交縁少女AYA 最終話
『獣』から首を絞められ、朦朧とする意識の中で、綾の視界に浮かんできた葉月の顔…
≪――早かったジャン、こっち来ンの…≫
――…こっち?
葉月のセリフに、戸惑いまくっている綾。
≪そっかぁ…、アヤもようやく楽になれるンだネ≫
――はあぁ?…どういうコトよ?
≪だってサァ、いまのアヤは、とっても辛いンでしょ?≫
――それは…、そうだケド…
≪生きてンのってサァ、ふざけんなっつーぐれぇ、クソ辛ぇジャン≫
――そうだネ…、ホント、そうだ…
≪五体満足でフツーに生きてたらサァ、何でも我慢しなきゃいけネェってのかって…≫
顔をしかめて葉月が、想いを吐露している。
≪ホント、おっかしいジャン!≫
******************
≪トー横だけじゃないよ。大阪のグリ下にだって、あたしらと同ンなじようなコたちが、沢山いんジャン≫
力説する葉月を、うつろな眼で見ている綾。
≪トー横やグリ下だけじゃないよ。日本全国、世界中に同ンなじようなコたちが、沢山いんジャン!≫
――………
≪あたしらってサァ、何のために生まれてきたのサ?苦しむタメ?虐げられるタメぇ?!≫
――それは…
≪だったらサァ!さっさと楽になった方が、よっぽどマシじゃん!!≫
――そうだネ…、ホント、そうだ…
≪大人ってヤツはサァ、どいつもこいつも『キレイゴト』ばっかでサァ…≫
――…え?
≪大人なンて、誰も信用できネェ――≫
――ちょ…、ちょっと、葉月ィ!
――五十嵐サンは、違うから…
≪はあぁ?ナニ言ってンのォ?≫
******************
――五十嵐サンは、いっつもアタシらのコトを考えてくれてぇ…
≪その五十嵐サンが、ナニしてくれたってのサ?≫
――たしかに葉月の言う通りだよ。大人なンて、どいつもこいつもクソばっか…
≪でしょう?だったら――≫
――でも五十嵐サンはサァ、上手くいかないコトばっかでも、どうにかしようと…
≪おっかしいジャン、それぇ…≫
蔑むような笑みを、向けている葉月。
≪だって五十嵐サンのコトが嫌だからァ、アヤは逃げ出したンでしょ?≫
――違う!アタシはぁ!
――五十嵐サンにィ!これ以上、迷惑かけたくないからァ!
≪そンで、また、五十嵐サンにィ、縋るンだぁ?≫
ハッとして、絶句してしまう綾。
≪おっかしぃネェェ…、ホントおっかしぃぃ…≫
ケラケラと嘲り笑う葉月に、綾が苦り切った顔をしている。
≪じゃあ、その五十嵐サンとやらに、どうにかしてもらえばいいジャン≫
何も言い返せず、口元をワナワナ震わせている綾…
******************
≪生きるって、つまンないし辛いって感じるコトばっかなのにサァ…≫
――え?…
奇しくも、五十嵐が話していたのと同じ事を、葉月が話している。
≪――ザンネンだよ…、アヤがまだ、苦しみたがってるなンてぇ…≫
――そンなコトない!生きンのは、苦しいコトばっかじゃあ…
≪せっかく楽になれる、チャンスなのにサァ…≫
つまらなそうな葉月の顔が、だんだんボンヤリしてきている。
≪だったらぁ、もっとぉ、苦しンだらイイよ…≫
――ダメぇ!あたしはぁ!!…
闇の中に消えていった葉月に向かって、綾が叫んでいる。
――まだ、五十嵐サンにィ、ちゃんとぉぉ…
やがて綾の聴覚に、『獣』の卑猥な息遣いが戻ってきた。
はぁはぁはぁはぁ…――
――謝ってない…――く、苦しいィィ…
はぁはぁはぁはぁ…――
――五十嵐サぁン……
「――…あれぇぇ?やり過ぎちゃったかなぁ?…」
意識が途切れる直前、『獣』の呟きが聞こえると同時に――
ドカッッ!!!
部屋の扉が蹴破られる大きな音が、綾の耳に入って来た…――
******************
五十嵐が新宿区百人町一丁目の、ラブホテルℳ1に続く路地の入り口に辿り着くと…
そこには既に規制線が張られていて、奥ではパトカーの赤色灯がいくつも点滅しているのが見える。
ハァハァハァと荒い息遣いで、冬の夜の空気に白い吐息を上げ続けている五十嵐。
その肩に後ろから、藤村がポンと手を置く。
「…この人は、関係者よ」
藤村が立ち番の警察官に警察証票を示し、五十嵐と一緒に規制線の奥へとバタバタ走って行く…
懸命に走りながら、五十嵐が心で呟いている。
――もし…、重盛サンが信じる、神ってヤツがいんなら…
顔面をひきつらせて、懸命に走る五十嵐。
――頼むぅ…、間に合ってくれぇぇ…
ラブホテルℳ1の前には何人もの警察官が入り乱れていて、慌ただしく動き廻っている。
鑑識の制服姿の警察官の前に藤村が立つと、係官が直立の姿勢で敬礼している。
「――ガイシャ(被害者)は?」
藤村の問いに鑑識係官が、
「心肺停止です」
沈痛な表情で、返答している。
それを聞いた五十嵐は、眼を大きく開けて顔を強張らせている…
ふいにℳ1の玄関が騒がしくなったので、五十嵐と藤村が道を開ける。
やがて前後両脇を警察官に囲まれた、バスローブ1枚の『獣』が中から出て来た。
眼を見開いて睨みつける五十嵐の前を、俯いた『獣』が通り過ぎて行く…
そして全体を白い布で覆われた担架が、救急隊員たちによって慌ただしく運び出されてきた。
担架が路上に置かれると、救急隊員が白布をバッと捲り上げる。
そこには裸の上半身を晒して、青白い顔の眼を閉じた綾が――…
「――な……、なんだよ…、これは…」
般若の表情の五十嵐が、口元をワナワナ震わせて、担架に横たわる綾をガン見している。
隣では藤村が両手を口に当てて、悲痛な表情をしている…
イチ!ニッ!サン!シッ!…――
救急隊員による、懸命な蘇生措置が始まった。
隊員に何度も胸を強く圧迫されるが、綾は眼を閉じた青白い顔のままで無反応…
その時、五十嵐が着るネイビーのジャケットから、電話の着信音が鳴る。
ジャケットの内ポケットから、スマホを取り出す五十嵐。
「もしもしぃ!イマ、ℳ1の前の道路に着いたンだケドぉ!」
電話の主は愛莉だ。
「野次馬が多いしぃ!規制されててぇ!前に行けないンだけどぉ!!」
叫ぶ愛莉の声に混じって、人混みらしいザワつく雑音が聞こえてくる。
「もしもしぃ!アヤは、どうなってるのぉぉッ?!」
人混みの中で、殺気立った様子で電話をしている愛莉を、隣で陽太が心配顔で見ている…
一方、五十嵐の前では、綾の右胸と左脇腹に、AED(自動体外式除細動器)のパッドが貼られている。
“電気ショックが必要です、患者から離れて下さい”
物々しい電子音アナウンスのあとに、ピィィーとかん高いアラーム音がする。
――バンッッ!!
派手な音とともに、綾の上半身が大きくバウンドする。
救急隊員が駆け寄り、再び心臓マッサージを始める。
「もしもしぃ!五十嵐サぁン?!――」
五十嵐のスマホからは、愛莉の懸命な叫びが絶え間なく聞こえている。
口元をワナワナ震わせている五十嵐が、スマホを持つ右手を、だらんと垂らしてしまう…
イチ!ニッ!サン!シッ!…――
救急隊員が心臓マッサージをしている前で、五十嵐は顔を上げ、天に届かんばかりの怒号で、夜空に向かって絶叫してしまう――
「なんなんだよぉォッ?!、これはぁぁぁッッ??!!」
※※※ 最後までお読みいただき、
ありがとうございました!
ぜひ感想をお寄せ下さい!
よろしくお願いします!!
途中から読まれた方は、是非第1話から読まれてみて下さい!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?