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脱走

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人生で初めて社会で生きる事を放棄した。

精神科の定期検診終了後、
青い空を眺めていると
その色が自然と僕の心を覆っていって
遂には心象を蒼く染めあげてしまった。

「逃げ出してしまおうか」

今日、僕は私生活から小さな脱走をした


「どうしようもないな」

自転車をいつもより強く踏んでみる
電動自転車は
「グォォ」
と大きな唸り声をあげて機械的に加速する

なんだか面白くって「ふふっ」と笑う。

黒い学ランを籠に入れて
締めなきゃいけないホックを開けて
そのまま学校の目の前を通り過ぎてやる。



今日の夜、後悔すんのかな。

そんな感情を川の音色がかき消す様に流れる。
川沿いの一段高い道を進んでいた。
青々とした大気とは裏腹に川は濁っていた。

「まるで牛蛙の背中の様だ」

ぶちぶちとした、あの塊を脳裏に描くと
うぇっ、と小さく後悔した。

川を抜けて

川を抜けると、少し栄えた場所に出た。
小さな時からあったショッピングセンター
それを中心に広がっていったチェーン店の群れ
買収されたかのように連れられる車の渋滞。

颯爽と自転車で通り抜ける。
脱走しているんだな、という実感が薄くなって
休日の様に空の下を走る。

甘ったるい珈琲


結局、そのショッピングセンターに着いた。
自動ドアが開くと、見慣れた景色。
そして、点在する人々。
きゅっ、と靴が音を立てる。
危うく、このツルツルとした床で
転びそうになった。


午前10時、
開店と同時だったので店の前には
一人ずつ店員が不気味に立っていた
機械的だったからだろう、きっと。

エスカレーターに乗って逃げ出す様に2階へ
その時になってやっと出逢えた。
動く床越しに見た、爪を弄る服屋の店員に。

さよならっ

そして登りきって、2階。
その直ぐ横にカフェがある
以前、そこは友達と行った記憶があった
僕らどうしようもないな、と語らいながら。

だからきっと今日も無意識で来たんだろう。

レジに並ぶ道に店員は立っていた。
初めは僕にお辞儀をした、

まさかきっと入るとは思わなかったんだろうな

学生服と可愛らしいリュック、
高くない身長に真面目そうな顔付き。

そんな僕を誰もが不審な目で見る。

「おまえのいるべきなのはここではない」と

知るか、とお辞儀を仕返して
談笑するバリスタにカフェラテを注文する。
無論、中サイズで。

狭い店内に普段は人が敷き詰まっていたが
今日、この時間に限っては誰もいなかった。
でも真ん中に坐るような、そんな勇気は無くて
アパレル店の見えるカウンター席の隅に座る。

「折角だし、人間観察してみるか」
という言い訳だけを残して。

ストローをカーテンの様に脆い袋から取り出し
子供みたいにカフェラテに入れて
面倒臭いのは承知で、飲んでみる。


「甘ったるいなぁ」
口には出さなかったけど、
口に出されたそれを飲んで思った。


こうしてみると、する事ってないなぁ。

気がつけば手元には漢文の教科書。
受験勉強でもするか、とぼーっと考える。
耳元では自分で作った曲を流しながら
どうやって編曲するかを考える。


あぁ、このまま遠くに行きたい
日常も、義務も何もかもを放棄して
好きなところ、好きな時に歌を書いていたい。

でも、誰も彼もに忘れられるのが怖い。
透明になって、海に溶けるのが怖い。
あぁ、つらいつらい。

言葉だけが口を伝う
漠然とした日々に溺れるのが怖いから
物語にして、理想を語る
だから僕の泉は枯れない
一生理想を語り続ける創作奴隷
それが愉快で、愉快で堪らない!
死に至る病を抱える現代人に埋もれる中で、
誰よりも死から遠ざかっていくのだ
天命なのかな、これすらも。
生き地獄を言葉にして、詩にして伝える
疲れるなぁ、と想うカフェを出た。

さぁて、そろそろ行こうか。





チューイングガムを買った。
はっ、
気がつく。
これだけ、これだけでよかった。
僕の人生はチューイングガムで十分だ。
たった118円でいい。
それこそが今の僕の人生の価値だ。


ますます人が増えてきていた。
敵意を孕んだ視線が痛い。
微弱な、赤外線よりも人に見えない
そんな本心という名の敵意が痛い。

いたい、いたい、いたい、いたい。

レジでさっさと精算を済ます。
ガムは127円だった。


そろそろいかなくちゃな。
バックの奥にしまいこんだ弁当を想った。
彼に意味を与えに行ってあげなくちゃな、と。

こうして、僕の脱走は終わった。

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