【小説】ダーツとフリースロー 4.『ヨルとオル』

 
 それは長い男であった。

 頭のてっぺんから足の先までのすべてが長い。

 やはり長く、癖の強い黒髪を、乱暴にヘアバンドでまとめている。にじんだ汗が面長の顎や段のついた長い鷲鼻の先から粒となって落ちている。

 手足が長い。

 だぼつくサイズのノースリーブから伸びる腕には強靭な筋肉が伴われているのだが、その長さによって引き延ばされるため、遠くから見ると一見細い腕をしているようにさえ見えるかもしれない。しかし近くでそれを目にすれば、太い筋肉繊維の束が、彫刻家が荒く削ったような隆起をいたるところに浮かべているのがわかるだろう。

 柔軟な皮膚越しに筋肉が躍動しているのが見て取れる。特に肩の筋肉が発達しており、アメフトのショルダーパッドでも装備しているかのような盛り上がりを見せていた。

 身長183センチメートル。体重77キログラム。それが川口大地の体躯である。長い両手をピンと伸ばせばほとんど2メートルのウィングスパンとなる。

 川口大地その長い腕を長く使い、ボールを低くついている。

 バスケットボール。

 フロントチェンジと呼ばれる動きだ。相手の動きを観察するかのように、右手から左手へ、そして左手から右手へと、上体を屈めて作った低い軌道でボールが地面スレスレを滑るように跳ねる。

 1往復。少し外したリズムでもう1往復した後、長身の男は何かを観察し終わったように、それまで屈めていた上体を起こした。

 長い足の股下を通してドリブルを続ける。続けなかった。男はボールを胸の高さで投げており、それはゴールに向かって斜めの位置にいるほかの男に渡っていた。

 そして、ボールを受け取った男はただちに足を踏み出した。いつの間にか、彼をマークするディフェンダーのすぐ隣に、屈強な男が動きを邪魔するように立っている。

 スクリーン・プレイと呼ばれるものだ。動かない肉体の壁を掻い潜るようにしてディフェンダーはドリブルについていかなければならない。わずかなギャップ。他のディフェンダーがヘルプに駆けつける。

 そうしてできた混乱の中に、ヘアバンドで留められた長髪の男が猛然と突っ込んできていた。先ほどパスを出した川口大地だ。

 どんな素人が見てもわかるノーマークだった。川口大地はボールをそこで受け取ると、長い足で大きな1歩を踏み出した。

 反応は遅くない。その大きな1歩を進む間に、周囲のあらゆるディフェンダーが、開いた手をギュッと握るように彼に向かって凝縮していた。

 彼に与えられたノーマークの時間はほんの一瞬で、川口大地とゴールの間に割り込ませるようにして何本もの手が高く掲げられている。どこかにシュートを放つための隙間はあるのだろうか。下からボールを支える右手が、伸び上がる体に従って上昇していく。

 77キログラムの体が飛ぶ。次の瞬間、ボールは彼の手を離れ、しかしゴールに向かって放たれはしなかった。

 パスだ。どうやって相手の位置・存在を確認したのだろう? ボールは地面と平行にまっすぐ飛び、コーナーに待機する細身の男の手へと吸い込まれていった。

 コーナースリー。ゴール下のレイアップ・シュートに次いで得点期待値が高いと言われているシュートの形だ。それを細身の男は完全にフリーの状態で打てていた。

 ジャンプシュートの指先からボールが離れ、回転しながら飛んでいく。

 一瞬の静寂。その後、ロングシュートのもたらす大きな放物線は、ネットと擦れる鋭い音を残してリングを通過した。

 大きな歓声をあげる観衆はいない。ただの部活の中でのミニゲームだからだ。パスを出した長髪の男も、そのパスを受けてシュートを決めた痩身の男も、ひどく喜びはせずに淡々と守備に戻っていく。

 観衆はいないが、そのミニゲームを眺めている観客はいた。2人だ。彼らは体育館の2階の観客席で、並んで座って見下ろしている。

 本日この高校へ転向してきた三浦大地と、そのクラスの学級委員長である月島美夜だ。彼らはバスケ部の見学をするためここにいる。

〇〇〇

 この見学は、月島美夜から誘われたものだった。

 2学期初日、始業式からのクラスへの帰り道を、三浦大地は月島美夜とその友人の日下詩織、そして川口大地と並んで歩いた。道を知らない転校生を学級委員長である月島美夜が気にかけてやり、そこに友人ふたりが自然と集まってきた、といった次第である。

 月島美夜の名は一番に覚えていたが、三浦大地はほか2名の名前を記憶の海から探し出してくる必要があった。

 ――このでかい、というか長い男は川口。名前は俺と同じ大地で、こっちのふわふわとした髪の毛の女子は確かオルと呼ばれていた筈だ。そういえば本名を聞いていないような気がする。

 そのように情報を手繰り寄せ、三浦大地は安堵のため息を静かに吐いた。人の名前を覚えるのはとても不得意なのだ。

 そして気の利く学級委員長は、並んで歩く慣れない転校生にとても自然に話しかけていた。

「三浦くんは前の学校で何部だったの?」
「いやあ、実は部活はしてなかったんだ。この学校は部活が活発なの?」
「それなりにね。公立の中では活発な方じゃないかな。特にバスケ部は今強いよ」
「なぜなら俺がいるからな」

 癖の強い長髪を揺らして長身の川口大地が得意げに言った。自然と三浦大地はそちらの方に目を向ける。

 近い距離で並んで歩くと、この男が尋常でない体をしていることがよくわかる。皆と同じ制服に包まれているにもかかわらず、そのシャツに浮かんだ皺の形やズボンの生地の張り詰め方から、その中にエネルギーをこねて固めて作ったような肉体が収められていることがじわりと伝わってくるのだ。

 オーラのようなものをまとっているとでも言えばいいのだろうか? その体のかもしだす雰囲気は、明かに他の者とは異なっていた。

 この学校のバスケ部は強い。そしてその強さの一因は、この長身の男にあるらしい。共に歩くふたりの女の子はその言を否定することをせず、彼には学校公認の遅刻する権利が与えられている。

「そんなに凄いの?」
「うん、大地は凄いよ」
「あたしはバスケのこと全然わからないけど、川口が凄いのは知ってるよ」
「そうだろう、そうだろう」

 満足そうに川口大地は大きな目を細めて笑った。「俺は凄いんだ」

「へえ。そんなに凄いなら一度見てみたいものだね」
「お! ミウミウも入るか、バスケ部!?」
「入りはしないよ。強い運動部なんだろ、未経験者が2年の夏から入るべきじゃないだろう」
「そうかな? 試合に出たいとかは無理かもしれんが、入りたきゃ入ってもいいと思うぜ」
「そもそも入りたいわけじゃないからね」

 三浦大地は肩をすくめてそう言った。入部の希望がない者をこれ以上誘うことはないだろう、バスケ部が本当に強いのであればこの先この男の試合を観る機会もないわけではないだろうから、その時までこの興味が残っていたら観てみよう、という程度に彼は考えていたのだった。

 転校生のそんな態度に食い下がってきたのは月島美夜だった。彼女は三浦大地の目を見て尋ねる。

「でも興味はあるんだよね?」
「ええと、そうだね、いつか機会があったらどれだけ凄いのか見てみたいものだと思うよ」
「今日見に行こうよ。大地、今日ってゲームやる?」
「やると思うぜ。来るのか?」
「行くよね?」
「――い、行くよ」

 半ば押し切られるようにして三浦大地はバスケ部の見学を了承した。ただし入部の希望はまったくないので、正式な見学ではなく、どこか体育館の適当なスペースから勝手に眺めるような形にすることにした。

「美夜も来るのか?」
「そうね。誘っちゃったし、変な体育会系のノリから助けてあげないといけなくなるかもしれないし」
「よしよし、それじゃあ今日は張り切ろう。何かやってほしいプレイはあるか?」
「そうねえ」

 リクエストを求められた月島美夜はしばらく考え、やがてニッと笑って希望を伝えた。「三浦くんにバスケの魅力を教えてあげてよ」

「承知した!」と川口大地は力こぶを作って笑った。「得意分野だ」

〇〇〇

 こうして三浦大地は放課後残ってバスケットボールを観に行くことになったのだった。

 一応この日のバイトは空けていて、それはなぜなら転校初日ということで何らかのイベントが発生するかもしれないという淡い期待を捨てることができなかったからである。

 三浦大地は人間関係のしがらみが嫌いで部活にも属さず、親友と呼べる存在をもったこともないような人間である。もちろん彼は童貞で、しかしそのくせ、いつか白馬の王子様が自分を発見してくれると期待している少女のような受け身の姿勢で誰かから声をかけられるのを待っていた。

 このような受け身の姿勢の大半がそのような幸運に恵まれはしないだろうが、今回の三浦大地は別だった。あまつさえ、半ば強引に誘われるような形になったのだ。そして彼は体育館の2階の観客席に腰かけている。幸運というより僥倖、奇跡と呼ぶべきかもしれない出来事だ。

 そして、奇跡は運命と言い換えることもできるだろう。少なくとも、彼女もできたことのないような童貞の若い男が舞い上がるには十分すぎるものだった。

 クラス単位でのホームルーム、そして学校単位での始業式に次いで行われるイベントは実力テストだ。研究者の父と、成績優秀で薬学部生となった姉をもつような家庭で現在過ごす三浦大地は、勉強に対する忌避感が少なく、これもまた彼にとって幸運なことだった。彼をバスケ部の見学へと誘った学級委員長は勉学の面でも秀でており、そして三浦大知には実力テストが終わってから見学までの間、彼女と暇を潰す必要があったからだ。

 2学期初日にその一部を受け、翌日までかけて行われる実力テストの話は、女子受けのよい話題などひとつも持たない少年にとってかけがえのない話題であった。

 本日分のテストの終わった放課後、川口大地は「それじゃあまたな」と言い残し、飛ぶようにクラスを去っていった。おそらく部活に行ったのだろう。

 三浦大地は当然の顔でそれを見送った。隣の席の女の子を見る。

「僕らはゆっくりしていていいの?」
「どうせ最初は着替えてアップと基礎練だからね。興味があるなら案内するけど?」
「はっきり言って、ないね」
「だったらゆっくり行った方がいいわ。そうね、1時間後出発くらいでちょうどいいかも。それまでしてたいことはある?」
「特別ないね」
「趣味は特にありませんって言ってたもんね。そんな人いるの?」
「そんなこと言ったっけ」

 三浦大地は肩をすくめ、はぐらかすようにそう言った。

 自分のことながらよく発言内容は覚えていないが、趣味がないというのは嘘ではない。“この場で言えるような趣味はない”と言った方がより正確な表現ではあるだろうけれど。

 この高校2年生の夏休みはほとんどアルバイトとダーツに捧げてきたと言えるだろう。三浦大地は働くのが嫌いでなかったし、姉や姉の友人に混ざってタングステン製の矢を投げる競技にのめり込むのは喜びだった。

 しかし、いずれについても転校初日の壇上で話して共感を得られるものではないだろう、と予想できる程度の分別が彼には備わっていた。徒歩圏内にある複数の公立高校の内、校則でアルバイトが禁止されていないというのがこの学校を選ぶ決め手のひとつになったわけだが、表向き禁止されていないにしても実質禁止に近いということは十分に考えられる。

 また、ダーツを趣味とした自己紹介は、わざわざちょっと珍しい趣味を持っているのだとアピールするようであり、自意識過剰な思春期の少年にとっては恥ずかしく思えてしまうことだった。そして何より彼はそれほどダーツ自体に詳しくなってはいなかったのだ。

 話題を変えなければならない。そう思った三浦大地は実力テストについて話そうと思いついた。そしてちょうどその時、都合の良いことに日下詩織が話しかけてきたのだった。

「ねえヨル、テストどうだった?」

 テスト終わりの学生として100点満点のその質問に、月島美夜はにっこりと答えた。

「まあまあかな。オルはどうだったの?」
「また自由英作文かあ、って思ったね。大問ふたつも使わせる意味ってある?」
「先生が好きなんでしょ。私も好きだから勉強になると思うけど、仮にそうじゃなかったとしても、先生の満足度がそれで上がるなら意味があるとも言えるんじゃない?」
「心が広いことねえ」
「私は自由英作文好きだからね」

 月島美夜はそう言って笑い、不意に視線を三浦大地へと向けた。ひとつ結びの黒髪が揺れる。目が合った。口を挟まず会話に興じる女子たちの様子を眺めていた少年は、まるでそれまで悪いことをしていたかのように動揺した。

「な、何?」
「三浦くんはどうだった? 前の学校と比べてさ」
「ええと、確かに自由英作文には驚いたな。あってもひとつが限度だと思ってた。英語の問題は全体的に設問に対するこだわりみたいなものが感じられたね。国語は完全にセンター形式だったけど、あれどうなの? 俺たちが受けるころには、確か形式変わるんだよね?」
「どうって、どうなんだろ?」
「これまでの傾向が完全に無視されることはないだろうから、とりあえずこのまま対策しとけ、って感じじゃなかったっけ。具体的な傾向がわかったら対処するって言ってた気がする」
「国語の先生は完全にセンター対策をするつもりなんだ?」
「あたしたちは理系だからね。2次で国語が必要な人はごく少数だし」
「2次で国語が必要なところを受けるような人は、自分で対策できてしかるべき、みたいなことを言ってたわ」
「ふうん。俺らが言うのもなんだけど、別に受験のために学校の授業があるわけじゃないだろうにね」

 通常「受験に必要ない勉強はさせるな」といった主張は学生側から出てくるものである。それを教師側が言うことに疑問を感じ、それを咎める根拠として学校教育の意義を用いるというのは完全に立場と主張が逆さまになったような面白さを彼らに感じさせた。

 面白さを共有できたらコミュニケーションとしては成功だろう。思いがけず話は弾み、やがて日下詩織は時計を気にしだした。

「いけない、もうそろそろ行かなくちゃ」
「確かにいい時間ね。気を付けていってらっしゃい」
「お母さんみたいな言い方!」
「遅くなるなら連絡してね。ご飯いらないなら先に言って」
「お母さんかよ」

 そんな友人間の他愛ないやり取りをぼんやり眺める。女子ふたりと仲良く話していたなんて、ひょっとしたら俺は今イイ感じなんじゃないだろうか、とピュアな三浦大地は自賛する。

 考えてみれば、仲の良い女の子ふたりの輪に付着するようにして過ごすことに彼は何となく慣れていたのであった。姉である三浦真由や、その友人佐藤華子と親密に過ごしたこの夏休みに感謝するべきなのかもしれない。

 そんなことを頭に遊ばせていると、「どうかした?」と月島美夜に尋ねられた。

 そして気づいた。これまでの、2人の女子プラス自分、という状況には対応できていたのだが、今現在の、1対1で女子と楽しくおしゃべりするようなスキルは自分にはないぞ、と。有力な話題であった実力テストについてもあらかた話し終わった後である。

 訊かれているのだ。答えなければならない。それも、それが不自然な反応と思われるかもしれない、それまでの制限時間内に。

 焦る。三浦大地はなんとか絞り出した返答を、疑問の形で口にした。

「ええと、月島さんは、なんでヨルって呼ばれているの?」
「ああ、私たちのあだ名ね。最初はオルが、詩織って名前の“織”の字からオルって呼ばれだして、私がオルと仲良かったから合わせてヨルって呼ばるようになったのよ」
「ミヤってどんな字を書くの?」
「美しい夜よ。ちょうどその時ヨルって名前の小人が出てくる漫画があって、それを私が好きだったこともあって一部で定着したんだと思う」
「なるほどね」
「そろそろ私たちも移動しようか。簡単に校内を案内しながら行けば、ちょうどいい時間になると思う」

 行く道すがらに説明や紹介を受けながら、三浦大地はバスケ部の使用する体育館まで校内を歩いた。魅力的な女の子が自分のためだけに発する言葉を聞きつつ並んで歩く、それは彼にとって夢のような時間だった。

 そして三浦大地は幸せの中で考える。

 月島美夜は川口大地のことを下の名で呼び、川口大地は月島美夜のことを下の名で呼ぶ。特に彼女には一般化したあだ名があるにもかかわらず。

 彼らは特別な関係なのだろうか?

 しかし、もしそうだったとしたところで、自分にできることは何もないだろう。

 いやしかし。

 どうしようもない堂々巡りを頭の一部に間借りさせ、彼は川口大地のプレイを体育館の2階から月島美夜の隣で眺めた。彼にとってはじめてのちゃんとしたバスケットボール観戦は、非常に刺激的なものだった。

 特にあの長身の男のプレイときたら。完全なる素人目にも彼が飛びぬけて優れていることが明らかで、もっとその動きを見ていたいような気にさえなった。試合を彼が支配しているように見えたのだ。初対面時の、嫌いなタイプだろうという第一印象も、手の平が返ったような好印象に変わりかねない勢いである。

「ねえ大地はどうだった?」
「控えめに言って、凄かった。魅力を感じたよ」

 そんな同じ年齢の同性として、魅力的な異性からの質問である点を間引いた評価を口にすると、月島美夜はとても満足そうに頷いた。

「これで三浦くんもバスケが好きになってくれたら嬉しいな」
「――月島さんはバスケが好きなの?」
「バスケっていうか、私はNBAが好きなんだけどね。周りにNBA見てるひとっていないじゃない?」
「確かに聞いたことはないね」

 受け答えを続けながら、三浦大地はバスケを語る月島美夜の輝くような瞳をちらちらと見つめた。

 そしてその夜、彼はいつものように姉とその友人にからかわれながらダーツを投げて飲み食いし、「ツマミが無くなった」と言われてコンビニへの買い出しを命じられることになったのだった。

 転校初日に受けた想定外の刺激をすべて、何度も反芻するように頭に浮かべて歩く。

 スマホで位置を検索し、散歩がてらにいつもより遠いコンビニまで足を運ぶと、思いがけない場所にバスケットボールコートがあるのに気がついた。

「なんだここ?」

 こんなところがあったのか、と独り言が漏れる。私有地だろうか? ネオンのきらびやかな、明らかにアダルト向けの店舗に伴うようにして野外コートが設置されていた。ボールが飛び出るのを防ぐためか、関係者以外の立ち入りを禁じるためか、おそらくはその両方を目的とした金網にぐるりと囲まれている。

 それを乗り越えて入るわけにもいかず、じろじろと眺めるようにして脇を進むと、目的地であるコンビニがやがて視界に現れた。

 そしてその手前の道を、長身の男が歩いているのが三浦大地の目に映る。見間違える筈がない、先ほど魅力的なプレイをしていたバスケットボールプレイヤー、川口大地だ。

 その隣に、寄り添うように歩く女子がいる。

 それは日下詩織だった。オルと呼ばれる、月島美夜の友人だ。三浦大地の心臓が強く鼓動する。

 そして三浦大地は、彼らが仲睦まじそうに並んでコンビニに入るのをその場に立って観察した。その口の中が緊張と興奮でパサパサに渇いても、飲み物を得るための移動をすることなく、まるで羽化する寸前のサナギを観察する小学生のような熱心さでコンビニを見つめた。

 何回かの人の出入りをスルーすると、やがてサナギの背中が割れるようにコンビニの自動ドアが開いた。それまでの出入りとまったく同じ挙動である筈なのに、それがこの観察目標の1回であることが三浦大地には確信された。

 はたして川口大地は日下詩織を引き連れてコンビニから出てきた。三浦大地はコンビニを出た彼らが並んで歩き、移動せずにその場から観察できる範囲から出ていくのを見送った。

 大きくひとつ息を吐く。

 特別な関係性を持っているのは彼らの方なのか?

 飲み込む唾液もないほど渇いた口とは対照的に、手にはしたたりそうなほどの汗をかいていた。
 

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