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性別移行を諦めかけての土俵際

またもやお久し振りの更新となってしまいました。2020年の最終日。更新が滞ってしまった理由の一つとして、タイトルにある通りのことがありました。性別移行を諦める。その方が良いのではとどれ程思ったことでしょうか。

乏しい「素質」

トランス当事者の中ではよく議論になるのは、外見上の「素質」。どれだけ移行先に見られ易い外見を持っているか。私にそれがあまりに欠けていることを改めて痛感したのです。
身長175.9cm、肩幅61cm、体重は昨年末比+3kgでBMIは相変わらず20台、顔と髭は平井堅のように濃く、声は中尾彬のように低く深く、仕草は荒っぽい中に不審な挙動が混じる。これで髪を伸ばし異性装をしていたら「公害」そのもの。よく「汚装」と呼ばれるああいう姿です。自分の周囲の人々はおろか、他の当事者にも迷惑を掛けかねない。ならば自分が元々持つ見た目に従って生きることこそが迷惑でない生き方なのではないかと、そうした考えを持ちました。

自分<他人

幸い、私は実家にも職場にも未だに形式ばったカミングアウトは行っておりません。一時期の実家はともかくとして、職場に至っては髪は伸ばしていても私が"そう"だと勘付いている様子は無し。相応の外見を持っていれば『やっぱりそうだったんだね』と察されましょうが、厳つい大男に対しては『え、ありえない、キモい』と一蹴されてしまうのがオチ。相手の反応が予想できてしまうからこそ、自分の思いは飲み込むべきと考えました。
私が見た目通りに男性として、いや男性らしく生きていけば、どこにも迷惑は掛けないのです。職場の性別役割分業にもピタリと嵌まり、実家の期待にも応えられる。男社会により馴染んでいき、実父あたりが持ってくる見合い話に乗っかり結婚し子を設ける。移行を決意した当初の私自身の思いは蓋をしておけばいずれそれに馴染んでいく。だから、美容室の予約がある日を機に髪もバッサリ2~30cm切り落として区切りとしようと……直前まで本気でそう思っていたのです。

頭が軽い

思い悩む間、先達の皆様からも色々なコメントを頂戴しました。残念ながら方向性の違いから……いえ私の意固地さから疎遠になってしまった方もいます。それも判断材料となりましたが、最終的には自分の将来をシミュレートしたことで一応の答えを出しました。実家で原家族と顔を合わせて見合いや子作りについて話す、職場で刈り上げ頭を自部署や男だけの法人営業の人達に見せびらかす。音楽仲間に対して「やっぱ俺無理っしたわ」とあっけらかんとした態度を取る、メンズ服のコーディネートを考える、レディース服とコスメやスキンケア用品を全て捨てる。そうしたことをする自分を想像しました。
結果、ぞわっとするんです。お風呂上がりの全身鏡やトイレで局部が視界に入ってしまった時の"あの"感覚。Yuck!!と叫びたくなる生理的嫌悪感。男性の身体が嫌で、これ以上は……と30手前で決意した性別移行。自分の身の程を改めて知って絶望してからは、時に同情目当てで短所ばかりを殊更に強調したり、時に逆サバを読んだり、時に食って掛かるような物言いをしたり……。その内に引っ込みが付かなくなって、本当に絶望が頭を占める割合が増えてきて、周囲を忖度し飲み込んで終わらせようとしました。ですが、カミングアウトも何もしていない人間があらゆることを試して絶望しきった人の真似事をしても、傷付きながら道を切り拓いてきた先達には敵うはずがありません。
そして選んだのは現状維持の髪型。細かい所を調整し、蓋を開ければ今までで一番挑戦的なヘアスタイルになりました。性別移行についても、持てる手札でできることから進めていくしか無いと、再スタートの気持ちです。

迷いながら選び取る

振り返ると、今年は自身に関する現実を見ただけでその他は思うように進みませんでした。COVID-19感染拡大の影響もありますが、それだけではありません。対職場・対実家・音楽活動・身体治療。その全てにおいて宙ぶらりんのことばかり。私のお家芸である先送りも、時間が有限であることを考えるとそう何年も使ってはいられません。2021年は性自認的には後厄。まだまだ苦しいこともあるでしょうが、「迷いながら選び取る」1年になると想像します。お子様ではいられない。後悔はしても、納得できない選択はしたくない。

そう次の年に思いを馳せながら2020年のnoteの締めくくりとさせて頂きます。関係各位、大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

もしよろしければ、ご無理の無い範囲でお願い致しますm(__)m