交縁少女AYA 第29話
報告のため一旦集合した愛莉たちが、再び綾を探しに夜の新宿の街へと散って行く。
粘り強く、隅々まで歩き廻るしかない…
五十嵐と藤村も、雑踏の中へと踏み出して行くが――
――…えっ?!
腕を組み合ったカップルとすれ違いざま、五十嵐の感覚に電流が走る。
――背丈と髪型が、酷似している…
「――すみません…」
素早くカップルの前に入り込んだ五十嵐の顔に、失望の色が拡がる。
――違う…
中年男性と腕を組んだ少女は、何だコイツ?という具合に五十嵐を睨んでいる。
一方の男性は眼を丸くして、オドオドしているのが明らか…
「失礼ですが…」
藤村が警察証票を示しながら、カップルの前に立つ。
「お二人は、どういう関係で?」
黒ニットの上にグレーのボアブルゾンを羽織る10代後半ぐらいの少女と、
スーツの上にネイビーのステンカラーコートを羽織る50歳前後の中年男性とでは――
カップルとしてあまりに不釣り合い…
職務質問は、当然の判断だ。
「ジャマすンじゃネェよっ!!」
大声で叫んだ少女は、男性と組んでいた腕を振り払うと、ネオンが瞬く雑踏の中へと歩き出す。
藤村は少女を一瞥して、テントコートの下に着るジャケットの内ポケットに警察証票をしまう。
「――な、何も…」
五十嵐と藤村が視線を向けると、身震いしている中年男性が、懇願するように呟いている。
「何も、してませんから…」
――するつもりだったけどな…
心の中でため息交じりに呟いた五十嵐は、男性に背を向けて藤村と、歌舞伎町の雑踏の中へと歩き出して行った…
******************
「――…ちょっと、これ見て」
藤村が五十嵐にスマホを提示している。
「警視庁のサイバーパトロールが、分析したデータなんだけど…」
五十嵐が眉間にシワを寄せて、画面を覗き込む。
細かい数字と英字の羅列が、画面に表示されている…
「――…何だ、これ?」
「ある出会い系サイトに、アクセスした電話番号の一覧よ」
スマホの画面を、縦にスクロールしながら話す藤村。
「卜部クンが話してたことが、気になって見てみたんだけど…」
真剣な表情で、画面をガン見している五十嵐。
「――これって…、木村さんの電話番号じゃない?」
「――間違いない…」
「これが、木村さんがサイトへアクセスした地点の番号なんだけど…」
今度は画面を、横にスクロールする藤村。
「四桁の三桁めが4だったら新宿区、次の二桁めが1だったら歌舞伎町、2が百人町、3が――」
「――…全部、この近くじゃないか」
五十嵐の、綾は必ず歌舞伎町に舞い戻ってくるという見立ては、正しかったようだ。
「――次は…、これ見て」
切り替わったスマホの画面を、覗き込む五十嵐。
「木村さんの番号と、同じ地点でしょ?」
「――これって?…」
「多分この番号の主と、木村さんが会っているかも…」
「スゲぇなぁ…、そこまで分かるなんて――」
感心している五十嵐だが、
「何処だっ!そこはッ?!」
すぐに気色ばんでいる。
「だけどこの情報は、リアルタイムじゃないの」
「――…どの位の誤差が?」
「だいたい1時間ぐらい」
「――そっか…」
残念そうに五十嵐が、腕組みをしている。
「…1時間ぐらい前に、綾は何処にいたんだ?」
「百人町二丁目付近」
「――新大久保か…」
「それに、いま出会い系には、すっごいヤバい奴がいるの…」
話を聞いた五十嵐が、眉をひそめている。
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「どんな奴なんだ?」
「会った女の子たちの、首を絞めるんだって…」
「ええっ?!」
「そいつのコトは、本庁もマークしていて…」
周囲の様子を伺いながら、藤村が話している。
「セックスの時に首を絞めると、締め具合が増すんだとかで…」
「――とんだ変態野郎だな…」
「被害に遭った娘の中には、首に痣ができちゃったとか…」
「死んじゃうじゃないか」
「窒息寸前で、手を緩めるらしいんだけど…」
しかめっ面でスマホの画面を、スクロールしながら話している藤村。
「これが、首絞め野郎の顔」
藤村が示したスマホを、ガン見している五十嵐。
不鮮明な画像だが、いかにも卑猥そうな、小太りの醜い中年男の顔…
「――なんか、ボヤけてんな…」
「防犯カメラを解析したヤツだから、画質が粗いの」
「手配書には、似顔絵とこの画像を載せてあるわ」
「配ったりしてるのか?」
「ウチ(新宿中央署)では所轄地域内にある、全部のラブホテルに配ってあるけど…」
「――じゃあ来れば、ラブホから通報あんのか…」
五十嵐が気付くはずもないが、この顔は綾とコーヒーチェーン店で待ち合わせた男だ。
綾の身には、まさに今、危険が差し迫っている…
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「――そう願いたいトコだけど…」
腕組みをした藤村が、ため息をついている。
「ラブホはプライバシーを重視するから、通報して来ない場合が多くて」
「――そっか…」
「刑事課がコイツに付けた俗称は『獣』」
ふさわし過ぎるネーミングに、五十嵐がウンウン頷いている。
「コイツはしょっちゅうスマホを変えてるみたいで、どの番号が『獣』なのか未だに特定出来ていない…」
周囲をチラチラ見ながら、話している藤村。
何処で誰が、聞き耳を立てているか分かったものではないからだ。
「それに…――」
――ピー、ピー、ピー…
ふいに藤村が着るテントコートの中から、アラーム音が聞こえる。
警察無線の、緊急呼び出し音だ。
ジャケットの内ポケットからイヤホンを取り出して、藤村が右耳に急いで入れている。
無線を聞いている藤村の表情が、みるみる強張っていく…
「――…どうした?」
藤村の表情を見た五十嵐も、顔を強張らせている。
「――『獣』が…」
「なにッ?!」
「百人町一丁目の、ラブホテルℳ1に…」
「連れはッ?!」
「黒のショート髪の、娘らしいって…」
――…綾だ!
直感した五十嵐が、藤村と一緒に脱兎のごとく走り出す。
「緊急配備が出たから、警察官も一斉に向かってるはず!」
「とにかく急ごう!」
通行人たちを次々に避けて、二人が北の方角に走る。
走りながら五十嵐がスマホを手に取って、愛莉に連絡している…
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「――マジ?…」
スマホを右耳に当てている愛莉の顔色が、みるみる青ざめている。
「――…どうかした?」
心配そうに陽太が、愛莉の顔を覗き込んでいる。
「――アヤが、見つかったかもだって…」
「マジか?!」
「でも――…」
話しかけた愛莉が、言葉に詰まっている。
「どうしたンだよッ?!」
苛立っている陽太。
「――ヤバい奴と、一緒にいるかもって…」
「――ヤベェじゃん!!」
慌ただしく二人が、新大久保の方に向かって走り出した…
一方の五十嵐は、職安通りを横断する赤信号で急停止。
行き交う車両を、イライラしながら見ている五十嵐。
我慢しきれず、五十嵐はタクシーの前に飛び出す。
当然タクシーは、クラクションと共に急ブレーキ。
対向車線のトラックも、クラクションと共に急ブレーキ。
「――バッカ野郎ぉぉ!!」
タクシーとトラックの運転手が、窓から顔を出して大声で怒鳴っている。
構わず五十嵐は、反対側の路地の奥へと駆けて行く。
続いて藤村も、警察証票を示して運転手たちに会釈して詫びながら、五十嵐のあとを追って行った…
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少し時間を遡り、警察の緊急配備が敷かれる前…
綾はラブホテルℳ1の一室で、裸体の上にバスローブだけを着て、ベットの端に座っている。
その横にパンツ一丁の姿で、卑猥な笑顔をした『獣』が座り、いやらしい手つきで綾のバスローブを下ろしている。
そして綾をベットの上に押し倒し、上に覆い被さろうとしている…
ベットの上で『獣』が、綾の裸体を愛おしそうに愛撫している。
相変わらずの無表情で綾は『獣』の、されるがままにしている…
そして『獣』が腰を少し前に突き出して、綾の体内へ侵入した途端――
いきなり『獣』が、両手で綾の首を絞め始めた。
「ナ――、ナニを…」
顔をしかめた綾が、『獣』を睨み付ける。
「こ――、こうするとなぁ…、シマリが良くなんだよ…」
荒い息遣いでハァハァしながら、夢中で『獣』が腰を前後に動かしている。
「ちょ――、ちょっと――…」
「へへへ…、いいぞぉぉ…」
徐々に息苦しくなってきた綾。
必死になって、両手の爪を『獣』の両腕に立てるが…――
『獣』の気味の悪い笑顔には、全く変化がない。
上から強く押さえつけられている綾は、もがいても身動きが取れない。
徐々に綾の顔が、紅く染まっていく。
綾が爪を立てた『獣』の両腕からは、血がにじみ出ている。
全く動じない『獣』は、夢中になって綾の上で、腰を振り続けている…
――ドン!ドン!ドン!ドン!
綾の耳に、部屋の扉が叩かれる音が聞こえる。
『獣』は気にすることなく、綾の首を絞め続けている。
――ゼンゼン息が出来ない…
薄れゆく意識の中で、扉の向こうからの怒鳴り声が、綾の耳に――
「開けろッ!開けないかッ!!」
――ダレか…
「ジャマすんじゃ――、ねぇよぉぉ…」
『獣』の呟きも綾には、途切れ途切れにしか聞こえなくなっている…
ボンヤリしつつある綾の視界に、誰かの顔がゆっくり浮かび上がっている。
――ダレぇ?…
やがて、その人物の顔の輪郭が鮮明になった。
――ええぇ?…
その人物は綾に、微笑みかけている…
――…葉月ィ?!
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