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交縁少女AYA 第23話
年が明けようとしている頃合いで、新宿区東大久保公園先の路地裏にあるアパートの、五十嵐の部屋では…
「ハッピーニューイヤー!」
テレビでアナウンサーが新年を告げると、ちゃぶ台を囲んで座る綾と五十嵐、藤村の三人が、ジュース缶を威勢よく合わせている。
「…ジュースで乾杯かぁ~」
ゴクゴク飲んでいる五十嵐と藤村の前で、ジュース缶片手に不満顔でいる綾。
「おまえに酒飲ますわけには、いかんからな」
「そうそう、未成年もいいトコなんだから」
二人が口を揃えて、綾に言い放っている。
「いいジャン、ちょっとぐらい…」
缶ジュースをグビッと飲んで、ふてくされている綾である。
「――…さぁて、どうしようか?」
ウ~ンと伸びをしながら、眠そうにあくびをしている五十嵐。
「何を?」
缶ジュース片手に、怪訝そうな藤村。
「布団が、二組しかねぇからさぁ…」
五十嵐の発言に、思わず眼が合ってしまう綾と藤村。
「座布団敷いて、ファンヒーターの前で俺が寝るから――」
「ダメだよ、そンなの!」
「聖志が、風邪ひいちゃうじゃん!」
ほぼ同時に声がハモった二人に、五十嵐が眼を丸くしてたじろいでいる。
「――じゃあ…、どうすんだよ?」
「それは――」
またまたハモってしまった二人が、今度は互いに睨み合っている。
「あたしが、一緒に寝る!」
「いやそれは、絶対ダメ!」
綾の申し出に、藤村が大声で反論している。
「じゃあ、あンたがファンヒーターの前で寝ナよ!」
「あンたってナニよっ!この小娘がッ!!」
なじり合いを始めた綾と藤村を、五十嵐が驚愕の表情で交互に見ている。
「そもそも今日は、あたしと聖志が二人で年越しするはず――」
「好きでココに来たンじゃネェし!あたし――」
「おまえら、やめろって!!」
五十嵐がちゃぶ台をドンッと叩いた拍子に、載っていた缶が全部倒れて、中のジュースがこぼれてしまう。
「あっ?!あぁぁ~!」
「ナニやってんのよぉ?!もぉぉ~!」
慌てて缶を起こして、慌てふためいている五十嵐。
立ち上がって、ミニキッチンへ雑巾を取りに走る藤村。
ティッシュ箱からガバッと取って、カーペットをティッシュで拭いまくっている綾である…
******************
結局、二枚の敷布団の真ん中に五十嵐、左右に綾と藤村が寝る形で落ち着いた。
不満げな表情で、綾が布団を敷くのを手伝っていると、
「――もう…、大丈夫なようだな」
「――え?」
五十嵐が話しかけるので、綾が動きを停める。
「そりゃそうよ。あたしにあんだけ、突っかかれたんだから」
掛け布団を敷く藤村から嫌味ったらしく言われ、綾が口をへの字に曲げている。
「――だってサ…」
「え?」
布団を敷き終えた綾が呟くので、五十嵐が顔を向ける。
「――ウジウジしてたって、しょうがネェし…」
俯いて呟く綾を、五十嵐と藤村が見ている。
「――前向くしか、ネェから…」
「えらいぞ」
五十嵐が綾の肩を、軽くポンポン叩いている。
その様子を藤村が、優しげに微笑んで見つめていた…
シーリングライトが消えて暗くなった部屋の天井を、布団に横になっている綾がジッと見ている。
右隣に寝る五十嵐からは、早くもスース―と寝息が聞こえている。
よほど、疲れているのだろう。
綾は寝る前に下着姿になって、五十嵐を挑発したつもりなのだが…
チラ見すら、してくれなかった。
――やっぱあたしは、子供扱いなのかぁ…
以前に五十嵐は、未成年の娘は抱かないと言っていた。
――強情っぱりめ…
それ以前に、この部屋では藤村が五十嵐を待っていたのだから、無理なハナシである。
――付き合ってンだから、いて当然だろうケド…
不倫の最中で、自宅に綾を入れてくれなかった母親のことを、藤村は保護責任者遺棄罪で逮捕しようかと、イキまいてくれた。
――いいヒト、なンだろうケド…
今の綾にとって藤村は、ジャマな存在なだけ。
≪――気に食わないヤツがいたらサ…≫
ふいに綾の脳裏に、駆琉が話していたことが浮かんできた。
≪――俺は、そいつのウエ行っちゃうし…≫
――カケル…
≪アタマを使うンだよ、アタマを…――≫
天井を見つめる綾の頬を、涙が一筋ツーっと流れていた…
******************
「――聖志…、サトシぃ」
身体を揺さぶられた五十嵐が、夢うつつな様子でウ~ンと伸びをして目を覚ます。
「――…どうした?」
「木村さんがいない」
寝ぼけまなこの五十嵐の眼に、焦る藤村の顔がぼんやり映る。
「――…帰ったんじゃねぇの?」
「何処によ?」
「――…?!」
顔色を変えた五十嵐が、ガバッと上半身を起こす。
「――あんにゃろ、新年早々…」
立ち上がった五十嵐が、慌ただしくGパンを履いている。
「どこか、アテはあるの?」
ブラジャーの上にカラーシャツを着ながら、藤村が訊いている。
「…今のアイツには、多分ねぇよ」
「――じゃあ…、大久保公園?」
「…多分な」
元旦の早朝とはいえ、不夜城の新宿歌舞伎町には人通りが途絶えることがない。
年越しの気分に浸る大勢の人々に混じって、不埒な輩も街を闊歩している。
性を買いあさる男どもも然り、それを当て込んで路上に立つ交縁女子も然り。
不埒な需要と供給は、正月期間であっても途絶えることはないのだ。
綾の拠り所は、そこしかなないと踏んだ五十嵐と藤村であるが…
冬の服装を万全に着込んだ五十嵐と藤村が、部屋の玄関で慌ただしく靴を履いている。
部屋の外に出た五十嵐が扉に鍵を掛けて、外廊下を階段へと足早に向かう。
続いて藤村が、歩いていく…――
「――…あっ?!」
前を歩く五十嵐が急に止まったので、たまらず藤村がぶつかってしまう。
顔をしかめた藤村が、五十嵐の背中越しに前を見ると――
「どっか、行くの?」
黒のブルゾンボアジャケットを羽織り、両手に膨れたレジ袋を持つ綾が、きょとんとして階段の途中に立っている。
「――おまえ…」
「――…ああ、これ?」
両眼をクワッと開けて見下ろす五十嵐に、綾が右手のレジ袋を少し持ち上げている。
「そこのマルエツで買ってきた」
「いや…、おまえ――」
「アッコ、24時間営業だからサ」
「いや…、そういうことじゃ――」
「お雑煮、作ったげる」
カンカンと階段を昇る綾が、啞然としている五十嵐と藤村の脇をすり抜けて行った…
******************
ミニキッチンで綾が調理する白煙が、部屋の中に漂っている。
カーペット敷きに置かれたちゃぶ台の前には、女の子座りをしてスマホをいじる藤村がいる。
壁に背をつけて座り、立て膝をしている五十嵐が、ふてくされ顔をして綾の様子を見ている。
完全に綾に、振り回されっぱなしだ…
――いや…、余計な心配が過ぎるのかも…
マザーポートの仕事では、少年少女たちに振り回されることが付きモノではある。
彼ら彼女たちは、想定外の行動をするのが当たり前。
良かれと思ってやってあげた事が、裏目に出てしまうこともある。
彼ら彼女たちに向き合うことで、悩みの種は尽きない。
確かなのは、彼ら彼女たちは心底から望んで、この境遇に身を置いたのではないということ。
全員が、身勝手な大人たちの都合の犠牲者なのだ。
それでも眼の前の綾は、たくましく生きようとしているように見えるが…
――いや…、買い被り過ぎか…
「――お待たせぇ~」
湯気を立てるどんぶりを両手に持つ綾が、ちゃぶ台の方にやって来た。
中には、澄まし汁仕立てで餅と具材たっぷりの雑煮が…
「――すご…」
ちゃぶ台に置かれた雑煮を、藤村が眼を丸くして見ている。
いただきますの斉唱のあと、三人が一斉に雑煮に食らいつく。
ハフハフと美味そうに、餅をほお張っている五十嵐。
その様子を、満足そうな顔で見ている綾。
それを心中穏やかでない藤村が、雑煮を食べながら上目遣いで見ている…
「――ど…、どこで覚えたの?」
「――ん?」
作り笑いをして訊いている藤村を、綾が雑煮を食べながら上目遣いで見る。
「藤村サンの得意料理は?」
「――…え?」
いきなり逆質問されて、固まっている藤村。
「――智美の料理…」
雑煮に箸をつけながら、思わず五十嵐がプッと吹き出している。
「わっ――、笑うコトないでしょっ!」
一気に赤面してしまう藤村。
「――やっぱりネ…」
軽蔑の視線を向ける綾である。
「おいおい、ナニ挑発してんだよ」
顔を上げた五十嵐が、眉をひそめている。
「だって奥さんになンなら、料理ぐらい――」
「いや、別に出来なくたって――」
「はあぁッ(゜Д゜メ)?!」
藤村が五十嵐に、大きく眼をむいている。
「あたしがッ、出来ないっての?!」
「いや、出来ないとは言ってねぇ――」
「やっぱ、出来ないンだぁ~」
勝ち誇った表情でいる綾である。
「おまえ、いい加減に――」
「あたし、負けないカラ…」
制止する五十嵐をよそに、綾が宣言している。
「はあぁ?ナニ言ってんのぉ?!」
ちゃぶ台に箸をバンッと置いて、藤村が綾を睨んでいる。
負けじと綾も、強烈なガンを飛ばし返している。
睨み合う二人の間で、眼を丸くしてたじろぐ五十嵐が、首を左右に振って二人を交互に見ている…
こうしてスッタモンダの状況の中で、綾は新年を迎えたのであった…
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