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交縁少女AYA 第22話
年の瀬迫る、大晦日のたそがれ時…
街なか家なかを問わず、世間は年越しの雰囲気だ。
埼玉県戸田市にある『マザーポート』の自立支援ハウスでは、来訪して年越し蕎麦を食べ終えた少年少女たちが、三々五々家路についている。
ガヤガヤと賑やかだった1階の大部屋はガランとしてしまい、テレビの音声だけが寂しげに流れている。
そのテレビの前の大テーブルに、綾と五十嵐が少し離れて、横並びで座っている…
ハウスで寝泊まりしている心愛たち四人の少年少女たちは、早々と2階のベットルームにこもってしまった。
脚を組んで椅子に座り、テーブルに頬杖をついてボーっとしている綾。
五十嵐も腕組みをして、何するでもなくテレビに眼を向けている。
二人とも少年少女たちを送り出して、ひと仕事終えた安堵で、放心しているかのよう…
「――おまえさぁ…」
テレビに顔を向けながら、五十嵐が思い立ったように呟き始める。
「――ん?…」
眼だけを横に向けて、頬杖をついたまま綾が、ダルそうに反応している。
「…ウチに帰んなくて、平気なのかぁ?」
「ヘーキ、ヘーキ」
「今日で一週間も、帰ってねぇじゃんか」
「ここにいた方が、よっぽど面白ぇモン」
「お袋さん、ここにいるの知ってんのか?」
「いいンだって、あンなオバはん」
「オバはんって…」
眉をひそめた五十嵐が、綾の方に顔を向ける。
******************
「どーせ、おぢを連れ込んでっから、あたしがいなくてセイセイしてるっしょ」
「セイセイって…」
五十嵐が座る椅子ごと、綾の方に身体を寄せる。
「年越しぐらい、自分チで過ごせよ」
「なンで?」
「なンでって…」
「去年も、カケルんチだったしぃ」
「それが、おかしいんだって!」
「何がぁ?」
頬杖をついたまま、ふてくされ顔を綾が、五十嵐の方に向ける。
「それって、帰ってもいい家だったら、帰りたい家があったらのハナシじゃん?」
眼をむいて早口で話す綾に、五十嵐が少したじろいでしまう。
「心愛ちゃんだって、ホカのコたちだって、帰るトコ無ぇからココにいるンじゃん?」
「………」
「あたしだって、同ンなじ――」
「おまえは、違ぇだろ?」
気を取り直した五十嵐が、顎をしゃくって毅然として綾を遮っている。
「おまえは、自分チに帰るべきなんだ」
「――な、なンでヨッ?!」
「おまえが、変わるためだ」
「そんなふうに逃げてばっかじゃあ、自分に向き合えないんだよ」
「す…、好きで逃げてンじゃ――」
「それも、分かる」
「…じゃあ、サァ?!」
「嫌な事にも向き合わないと、自分は変われないんだよ」
腕組みをした五十嵐が、諭すように話している。
「栗原さんと話した時を、思い出してみな」
「栗原さんは、あれだけ話すのが苦痛だったろ?」
顔をしかめたまま、聞いている綾。
「敢えておまえと話させたのは、変わってもらうためなんだ」
「どう変わンのサ?」
「おまえと打ち解けたら、話せるようになったろ?」
「あ――…」
「おまえだって、自分の現状にちゃんと向き合えば、変われるのになぁ…」
――なッ?!…
見透かしたような眼で五十嵐が見るので、綾が焦りまくっている。
――まさか…、立ちんぼしたの…、バレた?
「――どうした?…顔色変えて?」
ハッとした綾が、あたふたと両手で顔を覆っている。
「――まさか…、おまえ…」
「わ――、分かったから!」
五十嵐に背を向けた綾が、大声で言い放っている。
「か――、帰るからぁ!」
「――そっか…」
怪訝そうな顔の五十嵐が、まぁいいかと、綾から視線を逸らせていた…
******************
CB250-Rのバイクがエンジンを停めると、街灯が照らす周囲の薄闇に静寂が戻る。
五十嵐より先にバイクを降りた綾が、ヘルメットを外してウルフショートの黒髪を軽く振っている。
バイクを停めた駐輪スペースから、7階建ての自宅マンションを見上げてみる。
家に帰るのなら、ということで送ってもらったのだが…
初めて五十嵐と一緒に来たのが、妙にこそばゆい。
「――…あそこか?」
ヘルメットを外した五十嵐が、マンションを見上げている。
「――6階の…、端から2番め」
綾が指で指した部屋には、灯りが燈っていない。
時刻は、夜の8時になろうとしている。
――まさか…、いねぇの?
見上げる綾の表情に、苛立ちが露わになる。
「――…どうした?」
綾の表情を見て、五十嵐が不審顔をしている。
「――大晦日だってのに…」
「用事でもあるんだろ?」
苛立つ綾の右肩を、ポンポンと叩いてなだめる五十嵐。
「――…あがってって!」
パッと振り向いた綾が、さっきまでとは打って変わった笑顔を五十嵐に向けている。
「いいって、俺は――」
「いいから、いいから!」
五十嵐の左手首をガッチリ摑んだ綾が、グイグイと引っ張ってエレベーターホールへと歩いて行った。
6階の自室の前に立った綾が、シリンダー錠に鍵を差し込んで解錠する。
勢いよく扉を開けようとするが、ガチン!と引っ掛かって僅かに開いた所で止まってしまう。
中から、ドアバーロックが掛けられているのだ。
「――…いるのか?」
怪訝そうに五十嵐が呟く間に綾の顔が、みるみる般若のように豹変してしまう。
「――あっけろよ!ババアっ!!」
ガン!ガン!と何度も勢いよく、扉を引っ張る綾。
「ちょ――、待てって!」
五十嵐が背後から、綾を羽交い絞めにする。
「――帰るんなら、電話ぐらいくれればいいのに…」
ふいにインターホンから女性の声がするので、もみ合う二人の動きがピタッと止まる。
「…勝手に出掛けたかと思えば、いきなり帰って――」
「いいジャン!あたしンちなンだからぁ!」
声を遮って、綾がインターホンに向かって叫んでいる。
「――とにかく今は…、入れないから」
「はあぁッ(゜Д゜メ)?!」
般若の表情で、綾が怒鳴っている。
******************
「――スミマセン、まだお会いしていないのに、ぶしつけですが…」
綾を両手で制止して、五十嵐がインターホンに顔を寄せている。
「綾さんの自宅なのに、入れないとは、どういうことですか?」
「――…あなたは?」
インターホンの声が、戸惑っているように聞き取れる。
「――…新宿歌舞伎町で、少年少女の保護活動をしている、五十嵐と申します」
ダウンジャンバーのポケットから取り出した名刺を、五十嵐がインターホンのカメラに近づけている。
「………」
途切れてしまう、インターホンからの声…
「――もしもし…、もしも~し!」
インターホンに顔を近づけて五十嵐が怒鳴っていると、部屋の扉からガチャガチャと解錠される音がする。
ガチャリと扉が開いて、ピンクのバスローブを着た綾の母親が姿を現す。
「…そんな大声、出さないで下さいな」
母親の髪は乱れていて、まるで寝起きそのままみたいだ。
まだ夜の8時だというのに…――
「母の弥生です。初めまして」
「――どうも…」
軽く会釈している五十嵐が、弥生の足元の後ろに、黒の紳士靴が一足置いてあるのに気付く。
この年末年始に、父親は広島から上京しないと、さっき綾から聞いている。
まさか…――
「どういう立場の方か知りませんが、あまり他人の家庭に立ち入らないで下さいな」
弥生が嫌悪感を露わに、五十嵐に言い放っている。
「――…立ち入ってなど、いません」
綾が弥生に摑みかかりそうなのを右腕で制止しながら、五十嵐が冷静かつ毅然と反論している。
「何故なんですか?」
「――…何がです?」
「綾さんが、家に入れない理由――」
「おぢを連れ込ンでンだろッ?!クソババアッ!!」
五十嵐の右腕に、綾が身を乗り出して怒鳴っている。
「――どうした?」
弥生の背後から、野太い男の声がする。
ハッとした五十嵐が、眼をクワッと開けて顔を強張らせている。
「…大丈夫か?」
男の声を聞いた綾の表情から、みるみる精気が失われていく…
「――ごめんなさい…」
悪びれることなく、弥生が平然と口だけで謝罪している。
「――そういうこと、なんで…」
いきなり綾が、マンションの共用廊下を脱兎のごとく走り出す。
慌てて五十嵐が追おうとするが、ふと立ち止まって振り返ると――
綾の自宅の扉は、既に閉められている。
――クソッたれがぁ…
苦々しげに心の中で呟いた五十嵐が、綾のあとをバタバタと追いかけて行った…
******************
マンションの前の道路は、大晦日の夜ということもあって車通りが少ない。
片側一車線の道路に、パタパタと綾が履くスニーカーの走る音が響いている。
「――待っ…てっ」
ハアハアと息を切らせながら、五十嵐があとを追っている。
対向車のライトが、走る二人のシルエットを照らし出している…
「――待てって!!」
ようやく追いついた五十嵐が、綾の右肩を鷲摑みにする。
街灯が照らす電柱の下で、ハアハアと荒い息遣いで佇む綾と五十嵐。
通り過ぎる車のライトが、二人の姿を一瞬だけ照らして走り去って行く…
「――ハウスに…、戻るか?…」
少しだけ息が落ち着いた五十嵐が、綾に話しかける。
「――やだ…」
電柱に左手をついて俯く綾が、拒否している。
「…なん、…でぇ?」
「――心愛ちゃんたち…、暗ぇし…、喋らネェし…」
ハアハアと息を整えながら、ようやく話している綾と五十嵐。
「余計に…、ブルーに…、なる…――」
「――そっか…」
右手で額の汗を拭った五十嵐が、顔を綾の方に向ける。
「――じゃあ…、俺んチに、…来るか?」
「――え???…」
俯いたまま見開いている綾の両眼に、精気がみるみると戻っていった…
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