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交縁少女AYA 第21話
年の瀬迫る大晦日…
綾はNPO法人『マザーポート』の戸田市にある、適応支援ハウスに来ていた。
ここで綾は、泊まり込みで『マザーポート』の仕事を手伝っている。
世間の学校が冬休みになると、ハウスに通う少年少女たちが増えて忙しくなり、人手不足になる。
ハウス内の掃除や、少年少女たちへの食事の調理手伝いが主な仕事だが、そこは引きこもりだったせいで家事に手慣れている綾である。
丁寧かつ綺麗に掃除して、さらに料理の出来栄えには、五十嵐が舌を巻いたほどだ。
綾がここで手伝うようになって、一週間が経っていた…
ランチを調理している時に、綾は五十嵐から、ある提案をされる。
「この娘の話し相手を、してくれないか?――」
その少女は、綾より1歳上の17歳。
ハウスの2階にある宿泊施設で、綾や保護している三人の少年たちと寝泊まりしていて、少女は口数が少なく大人しい印象…
その少女の相手を、ハウスの職員が忙しくて手が離せない時に、綾に話し相手をして欲しいとのことなのだ。
ハウス1階の広い部屋は、日中は大勢の少年少女たちでガヤガヤ賑わっている。
2階には2段ベットが4台置かれている部屋の他に、面談をするための小部屋が2部屋ある。
3畳ほどの狭い小部屋で、机を挟んで椅子に座る綾と少女…
「互いの自己紹介から、始めるといい」
そう告げて五十嵐は、扉を閉めて出て行った。
取り残された二人は、気まずそうに互いに見合っている…
「――あたしは…、木村綾」
「――あたしは…」
そこまで言って、少女はモゴモゴと口ごもってしまう。
明らかに、様子がおかしい…
――厄介なの、押し付けやがって…
一瞬イラついた綾だが、ここでキレたら五十嵐に気に入られる目論見がパアになる。
グッと堪えた綾が、顎を引いてどうしたものか思案している…
「――どうしたの?」
「………」
「――話…、苦手なの?」
「――ウ…、ウゥ…」
少女が大きく、ウンウン頷いている。
見た目は、どこにでもいるような普通の少女なのだが…――
フウゥゥ~…
ため息をついた綾が、椅子の背もたれにもたれ掛かって腕組みをしてしまった…
******************
小一時間が経ち、五十嵐が様子を見に来て、扉のガラス窓から小部屋を覗くと――
綾と少女は二人揃って、座ったままスマホをいじっていて顔を合わせていない。
顔をしかめた五十嵐が、ガチャッと扉を開く。
「――何してんだ?」
「あ――…」
驚いて顔を上げた綾が、スマホを落としそうになって慌てている。
「栗原さんの話し相手をしてくれって、頼んだよな?」
「――栗原さんてンだ?」
「はあぁ?」
「だって、なンにも話してくンないンだもン」
ため息をついて、呆れ顔になった五十嵐である。
「――…おまえから名前、言ったのか?」
「言ったよ」
「――そっか…」
五十嵐が部屋の中に入って来て、奥に座る少女の左肩にポンと手を置く。
「――いつも厳しいことばかり言って、スマンが…」
少女が怯えるような眼で、傍らに立つ五十嵐を見上げる。
「自分の殻は、自分で破らないと、前に進めないんだよ」
言われた少女が、俯いてしまう。
「…木村さんもキミと同じで、歌舞伎町で交縁をしていたんだ」
パッと顔を上げた少女が、綾と視線を合わせる。
ガン見された綾が、思わず怯んでしまう。
「今も、してるかも知れんがな」
――ゲッ?!…
あまりにもスルドイ五十嵐の指摘に、顔を青ざめている綾…
「――おいおい…、否定しねぇのかぁ?」
「――は…、はぁッ?!」
腕組みをして見下ろす五十嵐に、アタフタしている綾。
「俺は、冗談のつもりで――」
「やっ――、やってネェって!!」
血相を変えて、綾が反論している。
口が裂けても、つい先週に立ちんぼして、『おぢ』とセックスしたとは言えない…
「――なら、いいんだが…」
猜疑心に満ちた眼で、綾を見ている五十嵐である。
「――してたの?…」
「――…え?」
上目遣いで少女が呟くので、綾がギョッとしている。
「し――…、してた、よ…」
五十嵐をチラチラ見ながら、オドオドと返答している綾。
「――あたしは…」
少女が口元を震わせながら、懸命に言葉を絞り出そうとしている。
「――あたしは…、栗原…、心愛…」
「――ミ・ア?…」
「――そう…、心愛…」
******************
「――どういう交縁…、したの?」
五十嵐が退室した所で、恐る恐る心愛が訊いている。
「あたしは、立ちんぼしてた」
「――…なンの、タメ?」
「元カレを、応援するタメ…」
宙を見ながら話す綾の眼に、駆琉の残像が映っている。
「――じゃあ…、お金のタメ?」
「そうだよ」
「――そっか…」
「心愛ちゃんは?」
「…あたしは――」
そこまで話して心愛が、また口ごもってしまう。
「――話しナよ」
綾がズッと机に身を乗り出して、心愛に迫っている。
「――バカに…、しない?」
「するワケないジャン!」
怯えて俯く心愛に、綾がこれでもかと顔を近づけている。
「出会い系だろうが、立ちんぼだろうが、交縁に上も下もネェんだし!」
「――そう…」
上目遣いで綾を見る心愛の顔が、みるみる紅く染まっていく。
「あたしネ…、自分が生きている価値は、身体にしかないと思ってるンだ…」
「――どういう…、コト?」
心愛には、8歳年上の兄がいる。
幼いころから心愛にとって兄は「いろんなことを知っている、大人な存在」という、信頼と憧れに近い感覚を抱いていた。
小学校低学年の時のある日、一緒に遊んでいると兄の手が心愛の下半身に伸び、そのまま性器を触られた。
当時の心愛に、性に関する知識はなく、何をされているのか分からなかった。
「ないしょだよ」と、兄は言ってきたが…
≪よく分からないけれど、これは『2人だけの秘密』なんだ…≫
そう受けとめた心愛は、兄の行動に疑念を覚えることはなく、むしろ自分だけへの愛情表現だと信じ込んでしまったのだ。
そして心愛が10歳のとき、兄から初めて挿入されてしまった。
まだ初潮もきておらず、陰毛も生えてない未成熟な身体であるのに…
この時も心愛は、自分がされている事の意味が、全く分からなかった。
不思議なもので、痛いとか怖いという感覚を覚えていない。
ただなんとなく、自分の身体が汚されたような感じがして、気持ち悪くなり混乱してしまった。
兄のコソコソした様子から≪これは両親に、言わない方がいい事なのだろう≫と、心愛は察していた…
その後もセックスをされ続けた心愛だが、次第に違和感を覚えるようになる。
小学校の同級生の友人たちが淡い恋心を抱き、好きな男の子に告白したり一緒に学校から帰ったりする姿を見て、兄との性行為は『よくないコトかもしれない』と思うようになったのだ。
兄に対する違和感や不快感が募り、ふだんの生活のやりとりでも、徹底して無視をすることにした。
すると、ほとんど口をきくことがなくなり、次第にセックスを求められることもなくなってきた。
兄からの性行為が終わったのは、心愛が中学1年生の時だった…
※事例引用 … 【NHKみんなでプラス~性暴力を考える】から
******************
「――なンだよ、それ…」
話を聞いている綾の顔が紅潮し、口元をワナワナ震わせている。
「だから、あたし…、中2の時に家出して、トー横に来たンだ」
これ以上、兄と同じ屋根の下で暮らすことに、耐えられなくなったのだ。
「でもサ…、トー横にいたって、お金は必要ジャン」
うるんだ眼元を拭いながら、話を続ける心愛。
「あたしサァ…、全てのコトを投げ出して消えてしまいたいって、いつも思っててサァ…」
話す心愛を、ガン見している綾。
「あたしって何なのって考えてたらサァ、トー横の娘が出会い系サイトで、おぢと交縁しているのを見て…」
「――これだ…、って思ったワケ」
何ともいえない不雑な表情で、綾が心愛を見ている。
「あたしの生きてる価値は、あたしの身体にしかないからサァ、身体をおぢに買ってもらうことでしか、生きている実感を得られなかった…」
「――そっか…」
顔の紅潮が収まった綾が、頷いている。
「それで、お金が貰えるンなら、一石二鳥ジャンって…」
「――あたしも…」
「あたし…、レイプされかけたコトがあってサァ…」
眼元を拭った心愛が、呟く綾の方を見る。
「一度汚された身体だから、おぢに売るのをためらわなかった…」
真っ直ぐに、綾をガン見している心愛。
「――でも、それも…」
話しながら顔を上げ、綾が宙に視線を向ける。
「――元カレの…、筋書き通りだったのかも…」
「二人とも…、よく話してくれたね」
ハッとした綾と心愛が扉の方を見ると、いつの間にか五十嵐が立っている。
「…キッタね――」
ガタッと、怒り顔の綾が立ち上がる。
「これで二人とも、いくらか楽になっただろ?」
気にするそぶりを見せず、五十嵐が平然と言ってのけている。
悔しいが、五十嵐の言う通りだ。
しかめっ面をして、五十嵐を睨みつけるのが精一杯の綾である…
「栗原さんは、兄さんからの性暴力でPTSDを患い、他人との親和性が持ちづらくなってしまったんだ」
「…PTSDって?」
「心的外傷後ストレス障害という心の病で、症状はさまざまで、おまえが見ていたフラッシュバックも、そのひとつだ」
腕組みをした綾が、フムフム頷いている。
「…話し相手をしてくれて、助かったよ」
「――あ…」
心愛が呟くので、二人が同時に視線を向ける。
「――ありが…、とう…」
照れ臭さで赤面した綾が、こそばゆそうに肩をすくめていた…
第22話はこちら… https://note.com/juicy_slug456/n/n045c60fd6a8d
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