人生を救ってくれた先生


#忘れられない先生

学生時代から遠ざかってそろそろ4年が経とうとしている。
けど、いるいる!!!そういう先生。
三者面談で面と向かって「字が汚い」と言ってきた先生。
自分の好みで挙手した生徒を当てて、しかもそれが成績に反映される先生。その先生いわく「長く覚えている先生は好きな先生か嫌いな先生。」
・・・・・くっそ思い通りになってて腹立たしいが、確かに忘れることはないだろう。
めっちゃ二項対立を主張してきた先生もいるし、大事なイベントに限って何か忘れてくるおっちょこちょいな先生もいた。あとはイマドキどこにこんな熱血な人いるんだよってくらい昭和のアツアツを押し出してる先生もいた。(こういう先生は意外と嫌いになれない笑)

出逢ってきた個性豊かな教師陣の中でも、特に忘れられない先生がいる。
高校時代の学年主任だ。この先生は恩師といっても差し支えないだろう。
友達と過ごすのも、部活でワイワイするのも楽しかったけれど、その先生が学年主任だったおかげで、私の高校生活はより楽しくなって、学生時代で1番濃厚で、忘れられないくらい最高な3年間になった。

先生は初めての学年主任だったらしくすごく張り切っていて、担当教科の授業を、1年のときは全部のクラス(8クラスも!)受け持つくらい熱量があった。1年次はそれが少し疎ましかったり、押しつけがましいと思ったりしてた。もちろん生徒の中でもあの先生はちょっと・・・という人ももちろんいた。
校則にもちょっぴりうるさかった。ジャケットのボタン閉めろとか、シャツのボタン閉めろとか。(ボタンばかりかよ笑)
ただ、その先生は強すぎた。2年次はさらにパワーアップして私たちの学年の面倒を見てくれた。
それは勉強面だけじゃなくて、高校の校風や身だしなみを整えるということの意味、5分前集合、ルールがあることの必要性。そして行事ごとではとにかく楽しむこと。勉強面はもちろんだけど、勉強以外のこと、特に高校を卒業したあとのことをたくさん教えてもらった気がする。
もちろん怒られることもたくさんあった。修学旅行なんて本当ひどかった。誰かがいっつも集合に遅れたり、やっちゃダメって言われたことをやったりで怒られてばっかりの修学旅行になった。ある意味忘れられない修学旅行笑

でもさすがに3年生にもなると、先生の真意も分かるようになるし、言わんとすることもなんとなくわかる。そしてそれを言う意味までも感じることができる。
1番すごかったのは、体育祭のとき。私の学校では3年生が、閉会式で歌う校歌を円になって(いくつかのグループに分かれて)歌うというのが受け継がれていたのだけど、「閉会式のときに式はきちんと式として終わらせなさい」みたいなことを去年ポロリと言っていた。
それをきいていたからお昼時、野球部員が全クラス回って「閉会式で列を崩さないように」って言ってまわってたし(こういう行動があること自体が凄いのだけど)、もちろん閉会式でも列を乱さなかった。(めっちゃ偉い!)
でも、先輩たちがやっていたように輪になって私たちも校歌歌いたい!
その想いは学年全体で共通だったようで、体育祭が終了したとき、どこからともなく校歌を歌いだして、最終的には学年全体が1つの円になって校歌を歌いあげるという、漫画みたいな奇跡が起きた。(しかも後輩にはこのスタイルが定着した!嬉しすぎる!)
こんな奇跡みたいな集団行動を起こさせる先生はすごいと思う。
私たちの学年は、学業面でも大飛躍をして、当時の過去1番の成績をたたき出した。(まだ越えられてないとか、越えられたとか・・・)

さて私がその先生に人生を救ってもらったのは、高校3年生になったときだった。きっかけは多分元恋人とのもつれだと思うんだけど、私がかなりメンヘラな意味で荒れてて、元恋人がその先生に相談した結果私と話をする関係になったんだと思う。(ちょっと記憶が曖昧・・・)
とにかく気付いたら、放課後話をするようになった。ある時は友達と3人で、ある時は先生と2人で。
私の家庭状況があんまりよくなかったし、受験もあってストレスたまってて。何話してたかもあんまり記憶になくて申し訳ないんだけど、唯一覚えてることがある。

「1本の大木になりなさい。」

色んな事があるけれど、私は中心の太い幹で、周りのことは全部枝なんだと。私がしっかりしてないと、枝もだめになる。私が大事なんだと教えてくれた。
学年主任でただでさえ忙しいはずなのに担当学年が3年生、質問対応などもいっぱいくるのに、19時の退校時間まで何回も話を聞いてくれてた。それでも嫌な顔一つせずに話を聞いてくれた。たった1人の生徒のために何時間も貴重な時間を使ってくれた。その割いてくれた時間が、かけてくれた言葉のおかげで、私は今もすくすくと育っている。
多分この先生がいなかったら、自殺まではしてないと思うけど犯罪には手を染めてただろうなあと思う。いや、でもどうとでもなれってなった人の起こす行動はわからないなぁ。

その先生のおかげでギッタギタの家でもやさぐれずに育ったし、自分を持つことの大事さも教えてもらった。勉強以外のこと、特に生き方についてたくさん教えてもらった先生だった。
あとは小テストの余白にコメントを書くと、返却の時に返事をくれた。ちょっとした交換日記みたいな感じで、すごく楽しかったのも覚えてる。

卒業したあとも連絡をとって、遊びに連れてってもらったことも、一緒に食事をしたこともある。年賀状も送ってたのだけど、私が点々としているうちに出さなくなってしまった。そのまま連絡を取らなくなってしまって今に至る。

とにかくパワフルの一言では言い表せないくらい、熱量を持っている先生だった。出会えてなかったら、今頃人生は変わっていただろうなとさえ思う。
大好きな先生で、とても尊敬している。
もし今もう一回あったら「ありがとうございました」と述べたい。

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