スエズ運河封鎖で船は喜望峰を周り、コーヒーの歴史をなぞった

元記事:How Shipping Disruptions Are Affecting the Specialty Coffee Industry - Daily Coffee News [Nick Brown | March 29, 2021]

エジプトのスエズ運河で座礁して動けなくなっていた大型のコンテナ船「Ever Given」がついに離礁・運行再開したことで、国際的な貨物輸送の話題は珍しいほどの転換点を迎えた。アジアとヨーロッパを結ぶ重要な貿易ルートのスエズ運河が約1週間にもわたって封鎖されたことで、経済的な影響は数億ドルから数十億ドルにも及ぶと言われている。
しかしこの Ever Given も、一年以上にもわたり世界のコーヒー業界に影響を与え続けている海運業界の混乱の中で、一つの話題に過ぎない。

先週、ブルームバーグはコーヒーにフォーカスした「サプライチェーンの悪夢」という記事を発行した。パンデミックをきっかけとして始まった輸送コンテナの不足が、ここ数か月で悪化していることを受けての内容だ。

米国におけるコーヒーの供給量は減少し、卸売価格が高騰している。食糧貿易を揺るがした世界的な輸送コンテナ不足の影響で、打撃を受けた市場はさらなる衝撃に備えている。

ブルームバーグの記事は世界のコーヒー取引全体に焦点を当てているが、DCNは主にスペシャルティコーヒー市場に焦点を当てているコーヒー商社数社に取材を行った。

スペシャルティコーヒー市場は、サプライチェーンの変動、価格の変動、需要と供給の現実と密接に関わっている。オレゴン州ポートランドを拠点とする Sustainable Harvest Coffee Importers のチーフコーヒーオフィサー、ホルヘ・クエバス氏 Jorge Cuevas は DCN の取材に対し「特定の産地における繁忙期のコンテナ不足は比較的よく起こります。しかし現在の状況はシステミックかつ世界的なものです。また、地球の反対側にある積み替え港で足止めされているコンテナや、予定されていた航路での停泊をキャンセルした船舶、仕向港での荷役時間の長さなどが問題を大きくしています。このような事態は、かつて経験したことがありません」と語った。

ミネアポリスに拠点を置くグリーンコーヒー商社 Cafe Imports 調達部署SVPのマックス・ハード氏 Max Hurd は「一般的に、パンデミック前に比べて世界的な出荷の変動が著しく大きくなっています」と分析する。しかし同社のサプライチェーンでは、米国のバイヤーにとってパプアニューギニアとインドネシア産のコーヒー以外は価格の変動や入手困難などの問題はまだ起きていないと述べた。

グァテマラに特化したコーヒー商社 Primavera Coffee のディレクターであるナディーン・ラッシュ氏 Nadine Rasch は、出荷の混乱が買い手と売り手の双方に影響を与えていると指摘している。 ラッシュ氏は「今年はコンテナ船のキャンセルやスケジュール変更が例年より頻繁に起き、輸送の混乱を大きく実感しています。ほとんどのニュークロップは概ね例年通りの時期に上陸すると予測していますが、私たちのような小さなチームにとっては物流上の大きな課題でもあり、全力を上げて改善を試みています。ただやはり、前年と比較してコーヒーを予定通りに港に届けることはより難しく、より時間がかかっています」と語った。

焙煎業者への影響

世界のコーヒー価格に運送・物流以外の様々な現象が影響を与えていることは周知の事実だ。例えば、表年・裏年という収穫サイクルの影響を受けるブラジルにおける生産量の減少と長期にわたる干ばつ、堅調な需要、為替レート、その他のマクロ経済的要因などがある。
これらの要因は、小規模スペシャルティコーヒーロースターが支払う価格にも影響を与える可能性がある。

「ロースターはこのような状況で多くの課題に直面するかもしれません」とラッシュ氏は言う。「2021年に勝負をかけたいと考えているロースターは、パンデミックやそれに伴う経済の低迷で積み重なったすべての課題に加えてこの課題にも対処しなければなりません。在庫を少なく保ちたいマイクロロースターは、出荷の遅れにも不満を抱くかもしれません。2021年の間にまとまった量の在庫を確保しておくことは、それが可能なロースターにとっては価値ある投資となるかもしれません。」

Sustainable Harvest 社のクエバス氏は、COVID-19関連の規制が緩和されて消費者市場が拡大すると、一部のロースターにとっては既存の供給問題がさらに悪化するかもしれないと述べている。「経済の再開による成長と売上への期待に、供給のひっ迫と物流の混乱という二重のプレッシャーを抱えているため、綿密な計画と物流が非常に重要になっています。この2つの合わせ技で、コーヒーのバイヤーは非常にストレスを感じています」とクエバス氏は語る。
ハード氏によると、スペシャルティ市場は従来のコーヒー市場に比べて、ロースターに販売する生豆の価格に占める海上運賃の割合が小さくなる傾向があるという。
「例えば海上運賃が2倍になった場合、焙煎業者のコーヒー価格は1ポンドあたり5〜10セントも上昇します。アジアからの入荷コンテナで詰まっているアメリカ西海岸へ向けた航路でもない限り、ほとんどの航路でこれほどの上昇は見られません。」

生産者への影響

スペシャルティコーヒーとコモディティコーヒーの市場は、価格は両極端だがどちらも変動率が高い。インタビューに答えてくれたコーヒートレーダーたちは、輸送の混乱が農家のキャッシュフローに影響を与える可能性があると口を揃える。

Cafe Imports のハード氏は、「農家は、コーヒーの入ったコンテナが船に積まれて出港する段階になってようやく支払いを受け取ることができます。何かの問題でコーヒーの出港が遅れた場合、農家は支払いを長く待たねばいけません」と語った。

Primavera はグアテマラでの輸出事業において、コーヒーが港に届いてから1週間以内に生産者に全額を支払っている。当然、これはある程度の金銭的リスクを伴うものであり、他の輸出業者においても実践可能というわけではない。「低い価格でコーヒーを購入し、販売時に得た高い『品質プレミアム』を生産者に後払いすることを約束する輸出業者を見かけることがあります。このような価格自体は農家にとって非常に良いものですが、農家にとってはいつ支払いがあるかわからない、非常に不安定な状況になります」とラッシュ氏は述べている。

Sustainable Harvest 社のクエバス氏は、出荷の遅れによるキャッシュフローの問題は、生産者にとって既存の物流上の課題をさらに悪化させているだけかもしれないと述べている。「今日のコーヒーは、生産、加工、取り扱いにかつてないほどのコストがかかっています」と氏は言う。


ほとんどのトレーダーは、少なくとも数ヶ月間は出荷の混乱が続くと予想しているが、何年も続くパンデミックを乗り切るための「真の羅針盤」はない。「もちろん、状況が変わる可能性はあります。何らかのきっかけで事態が大幅に悪化すれば、少なくともコンテナ輸送の問題に関して大々的な報道がなされることはあり得ます」とハード氏は述べた。

画像1

スエズ運河で大型タンカーが座礁、通行不能というニュースを最初に見た時、アフリカからのニュークロップはどうなるんだろうというのが真っ先に頭に浮かびました。その後も続報をこまめにチェックしていたのですが、わずか一週間で船は離礁、通行再開というニュースに胸を撫で下ろすと同時に問題解決のために奔走した多くの人々のことを思い、改めて輸送に関わる人達への感謝と敬意を感じました。

いくつかヨーロッパに拠点を置くコーヒー商社のウェブサイトやSNSをチェックしてみましたが、特に今回の件について触れているといった様子はありませんでした。唯一、ノルウェーのコーヒー商社 Nordic Approach からのニュースレターにアップデート情報が記載されていました。以下はその内容を翻訳したものです。

Shipping update(注釈:3月31日付)
スエズ運河の封鎖がようやく解除されました!当社のコンテナを積んだ船の多くは、再開したばかりのスエズ運河を通過する「順番待ち」の列に、他の数百隻の船と共に並んでいます。通常の通行状況に戻るにはいましばらく時間がかかるとみられています。
また、ヨーロッパのほとんどの港では一度に数隻の船の到着にしか対応できないため、ベルギーの港において遅れが生じる可能性があります。しかし幸いなことに、エチオピアとケニアのほとんどの買い付けが予定より早く進んでいるため、劇的な遅れは発生しない見込みです。
(以下略)

コロナウイルスのパンデミックが始まって一年が経ち、世界的なコンテナ不足や輸送の混乱は起きているものの大幅な遅れもなくニュークロップを手にできているのは、こういった状況を先読みして先手を打ったり、状況に柔軟な対応をしている物流業界があってこそだとしみじみ感じました。

スペシャルティコーヒーのサプライチェーンにおいて、生産者、商社、ロースター、バリスタにスポットライトが当たることは多いものの、最も大事なチェーンの1つである「輸送」に関わる人々は見落とされがちです。私自身もいまだコーヒーの輸入・輸出・輸送に関しての理解が浅いという自覚があり、少しずつ調べて知っていきたいと思っています。需要がどれほどかは分かりませんが、この note でも今後は積極的に取り上げていきたいと思います。

余談ですが、タイトルは最近勤務先でイエメンのコーヒーをよく取り扱っていることや、旦部幸博氏の「珈琲の世界史(講談社現代新書)」を読み改めてコーヒー栽培の伝播に思いを巡らせていたため、非常にタイムリーな話題だなと思ってつけました。が、今回の件でコーヒーコンテナを積んだ船が実際に喜望峰を周ったかどうかは不明です。
今回の記事からは以上です。
junko