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交縁少女AYA 第15話

広島に着いた綾は、JR可部線に乗り換える。
時刻は、深夜の11時半を過ぎている。
駅の電光表示を見ると、この電車が最終――
危ないトコだった…


ゴトゴト揺られること17分、綾は古市橋駅に降り立つ。
改札口を出ると駅前には住宅街が広がり、綾の自宅マンション最寄り駅と似たようなロケーションだ。
幹線道路をれて、踏切を渡った所で綾は夜空を見上げる。

――キレイ…

無数の星がまたたく、東京とは比較にならない澄んだ夜空を仰ぎ見た綾は、住宅街の奥へと歩いて行った…


ピンポーン…

コーポの父親の部屋の前に着いた綾は、インターホンを何度も鳴らしている。

――留守かナ?…

階段を上がる前に見た部屋の窓には、あかりがいていなかった。
しびれを切らした綾は、肩掛けバックからポーチを取り出す。

電車、終わっちゃってるし…

父親の部屋なんだし構わないはず、と綾は合鍵で、ガチャリと鍵を開ける。
ソロソロと玄関扉を開けると、中は真っ暗…

照明のスイッチは何処どこかと手で探っていると、妙な気配を感じてしまう。
スマホを手に取ってライトをともしてから、綾はソロソロと玄関扉を閉める。

――誰か、いる…


スニーカーを脱いで、恐る恐る部屋の奥へと入って行く綾。

ドロボウ?――…

ゴクリと生唾なまつばを飲み込んだ綾の耳に、ささやく声が聞こえる…

「いいのぉ?…出なくってェ…」
「――構わないサ…。こんな夜中に来るなんて――」

――…パパ?!

「非常識過ぎる…――」
「ウフフフ…――」
カサカサ…――
真っ暗な奥の部屋から、シーツがこすれる音が聞こえてくる。

ギシ…ギシ…――
不気味に響き渡る、ベットの軋む音――

クチュクチュ…と愛液が発する卑猥な音色ねいろ――


ガタッッ!

綾がスマホを、フローリングの床に落とした音に、ハッとした全裸の父親が振り向く。
ベットに寝て、父親との絡み合いをしていた全裸の女性が、驚いた顔を向けて、スマホのライトでかすかに照らされた綾を見ている…

「――…ア、ヤ…?」

くらがりの中で父親がつぶやくと同時に、綾はスマホを拾い上げると、ドタドタと玄関に向かう。

スニーカーを履いた綾は、バンッ!と玄関扉を閉めると、外階段を一気に駆け下りる。
背後から、父親が呼んだみたいだが…――

知るかっッ!!

パタパタと綾が駆けて行く足音が、深夜の住宅街に響いていた…

******************

“本当に申し訳ない。俺がルーツを辿たどれって、言ったばかりに…”

スマホの電話口の向こうで、五十嵐が平謝りしている声が聞こえてくる。
ネットカフェの鍵付き個室で、壁に背中をつけて座る綾が、溢れ出る涙で顔を濡らしまくっている…


泣いて嗚咽おえつをしながら幹線道路を歩いていた綾の、涙でかすむ眼に明るいネオンが映る。

――ドン・キホーテ?…

時刻は夜中の0時30分を過ぎていて、あてもなく歩く綾はドン・キホーテの方に向かう。

――電車ねぇし、どうしよ…

近づくにつれて、ドン・キホーテの隣にネットカフェのネオンが眼に入ってきた。

助かった…――

スマホには父親から、何度が着信があったが、着信拒否に設定した。
キショ過ぎ…、ウザ過ぎ…、あり得なさ過ぎ…――

ネットカフェに入っても嗚咽が止まらない綾は、救いを求めるかのように五十嵐に電話をかけていた…


「――どうして…、くれンのよォ?…」
嗚咽が止まらず、ろれつが回らない綾。

“――スマン…”
平謝りしている五十嵐の様子が、電話口から伝わってくる。

「――迎えに…、来てよ」
“――…分かった。明日、朝イチの新幹線で、そっちに行くから”

「――もう、今日だよ?…」
電話の向こうで絶句している五十嵐を、綾が涙で濡れまくった顔で、クスクス笑っている。

“――…少しは、元気が出たようだな?”
「ゼンゼン」
グシュッと、鼻水をすすっている綾である…


五十嵐と明日の待ち合わせ場所と時刻を決めて、綾は電話を切る。

――ハアァァ~…

大きなため息と同時に綾は、脱力した両手を個室の床にバタッと置く。

――あたしって…、何なンだろ…

ふと視線を移すと、個室の壁に貼ってある『文房具販売中!』のA4サイズのポスターが眼に入る。
そこにはメモ用紙とか筆記具、カッターのイラストが載せられていて…

――リスカリストカットしたい時って、こういう気持ちなのカナ…


母親から放置され、信じていた彼氏が悪行三昧ざんまいを働いていて、今度は父親が…、である。
若干16歳になったばかりの少女にとっては、残酷過ぎる現実だ。

身勝手な大人たちに振り廻されるのは、いつも立場の弱い子供たちである。
泣き疲れて身体を横にした綾は、いつしか眠りについてしまっていた…

******************

翌朝、綾は広島駅に来ていた。

慣れない地域であるので、遅刻しないように来たものの、待ち合わせの10時まで40分近くある。
所在なさげに新幹線改札口の前を、行ったり来たりを繰り返していると――

「綾っ?!」
大声で名前を呼ばれた綾が、ハッと振り向く。

そこには、紺のハイネックセーターにチノパンを履く父親が、顔を紅潮させて立っている。
横には、昨晩父親と絡み合っていたオンナが――

反射的に、綾は走り出す。
「綾ぁッ!」

振り向くモンか…――


駅のコンコースを歩く人々を右へ左へよけて走る綾が、階段を駆け下りると奥に何かが見える。

――電車?…
“間もなく、電車が発車します”

スピーカーの音声を聞いた綾は、ためらわずに電車に乗り込む。
ブザーと同時に扉が閉まり、電車が動き出す。
窓の外では、父親が悔しそうに電車を見送っている…

“この電車は…――宮島口行きです”
メロディーに続いて、車内アナウンスがスピーカーから聞こえてくる。

――ヤバい…


父親を振り切ったはいいが、路面電車に乗ってしまった。
スマホを見ると、9時30分を表示している。
路面電車は、広島駅前のカーブを抜けて加速している…

――戻るか…

しかし駅に戻ると、また父親に出くわしかねない。
綾が東京に戻るのを見越して、父親は新幹線改札口で待ち伏せしているであろう。

――どうしよ…



電車内の乗客からの冷たい視線を浴びながら、五十嵐にスマホで電話をした綾は、原爆ドームの横にある元安川沿いのベンチに座っている。

原爆ドーム前で電車を降りて、この辺りのベンチに座るよう指示されたはいいが…
初めての場所で不安を隠せない綾は、キョロキョロして落ち着きがない。

――来た!…

相生橋の方を見た綾は、川沿いをこちらに歩いて来る五十嵐を見つけた。


「――やっぱり、キミを待ち伏せしていたか…」
綾の前に立った五十嵐が、ため息まじりに話している。

「ええっ!分かってたン?!」
「おいおい。分かるワケないじゃんか」
憤然として立ち上がった綾を、五十嵐が右手をかざしてなだめている。

「どうせ東京に帰るんだから、ここで待ってりゃ来るはずだと――…」
「――そっか…」
「もしかしたら、朝一番の新幹線から待ってたのかも知れないな」
「え?」
「お父さんが、だよ」
綾は腕組みをして、ウーっ…とうなっている。


「どうしても、謝りたいんじゃないか?」
「なにを…」
「だよな…。簡単に許せるワケないよな…」
腕組みをした五十嵐が、背後の原爆ドームの方を振り返る。

「――この建物、何で原爆ドームっていうか、知ってるか?」
「知らない」
「この真上あたりで、原子爆弾が炸裂さくれつしたからなんだ」
「フ~ン…」

「この建物は骨組みを残せたけど、一瞬で大勢の人が亡くなったんだ」
「フ~ン…」
淡白な反応しか示さない綾に、五十嵐が少しイラついている。


「キミにとって、生きるって何だ?」
「つまンない」
「そうだな。生きるって、つまらないし辛いって感じるコトが多いよな」
五十嵐が両手で肩をつかんできたので、綾はドキッとしている。

「でも、そう感じるのも、生きていればこそなんだ。原爆で死んだ人たちは、それすら感じる機会を、一瞬で奪われちゃったんだ」
「………」
「生きてるだけで、丸儲けなんだぜ」
「――はぁ?…」

「じゃあ、生きるために戦おうか」
「だ、誰と?」
「お父さんとだよ」

******************

「――だ、誰なんだ?このヒトは?…」

広島駅の新幹線改札口に現れた綾と五十嵐を見て、待ち伏せていた父親は、予想通り喰ってかかって来た。

「五十嵐さん」
「い――…」
平然と言い放つ綾に、父親が言葉に詰まっている。

「――そ、そんなコトを聞いてるんじゃない!このヒトと、どういう――」
「初めまして。私は、こういう者です」
憤然としている父親の前に五十嵐が歩み寄り、名刺をスッと差し出す。

「――NPO…」
「新宿界隈で、少年少女の非行防止活動に取り組んでいます」
「そ――、そんなコト言って…、ウチの綾をたぶらかす気なんじゃ――」
「アンタより五十嵐さんの方が、よっぽど信用出来るし!」
腕組みをした綾に毅然と言い放たれ、父親は唖然として凍り付いてしまっている…


「――あのぅ~、すみません…」
昨晩、父親と絡み合っていた女性が、遠慮がちに話に割って入る。
「こんな所で立ち話もなんですから、場所を変えませんか?」

五十嵐が周囲を見ると、改札口を行き来する通行人たちが、こちらをチラ見しながら歩いている。
たしかに、ここではバツが悪い…

「私は、構いませんが…」
話しながら五十嵐が視線を向けると、綾が軽くうなづいている。

父親と女性が歩き出した後を、距離を取って綾と五十嵐が付いて行った…



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第16話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/n4c1db20db789

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