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交縁少女AYA 第28話
忽然と、綾が姿を消した。
戸田の支援ハウスにはいないし、高校にも登校して来ない。
自宅マンションにはもちろん、広島の父親の所にもいない。
電話に出ないのはおろか、LINEにも既読が付かない。
まるで関わる人たち全ての視界から、逃れるかのように…
この状況に、最初に動いたのは愛莉だ。
――ゼッタイ変だ、これは…
最初に訪れた『マザーポート』の事務所で、愛莉が聞かされたのは驚愕することばかり。
新宿中央警察署で少年課係長の藤村の元に押しかけると、さらに驚愕することばかりという有様。
ニュースにゼンゼン関心がない自分を、悔やんで髪を掻きむしっても、全ては手遅れだった。
――これじゃあアヤが、可哀そ過ぎる…
いきり立った愛莉は、早速行動に移した。
義父に紹介してもらった腕利きの弁護士を伴って、検察庁に出向いた。
愛莉と弁護士からの猛烈な抗議で、検事は再び美幸から事情聴取することになる。
美幸を追求したところ、五十嵐に抱いてもらいたいと自分から懇願したことが判明。
そして美幸は告訴を取り下げ、五十嵐は釈放されることになった。
しかし、そのままでは検察のメンツが丸つぶれになる。
そこで検事は、まだ19歳の美幸は「特定少年」扱いになるので、虚偽告訴の容疑で家庭裁判所に送致した。
その結果、美幸は保護観察処分を受けることになるのだが…――
五十嵐が失ってしまった信用は、容易には回復できないであろう。
おまけに、このままでは行方をくらませた綾が、あまりに不憫だ…
******************
東京都新宿区歌舞伎町…――
陽が暮れて、きらびやかなネオンが瞬き始めると、この街は活発に動き始める。
幅広い世代、多国籍で様々な人々が集い、街はカオスな様相を呈してくる。
欲望に眼をギラつかせた物の怪のような連中が闊歩するこの街では、弱い者は常に生贄の対象になりがちだ。
なのに大人たちから虐げられ、居場所のない少年少女たちは、この街に自分たちの居場所を求めて集う。
生贄になってしまう危険と、隣り合わせであるのに…――
物の怪たちから少年少女たちを守ろうと、今日もNPO法人『マザーポート』代表理事の五十嵐は、歌舞伎町を歩き廻っている。
――いないか…
今日で1ヶ月近く歌舞伎町界隈をくまなく歩いているが、綾を見つけられていない。
居場所を失ってしまった綾だが、歌舞伎町に必ず舞い戻って来るはず…――
五十嵐はそう確信していて、粘り強く歌舞伎町を歩き廻っている。
無罪放免された五十嵐は、自分を刑事告訴した美幸を、責めたりしていなかった。
――すべては俺が、まだまだ未熟なのが悪い。
――おまけに綾にまで、辛い想いをさせてしまった…
五十嵐の隣を歩く藤村は、こういうオトコ気な所に惚れたのだが…
「何かあったら、ここに連絡してネ」
アルミバックから温かい缶コーヒーを、シネシティ広場に座り込むトー横キッズたちに、藤村が手渡している。
「体調はどうだい?」
『マザーポート』の連絡先を印字した、テプラを貼った缶コーヒーを手渡しながら、五十嵐が少年少女たち一人一人の顔色を窺っている。
こうしてODや脱法ドラッグをしていないか、確認しているのだ。
トー横キッズたちは、大人に対して完全に心を閉じているので、補導してしまうのは逆効果だ。
こうやって粘り強く語り掛けて、少年少女たちからのアプローチを待つしかない、というのが五十嵐の信念だ。
残念ながら、シネシティ広場周辺に綾の姿はなく、大久保公園周辺にも見当たらない…
最近の取り締まりのおかげで、大久保公園周辺での立ちんぼ女子は、以前ほど見かけなくなった。
しかし彼女たちは、ネット援交やパパ活などと形態を変えて、身体を売る行為を繰り返している。
何故なのか?
売春・買春行為自体は違法行為だが、罰則規定が存在していない。
「売春・買春をしても逮捕されない」という意味では、「売春・買春は犯罪ではない」ともいえる。
つまり、「対償を受けて、または、受ける約束で、『特定の相手方と』性交する場合」は、罰則には該当しないということ。
ネット援交やパパ活などが摘発対象にならないのは、こういうことなのだ。
だが、特定の相手方と行為を繰り返していては、いわゆる身バレや相手の付きまとい等の被害に遭う恐れがある。
柴田葉月は、それで生命を奪われてしまった…
なので、手っ取り早く金銭を得られる「街娼」「立ちんぼ」「ストリートガール」などは、摘発が緩んだ頃に雑草のごとく、再び生じてしまう。
とはいえ「立ちんぼ」のように、道路などの公共の場所で公衆の目に触れるような方法で客待ちをして、売春の相手方になるように勧誘した場合は、公衆の面前における売春の勧誘行為となり、性風俗の無秩序化を招く危険性が高いと判断され、売春防止法上は犯罪となってしまうのだ。
しかし取り締まりの強化は、かえって交縁女子たちを地下に潜らせるだけである。
手口を巧妙化させて、今宵も少女たちは歌舞伎町の何処かで、オトコに身体を売っているだろう。
何のために?――
お金のため、という単純な理由だけではない何かがあるはず…
五十嵐はその理由を薄々気付きつつあるが、まだ突き止めきれてはいない。
******************
「――五十嵐サぁン…」
声がする方を見ると、愛莉と陽太がこちらに駆けて来るのが見える。
「――どうだった?」
「ルミネと西口の方には、いなかった…」
先週、労役を終えて釈放された陽太が、白い吐息を上げながら報告している。
陽太の髪は、金髪から黒に戻されている。
ヤクザを辞めて本気でやり直そうという気概が、見えるようだが…
実は愛莉から、サンザン脅された末での染め戻しだ。
「――お~イ…」
今度は東宝ビルの方から、彩乃と和真が駆けて来る。
「――アルタと紀伊國屋の辺りを、ひと回りしたンだけど…」
彩乃が首を左右に振りながら、残念そうに報告している。
「立ちんぼしそうなトコには、ゼンゼン見当たらなかった…」
和真も白い吐息を上げて、残念そうに告げている。
「――今日も、いなさそうネ」
藤村が諦め顔で、隣の五十嵐に話し掛ける。
「今週末には綾のお父さんと心愛さんが上京して、一緒に捜してくれると言ってくれてるんだが…」
険しい表情の五十嵐が、皆に告げている。
来週には4月になるが、夜はまだまだ冷え込む時節である。
輪になっている皆の口からは、一様に白い吐息が上がっている…
そもそも、これだけ多くの人が集う歌舞伎町界隈で、綾一人を見つけ出すのは極めて困難だ。
それでも五十嵐たちは、こうして粘り強く探し廻っているが…
「――ここまで探して、いないってコトは…」
陽太が皆を見渡しながら、話し始める。
「もしかして立ちんぼ、してネェんじゃ…」
「――どういうコト?」
彩乃が陽太に、怪訝な顔を向ける。
「ネット援交とか――」
「ンなワケねぇって!」
愛莉が陽太の肩を、ひっぱたいている。
「綾の性格じゃあ、ぜってぇネット援交なんてしネェから!」
「…なンでよ?」
彩乃が今度は、愛莉に怪訝な顔を向ける。
「綾って、チョー慎重な性格だからサァ…」
説明する愛莉を、皆が注目している。
「会ってみなきゃ、どんなヤツか分かンねぇネット援交なんてしネェって」
腕組みをする藤村と彩乃が、フムフム頷いている。
「あたしサンザン、けなされちゃったシィ!」
思わず陽太と和真が、プッと吹き出している。
「でもよぉ、サイト見てみなきゃ分かンねぇ――」
「しっつケェんだよ、オメェ!」
食い下がる陽太の背中を、愛莉がバンッと思いっきり叩く。
叩かれた陽太は、苦悶の表情で唸っている。
皆がドッと笑う中で、藤村だけが真剣な顔をして考え込んでいた…
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JR山手線に乗り、新宿の北ひとつ先に新大久保がある。
駅界隈には韓国料理店が立ち並び、コスメやK-POPなど韓国の雰囲気が広がる、日本最大のコリアンタウンになっている。
昨今の韓流ブームで、昼夜を問わず街には多数の若い女子たちが闊歩している。
その新大久保駅改札口の上を、四階建てのビルが覆っている。
ビルの二階には、スターバックスコーヒーがテナントで入っている。
夜も遅い時間であるが、若い女子たちで店内は賑わっている。
席の一角は山手線の線路に面していて、大きな車体の電車が窓越しに迫るさまは仲々の迫力だ。
その席のひとつで、黒デニムショートパンツを穿き白ボアジャケットを羽織る、ウルフショート黒髪で黒色マスクを着けている綾が、スマホをいじりながら座っている。
流石の五十嵐たちも、ここまでは捜しきれていないようだ…
「――リカちゃん?」
綾が背後を振り向くと、中年太りの男性が卑猥な笑顔で立っている。
綾はマスクを外すと、薄笑いを浮かべながらスマホを、肩掛けボディバックにしまい込む。
綾は立ちんぼをやめて、SNSを使ったネット援交に切り替えていた。
こうして身体を売る行為を繰り返しては、ビジネスホテル暮らしで日々を過ごしている。
「行こうか」
席を立った綾の肩に、男が右腕を廻す。
二人は階段を下りて店の外に出ると、肩を組んだ密着した格好で大久保通りを東へと歩き出す。
電車のガードをくぐると、コンビニ角の路地に入って、ホテル街へと進んで行く…
相手にしている男たちは、綾のことを自我のある人間とは見ておらず、単なる性欲の捌け口としか見ていない。
そんな人間扱いしてくれない連中を相手にすることが、どれだけ危険なことなのか、綾は理解しているはずなのだが…――
無表情で淡々と、男と密着して歩いている綾。
まるで、自ら破滅へと歩んでいるかのように…
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