悪魔の卵とじ
「なんかやっぱ、死体みたいな顔ですね」
目を覚ました私に向かって、その女性は開口一番そう言った。
「でもよかったです、目覚めてくれて。全然うまく行かなくて、もう諦めようかと思いました」
女性は手を拭きながら、「わたしはあなたの主治医の佐藤です」と名乗った。白衣が血で汚れているし、くくった黒髪はほどけかけていたけど、美人だ。
彼女は起き抜けの私に「あなたの名前は何ですか?」と尋ねた。
「私?」
誰だっけ、と考え始めた途端、何がなんだかわからなくなって、私は自分の両手を見た。なぜかそこに答えが書いてあるような気がしたのだが、とりあえず右と左の大きさがかなり違うことがわかっただけだった。
「名前。何ですか?」
もう一度聞かれて、私は一生懸命首を捻った。何か思い浮かぶような気がしたが、全然とりとめがない。
「うーん、モリ……タマ……」
頭に浮かんでくる言葉をぶつぶつ呟いていると、佐藤さんは、
「では森タマコさんで」
パパッとそう決めてしまい、小さな紙にキッチリした字で「森タマコ」と書いた。それを幼稚園児がつけているような名札ケースに入れ、私が着ているパジャマの胸につけた。
「名前が思い出せないのはですね、あなたの体は複数人の、きれいなところを集めた寄せ集めなので。頭部だけじゃなくて、それぞれのパーツが生前の記憶を持っていて主張してるんだと思います」
佐藤さんはそう言ってひとり頷いた。
私はどうやら病室にいるらしい。ベッドの周囲にカーテンが引かれ、周りがどうなっているのかはわからない。
「よかった。私が祖母から習っておいた反魂の術、やっと役に立ちました」
ほっと溜息をつく佐藤さんに、今度は私が質問する番だった。
「あの、何があって私、こんなことになったんですか? ここは病院ですか?」
「はい、病院です。もっとも今は」
その時、閉まっている病室のドアの向こうから、ズシンという重たい音が響いた。
【続く】