モデルはバビロニアのジックラト(聖塔)であるエ・テメン・アン・キ(天と地の基礎となる建物)であるとされています。これは七つの階段を持ち、それぞれが七大惑星(土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月)に対応させられています。建物の門目は世界の四隅を象徴しています。この四とは天の数であり、バビロンでは正方形、長方形が天の仕組みの基礎を成すと解釈されました。
 歴史の初期においては数が世界の秩序を齎すものとして定義されており、伝説曰く、数学者ピタゴラスはバビロンに旅行し、そこで数の神秘に関して教えられたとされています。世界の数多の宗教には「3」や「12」、「7」といった共通の数字を見出せますが、どの数字であれ宗教的な意味を持つとも考えられます。
 古代においても「3」であればヒンドゥー教における三神一体の概念。「12」であればオリュンポスの神々やケルトのトゥアハ・デ・ダナーン等が挙げられますね。

『カインとアベル』と『ドゥムジとエンキムドゥ』

 旧約聖書における人類最初の殺人。
 これはカインが捧げた供物(収穫物)を神が目を留めなかった事を恨み、アベルを殺害してしまうというものですが、この時にアベルが捧げた供物は羊であり、カイン(農夫)とアベル(牧夫)という構図関係になっています。
 この農夫と牧夫という構図は旧約聖書以前の神話にも見る事が出来、シュメル・アッカド神話における「ドゥムジとエンキムドゥ」というものが挙げられます。
 ドゥムジはシュメル神名をタンムズとする死と再生の神であり、女神イナンナの夫を決める説話である「ドゥムジとエンキムドゥ」では牧夫であるとされており、エンキムドゥが農夫であり、結果的に牧夫であるドゥムジが選ばれていますね。牧夫>農夫という構図が最古の神話にも見出せる訳です。
 また、タンムズの名は旧約聖書の「エゼキエル書」にも見る事が出来、その信仰の様子を見た預言者エゼキエルがビビっています。それはタンムズの死を女たちが嘆いているという様子であり、これは「イナンナの冥界下り」という神話に由来します。イナンナが地上に帰還する際、身代わりを冥界に送るという条件からタンムズとその姉妹であるゲシュティンアンナが交代で冥界に赴く事になっています。

参考文献

カート・セリグマン著 平田寛・澤井繁男訳『魔法 その歴史と正体』平凡社ライブラリー 2021年
小林登志子著『古代オリエントの神々 文明の興亡と宗教の起源』中公新書 2019年
岡田朋子・小林登志子著『シュメル神話の世界 粘土板に刻まれた最古のロマン』中公新書 2019年
新共同訳『聖書』日本聖書協会
中山茂著『西洋占星術史』講談社学術文庫 2019年
ヴィンセント・F・ホッパー著 大木富訳『中世における数のシンボリズム 古代バビロニアからダンテの「神曲」まで』彩流社 2015年


 


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