マクロレンズの世界 vol.7 色
色が全部持っていく
1)赤という色
日本の若者ことばに「エモい」という表現があります。
「心を揺さぶられる」「感動的」を現代風にしたものでしょう。
英語の「emotional」は、「感情的な人」「情に流されやすい人」など、
対人にも使うので、語源そのままの用法ではないです。
で、視覚において、色という要素が、しばしば「エモい」のです。
夕焼けを見た、それだけで胸がいっぱいになってしまいます。
印象の強さは赤がトップです。
赤を意図的に使った映画に「シンドラーのリスト」があります。
僕は胸が締め付けられるようでした。
ここで使う色は、青色でも、緑色でも、黄色でもだめです。
「星の王子様」が、自分の星に残してきたのは「赤いバラ」でした。
「バラが咲いた」で、寂しかった庭に咲くのは「真っ赤なバラ」です。
宇宙人が見たら不思議がる気がします。
「なぜ地球人は、こんな些細な波長の違いに反応しているんだ?」
2)色彩の基礎
研究業務で最も測定の機会が多いのは、成分の吸光特性です。
「とりあえずビール」と同じぐらい、とりあえず吸光スペクトルです。
このとき使用する分光光度計には「色」という概念がないです。
波長が何nmか、それだけです。
「測定機器に色の概念がないって? まあそうかもね、機械だし」
うーむ。
色の概念を持っている機器に、色差計があります。
色差計は検体の光学特性を、ヒトの認識に近い形で数値化します。
塗料や化粧品の開発者が、試作品の色を評価するのに使います。
色差計の測定対象は、反射光です。
注:一部、散乱の影響も入ります。
測定面とセンサーの距離がゼロではないためです。
ヒトが「ここに物がある」と認識するとき、主に使うのが反射光なので、
反射光を測定すると、ヒトが感じている印象に近くなります。
色差計の測定値は、L*a*b*という評価軸で出力されます。
L*は、明度です。色を考慮しません。
0は黒(反射しない)、100は白(反射する)です。
標準板に光を照射して、キャリブレーション(較正)を行います。
a*は、緑(グリーン)/赤(レッド)の偏りを表します。中央値は0です。
b*は、青(ブルー)/黄(イエロー)の偏りを表します。中央値は0です。
ヒトの目は、3種の視細胞(RGBに対応)で光の情報を得ています。
色差計は、このヒトの視覚を模して、色の軸を立てています。
軸は、独立ではないです。
被写体が光に照らされ、写真に、
白 ~ 白っぽい赤 ~ 真っ赤 ~ 黒っぽい赤 ~ 黒
が表れているとき、a*の値が一番高くなるのは、真っ赤の部分です。
軸は、線形でもないです。
色つきの四角形を並べた、奇妙な立体を見たことがあるでしょう。
本質が複雑なので、「もっと簡単に説明して」と言われると困惑します。
明るさ、色、この二つの軸だけでも、なんとかイメージしてみてください。
3)光か、色か
ヒトは、光に目を向けます。
昼行性の動物が光を好むのは、自然な傾向です。
ヒトは、色にも注意を向けます。
日ごろ、波長差で世界を認識していることと関係しているでしょう。
色差計は、ヒトの視覚に近い形で光の性質を数値化してくれますが、
視細胞から先、脳の中で信号がどう処理されるかまでは示唆しません。
かたや白色の光点。かたや鮮やかな色。
画像内にこの二つがあるとき、ヒトがどちらに惹かれるかはなんとも。
赤色は、「目を引く程度」と「エモさ」が突出しています。
他の色はともかく、赤がきたときは、
・視線が光点ではなく、赤色を呈する部分に行く
・赤の色調が印象を決める
可能性が高いです。
4)マクロ撮影と花の色
① 色のインパクト
花びらの赤は、a*の片方の極で、鮮やかです。
また、赤い花びらと緑の葉は「補色」になっていて目立ちます。
花芯の黄色は、b*の片方の極で、明度が高めです。
また、赤い花びらと黄色の花芯は「反対色」になっていて目立ちます。
花は虫寄せに特化した器官で、何かと目を引きます。
マクロレンズで色鮮やかな花を写すと、かなりのインパクトです。
② 背景にも色はある
マクロ撮影では、背景を整理して絵をシンプルにします。
背景は、整理後も、色をもってそこにあり続けます。
露出は被写体で合わせるので、背景色については、ほぼ成り行きです。
たまたま、よい色、よい配色になったときは、ラッキーです。
③ 光量と発色
通常、晴れの日に撮ったほうが、華やかで好感度の高い写真になります。
晴れの日は全体的に彩度が高くなります。
色があざやかというだけで、エモいです。
全体の彩度だけなら、レタッチでどうにかなりそうですが、
花に光があたっている状態は想像以上に複雑です。
晴天で撮った画像には、光が作る陰影、反射、透過、散乱があって、
それらが色と絡んで魅力を作り出しています。
将来、
「AI、右斜め上67°、奥側13°から平行光が当たった画像にして」
などという加工ができるかもしれませんが、現在はお天道様頼みです。
その日の天気によって、魅力を引き出せる色が変わります。
晴天は、全色きれいに写る、オールマイティとして、
熱帯の真紅の花(冒頭の画像)、江戸紫の花菖蒲、夏の緑など、
明度が低い濃色を輝かせるのは、晴れの強光だけです。
光が当たった部分の、鮮やかな色を見るのは喜びに近いです。
曇りの日に撮るのであれば、淡い色の花をおすすめします。
陰影がわずかしかなくても、色に邪魔されなければ写ります。
精緻の魅力を狙います。
さらに暗いときは、白い花です。
色花は闇に沈み、白花は闇に浮かびます。
一般に、光量が減ると、誰でも撮れる状況ではなくなるので、
常人は、晴れた日に撮ってなんでもきれい、で十分です。
5)鮮やかな写真は使い方が難しい
① 内容が吹き飛ぶ
第1節で、以下の画像を添付していたら、
赤に全部持っていかれて、内容は目に入らなかっただろうと想像します。
② 中間色の良さを損なう
A「週末は天気がよかったね」
B「だね」
A「藤の名木を見てきたよ。満開だった」
B「わお、いい時期だったね。こちらはシロとドッグランだ」
C「やあ、AさんBさん、週末は天気がよかったね。公園に行ってきたよ」
並べると、なんだか違和感があります。
どちらも天気がよかったことは伝わりますが・・・。
ピントや構図の影響?
たぶん、鮮やかすぎる赤のせいです。
2枚を並べると、フジの花の彩度の低さ(くすみ)が強調されてしまう。
フジは、藤色という語があるぐらい、繊細で美しい色をしているのに。
記事に収録する画像群は、
・ひそやかな暗さ ~ 光あふれる眩しい光景
・淡い色合い ~ 目がさめるような原色
などの軸に配慮し、刺激のレンジを分けて並べるとよいかもしれません。
6)それでも色を
鮮やかな色が意識をもっていってしまう。
他の写真を食ってしまう。
そんな問題があるとしても、良い色が出現したときは、
何もかも置いて、その色を狙ったほうがよいです。
心を揺さぶるほどの美しい色は、そんなに頻繁に出るものではないです。
2年に一度? いやあ、もっと少ない気がします。
植物によって異なりますが、花の色素は1時間~3日ほど持ちます。
しかし、光が刻々と変わるので、その色はそのとき限りです。
ウォータールー橋の連作がさまざまな色合いであることを思い出します。
最も発色がよかった画像を、難点を理由として削除するのは早計です。
色が突出して美しく、他がイマイチの1枚はバランスがよいことがある。
諸要素は、高域で、少なからずコンフリクトするからです。
晴れた日にファム・ファタルな色に出会えたら、完敗でよいと思います。
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