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YOSAKOI紡ぐ♡恋バナ 第1話

※ これはフィクションで、実在する地名や祭事とは何ら関りがありませんが、北海道宗谷地方の少子過疎化が深刻なことは、残念ながら事実です。



あらすじ

高校1年生の折原琉悟は、北海道宗谷地方にある天北町主催の、過疎化対策事業である『高校生夏休み牧場体験』に当選して招かれました。
夏休みが始まって間もないころ、天北町の駅に降り立った琉悟は、迎えに来た高校2年生、近藤ファーム次男の近藤智哉に、いきなり稚内市街にある宗谷高校の体育館に連れて来られてしまいます。
近藤ファームは琉悟が1ヶ月の間、牧場体験で滞在する牧場です。

訳が分からないまま琉悟は、初めて見たYOSAKOIソーラン踊りの大旗振りを、させられる羽目になります。
ところが、その場で親しげに絡んで来た吉田牧場の長女、高校1年生の吉田遥香のことを、琉悟はひと目で気になってしまうのですが…


第1話


 広く澄み渡る蒼色の空と爽やかな空気、そして大自然が果てしなく拡がる広い大地――
 北海道北部を形容するのに相応ふさわしい景色の中にたたずむ、とある駅…

 旭川からの特急サロベツ1号が、定刻の午後4時43分に到着した。
 特急とはいえ、都市部と違って編成は4両しかない短いもの。
 その4両でも持て余す少ない数の乗客のサロベツ1号は、両手で数え切れる僅かな客を降ろすと、日本最北の駅である稚内へと走り去って行った。

 真っ先にサロベツ1号を降りた折原琉悟少年は、手の平サイズのデジカメを構え、走り去る列車(キハ261系0番台)を動画モードで、熱心に撮っている。
 ――いい動画が撮れた…
 満足げな表情の琉悟が、う~んと伸びをしている。
 夏の北海道は涼しいものと勝手に決めつけていた琉悟は、意外な暑さに眼鏡を外して、ひたいを右手で拭っている。


 「――キミが、折原くん?」
 数人の下車客と一緒に駅舎を出た琉悟に、少年が声を掛けてきた。
 「はい」
 青のツナギ服を着る、スラリとした背の高い少年が、あどけなさが残る日焼け顔をニッコリさせている。

 「…よさこいソーラン、踊ったことある?」
 「え?」
 何の脈絡もない唐突な問い掛けに、琉悟は困惑してしまう。

 「――まさか…、そンなの知らないってか?」
 「な、なにを?」
 「う~む、そっかぁ…」
 困惑しまくる琉悟をよそに、少年が独りで考え込んでいる。

 「――やっぱ、見てもらった方が早ぇか…」
 眼鏡の下の目玉を上下左右させて戸惑う琉悟へ、少年がヘルメットをホイと放り投げる。
 状況をまるで理解できない琉悟が、慌ててヘルメットをキャッチしている。
 「――な…、なに?…なに?」

 いつの間にか少年が、停めてあったバイクのリアキャリアに、琉悟が引いてきたキャリーケースを、ゴムバンドで手際よく固定している。
 訳が分からないままヘルメットを被り、スズキのジクサーSF250のケツに乗せられた琉悟は、爆音とともに駅前を後にした。


 初めて体感するスピードと凄まじい風切り音に、琉悟は少年の腰へ廻した両腕で必死にしがみつき、ビビりまくっている。
 フードの無いヘルメットは琉悟の顔に、眼鏡が外れそうなほどに容赦なく、風を叩きつけるが…
 ――東京とはゼンゼン違う、爽やかな風…

 延々と続く防風柵が途切れると、広大な牧場が現れたり、次は森林が現れたり、起伏があったりと、変化に富んだ景色が続いているが――
 ――そういえば、信号がゼンゼン無い…

 フォン、フォン、フォーン…

 けたたましいシフトダウン音と同時に、少年が急制動をかけたので、琉悟は思わず眼をつぶってしまう。
 恐る恐る眼を開けると、大きなエゾ鹿が3頭、バイクの前をピョンピョンと右から左へ横断している。

 ――な、なんだ?…
 「びっくりした?」
 ビビりまくりながら、ウンウンうなづく琉悟である。

 「えぇっ?いきなり連れてきたン?」
 ジャージを着た少女が眼を丸くするが、
 「見てもらった方が、早ぇジャンか」
 シレッとする少年が、ツナギ服のチャックを下げて上をはだけている。

 30分ほど幹線道路を走ったバイクは、稚内の市街地に入り、宗谷高校の門を入っていた。
 高校の体育館玄関前で、訳が分からないまま佇む琉悟は、少しイラついて少年と少女のやり取りを見ている。

 「――あのサァ」
 琉悟の問い掛けに少年が、ん?という具合に顔を向ける。
 「何なんだよ、いったい?」


 「俺は、近藤智哉」
 少年が笑顔で、琉悟と正対する。
 「キミが牧場体験する、近藤ファームの息子だよ」
 「――いや…、そうじゃなくてサァ」

 「…ナニ?怒ってンの?」
 「――まさかトモスケ…、説明してないの?」
 割り込んだ少女が、顔色を変えている。

 「それじゃあ折原クン、怒っちゃうでしょぉ?」
 ――え?
 途端に琉悟が、驚愕している。
 ――なンで、俺の名前…


 「――ハルカぁ~!」
 体育館の中から、呼ぶ声が聞こえる。
 「始めるよぉ~!」
 「イマ行くぅ!」
 中へ顔を向けて、少女が叫んでいる。

 「――あたしは、吉田遥香」
 名前を告げた遥香と眼が合った琉悟が、思わずたじろいでいる。
 「近藤ファームの隣の、吉田牧場の娘よ」
 ニッコリ笑うボブショートヘアの遥香に、琉悟は困惑顔で眼鏡へ右手を添えて、軽く会釈を返した…

 ふと見ると、智哉がいない。
 体育館の中に入って行った遥香を追って、琉悟が中に入ると、ズラリと三列に整列した十数人の少年少女たちが眼に入る。

 「ゴメン、スリッパに履き替えてくれる?」
 最前列の少女が言うので、慌ててスニーカーを履いたままの琉悟は玄関に戻り、下駄箱のスリッパにバタバタと履き替える。


 ピイィィ――…

 厳かな横笛の音色が神々しく流れ始めた体育館の中に、琉悟が戻ると…
 整列するジャージを着る少年少女たちが、軽く両脚を開き腰に両手をあてて――
 全員が同じ姿勢のまま、微動だにしない…

 「ハアアァァッ!!」

 横笛の音色が途切れ、全員から一斉に気勢が上がる。

 ザッッ!!!
  
 それぞれがポーズをとるが、よく見ると列ごとに異なるポーズが――

 ダダダンッ!! ダンッ!! ダダンッ!! ダダダダ――

 体育館のスピーカーから太鼓が連打される爆音に続いて、三味線速弾きの大音量が、鼓膜が破れんばかりに流れてきた。
 同時に全員が、一斉に跳躍する。
 続いて列の最後方から、巨大な絵柄旗が二本、サァーッと上昇する――

 ――近藤クン?!

 絵柄旗の旗手の一人は、ツナギ服をはだけて上半身黒Tシャツの智哉だ。
 優雅に宙をヒラヒラ舞う巨大な絵柄旗の前で、流れるリズミカルな音楽に合わせ、少年少女たちが飛び跳ね、手脚をしなやかに動かし舞い踊る。

 ――…ソーラン節?

 音楽の旋律には聞き覚えがある、ソーラン節を想起させるようなものが…

 「ハアアァァッ!!」

 一糸乱れず揃った舞いの次は、全員が背を向け、列ごとに揃った見事なウェーブ。
 踊る全員が、笑顔で舞い、体育館狭しと跳ね廻わり――
 四肢を駆使して、しなやかで伸びやかな舞いが、琉悟の眼前で展開されている…

 ――スッゲ…

 「――やっぱ、そうなンかぁ~!」
 『YOSAKOIソーラン』踊りを、琉悟が初めて見たことを知った智哉が、大声で嘆いている。

 踊りが終わった途端、同年代らしき少年少女たちに囲まれた琉悟は、オドオドしまくりで居心地が悪い事このうえない。
 「でもよぉ、瑠奈ちゃんが踊ったコト、あるってのに…」

 智哉が名指しした小野寺瑠奈がはにかんでいるが、一人だけ普通の服装でいる。
 「二人とも、東京から来たンだろ?」
 「あたしは、ビミョーに違う…かな?」
 「じゃあ、ドコ?」
 二人の話を聞いていても、琉悟はサッパリ訳が分からない…

 「ちょっとぉ、トモスケぇ~」
 腕組みをした遥香が、不機嫌そうに割り込む。
 「ちゃんと説明しないと、折原クン訳分かンないジャン」
 いきなり遥香から肩に右手を置かれたので、琉悟が眼を丸くしている。

 「…どうしても、やってくれないと、困っちゃうからサァ~」
 猫なで声で、ねだるような遥香の仕草に、イイィィ…と顔を引きつらせる琉悟だが…


 話を要約すると、こうだ。
 遥香と智哉たち、高校1年生から3年生の15人は、8月初旬に旭川で開催される【YOSAKOI・インターハイ】に参加するとのこと。
 高校生たちの踊り手を全国から集め、大勢の観客の前で披露するのだ。

 札幌に敵意むき出しの旭川の有志が、毎年6月中旬に大々的に開催される、有名な『YOSAKOIソーラン祭り』に対抗して、この祭りを3年前から始めたらしい。

 しかし、北北海道地区代表である、遥香と智哉たち宗谷学生連合に、祭り直前になって危機が襲う。
 1人が盲腸で入院してしまい、1人が右腕を骨折して、踊れなくなってしまった。
 人数が欠けると、踊りの表現力が小さくなってしまいかねず、大打撃になる恐れがある。

 そこで、北海道天北町主催の過疎化対策事業、『高校生夏休み牧場体験』に当選して招かれた、高校1年生の琉悟と瑠奈を踊り手に加えることで、急場をしのごうというのだ。

 埼玉県草加市で、YOSAKOIソーランのチームメンバーである瑠奈は、一度踊りを見ただけで、振付けを合わせられたが――
 バリバリの鉄道オタクである琉悟に、出来るわけがない…


 「――じゃあ、旗振りをやってもらうしか、ねぇナァ…」
 「――は、はあっ?!」
 智哉の発案に、琉悟が眼をむいている。

 「あンな、重そうな旗、振れるワケねぇジャン!」
 「大丈夫。ウチでミルク缶を2.3日運べば、ワンチャン振れるようになるって」
 「…み、ミルク缶って、何キロあるンだよ?」
 「50㎏ぐらい、か?」
 「無理ゲー過ぎィィ!!」


 そして夜になり、天北町役場で行われた、夏休み牧場体験の歓迎会を終えた琉悟は、近藤ファーム事務所棟内にある宿泊部屋のデスクの椅子に、疲れ切った身体をドスンと座り込ませた。
 6畳ほどのフローリングの部屋中に響き渡る、大きなため息をついた琉悟は、スマホのロックを解除する。
 高校の友人たちから、LINEチームミーティングの誘いが届いてたので、参加をクリックする…

 「マジかぁ?!それぇ??」
 ミーティングが始まって早々、友人の佐久間優翔と有村幹太が驚愕顔を、スマホの画面狭しと展開している。
 「クソでっけぇ旗、振れってンだぜ。無理ゲーだっての」
 スマホに向かって、琉悟が毒づいている。

 「牧場体験は、どうすンだよ?」
 優翔からの当然の問いに、
 「それはそれで、すンだって」
 投げやりに答える琉悟。

 「いつ、練習すンだよ?」
 幹太からの問い掛けに、
 「牧場の仕事が終わってから、近藤クンのバイクで稚内に行ってぇ――」


 ここから琉悟の愚痴めいた説明が、延々と続く。
 先刻の歓迎会で町長から、そもそも過疎化対策事業で牧場体験をしてもらいに来たのにと、遥香と智哉は怒られてもドコ吹く風。
 天北町の牧場の魅力を肌で感じてもらって、将来の移住に繋げようという事業を何だと、と詰められても二人は、YOSAKOI優先だと居直りまくる。

 二人の両親がオドオドして見ている前で、牧場体験にきた琉悟と瑠奈を加勢させなかったら、町を出て行くと智哉が息巻いて、慌てた役場の職員たちから羽交い絞めにされる始末。
 結果、散々脅された町長は、渋々了承するしかなかったと――
 「マジ、あり得なくネ?!」

 「――で、結局リューベは、YOSAKOIやンねぇのか?」
 聞き飽きたように優翔が、眼鏡に右手を触れながら切り出すと、
 「あ――、いや…」
 歯切れが悪い琉悟に、
 「なぁンだよ、サンザン文句言っといてぇ?!」
 すかさず幹太が絡む。

 「――その…、隣の吉田牧場に体験に来た、瑠奈ちゃんっては、やってくれンのか?」
 「あの娘は、地元でYOSAKOI踊ってるみたいだから…」
 フムフムと頷きながら、怪訝そうな顔でいる優翔と幹太。


 「――その…、瑠奈ちゃんって、可愛いのか?」
 幹太から指摘され、琉悟の顔面が一気に赤くなる。
 「な…?!ナニ言っちゃって――」
 「やっぱ、そっかぁ~」
 腕組みして頷く優翔に、
 「やめとけって。俺らみてぇな鉄オタは、フラれるだけだって」
 右手でシッシとする、幹太である。

 「そうそう。レッドベア好きなんてバレたら、即アッチ行けって――」
 優翔が言うレッドベアとは、DF200形式ディーゼル機関車のこと。

 「な?!…北の大地を疾走する、爆速機関車をバカに――」
 「やっぱ女子受けスンのは、スマートな桃太郎だろ?」
 幹太が推す桃太郎とは、EF210形式直流電気機関車のこと。

 「いやいや、女子受けスンのは、バリエーション豊富なレッドサンダーだって」
 優翔が断言するレッドサンダーとは、EF510形式交直流電気機関車のこと。
 「ナァに言っちゃって…。ンな青とかシルバーでも、レッド呼ばわりしてンのに――」
 幹太が言う通り、EF510の車体色には赤、青、シルバーの三色がある。

 「――ざっけンなよ、直流しか走れねぇ桃太郎風情が…」
 「はあぁ?!赤じゃねぇのに、レッドってなンだよ!」
 ――ハアァァぁ…
 画面の中で、一般人には到底理解不能な話題で喧嘩を始めた二人を、琉悟は頬杖をついて呆れているが…

 ――違う娘が、気になってンけど…

 スマホを見ながら琉悟が、夕方の宗谷高校体育館でのことを思い出している。
 
 いきなり親しげに、右手を肩に置いてきた遥香――…
 ボブショート髪で、屈託のない笑顔をみせる遥香――…

 ブルブルブルブル…――

 眼鏡がズレ落ちそうなまでに、首を左右に激しく振る琉悟の前のスマホから、優翔と幹太のなじり合う怒声が、延々と流れ続けていた…


 牧場の朝は早い。
 牛は12時間ごとに搾乳さくにゅうしなければならないからで、となると必然的に、早朝に搾って夕方に搾ることになる。
 搾乳しないと牛の乳房が膨らんで乳房炎になってしまうし、定期的に搾乳することで安定して乳を出してくれる。
 
 翌日、琉悟は午前5時に起きてはみたものの、ゼンゼン眼が覚めないままでいる。
 夏の北海道宗谷地方の夜明けは早く、周囲は既に昼の様相だ。

 「これ、着てみて」
 智哉から渡された青色のツナギ服に、琉悟が袖を通してみる。
 「どう?」
 「…ウン、大丈夫かも」
 ゴム長靴に履きかえた琉悟は、智哉のあとについて牛舎に向かう…

 
 牛舎に入った智哉は、フォークと呼ばれる道具で手際よく、牛たちの足元にあるわらを掻き出している。
 近藤ファーム住み込み従業員の、ラオス人青年ブンミー・クンタニットも、智哉とは反対側ゲージの藁を掻き出している。
 掻き出したふんが混じった藁のかたまりは、智哉の父親が小型のショベルローダーで順々にかき集めている。

 今日は見ていてと言われた琉悟は、三人の見事な手際のよいチームプレーに、感心して見入っている…

 掃除を終えて、藁を新しいものに敷き替えたら、次は搾乳だ。
 牛舎の天井から吊るされてるレールに、搾乳機のユニットがぶら下がっている。
 それを牛のそばまで移動させ、乳頭を消毒し乳の出具合を確認してから、搾乳機を吸い付ける。

 牛一頭あたり8~10分ほど搾乳し、搾った乳はレールについているホースを通り、牛舎の外のバルククーラーという貯乳タンクに集められ、それを午前中に集荷業者が、タンクローリーで集めに来てくれる。

 次はエサやりだ。
 ネコという一輪車に入れた配合飼料をフィードスコップで、ズラリと並んだ牛たちの前にいていく。
 それも漠然と蒔くのではなく、一頭一頭ちゃんと食べているか、牛の体調を確認しながらだから時間がかかる。

 智哉と父親がエサやりをしている間に、ブンミーは育成牛である子牛の哺乳、俗にいう授乳をしている。
 近藤ファームには搾乳牛が50頭、育成牛が30頭いる。
 育成牛、つまり子牛は何処の牧場にも必ずいる。
 理由は簡単、牛は子供を産まないと、乳が出ないからだ。

 エサやりが一段落すると、牛たちを牛舎から出して放牧する。
 搾乳牛だけでなく、生後2ヶ月から初産前2歳前後の育成牛まで放牧するのでかなりの頭数になる。
 この時は家事をしている智哉の母親も、手伝いに来る。

 牛の首輪であるカウベルをゲージから外すと、慣れた足取りで牛たちは各々牛舎の外へと、ゆっくり歩いて行く。
 琉悟も一緒に、牛たちを誘導するのを手伝っている…

 「フンヌーッッ!」
 澄み渡った青空の下、牛たちがのんびり草をはむ牧場の片隅で、琉悟が左右の手に持つ一斗缶を、気合とともに持ち上げている。
 配合飼料が入る一斗缶の重さは、15㎏を超える程度。
 5秒も持たずに琉悟は、両手の一斗缶を地面に落としてしまう。

 「…ウ~ン、その程度かぁ~」
 対面して立つ智哉は、両手に一斗缶を持ってるが、平然としたまま…
 「――ムリ、ムリ、ムリ…」
 顔を真っ赤にした琉悟が、両手をヒラヒラさせている。


 「じゃあ、やり方を変えてみっか」
 「やっぱ無理だよぉ、近藤サぁ~ン」
 一斗缶を台車に載せて、歩き出した智哉について行きながら、琉悟が泣き顔で訴えている。

 「――なンだよ…、サン付けして?」
 「だ…、だって…」
 実は智哉は、琉悟の一コ上の高校二年生である。
 昨晩に判明してから、琉悟は慌てて礼儀をわきまえたのだが…

 「ハルカみてェに、トモスケでいいよ」
 前を向いたまま、台車を押して話す智哉だが、
 「だって、それじゃあ…」
 あくまで固持する琉悟である。

 牛舎の前まで来たところで、智哉が立ち止まって振り返る。
 「ハルカも折原クンと、同い年なンだぜ」
 柔和な表情で、智哉が話している。
 「ナァにを気にしてンだよぉ」


 「だって…、近藤サンは、あンなにテキパキ仕事が出来るし…」
 うつむき加減で話す琉悟を、ジッと見ている智哉。
 「力だって、俺よりゼンゼンあるし――」
 いきなり肩をポンと叩かれたので、琉悟がギョッとして顔を上げる。

 「…オンナが風呂入ってるトコ、見たことあっか?」
 「は――、はあぁッッ?!」
 あまりにも唐突過ぎたので、思わず後ずさりした琉悟だが、智哉は至って真面目な顔。

 「ンなモン、あるワケ――」
 「俺は、あるぜ」
 えええええぇぇ~と、驚愕が止まらない琉悟。

 「な――、ナニをいきなり…」
 「トレーニング、頑張ってくれたらサァ…」
 息がかかるまでに顔を近づけた智哉に、怖気おじけづく琉悟。

 「今晩、見せてやるよ」
 「バ…、ババアが入ってるとかのオチじゃあ――」
 「JKだよ、JKぇぇ」
 生唾なまつばをゴクリと飲み込む琉悟である…


 「ほら」
 智哉から、藁をかき出す道具のフォークを渡された。
 「これで、こっから、かき出してみ」
 牛舎の脇に積まれた藁の山を、智哉が親指で指している。

 「フンヌーッッ!」
 藁の山にフォークを突き刺したはいいが、琉悟は全くかき出せない。
 「ほら、もっと腰を入れて!」
 「フンヌーッッ!」
 眼鏡が外れそうなまでに顔を歪めて真っ赤にする琉悟だが、高く積まれて固まった藁が動く気配はなさそう――

 「フンヌーッッ!!」
 ――JKの生ヌード、JKの生ヌード…
 「よぉし!動いたぞぉ!」
 「フンヌーッッ!!!」
 ――JKの生ヌード、JKの生ヌード、JKの生ヌードぉぉ…


 ――そンなに重くない…

 夕方になり、近藤ファームで牛入れの手伝いを終えた琉悟は、智哉と一緒に宗谷高校の体育館に来ていた。
 もう一人の旗手、高校三年生の遠藤裕喜から教えられながら、琉悟は大旗を振ってみている。

 「その調子、その調子ィ!」
 小太り体型の裕喜が、ニコニコしながら手拍手をしている。
 「――そう、そこで左に振ったら、今度は上にしゃくって…」
 裕喜の指示通り、琉悟が旗竿をしゃくると、大旗が勢いよく上昇する。

 ――スゲェ…
 ひと休みしている踊り手の全員が、琉悟の旗さばきに注目している。

 ――こいつを、オレが…
 ブアァと大旗が左から右へ舞うと、青地の濃淡のある模様の上に、縦で描かれた『宗谷』の巨大な極太毛筆書体が鮮明に…

 ――振っている!


 「すっごーい!!」
 ヤンヤと皆から取り囲まれた琉悟が、ツナギ服の袖で額の汗を拭きながら、照れ臭がっている。

 「初めて振るんでしょう?」
 「ちゃんと振りきれてるジャンか!」
 「無理ゲー過ぎィって言ってたのにィ!」
 矢継ぎ早に称賛されまくり、破顔一笑でいる琉悟。

 「ひょっとして、練習したン?」
 笑顔の遥香が目一杯顔を近づけたので、思わず笑顔を引きつらせる琉悟。
 「いやぁ~、ちょっと――」
 そこまで話して、ハッとする琉悟。

 ――これが一斗缶持ったり、藁すくいをした成果ってか?…

 「…どうしたン?」
 遥香から問われた琉悟が視線を移すと、少し離れて体育館の壁に背をもたれて立つ、青ツナギ服の智哉が腕組みをして、ニヤニヤしながらこちらを見ていた…

 再び踊りの練習を始めた一同を、体育館の端に座って、琉悟と裕喜が見ている。
 大旗を振ったら、視界の邪魔になりかねないので、ひと休みだ。
 一同は音楽を流さずに、互いに振付けと間合いを、アカペラで踊りながら確認し合っている…


 「――俺サァ…」
 裕喜がつぶやくので、琉悟が顔を向ける。

 「柔道やってたンだ」
 「へえ…」
 「ほら、俺って、こンな体型だろ?デブが踊るのって、ちょっとナァ…」
 だから大旗振りをしている、という言い訳にも聞こえる。

 「柔道は…」
 「うん?」
 「やめちゃったンですか?」
 琉悟からの問い掛けに、やはりきたか、という表情の裕喜。

 「――相手が…、いねぇンだよ」
 「え?」
 「先輩たちが卒業したらサァ、柔道するヤツが、俺だけに…」
 踊りの練習をしている方を見て、寂しげな顔の裕喜。


 「稚内を左上の頂点にした100㎞四方って、イメージ出来る?」
 「――なンとなく…」
 「そン中には、稚内とか猿払とか、浜頓別・中頓別・天北とか、全部で7つの市町村があって、宗谷地方を構成してンだけど…」
 あちらを向いたまま、淡々と話す裕喜。
 一方で、よく話すヒトだなぁと、呆れ始めた琉悟。

 「そンだけ広い中に、全部で49人しか、高校生っていねぇンだぜ」
 「――え…?」
 「たった49人だぜ。東京じゃ、想像出来ないだろ?」

 東京を中心とした100㎞四方には、横浜・八王子・大宮・千葉など、殆どの大都市が、スッポリ入ってしまう広さだ。
 宗谷地方の少子過疎化は、相当深刻なのだ。


 「――折原クンは、彼女いンの?」
 「い――、いないっスよ」
 「でも、いいジャンかぁ。東京はいっぱい、女子いっから…」

 「トモスケみてぇにサァ、イケメンでスタイルが良きゃあ…」
 身振りを交えて、皆の前で話す智哉の方を、裕喜がジッと見ている。
 他方、のぞき魔の顔を知る琉悟は、フンと鼻白んでいる。
 「俺みてぇに、デブでブ男じゃあ、マジ悲惨だぜぇ」

 「女子の数がスッゲェ少ねぇのに、アイツみてぇなモテ男にばっか集中すっから――」
 バレたら悲惨だナァ~と、内心でほくそ笑む琉悟。
 「俺のコトなンか、誰も見向きもしネェし…」

 「――…こンな話、つまんネェか?」
 あまり頷かない琉悟に、裕喜が不安そうにするので、
 「あ――、いや…、ぜ、ゼンゼン面白いっスよ」
 慌てて取り繕う、琉悟である。

 「――まぁ、とにかく高校生に限らず、若者が圧倒的に少ねぇンだよ…」
 気を取り直して、裕喜が皆が集まる方に向き直る。

 「そんなンで、例えばサッカーとかバスケとか、バレーとかのチームスポーツをしたら、仮にチームを組めたとしても、100㎞以上離れてる他の地域まで遠征しなきゃ、練習試合すら出来ない…」
 自虐の笑いをする裕喜が、堅い表情になった琉悟の方を向く。
 「隣の高校でさえ、下手したら50㎞ぐらい離れてるからナ、宗谷地方は」


 「でもYOSAKOIは、学校ごとにバラバラだった俺たちを、繋げてくれたンだよ」
 力を込めて話す裕喜を、頷きながら琉悟が見ている。
 「踊れりゃあ、いいンだぜ。身体さえ動かせれば、ミンナと一体に…」

 「トモスケたちが、始めてくれたから…」
 皆の前に立つ智哉の隣では、身体を大きく動かしながら熱っぽく語る、遥香がいる。
 柔和な笑顔で皆を見ている裕喜を見て、琉悟も表情を緩めている。

 「あいつの兄ちゃんが、振り付けを考えてくれてンだ」
 「え?」
 「あれ?知らねぇの?トモスケの兄ちゃん…」

 「――しゃあっ!じゃあ、通し、やってみっかぁ!」
 大声で智哉が号令したので、皆がそれぞれ散って行く。
 「ブレイキンの、有名なプロダンサーなンだぜ」


 ――イチ!ニッ!サン!シッ!…

 一同で大声の掛け声を出しながら、振り付けの踊り合わせが始まった。
 少し動きが堅いようだが、全員が一糸乱れずに同じ動きをしている。

 ――イチ!ニッ!サン!シッ!…

 緩やかに一同の腕が横に伸びていくと、ビッと上に差したと思えば、前に伸ばしてユラユラ動かし、首をキュッと極め…――

 「そう――、キビキビとぉぉ…、メリハリつけてぇぇ…」
 皆と一緒に身体を動かしながら、智哉が大声で鼓舞している。
 皆が手に持つ鳴子のカチカチ音が、軽やかなリズムを奏でている。


 皆と一緒に、しなやかに身体を動かしている遥香が、琉悟の眼に入る。
 真剣な表情、メリハリのある動き、波打つような身体の躍動…

 体育館の照明が、遥香の顔でキラキラ反射を――
 思わず右手で、眼鏡をかけ直している琉悟…

 ――カッケぇ…

 ――あぁ、ハルカちゃぁん…



#創作大賞2024
#漫画原作部門
#ラブコメ
#少年マンガ原作


第2話URL https://note.com/juicy_slug456/n/n2816eb37b98a

第3話URL https://note.com/juicy_slug456/n/n8cf6daf8b998



登場人物紹介

折原琉悟
東京都西東京市在住の高校1年生で、バリバリの鉄道オタク。
北海道天北町の夏休み牧場体験に招かれ、そこで知り合った同学年の遥香に一目惚れした結果、人が変わったように踊りに打ち込み、技を磨く。
懸命に練習に励んだ琉悟はYOSAKOIソーラン・インターハイの舞台に立ち、
のちにブレイキンダンサーとして、開眼するが…

吉田遥香
北海道天北町にある、吉田牧場の長女で高校1年生。
宗谷地方の高校生たちで結成したYOSAKOIソーランのチーム、宗谷学生連合の中心メンバーでもあり、天真爛漫な性格。
琉悟を踊りのチームに参加させるため、色気仕掛けで迫りまくる。その結果ダンスに開眼した琉悟へ、智哉と失恋した遥香は次第に惹かれるように…

小野寺瑠奈
埼玉県草加市の高校1年生で、地元のYOSAKOIソーランチームのメンバー。
琉悟と一緒に、天北町の夏休み牧場体験に招かれ、チーム宗谷学生連合に参加することになる。
地元愛一筋の智哉に惹かれ、遥香が好きでいることに後ろめたさを感じるが、瑠奈は付き合うことになってしまい…

近藤智哉
世界的ブレイキンダンサーである、和哉を兄に持つ高校2年生。
近藤ファームを継ぐ気満々で、兄ともども郷土愛に熱心な事このうえない。
イケメンな一方でオンナ癖が悪く、遥香のことを気にしていながら、瑠奈に手を付けてしまう。
のちに遥香との結婚を賭けて琉悟と、智哉はブレイキンの大会で勝負することになるのだが…


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