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交縁少女AYA 第14話

新宿中央警察署の勾留こうりゅう被疑者面会室…
透明アクリル板越しに、遮蔽しゃへいされた狭い空間で綾と駆琉が、向き合って座っている。

顔を上げて苦笑いを浮かべ、真っすぐに綾を見ている駆琉。
両手を膝について座り、今にも泣き出しそうな顔で駆琉を見ている綾…
「――いやぁ~、まいったぜぇ…」
おどけて仰け反っている駆琉を、隣に座る係官が一瞥いちべつしている。


「俺はただ、売掛金の伝票のまとめ役をしてただけなのに、パクられちゃって…」
上目遣うわめづかいで綾が、駆琉をジッと見ている。
「大体オレは、あンま関係ネェんだよ」
「――そうなンだ…」
か細い声で、応じている綾。

「なンだよ、疑ってンのかぁ?」
駆琉が自分の前の机に、両腕を載せて前のめりになる。
「心配ネェって。俺は誰にも、売春させてネェし…」
顔の前で、右手を左右に振っている駆琉。

「だから2、3日すりゃあ、すぐに釈放されるよ」
「――だと、いいンだケド…」
綾が表情を、曇らせてしまう。
「――な…、なンだよ?…」
綾の表情の変化を見て、駆琉の表情が冷たくなる。

「俺のコト、信用出来ネェのか?」
「ち――、違う!そういうコトじゃあ――」
「じゃあ、なンだよ?」
「………」
駆琉の表情から、みるみる精気が失われていく…


「――…知ってンだな?」
「な――、なにを?」
「あいつに聞いたンだろ?――あの…、五十嵐ってヤツに」
顔を強張らせた綾が、軽くうなづいている。

「――やっぱ…、そうなのかぁ…」
顔を下に向けた駆琉が、両肩をワナワナ震わせている。
「…どうなっちまうんだよぉ、俺ぇ?」
「――ゴメン…、あたしには分からない」

「――…わから、…ない?」
青ざめた顔を、駆琉が上げる。
「おまえ、五十嵐に聞いたンだろ?」
「――ゴメン…、そこまで聞いてない」

「でもサ、あたしが全力で、カケルを応援するからサァ」
綾が前のめりになって、駆琉に語りかけている。
「頑張ろうよ、二人で」
青ざめた顔で駆琉が、綾をジッと見ている…


「――だったらヨォ…」
「うん?」
「アイツが、あるコトねぇコト、ベラベラしゃべってンだろう?」
「――ア…、アイツって?」
「菊池のクソ女だよ」
サッと綾の、顔色が変わる。

――カケル…、知ってンの?

「アイツをどうにかして、だまらせてくれよ」
「…黙らせるって?」
「ボッコにすっとか――」
「おいっ?!芹澤ッ!」
隣に座る係官が、駆琉を怒鳴りつけている。

「――出来ないよ、そンな…」
「なンだよ…」
あごを引いて、突っかかるように綾をにらんでいる駆琉。


「オマエ…、俺のオンナなンだろ?」
「そうだよ。だから――」
「だったら、そンぐらい出来ンだろうッ?!」
ガタッと音を立てて、透明アクリル板の向こうで駆琉が立ち上がる。

「――お、おいっ?芹澤ッ?!」
隣に座る係官が立ち上がって、駆琉の両肩を抑えている。
「アイツに告訴を取り下げさせるぐらい、出来ンだろうがッ!」
羽交い締めにされた駆琉が、血相を変えて声を荒げている。

――あぁ…、やっぱそうなンだ…

悲嘆に暮れている表情の綾。
物音を聞いた警察官が二人、駆琉がいる側の面会室へと入って来た。


「――なぁ、頼むよォ…」
ジタバタ暴れる駆琉を、警察官が三人がかりで押さえつけている。

――彩乃ちゃんが、言った通りなンだ…

「ア、アイツを――、どうにかしてくれよぉ!」

――自分がやったコトを、ゼンゼン悪いと思ってなくて…

扉の方へ引きずられながらも駆琉が、鬼の形相ぎょうそうで綾を睨み続けている。
「告訴をッ――、取り下げさせろよぉぉッ!!」

透明アクリル板の向こうの扉が閉まり、駆琉と警察官たちの姿が面会室から消えてしまった…


――カケルは自分のコトだけで、あたしのコトは…

静まり返った面会室で、抜け殻のように呆然と座っている綾。

――カ…、カケルぅぅぅ…

うつむく綾の両眼から、涙がポロポロ落ちている…

ガチャリ――
綾の背後の扉が開き、少年課女性刑事の藤村が顔をのぞかせた。

******************

「捜査状況について、詳しくは教えられないけど…」
少年課の取調室で、綾は藤村と対面で座り、横には五十嵐が同席して座っている。


「芹澤くんは今回の逮捕の他に、5件の嫌疑けんぎで捜査中で…」
机の上のファイルをパラパラめくりながら、話す藤村。
「――5件…も?」
たずねる綾の表情には、悲壮感が満ちている。

「そのうち、菊池さんが告訴したのは2件」
「――…それは?」
「自分への不同意性交未遂と、岡崎くんへの傷害容疑だ」
藤村の代わりに、五十嵐が答えている。

「……カケルは、彩乃ちゃんにまで――」
「捜査状況次第では、さらに新たな嫌疑が判明するかもね」
綾をさえぎって、藤村がサラリと告げている。


「――まさか…、まだ、あンの?」
おびえた表情で綾が、問い返している。
「自分だけへの被害だったら、菊池さんは告訴しなかったが――」
腕組みをして脚を組む五十嵐が、淡々と説明している。

「被害者が後を絶つことは、なかったんだ」
横目で五十嵐を見る綾の両眼が、真っ赤に充血している。
「キミと岡崎くんの件で、菊池さんは耐えきれなくなって、グループを抜けた…」
「…それで、五十嵐サンのトコに?」

「それからも芹澤くんの、グループのへのレイプは、収まることなく――」
「金原さんを、知ってるよね?」
五十嵐が話す合間に、藤村が綾にいている。


「…カナハラ?」
「じゃあ、栞さんは?」
「知ってる」
「栞さん、いつの間にかグループから、いなくなってたでしょ?」

「――…まさか?」
「そう。彼女は、ODオーバードーズをさせられて――だ」
話す五十嵐を見る綾の顔が、絶望感で呆けている。

「どうしたらいいって相談された俺は、菊池さんに刑事告訴することを勧めたんだ」
重苦しい空気が、狭い取調室に充満している…

******************

「――…な、なンでサァ?」
しばらくの沈黙のあと、口元を震わせながら綾が切り出す。

「…なンで、カケルは…、そンなに…」
「あくまで、俺の推測なんだが…」
脚を組み直して、五十嵐が前置きしている。


「芹澤くんには、愛着障害からの対人共依存という、パーソナリティ障害があるんじゃないかと…」
「――…え?」
「それが原因で暴力的になって、女子への性依存と支配欲が強まったんじゃないかと…」

「――なンで、そンな…」
「多分、彼の生い立ちが原因なんじゃないかと…」
重苦しい沈黙が、取調室を占めてしまう…

「…彼の生い立ちには、同情する点もあるわ」
沈黙を破るように、藤村が口を開く。
「芹澤くんも、大人の都合に振り回された被害者なんだろうけど――」


「だからって、ヒトを傷つけていいワケないんだし…」
「間違いなく彼は、刑務所に行くことになるだろう」
五十嵐が、残酷な宣告をしている。

「――…どのくらい?」
「下手したら、10年以上もあり得るな」
「そこでしっかり、更生してくれればいいのよ」
藤村が呼び掛けるが、綾は魂が抜けたかのように、呆然として座っている…

「――あたし…」
廃人のような顔で、綾がつぶやき始める。
「――あたし…、どうしたら…」


「だよなぁ~、だまされていたとはいえ――」
「ちょっと、言い方!」
藤村が五十嵐に、眼をむいている。
「ハッキリ言ってやるのも、本人のためだぜ」
負けじと五十嵐が、言い返している。

「これまでの自分の生い立ちを、振り返ってみるといい」
真っすぐに綾を見て、五十嵐が提案している。
「――…生い立ちぃ?」

「そう。そうすることで――」
「これから、どうしたらいいかが、見えてくるんでしょ?」
いきなり藤村に割り込まれ、五十嵐が苦々しげに睨み返している。
対する藤村は、してやったりとニヤニヤしている。

そして綾は、なンなのよぉという具合で、キョトンとしてしまっている。
二人の掛け合いで、綾は少しだけ生気を取り戻したようだった…

******************

そして週末、金曜日の夕方、綾は東京駅から新幹線のぞみ号に乗る。

駆琉が逮捕されてから一週間が経っても、綾は立ち直りきれていない。
高校には登校する気になれず、心配した愛莉が昨日、自宅まで来てくれた。
愛莉にはそこで、今回の旅の目的を告げている…


本来なら、もっと早い時刻の新幹線に乗りたかったのだが、思いっきり寝坊してしまった。
ふて寝するクセがついてしまったのが、寝坊の原因なのだが…
行き先は広島。
父親の単身赴任先だ。

綾の不登校が治っても、父母の不仲は変わることなく、父親は赴任先から盆休みと正月休み以外は帰って来ない有様だった。
あと半月もすれば正月だから、父親に会えるのだが――

≪どんな人から自分が生まれたのかを、今の自分の視点で考えることが――≫
自分の生い立ちを、振り返るコトか…
N700S系のシートに座り、窓を流れる夜景を眺めがら五十嵐に言われたことを、思い出している綾。


父親の連絡先は知っているが、あえて連絡はしていない。
借り上げ社宅の、コーポの合鍵も持っている。
これまで父親の赴任先には、綾が一人で行ったことはない。
いきなり訪問された父親は、どういう反応をするか…

――ウフフ…

幼稚園児の綾は、父親を驚かすのが大好きだった。
父親も大袈裟おおげさに驚いてくれて、綾はケラケラよく笑ったものだ。

43歳に、なったンだっけ…

あれこれ考えているうちに、綾がうたた寝を始めたころ、のぞみ号は時速280㎞で疾走していた…



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第15話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/nce92f8f45769

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