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交縁少女AYA 第16話

父親の彼女を含めた、綾と五十嵐たち四人は、広島駅北口前にあるホテルのラウンジで話し合うことにするが…

「本当に、すまなかった!」
ラウンジのボーイが注文を取り終わるやいなや、父親はローテーブルに頭をつけて謝っている。


綾はソファーに深々と座り、脚を組み腕組みをして父親を見下ろしている。
一方の父親は、両手をローテーブルについたまま、顔を少し上げて様子をうかがっている。

「パパな、このヒトと再婚しようと思ってるんだ」
懇願するような父親に、仏頂面を向けている綾。
「マ…、ママが浮気してんの、知ってるだろ?…だから、もう、離婚しようと――」
「………」

「綾には、この正月に帰った時に話そうと思ってて――」
「………」
「離婚したら、綾を引き取ろうと――」
「――木村さん」
両手を太腿ふとももの上に載せている五十嵐が、たまりかねたように口を挟む。


「今は、その話をする場面ではないでしょう?」
さとされた父親が、顔をしかめながら身体を起こす。
「綾さんは、あなたと奥さんから放ったらかされて、居場所を失っていたんです」
無言で五十嵐をにらんでいる父親。

「まず、それを謝るべきではないですか?」
「――はぁあ?…」
「セックスしている所を見られて、バツが悪いのは分かりますが、そうではなくて――」

「たっ?!他人のお前がッ、偉そうに――」
「あなたのような身勝手な大人に、子供たちは振り回されてンだっ!!」
憤然と言い放つ五十嵐に、父親がたじろいでいる。

「わ、分かってンのかよッ?!綾さんが、どンだけ辛い想いをしてたのかッ!!」
父親の顔面が、蒼白になる。
ラウンジの客たちが一斉に、綾たちが座るテーブルの方に視線を向ける。

「この期に及んで、言い訳言い訳ばっかでッ――」
「――もう…、いいよ」
綾が隣に座る五十嵐の前に、右手をスッと伸ばした。


「ごめんなさい。五十嵐さんが、おっしゃるる通りです」
父親の隣に座る女性が、身を乗り出してきた。
「でも、これだけは信じて。この人は綾さんのことを、いっつも想っていたのよ」
懇願するように女性が、綾と五十嵐に訴えかけている。

「綾さんが高校に入学したことを、私に誇らしげに話してて――」
「――ノロケかよ?」
冷たい視線を、女性に向けている綾。

「ち、違う!そういうワケじゃあ――」
「――そのとおりだ…」
父親が女性の肩に右手をポンと置いて、つぶやいている。


「俺は単身赴任を理由に、カミさんに任せっきりにしていた。だから…」
父親が顔を上げて、真っすぐに綾を見る。
「あいつが浮気したのも、俺のせいだ…」
三人の視線が、父親に集まっている。

「本当に…、すまなかった」
頭を下げる父親を見る綾のほほを、涙がツーッと流れている…
「本当に…、取り返しがつかないことを、してしまった…」

うつむいて肩を震わせ始めた父親を見る綾の眼から、涙があふれ出てくる。
「すまない…、本当に――すまない…」
父親の隣に座る女性も、ハンカチで眼元をぬぐっている。

「――その言葉を、待っていたんですよ、綾さんは…」
五十嵐が前屈みになって、父親に語りかけている。


「――五十嵐さん…、だっけ?」
「はい?」
「あんた…、いくつなんだっけ?」
「30です」
「――スゴいな…」
父親が顔を上げて、右手で眼元を拭っている。

「俺が30のトキとは…、大違いだ」
自虐の笑いをしている父親の眼から涙が落ちるのを見て、綾が声を上げて泣き始めた。

ウッ――、ウワアァァ~……

******************

薄暗い天井を、布団に寝ている綾が見上げている…

――ここは?…

新幹線で帰京した綾は、その足で五十嵐のアパートに来ていた。
嫌がる五十嵐を説き伏せて、新宿東大久保公園の路地裏にある鉄骨づくりのアパートに来たはずだが…


結局、五十嵐は朝まで、綾に手を出さなかった。
隣に寝ていたはずの五十嵐は、もういない。
綾が上半身を起こすと、部屋のちゃぶ台の上に、メモと千円札、部屋の鍵が置いてある。

“適当に買って朝メシ食っとけ。鍵は郵便受けに入れとけ”

お世辞にも字が上手いとはいえない走り書きのメモを、手に取った綾はシミジミと見ている。

――こういう大人も、いるンだぁ…

綾が知る成人男性は、自分の身体を色目遣いで舐めるように眺めまくる、いやしい存在そのものだ。
電車に乗っていても、街を歩いていても、男どもからの視線を感じないことはない。

ましてや昨晩は、綾の方から積極的にアプローチしていた。
五十嵐の胸に頭をつけ、髪を撫でられていた綾はウットリして…――
気が付いたら、朝だった。


≪オレは失敗を、繰り返したくない――≫
――そんなコト、言ってたナ…

≪もう安易に、女子を抱きたくないんだ≫
――あたしは、エッチしたかったのにぃ…

≪なり行きで、16歳のを抱いちゃったことがあるんだ…≫
――そンなの、関係ねぇし…

≪キレイごと言っといてコレかよって、すっげえ後悔した≫
――あたしが…

≪だから、未成年の娘は二度と抱かないことにしたんだ≫
――エッチして欲しいって感じた大人は、五十嵐サンが初めてなのにぃ…

上半身を起こして俯いている綾は、意味不明な敗北感に打ちのめされてしまっている――

――よしっ!…

ブラジャーとパンティーだけの姿で立ち上がった綾は、軽く身震いすると、そそくさと身支度みじたくを始めていた――

******************

「――なぁんで、まだいるんだよぉ?」
アパートの自室の玄関扉を開けるなり、五十嵐が苦り切った顔をしている。

時刻は日曜の夜の11時を過ぎていて、ちゃぶ台に突っ伏して寝ていた綾が、ハッとして顔を上げる。


「…遅いィ~」
「いや、何でいるんだって?」
ディパックを背負い、コンビニのレジ袋を手に提げた五十嵐が、ドスドスと部屋に入って来る。

「待ちくたびれたァ~」
「いや、何で家に帰ってねぇんだって?」
「冷めちゃったジャンかぁ~」
「冷めちゃったって――」
綾がキッチンを指差すので見ると、IHコンロに小鍋が置かれている。
「――おまえ…」

「そンなコンビニ弁当ばっか食ってたら、身体によくないからサァ…」
伸びをしながら立ち上がった綾が、キッチンの方に歩いていく。
「肉じゃが、作ったンだぞぉ」
「――食えんのか?」

「バッ――、バカにすンなッ!」
「スマンスマン、――なんか…」
「…ナニよ?」
「意外だなぁって、思って…」
顔を見合わせて、綾と五十嵐がクスクス笑っている…――


ちゃぶ台の上には肉じゃがが入る小鍋と、ご飯茶わんに味噌汁碗と置かれ、それなりの食卓になっている。

「――…美味うまい!」
肉じゃがを一口食べた五十嵐が、眼を丸くしている。

「でしょぉ~」
得意顔の綾の前で、五十嵐がガツガツとご飯と肉じゃがを食べている。

「――作ってくれンのは、ありがたいけどさぁ…」
「なに?」
「こんな外泊しまくって、大丈夫なのかよ?」
「ヘーキ、ヘーキ」
小鍋にはしを伸ばしながら、平然と言ってのける綾。

「下手したら、ウチに『おぢ』連れ込んでっから」
「――…マジ?」
「玄関開けたら、男モンの靴があったコトがあってサァ、慌ててドア閉めたンだ」
「――……」
モグモグ食べながら話す綾と、箸の動きが停まってしまっている五十嵐…


「今度、お母さんと話さないとな…」
「いいって、いいって、あンなオバハン――」
大きく口を開けて、綾が肉をほお張っている。

「高校卒業したら、パパんトコ行こうと思って…」
「――そっか…」
「ちゃんと、謝ってもらったからサ」
「――そっか…」
優しげな笑顔を五十嵐が、綾に向けている。

「だからサ、卒業するまで、ここに居させてよ」
「(*´Д`?!――、はああぁッ?!」
「大丈夫。炊事に洗濯、掃除に買い物と何でもヤルから」
「そ、そういう問題じゃあ――」
茶碗と箸をちゃぶ台にバンッと置いて、五十嵐が血相を変えている。

「と、とにかくぅ、そんなのダメだからな!」
「ええ~っ?!居させてよぉ~」
「ダメったら、ぜってぇダメ!」
「いいジャあ~ン…」

この日の夜は日付が変わっても、綾と五十嵐のケンケンガクガクは続いていたのである…

******************

「へぇ~、クリスマスイブに一緒に過ごしたかぁ~…」
翌日は、北澤高校の終業日。
眠い目をこすりながら登校した綾は、教室で愛莉から絡まれている。

週末に広島に行ったことからの一連の出来事を、綾は愛莉の顔を見るなりペラペラ話した。
愛莉から指摘されるまで、昨日がクリスマスイブだったことを、綾はゼンゼン気付いていなかったのだが…


「ヤルじゃあ~ン」
教室で隣の席に座る愛莉から、綾が小突かれている。
「ちげぇ~って。そンな感じじゃ、ゼンゼンねぇカラ…」
仏頂面で、冷たくあしらっている綾。

「それに今日がクリスマスだって、イマ知ったし…」
「そっか…」
神妙な面持ちで、愛莉がうなづいている。

「人生サイアクの、クリスマスだもんネェ~」
「いいジャぁン。愛莉は、どっかの『おぢ』と過ごせば」
シレッと綾が、やり返している。

「バァか、そンな気分になるワケ――」
「木村!田澤!」
教卓で担任教師が注意するので、慌てて二人は席に座り直している…――


北澤高校の終業式は、担任教師が通信簿を各自に渡して、ホームルームで解散になる。
ロクに通学していない綾の学業成績は燦々さんさんたるものだが、当人はゼンゼン気にしていない。

担任の話を、例の如く窓からの景色を見ながら、頬杖ほおづえをついて上の空で聞いている綾だが…

――カケル…

綾の頬を、涙が一筋、ツッーと流れている…

――アリガト…、バイバイ……



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第17話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/ne42337f888e8

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