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交縁少女AYA 第27話

新宿駅から五十嵐が住むアパートまでは、歩いて20分ほどだ。
駅を後にした綾と牧山は、黙々とアパートへと歩を進めている。

牧山によれば、保護していた児童が里親に引き取られる際には、何をさて置いても五十嵐は立ち会っていた。
それが当日になって、全く連絡が取れないとは…


二人は明治通りを横断して、東京医大通りに入る。
綾も牧山も顔を強張こわばらせていて、一心不乱に前へ歩いている。

――一体、何が…

行く手に、コンビニエンスストアが見えてきた。
その先の路地が、アパートへの道なのだが…
路地の様子を見た綾は、奇妙な違和感を覚えた。

ふだん平日の午前中、その路地の界隈かいわいには人通りがあまり無い。
しかし、慌ただしく路地から人が、出入りしている様子が見える。

――ここを通らなきゃ、行けないし…


路地を入った所で、数人の人だかりが行く手に見えた。
慎重に路地の奥へと歩いて行く、綾と牧山。
その先で、カメラのフラッシュがたかれているのが、二人の眼に映り始める…

――あン時と、同じ…

五十嵐のアパートに入りびたるようになってから、綾はフラッシュバックを見なくなっていた。
それと似たようなものが、久しぶりに脳裏をよぎる…

――…エルム?!

駆琉が連行されて行った、ホストクラブ『得夢』の前で見たのと同じ光景だ。
TVカメラのような物も、綾の眼に映る。
それらが一様に、五十嵐のアパートの方に向けられている…


「――一体…、何があったの?」
唖然あぜんとして、牧山がつぶやいている。
異様な人だかりを、呆然自失で見ている綾。
ふと思い出したように、牧山がバックからスマホを、あわただしく取り出している。

「――大変…」
通話を終えた牧山が、スマホを持ったまま青ざめている。
「ど――…、どうしたン?」
焦燥しょうそうの表情でいる綾が、牧山にすがり付く。

「――事務所が…」
「え?…」
「マザーポートの事務所が…、家宅捜索されてるって…」
「――…ええぇッ?!」

「ど――、どうして警察がッ?!」
「――あたしにも、ワケが分からない…」
取り乱している綾と、青ざめた表情でいる牧山…


思いついたようにして、綾がブルゾンジャケットの胸ポケットから、スマホを取り出してググっている。
唇をんでイライラしながら、ニュースサイトが開くのを待つ綾。
ようやく表示されたものには、衝撃的な見出しが次々と…――

『児童淫行の容疑で、NPO理事長逮捕』

『歌舞伎町での青少年保護活動に激震』

『淫行をしたいがための偽善だった?』

スマホを持つ右手をダランと垂らして、綾が呆然ぼうぜんとしている。
そんな綾の元に、スーツ姿の男が歩み寄って来た。
「木村綾さん、ですね?」

無表情で男が、警察証票を示しながら綾にたずねている。
「署まで、ご同行願えますか?」

******************

新宿中央警察署内、刑事課の取調室…
「――ヤッてねェから…」
スーツ姿の刑事の男と向き合って座る綾が、ムスッとして言い放っている。
「そんなワケないだろ?」
刑事がパイプ椅子の背もたれに寄り掛かって、脚を組み直している。

「一か月も同じ部屋で暮らしていて、そんなはずないだろうが」
「――しっつけぇナァ~…」
綾がパイプ椅子の背もたれに寄り掛かって、顔をソッポに向けて苛立いらだちをあらわにしている。

「どうしてそんなに、五十嵐をかばう――」
「ヤッてねェからッッ!!」
腕組みをした綾が、大声を放って刑事をにらみつけている。

すると取調室の開いている扉から、書類を持ちこんのスーツを着た藤村が入って来る。
眼を大きく見開いた綾が、般若はんにゃの表情で藤村を睨んでいる。

「――変わりましょう」
藤村が、刑事の男にうながす。
「いや…、係長が出るまでも――」
「刑事課長には、話を通してあります」
男が渋々と席を立ち、藤村と入れ替わって出て行く…


「ど――、どういうコトだよッッ?!」
藤村が椅子に座るなり、開口一番に綾が怒鳴っている。

「――落ち着いて…」
「五十嵐サンが、その辺のをヤッちゃうワケねぇジャン!!」
「落ち着きなさいって――」
「これが、落ち着いていられ――」
「あたしだって!!」
憤然ふんぜんと言い放つ藤村に、綾がたじろいでいる。
「――あたしだって、動揺してんだから…」


重苦しい空気と沈黙が、狭い取調室の中に充満している。
「――…佐野さんを、覚えているわよね?」
ようやく気を取り直した藤村が、冷静な口調で話し始める。

「サノ?」
「あなたに東大久保公園で、話し掛けた娘よ」
「――名前は、知ンない…」
「今回、聖志が逮捕されたのは、佐野さんが刑事告発したからなのよ」
「はあぁッ?!」

「当時16歳の佐野さんを姦淫した『東京都青少年の健全な育成に関する条例』第18条の6違反、の容疑…」
机に置いた書類を見ながら、藤村がよどみなく話している。
「な――、なンだ、ソレ?…」

「青少年保護育成条例には、18歳未満の児童との淫らな性交または性交類似行為が禁止されていて、指導的・上位的な立場を利用して、性行為を事実上強要したり――」
「――ム、ムズ過ぎ…」
「え?」

「ムズ過ぎて、分からン」
「――そっか…」
藤村がため息をつきながら、パイプ椅子の背もたれにもたれ掛かかり、腕組みをしている…

******************

「――簡単に言うとね…」
両腕を机に載せて、藤村が綾の方に身を乗り出す。
その表情には、話したくない事を話すジレンマとの葛藤かっとうが現れているかのような…

「18歳未満の娘と、エッチしちゃいけないのは、知っているわよね?」
「知ってる…――」
話を聞いて考えている綾の顔が、みるみる青ざめていく。
「――まさか…」
「そう…、そのまさか、よ」


「だ…、だってアノ娘は、五十嵐さんと――」
「そう、自分から進んで聖志と寝た…」
「なっ…、なンでそンで逮捕されちゃう――」
「佐野さんが、検事に刑事告発したの」
「おっかしいだろっ?!それッッ!!」
ガタッと音を立てて、綾が立ち上がる。

「アノ娘はッ!五十嵐サンは大切なヒトなンだって、言ってたンだぜ!!」
「――…大丈夫ですか?」
先ほどの刑事が、開けた扉から顔をのぞかせている。
「大丈夫です」
藤村が右手を上げて固辞すると、刑事がスゴスゴと引き下がる。

「――それも知っているわ…」
両手をあごの前で組んだ藤村が、静かに話している。
「しかも、公訴時効が成立する直前に告発してね…」
五十嵐が美幸と一夜を共にしたのは、今から三年前の2月14日…
青少年保護育成条例違反の公訴時効は、三年なのだ。


「――なンだよ、それ…」
立ったままの綾が、両こぶしを握り締め、唇をワナワナさせている。
「おっかしいだろッ!それ――」
「あたしだって、どうにかしたいわよッ!!」

「――上から言われたら、所轄は逮捕するしかない、から…」
「なに、ソレぇ…」
パイプ椅子にドスッと座って、脱力した綾が呆然としている。
藤村も平静を装ってはいるが、ほほをピクピクさせている。

「――だってサァ…」
顔を宙に向けた綾が、小声でつぶやいている。
「――五十嵐サンは大切なヒトなンだって、言ってたのにサァ…」
綾の頬を、涙がポロポロ流れている。

「――それなのに、なンで…」
「あなたを聖志から、引き離すためよ」
「――…はあぁ?」
右腕で涙をグイッとぬぐった綾が、気色ばんで藤村を睨む。

******************

「佐野さんに処罰感情はないって、検事から聞いているわ」
冷めた口調で、藤村が言い放っている。

「むしろ検事の本命は、あなたなのよ」
「?!――…なンだぁ?それぇッ?!」
「いい?よく聞いて」
藤村が身を乗り出して、綾の方に顔を寄せる。

「あなたと聖志がセックスしたことが事実なら、それで検事は立件できる」
真っすぐに綾を見て、藤村が真剣な表情で話している。
「もちろん、そんな事実は無いんだけど、あなたが聖志のそばにいる限り、疑いは晴れない…」
おびえた表情の綾が、藤村を見ている。

「だから、あなたはこれ以上、迷惑を掛けたくないから――」
一呼吸置いてから、藤村が残念そうに告げる。
「疑いを晴らすために、聖志から離れざるを得ない…――」
「………」
「それが、彼女の狙い…」


「――スッゲぇエグいコト、してくれんジャンか…」
うつむいて身体をワナワナ震わせながら、綾が呟いている。

「…で、でも、もしヤッてたとしたって、合意があれば――」
「たとえ合意があっても、相手が18歳未満であれば犯罪が成立しちゃうの」
藤村の言葉に、絶句してしまう綾。

「――で…、でもサァ、あたし今は支援ハウスにいて、アパートにはいねぇし…」
「知ってる…」
「大体あたしと五十嵐サンは、ヤッてねえンだし!」
「それも聖志から、聞いてる…」

「だったら――」
「聖志は、そんなコトするようなヒトじゃないし…」
「だったら?!」
「ごめんなさい――、チカラになれなくて…」
綾を直視する藤村の眼から、涙が一筋ツーっと垂れる。

口元をワナワナ震わせる綾が、顔を真っ赤に紅潮させている。


「――法律ってサ…」
涙をポロポロ流している藤村を、綾が睨みつけている。
「法律って…、犯罪や理不尽なコトからサァ、ミンナを守るためのモンなんだよナァ?」
「――ごめんなさい…」
「なんなンだよ、コレはぁ…」
俯いて座る藤村が、ハンカチで眼元を拭っている。

パイプ椅子をガタッッと後ろに倒して、綾が立ち上がる。
両こぶしをギュッと握り締めて、涙を流しながら絶叫する綾――

「法律なンてッ!クソ喰らえだぁッッ!!!」



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第28話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/n252f21364ca4

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