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交縁少女AYA 第17話
神奈川県相模原市の、とあるカトリック教会…
12月25日クリスマスの今日、月曜の日中であるが、大勢の信者たちがミサに参列している。
五十嵐と藤村が礼拝堂と呼ばれる広間の扉を開けると、厳かな祈りの声が流れてきた…
――…地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をお赦しください。
わたしたちも人を赦します。
わたしたちを誘惑に陥らせず、
悪からお救いください…
正面祭壇後方の壁には、十字架に磔られたキリストの木像が高々と掲げられ、右端の朗読台には神父が立ち、祭壇の前に五列に並べられた、60脚のパイプ椅子に信者たちが座っている。
スータンと呼ばれる足元すっぽり隠れるほどに長い白色服の上に、アルバという槐色のガウンを羽織り、さらにストラという槐色ストールをかけている初老の神父が、祈りの斉唱を先導している。
朗読台の上の聖書からチラと眼を上げ、神父が礼拝堂の後方に立つ五十嵐を一瞥する。
視線に気づいた五十嵐が、軽く会釈している。
隣に立つ藤村も、合わせるように会釈する。
ミサでは「アヴェ・マリアの祈り」が始まった。
厳かな祈りの斉唱が、礼拝堂の空間狭しと響き渡っていた…
******************
クリスマスミサが終わり、信者たちがあらかた退室し終えた頃合いで、五十嵐は神父の方に歩み寄る。
「メリークリスマス!」
初老の神父が両腕を広げて、五十嵐へ笑顔で叫んでいる。
「――いや…、いきなりそれっスか?」
苦笑いしている五十嵐の隣で、
「お久しぶりです、重盛さん!」
藤村が笑顔で、挨拶している。
ストールを外してアルバを脱ぎ、ニコニコしながらパイプ椅子に座る重盛…
「――で、二人は、いつ結婚するの?」
一気に赤面してしまう、パイプ椅子に座る五十嵐。
「全然プロポーズしてくれる気配、ないんですよぉ~」
隣に座って、ニヤニヤしている藤村。
「おま――?!…」
「なぁんで、しないんだよぉ、五十嵐クン!」
言葉に詰まっている五十嵐を、重盛が真顔で叱責している。
「…ンなこと言ったって、今の俺の稼ぎじゃあ――」
「あたしが働くからぁ、大丈夫って言ってんじゃん」
NPO法人の代表理事とはいえ、五十嵐の年収は藤村には遠く及ばない。
「いや、智美には、ちゃんと子育てを――」
「産休取れるから、大丈夫よぉ」
「じゃあ、決まりだな」
重盛が腕組みをして、ニヤニヤしている。
「たくぅ~、久しぶりに挨拶来たら、これっスかぁ?!」
「いやいや、すまんすまん。ずーっと、気になってるもんでな…」
重盛が右手を振って、笑顔で詫びている。
「…どうだ、最近は?」
「――いや、ちょっと…」
「気になっちゃってる娘が、いるんですよ」
言葉に詰まる五十嵐の代わりに、藤村が告げている。
「なんだとっ?浮気かっ?!」
「ち、ちげえって!なんでさぁ――」
「その娘のカレシが、警察に捕まっちゃって…」
五十嵐を遮って、藤村が続けている。
「いくつの娘なんだ?」
「16歳です」
「――そうか…」
重盛が胸の前で十字を切り、合掌して祈りをしている…
******************
「やっぱ、重盛さんのようには、いかないっスわ」
「私の時だって、すべて上手くいってたワケじゃないぞ」
ふてくされ気味に嘆く五十嵐を、重盛が慰めている。
「それでも地道に活動していれば、そのうち私のように認められて、神父に――」
「オレ、ぜってえ、ならないっスから」
「まぁだ、それを言うのかぁ?」
「じゃあ神ってヤツがいんなら、どうしてこの社会は、こうもフェアじゃないんスかッ?!」
まくし立てる五十嵐に、藤村が驚いた顔を向けている。
「どうして、ああいう不幸な子供たちが、後を絶たないんっスかッ?!」
苦り切った顔で聞いている重盛。
「それも神が定めたことだと言うん――」
「ちょっと!」
藤村が五十嵐の前に、サッと左手を差し入れる。
「重盛さんが、悪いワケじゃあないでしょう?」
「――ご…、ゴメン…」
うなだれてしまう五十嵐。
「――いや…、キミの気持ちは、痛いほど分かる」
重盛が、スッと立ち上がる。
「私が『マザーポート』の代表理事をしていた時も、同じように葛藤していた」
五十嵐が顔を上げて、重盛と視線を合わせる。
「クリスチャンの洗礼を受けているのに、神への疑問を抱いたこともあるが…」
「…神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません」
また聖書の暗唱かよと、うんざりした顔の五十嵐。
「むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます…」
※ 聖書引用 ~ コリント人への手紙第一10章13節
重盛が向きを変え、十字架に磔られたキリストの木像に視線を向ける。
「その脱出の道に導いてあげるのが、我々の役割なのでは?」
「………」
五十嵐がキリストの木像を、睨みつけるように見つめていた…
******************
新宿歌舞伎町一番街は、月曜の夕方ではあるが、かなりの人混みで賑わっている。
クリスマスソングが街頭スピーカーから流れ、腕を組み合うカップルたちも目立つ。
そんなムードが漂う人混みの中を、黒デニムショートパンツを穿き、グレーのニットの上に白ボアジャケットを羽織る綾が、通行人を避けながら歩いている。
綾の隣には、黒のタイトワンピースの上にグレーレギンスをレイヤードして、グリーンのショート丈ダウンコートを羽織る愛莉が、その後ろには少女らしい服装をした愛莉の妹が歩いている。
高校の終業式を終えた綾は、自宅で着替えてから歌舞伎町にやって来た。
小学4年生の愛莉の妹が、冬休みになる前にトー横を見てみたいというので、付き合っているのだ。
繁華街に来るのが初めての妹は、愛莉のダウンコートを右手でしっかり摑んで怯えているようだ。
「名前、なンての?」
「結菜」
妹をチラ見して訊く綾に、愛莉が答えている。
当の結菜は、キョロキョロしまくっていて落ち着きがない…
「――ナニぃ?あれぇ!」
歌舞伎町一番街通りを抜ける所で、結菜が眼の前の東宝ビルの屋上を指差して、気味悪がっている。
「――あぁ…」
面倒くさそうに愛莉が、視線を向けている。
「ゴジラ」
「ゴジラ?」
「そう。ゴジラのアタマ」
――あンなの、あったンだ…
つられて綾も、一部分しか見えていないゴジラヘッドを見上げている。
「見たいィィ~!」
結菜がダダをこねるので、極めてウザそうな表情で愛莉が歩き出す。
綾も二人のあとに、ついて歩き出す。
――トー横に来ても、周りなンか見てなかったモンな…
あらためて綾は、きらびやかなネオンが無数に灯る歌舞伎町の街を見渡している。
闊歩する人々は、日が暮れると若い世代が中心になるが、その属性はさまざまだ。
外国人であろう通行人も目立つ街には、活気が満ち溢れている…
2016年の7月25日付で、セントラルロードから名称を変えた、ゴジラロードの中ほどにあるカラオケ店の前まで来て、愛莉がクルリと振り返る。
「――すっごーい!!」
全体像を露わにしたゴジラヘッドを見て、結菜が眼をキラキラさせている。
別にあンなの――という具合で、ソッポを見ている愛莉に対し…
あどけない顔で笑う結菜を、綾は心を揺さぶられたかのように、ジッと見ている。
――あたしにも、こンな時があったのかナ?…
スマホでゴジラヘッドを撮りまくっている結菜を、微笑ましそうに見ている綾。
「ほらぁ、行くよぉ~!」
愛莉が結菜の肩を叩いて、急かしていると――
「田澤ジャンか?!」
いきなり背後から大声で呼ばれたので、ギョッとした綾と愛莉が振り返ると…
******************
パーカーにジョガーパンツと上下黒で揃えた、あどけなさが残る顔のキャップを被る少年が立っている。
「――…陽太?」
「そうだよ!卜部陽太だよ!」
唖然としていた愛莉の表情が、みるみる歪んでいく。
「――なンの用?」
「おいおい、久しぶりに元カレに会ったってのに、つれねぇナァ~」
――陽太かぁ~…
以前と変わらない同じキャップを被った陽太を、眼を丸くして綾が見ている。
陽太は綾たちと、トー横で同じグループにいたのだ。
「あンたと付き合った覚え、ネェし!」
「一夜の契りを結んだジャンかぁ~」
――…そうだった!
二人の会話を聞いた綾に、記憶がよみがえる。
――愛莉と陽太、ワンナイトしたンだ…
「一夜の契りって?」
不思議そうな顔をして、結菜が愛莉に訊いている。
「あンたは、すっこンでナッ!」
真っ赤な顔の愛莉に怒鳴られた結菜が、泣きそうな顔になっている。
それを見た綾が、結菜をなだめようと傍らにしゃがみ込む。
「――あれは…、一生の不覚だった…」
「スッゲェ言い方してくれンねぇ、オメェ…」
睨み合う愛莉と陽太を、眉をひそめて見上げている綾…
「――お姉ちゃぁん、一夜の契りってぇ?」
ベソをかきながら結菜が、綾に訊いている。
「う~ん…、それはネェェ…」
どう教えてやったものか、綾が頭をフル回転させている。
「――オメェ…、キムラだろ?」
陽太がいきなり名前を呼ぶので、綾がギョッとしている。
「イメージ変わってたから、分かンなかったケド…」
ジョガーパンツのポケットに両手を入れた陽太が、綾を見下ろしている。
しゃがみ込んでいる綾は、怯えるように陽太を見上げている…
「――探してたンだ…」
路上に佇んで対峙する四人を一瞥することなく、ゴジラロードを大勢の通行人たちが通り過ぎていた…
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