嵐とV6。私の大好きなアイドルは区切りを選んだ。

2021年3月12日。仕事を終え、いつもの癖でTwitterを何気なく開いた私の目に飛び込む信じがたい、信じたくない言葉の数々。

「どうせまたいつもの週刊誌の嘘…だよね?」

その数十秒後には本当にほんとうに6人が新たな道を歩む決断をしたことを知った。Twitterを開いてから、どうか嘘だと言ってほしくてファンクラブのサイトを開くまでのあの時間は、人生で最も長い数十秒だった気がする。

私はたった3か月半前に、人生で初めて好きになったアイドルグループである嵐とのお別れを経験したばかりだ。彼らは2年という長い時間をかけて丁寧に愛と感謝を届けてくれた。それでも、今もまだ、5人の影を追い求めてしまう。過去の映像を気軽に見れるような状態でもない。(泣いてしまうので。) いわば、傷口がふさがっていない状態だった。

そんなタイミングでうけた今回の知らせ。勘のいいファンの中には事前に「何か」を感じていた人もいるようだが、私にとってはまさに青天の霹靂。あれも、これも、あの時も…と、ここ最近の出来事や発言と「解散」の二文字が線になって繋がっていったのは全てを知った後で、まるで最終回で怒涛の伏線回収がされる漫画のようだった。苦しい。どうやら私はまだふさがっていない左足の傷口を残したまま、右足も怪我してしまったみたいだ。

私は、嵐をV6は全く違うタイプのアイドルだと考えている。活動のスタンスも、メンバーの関係性も、全然違って、だからこそ両者共に唯一無二の魅力がある。(長くなるのでここでは割愛するが。)

でも、活動休止や解散という「区切り」を前にした彼らはとても似ていた。

嵐の休止が発表されたときに翔くんが言ったこの言葉。
「嵐が嵐のまま走り抜きたい。」「嵐を宝箱に閉じ込めたい。」

V6の解散を発表した直後のラジオで健くんが語った言葉。
「ジャニーさんが作ってくれたものを一番綺麗な形で大切な箱にしまえるのかなと思ったりもしたり。」

似てる。あまりに似てる。

ここまで同じ言葉を口にするなんて、驚いた。両グループのメンバーの中でもとりわけ好きな2人である翔くんと健くん。実は彼らの幹の部分はとっても似ていて、だからこそ直観的に2人を選んだのかもしれないなと今になって思う。

昨年末、嵐のレギュラー番組に何度かグループで出ていたとき、楽しむ笑顔の裏でどんなことを考えていたのだろうか。嵐が活動休止する姿をオンラインコンサートや紅白で見届けたと語っていた健くんは、どんな気持ちで「区切り」を迎える後輩を見つめていたのだろうか。心の中ではきっと、自分たちのフィナーレを意識していたに違いない。

そう考えるとファンがまだ心に「区切り」をつけられていないのは当然な気がする。だって彼らは私たちが知る何か月も前からゴールを意識して生きていたのだから。それでも、それだけの時間があってもなお、翔くんは20日連続で嵐の夢を見てしまうし、健くんは新幹線でファンのメールを見て号泣してしまうのだから。

…ゆっくりでいいかな。
時には笑顔で、時には堪えきれない涙を浮かべながら、それでも目を瞑らず彼らと共に歩いていければいいかな。

今の私の、素直な気持ち。
(2021.3.18)

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