YOSAKOI紡ぐ♡恋バナ 第3話
露天風呂に遥香と瑠奈が入っている所を、面白がって覗いていたことを痛烈に当て擦られ、何も言い返せないでいる琉悟…
「ネ?見られるのって、ヤでしょ?」
諭すように話す遥香だが、言われた琉悟はといえば――
遥香の顔を見たと同時に、左のおっぱいの下側にホクロがある裸体が、頭に浮かんでしまった。
こンな時にオレはぁぁ…――と、情けなくなっている琉悟。
「――ごめんなさい…」
湯に深々と浸かっている琉悟は、ガックリとうなだれて、眼鏡が外れそうになっている。
「瑠奈ちゃんには、話してないからサァ――」
腕組みをして立つ遥香が、智哉の方に顔を向ける。
「ちゃんと、謝っときナよ」
「わかった…、ゴメンな」
「――あ、謝るって…」
二人のやり取りを聞いていた琉悟が、眼鏡を手で直して顔を上げる。
「覗かれてたのが分かったら、逆にショックなンじゃ――」
「大丈夫。トモスケは、そのヘン上手くやるから」
遥香に言われて、苦々しげな顔の智哉。
「謝ンない方が、もっとタチ悪ィし…」
沈黙している琉悟と智哉である…
「さぁて…、リューベのコトはァ、どうスっかナァ~」
出し抜けに遥香から、あだ名で呼ばれた琉悟は、愕然としている。
「あたしの、おっぱいのホクロぉ…、見ちゃったモンねぇぇ~」
遥香が屈み込んで顔を寄せてきたので、イイィィィィ…と引きつっている琉悟。
「ねぇ、トモスケ」
「なに?」
「和哉サン、帰ってくンだよネ?」
「明日帰国すっから、早くて明後日かな?」
聞いた遥香が、いやらしそうにニヤァ~としている。
それを見た琉悟は、蛇に睨まれた蛙のようになり…
「和哉サンから、踊りの特訓をしてもらうってのは?」
「いいンじゃネ?ヨソじゃ旗持ちが踊ンの、当たり前だし」
恐ろしい計略を二人が考えていると、気づいた琉悟が――
「ちょ――!ちょっと待ってぇ!」
懇願するかのような悲鳴を上げている。
「オ、オレぇ、ブレイキンなンて、無理ゲーだって――」
「あれ?知ってンだ?」
意外そうな反応の遥香。
「トモスケの兄ちゃんが、ブレイキンの金メダリストだって――」
「き――、金メダリストぉぉ?!!!」
『ムンクの叫び』のように、大驚愕する琉悟。
「大丈夫だって。特訓してもらうのは、よさこいソーランだから」
涼しい顔で言い放つ智哉。
「そ。基本から、ミッチリね」
「兄ちゃん、喜ぶぞぉぉ」
智哉の兄は、YOSAKOIソーラン踊りの普及に尽力しているので、初心者の指導は大歓迎なのだ。
面白がっている二人の顔が、琉悟には悪魔のように見えている…
「一応これは、罰ゲームみたいなモンなんだけどぉ…」
ニヤニヤしながら遥香が、湯舟に浸かって青ざめている琉悟に、顔を近づけている。
「リューベが、踊れるようになったらサァ…」
間近に迫った遥香の顔の前で、息をゴクリと飲み込む琉悟。
「ご褒美に露天風呂、一緒に入ったげるから――」
次の瞬間、全身の血が一気に頭に昇ってしまい、琉悟の記憶はそこで途切れてしまった…
*
*
それから、一週間ほどが経ち――
琉悟は牧場での雑用を、ソコソコこなせるまでになれていた。
牛糞の臭さやハエやアブが飛び回る環境には、もう慣れた。
何よりキツイのは、よさこいソーラン踊りの特訓だ。
先週、ブレイキン・ワールドシリーズで優勝して帰国した、智哉のより5歳年上の兄の近藤和哉から、琉悟はマンツーマンで特訓を受けている。
ダンサーネーム〖KAZUYAN〗の和哉は…
天北町立天北中学校在学中の時に、YouTubeを参考に見よう見真似で、ブレイキンを始めていた。
孤独に練習を積み重ねるうちにメキメキ頭角を現わし、和哉は天北高校2年生の時に日本選手権で初優勝。
それからは飛ぶ鳥を落とす勢いで、今や世界的なダンサーに。
そんな和哉の指導は、至ってシンプル。
――不格好でも、手脚を動かしまくって跳ね廻り、とにかく楽しめ…――
琉悟が合わせやすいように、音楽をスローテンポにした練習は、積み重ねるうちに筋肉が攣りまくってしまう。
自分より身長が少し低い和哉が一緒に踊ってくれているが、琉悟は顔を歪め付いていくだけで必死の形相。
踊れた先にある、極めて卑猥なご褒美が、琉悟のモチベーションであるのだが…
ある日の昼下がり…
青ツナギ服を着る琉悟は、ファームで飼っている白い毛並みのアイヌ犬タロと、牧場を歩いている。
タロの散歩を兼ねてだが、目的は牧場の周りに張ってある、電気柵の見まわりだ。
エゾ鹿の侵入を防ぐ電線が、切れていないかを巡回するのだが、これが仲々大変。
広大な牧場の周囲を歩くうえに、踊りの練習で全身筋肉痛ときて、結果タロからリードを引っ張られ、顔を歪めて懸命に歩く琉悟であるが…
「――あ?…」
反対側から、犬の散歩をしてこちらに来る、ピンクのツナギ服の人影に琉悟が気付く。
次の瞬間、タロから猛烈に引っ張られ、強制的に人影の方に駆けさせられる琉悟。
眼鏡を落とすまいと、アタフタするうちに近寄ってしまった人影は、吉田牧場で飼っているアイヌ犬、ジロを散歩させている瑠奈だ。
「リューベも散歩?」
瑠奈から問われるが、いつのまにか琉悟の呼び名は、それで固定されていた。
話せる距離まで近寄った二人の間では、タロとジロがじゃれ合っている。
「どう?調子は?」
「いやぁ~、筋肉痛がひどくてサァ…」
右手で後頭部を掻きながら、嘆いている琉悟。
「この間、風呂を鼻血で真っ赤にして、溺れかけたって聞いたケド?」
「あ――、あれは、たまたまで…」
顔を引きつらせて、右手をフリフリしている琉悟。
『YOSAKOIソーラン・インターハイ』本番までに、踊れるようになれた先に、遥香と露天風呂に入れるという特上のご褒美があると聞いたから…とは、口が裂けても言えない。
「でも、頑張ってるって、ミンナ言ってるよ」
日ごと夕方から、体育館の隅でマンツーマン指導を受けている琉悟は、皆の注目の的だ。
「リューベのモチベーション、ほんとスゴいネ」
「いやぁ~、そンな――」
「罰ゲームだもンねぇ」
ザックリ突かれた琉悟は、絶句してその場で立ち尽くしてしまう…
*
――あ、謝った方が、いいよナ…
瑠奈と一対一で話すのが、初めての琉悟は、露天風呂を覗いたことを謝ろうと、口をキュッと引き締めるが――
「――訊きたいンだけどサァ…」
先に瑠奈が口を開いたので、拍子抜けしてしまう琉悟。
「近藤クンって、どうなの?」
「――え?…ど、どうって?」
戸惑いを露わにして、眼鏡を手で直している琉悟。
「こないだ、いきなりバイクに乗らないかって、誘うからサァ…」
顔を横に向けて、思い出すように話す瑠奈。
「宗谷岬まで連れてかれて、いきなり謝られたンだ」
「――あ…」
「フツーさぁ、ここが日本最北端だよって、まずオシャレなコトから話すよネ?」
「ご――、ごめん…、オレも――」
「イイのイイの、リューベのコトも一緒に、謝ってくれたしィ…」
どうやら智哉は宗谷岬で瑠奈に、覗いたことを謝ったらしい。
「ホントに、ごめんなさい。オレ――」
「ヘーキよぉ、もうゼンゼン怒ってないしぃ」
瑠奈がこちらを向いて、顔の前で右手を左右に振っている。
「そン時も、怒る気になンなかったし…」
「え?」
「だってサァ、あンなオシャレなトコで謝られちゃったらサァ…」
再び横を向いて、髪を風になびかせて話す瑠奈。
「やるな、コイツって…」
苦笑いをしている瑠奈を、複雑な心境で見ている琉悟。
「ハルカが、好きになっちゃうワケだナァ~って…」
「――え?…」
「あぁ、もちろんハルカは、まだコクってるワケじゃあないから」
取り繕うように、瑠奈が話している。
「でもサァ…、彼イケメンだしぃ~…」
瑠奈を見ながら琉悟は、何ともいえない苦々しいものが湧いてくるのを感じている。
「あたしだって…、好きに――」
そこまで話した瑠奈が、ハッとして琉悟の方を向く。
「あ…、これ、近藤クンにはナイショだよ」
「わ――、分かってるよ」
「絶対だよ、ゼッタイ!」
「分かってるてぇ~…」
情けない気持ちでいっぱいの琉悟が、空を見上げて涙をこらえるようにしていると…
「――あぁ~!二人とも、いたァァ!!」
遠くから声がするので見ると、遥香が右手を大きく振りながら駆けて来ている。
「どうしたン?」
ゼエゼエ息を切らせている、ピンクのツナギ服を着る遥香に、怪訝そうに瑠奈が訊いている。
「う――、生まれるから!」
「え?」
「子牛が生まれンのよッ!」
*
*
全速力で三人と二匹が、吉田牧場へと走る。
牧場に着くと一頭の牛が青々とした牧草の上に横たわっていて、白ツナギ服を着る遥香の父親と弟が見守っている。
牛の傍では、白ツナギ服を着る吉田牧場の住み込み従業員、ラオス人女子のラッサミー・ポムマラートが、屈み込んで構えている。
お腹を大きく上下させている牛の尻には、何やら白いモノが見える。
母牛が口を開けて大きく唸ると、白い膜に包まれたモノが少しずつ外に出て来ている…
――スゲえぇ…
生命の誕生の瞬間を、初めて目の当たりにした琉悟は、眼鏡を直しながら大きく眼を開けて見入っている。
モオォォォー…
母牛が苦しそうに唸るたびに、白い膜の中に牛の頭のようなものが見え始めて――
「ガンバレーッ!!」
叫ぶ遥香の隣で、瑠奈が両手を組んで祈るように見守っている。
「ガンバレーッ!!」
――あぁ…、やっぱオレ…
力を込めて叫ぶ遥香を、思わず琉悟がジッと見ている。
「ガンバレーッ!!」
――遥香ちゃんのコトが、好きになっちゃってる…
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